カイとソウ《2》
*
ゆっくり、ゆっくり、でも確実に進む時間。
不安定で、それでもどこか安寧としたこの状態から動くのは怖い。
だって、いくら『そうありたい』と願っても全てがその通りに進むわけじゃないから。





──────

ザワザワとした教室の中でチョークを掌で転がす。
教室の一角はとても盛り上がっている。
その中に恢と石崎は混ざっていて、二人揃ってとっても渋い表情をしていた。
「山崎〜!決定したよっ」
「うん」
輪の中から飛び出てきたクラスメイトは満面の笑み。
「クラス代表が潤也で、アンカーが恢!」
予想通りの報告に少し頬が緩む。
頷いて黒板へ二人名前を書き出した。
女子の歓声が上がる。
きっと本番は盛り上がるね。
バラバラと自席へ戻るのを確認して教室の端に座っている紺野先生に声をかける。
「というわけです」
どっこいしょ、と立ち上がった紺野先生は苦笑をした。
「もう少しちゃんと報告しろよな〜」
「そ…ですか?」
席を外す時間も無かったし、メモを取りながら時々チャチャを入れたりしてたから。
「先生、話聞いてたじゃーん」
そう言う声が上がるとそうだそうだと笑い声に包まれる。
「お前らね…」
ガックリと肩を落として教卓に手を置く。
「だって〜、先生さぁ箏太くんに丸投げじゃーん」
「それはお前らが俺より箏太の方が話を聞くからだろがっ」
言い返した紺野先生に笑いが起こる。
その隙に席へ戻って座ると隣の席の恢が頭を撫でた。
この席順、始業式の日に座席表がなくてみんな適当に座っていたら面倒臭がった紺野先生がそれをそのまま採用した。
空白の座席表を渡されて埋めておくように言われたのが今年最初の仕事だったんだ。
僕の席は窓側の一番後ろ。
隣は恢。
恢の前は石崎というもの。
2ヶ月ほど経過しているけど席替えをする気はないらしい。
僕の頭を撫でている長い指がくしゃくしゃと髪を掻き混ぜている。
「…絡まっちゃうよ」
「ん」
丁寧に整えてくれる感触が気持ち良くて頬が緩む。
恢の指はそのままに委員会へ提出する書類を埋めていった。
「他の委員会は連絡事項ないかー?」
紺野先生の問いには無いよーという軽い返答。
「んー…じゃあ、俺の方も特に無いから今日は帰っていいぞ」
SHRを省略してしまったようだ。
解散!の声で教室が賑やかになる。
「そーた」
「ん?」
「これ、持ってく?」
「明日の昼休みに提出だから、今日は行かないよ」
わらわらと恢の周りに集まりだした女子。
取り敢えずそれは全面スルーをしてバッグを取り出している。
「帰ろ」
シャーペンを筆箱に片付けるとそう言った。
恢に頷いてから机の中を整理してロッカーへ行く。
そっちも軽く整理して机に戻った。
しっかり囲まれてしまった恢に女子の高い声があちこちからかかる。
もう、慣れた光景。
「石崎は?」
「あー、泰宏待っとくわ」
「そっか」
同じようにロッカーから戻ってきた石崎は椅子に座った。
それに気付いた女子たちは石崎も囲んでしまう。
僕は完全に蚊帳の外。
こうなった時は恢に声をかけるのを躊躇ってしまう。
だって、さ…
少し俯いてバッグを握る。
「え〜、帰っちゃうのぉ?」
「もう少しいいじゃ〜ん」
「用があるから」
ガタン、と椅子を引く音がすると恢を引き止める声が上がる。
「潤也、じゃあな」
「おー」
さっさと会話を切り上げて石崎と挨拶を交わすと女子の輪を抜け出してきた。
「そーた」
大きな掌が手首を包む。
「ほら、行くよ」
「…うん」
軽く引っ張られるように足を進めてついていくと恢の雰囲気が柔らかくなる。
教室を抜けて廊下から階段まで結構な速さで歩いていくから、僕は着いて行くのが大変。
それもこれも女子に捕まらないため。
階段で一息吐くと僕の手首を包む温もりが離れていく。
「……そーた」
「ぁ、うん」
離れていく恢の指を目で追ってしまった。
「もー…っ」
くしゃくしゃと僕の髪を掻き混ぜた長い指。
手早く整えるとそのまま肩を抱かれた。
「わぁっ!」
驚いて見上げた恢の顔。
少し赤くて困ったように笑っている。
「かわいーから」
そう囁いて階段を降りていく。
くっついてふわりと香る恢の香水。
それと恢の体温。
もう、それだけで抱きつきたくなってしまう。
ウズウズする手は強く握りしめて階段を降りた。



「10分くらいなのに静かなんだね」
靴を履き替えて校門を出たところで恢が呟く。
「うん。全然違う」
絡むように指が繋がれて体が近付いた。
「恢…」
「大丈夫だよ」
ふ、と緩まった空気。
駅までね、と言うと絡んだ指に力が入る。

いつもよりホンの少しだけ長く一緒にいて、ウォーキングのレッスンへ向かう恢を見送った。
息を吐いて自分の乗る方向のホームへ向かう。
まだ同じ制服はホームにいない。
というよりも、高校生はいない。
中途半端な時間だからかな。
……家に帰って、なにしよう。
恢が傍に居なかった1年前。
家と学校を往復していた。
何かに心を奪われることも無かったから、平穏と言えば平穏な毎日。
こんな風に隣の温もりがなくて寂しいなんて思うことも無かった。
「ホント、どうしようもない」
呟きはホームに滑り込んできた電車に掻き消された。


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