カイとソウ《2》
*
玄関を開けたらかーさんの声がした。
リビングからキッチンを覗くとエプロンを着けて料理中。
「おかえりー」
「今日は早番だっけ?」
「そうよ〜」
着替えてらっしゃいと言われて部屋に上がった。


隣に並んでの料理は随分と久しぶり。
すでに追い越している身長だけど、記憶にあるよりも少しだけ小さくなったように感じる。
「……」
なんだか確実に時間が流れているんだ、なんて実感してしまった。
「そういえば、最近どうなのよ」
「え?」
指についた豚カツの衣を払う。
「恢くんよ!仲良くやってるの?」
僕を見る瞳は温かい。
だけどさ、親からそういう話をされるのはむず痒いというか。
居心地悪いというか。
「……まぁ、うん」
だから答えがそっけないのは仕方ないと思う。
「なぁに照れてんの」
肘で脇腹をぐりぐりやられて一歩後ずさる。
「そう、でも良かったわ」
一瞬だけにやりとしたけど、でもすぐに優しい笑顔になった。
それに頷くと、かーさんも頷く。
「このところ、けっこういろんな所で恢くんの写真見るよね」
「…そうだね」
もともとの雑誌に加えて、少し年齢層が上の雑誌にも載るようになった。
それにオーディションに通ったり紹介されたりの仕事。
これまでと比べて、恢が載る媒体数は増えている。
「どんどん有名になるわね」
「ん…」
そういうこと。
恢が頑張れば頑張った分、世間に恢を認知する人が増えるということ。
「箏太」
「なに?」
覗き込んできたかーさんの表情はとっても険しい。
「なに、じゃないわよ」
「え」
「どうしてそんなに悲壮な表情なのよ」
「そんなこと」
「あるわよ」
「……」
悲壮、か。
パチパチと油が弾ける音をぼんやりと聞く。
恢と一緒に居て、話をしている時には感じることのないもの。
こうやって離れている時に、むくむくと大きくなる掴み所の無い感情。
消えたと思っても、またすぐに現れる。
「……箏太がそんなんじゃ、恢くんは報われないわね」
「え?」
かーさんは憮然とした表情で豚カツを引っくり返している。
「だって、そうでしょ」
「かーさん」
「恢くんがあんな風に一生懸命なのは、箏太との未来を守るためなんでしょ?それなのにその箏太がベソベソしてたら、恢くんは何のために努力してるのか分からなくなっちゃうじゃない」
「あ…」
ふらり、と視線が泳いだのは誰も言わないけど真実だから。
甘えている自分をピシリと指摘されてしまって俯いた。
恥ずかしい…
「箏太がね不安になったり自信がなくなったり、そういうことはあると思うよ。でも、それに……そのことに、そうやって考える余裕があることへ甘えたら駄目でしょ?」
親、だから…かな。
誰も突いてこなかった部分を指摘されて唇を噛んだ。
「箏太は箏太の出来ることをしっかりとすること」
油から上げられた豚カツがバットに並んでいく。
揚げ立ての豚カツは油の弾ける音がする。
それをぼんやり聞きながら頷いた。




ケータイが鳴っている。
「ん…、ぅ…?」
ベッドに転がっていた体を起こして充電器からケータイを取り上げた。
「はい」
『そーた、寝てたの?』
寝惚けた頭に響いたのは柔らかい恢の声。
ぱちん、と弾けるように目が覚めて慌てて座り直す。
「ウトウトしてただけ」
『大丈夫?』
「うん」
いつも思う。
ケータイ越しの恢の声は不思議。
そのまま直接、頭に響くみたい。
それなのに微かなノイズ音がして普段とは違う。
「レッスンは?」
『終わった』
もう、そんな時間なんだ。
『これからそっちに行ってもいい?』
「え、うん。あ…でも、かーさんいるよ?」
『うん。そーたが良いなら』
「……僕は恢が来てくれたら嬉しいから」
そう。
いつだって。
『……………』
黙ってしまった恢に余計なことを言ってしまった気がして視線が下がっていく。
「ごめ」
『もーっ、そんなかわいーこと言って俺をどーしたいのさ!』
「へ?」
謝った言葉に被った恢の言葉。
『待っててよ』
甘い、とろりと蕩けてしまいそうな声。
『すぐ行くから』
「かい…」
体の奥がジンと痺れた…気がした。





インターホンが鳴って玄関を開けたら満面の笑顔の恢。
「そーた、ただいま」
「ぅわ!」
がばりと抱きつかれてひっくり返りそうになる。
それはそれで焦ったんだけど。
ただいま、そう言った。
「あら、いらっしゃい」
リビングから顔を出したかーさんに返事をする恢。
とりあえず、離そうか。
かーさんの前とか恥ずかしいから。
恢は小さく笑って体を離すと靴を脱ぐ。
かーさんに誘われるままリビングへ行った背中を眺めた。
どきどきと弾んでしまった心臓を宥めるように数回深呼吸をして、僕もリビングへ向かった。

かーさんが恢に、また大きくなったわね、なんて近所の子どもに言うみたいに話していて笑ってしまう。
「制服は買い替えたりしたの?」
「しましたね。補正じゃ間に合わなくて」
「そうよねぇ…」
なんだかしみじみと頷いている。
「やっぱり男の子は大きくなるわよね」
「俺は大きすぎですけどね」
「恢くんは格好良いからいいのよ」
「なにそれ」
「イケメンは正義よ!」
「かーさん…意味分かんないよ」
なんだかがっくりとしてしまった。
まあ、でも…
恢が楽しそうだからいいか。
食事はしたと言うからお茶を淹れた。
そのお茶を飲みながらかーさんと楽しそうに話をする恢をぼんやりと眺める。
少し目を伏せるとけっこう長い睫毛が薄く影を作る。
それが何というか…
綺麗だなぁ、なんて思う。
格好良いのに綺麗。
いくら眺めていても飽きない。




──────

恢が風呂に入っている間に明日の弁当の下拵えをした。
かーさんは恢が風呂に入る前に自室へ行っている。
久しぶりにゆっくり眠れそうで喜んでいた。
「そーた、出たよ」
「部屋に行ってて。僕も入ってくるから」
「わかった」
そう言ってリビングのドアから恢の顔が引っ込む。
階段を登っていく音を聞きながら伸びをした。
「ん、よし」
風呂に入ろう。



シャンプーにコンディショナー、ボディソープ。
恢の物を使ったかーさんが大絶賛してから無くなりそうになると恢が持ってきてくれる。
市販されているものではないから値段が書いていなくて、それでもその使い心地に高価なものと予想がつく。
絶対にお金を受け取ろうとしない恢は食い下がる僕のことを抱き締めて、弁当代と言ったんだ。
唸った僕に『足りない分はそーたのキスね』と笑いながら言って…
それから自分と同じ匂いは嬉しいから、と蕩けるように甘い声が告げた。
蒸し暑さを感じるようになってきたから半袖のTシャツにハーフパンツを身に付けて、ドライヤーで髪を乾かす。
歯も磨いてあとは寝るだけの状態で自室へ戻った。
「………」
ドアを開けて動きを止める。
だって、恢が僕の枕に顔を埋めるようにして眠っているから。
こういうの、恥ずかしい。
肌を重ねることよりも恥ずかしく感じてしまうのはなんでなんだろう。
そっとドアを閉めてベッドへ座る。
このまま寝かせてあげたいけど…
上半身裸の恢は風邪を引いてしまうかもしれない。
だから肩を叩きながら恢の名前を呼んだ。
「…ン……」
「風邪引いちゃうから」
上に何か着なよ、とは続けられなかった。
恢の腕の中にくるりと抱き込まれて唇が塞がれたから。
「ふ、ぅ…ん…ン」
恢の舌がくちゅくちゅと音をさせながら僕の舌を舐める。
根元から舌先に向かって絡めて吸い上げられると、その感触に背中をぞくぞくとした痺れが走った。

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