カイとソウ《2》
*

あ。

目が合った。
向かい側に座る赤茶の髪…小野。
ぎゅ、と眉間にシワが寄ってまるで睨んでいるみたい。
怒っているような表情だけど、本当は困っている時の表情なのは付き合いの長さから分かる。
分かるけど、目付き悪い…
その小野の瞳からうまく逸らせなくて数秒の間、視線が絡んだままになった。
小野から外した視線に力の入っていた指をほどく。


委員会の議題は体育祭について。
期末考査の少し前にある体育祭。
梅雨の時期にあたるから、雨で延期なんてことも無きにしもあらず。
それでも多くはない学校を挙げての行事は盛り上がる。
深水の体育祭は縦割りの6クラス対抗戦。
去年のこの時期は…
まだ恢とは前後の席で、よく話をするクラスメイトで…派手で目立つ、でも優しい『山崎』だった。
体育祭の中心は1、2年生で3年生になると運営も参加競技もかなり減る。
練習を積むようなものはなくて、全員参加競技もない。
どちらかといえば応援要員。
それでも全学年で行う男女別のリレー、特に男子のリレーはトリの競技だからか恐ろしいほど盛り上がる。
出走順は学年順ではなくて、チームに一任されている。
一走者目は100m。
二走者目は200m。
三走者目は300m。
四走者目は400m。
所謂スウェーデンリレーと言われているやつだ。
いまはそのリレーの注意点の説明中。
各学年一人選抜。
それとは別にアンカーを1人。
学年は自由。
そういえば…
手元のプリントから目を上げて、説明をする委員長をぼんやりと眺める。
去年は石崎が出たんだよね。
恢とのじゃんけんに負けて。
クラスにいる陸上部やバスケ部、サッカー部…運動部の人たちの推薦で、彼らより速いのかと驚いたんだ。
放課後、こっそり4月に計った100mと1500mのタイムを見た。
恢と石崎のタイムはずば抜けていて、運動部の人たちに推されるのに納得した。
僕は…普通のタイムだからね。
運動してないわりに、まともなんだけど。
「……」
頭の中での自己弁護はかなり虚しい。
…今年はどうなんだろ。




クラスに配布するプリントを封筒に入れて会議室を出た。
「箏太センパイ」
廊下に出て少し歩いたところで後ろから声をかけられて振り向く。
ひく、と喉が締まる。
「小野」
出た声は掠れていた。
「そんな、警戒されると傷つくんですけど」
口を尖らせて、視線をさ迷わせている。
「……まぁ、俺が悪いんですけどね」
「小野…」
「すみませんでした」
赤茶の頭が僕の顔より下にくる。
頭を下げてると、気が付いたのは数秒してから。
「あ…」
「俺、自分のことしか考えてなかった。箏太センパイのことを全然考えてなかった」
ゆっくり頭を上げると、静かな声が言葉を紡ぐ。
「俺を受け入れて欲しいばっかりで、箏太センパイがどういう風に感じるとか…考えてこなかったから」
たくさん傷つけました、なんて難しい顔で言ってまた頭を下げる。
「柊先生に怒られました」
「柊先生、が?」
「そ。すーげぇ怖いんですって!」
柊先生と怖いというのは結び付かないけど…
「マジで黙ってたらいいのにー……ってぇ!!」
ばしん、と派手な音がすると小野が踞る。
小野が踞った後ろに立っていたのは黒いファイルを持っている柊先生の姿。
「だーぁれが怖いって?無駄口叩いてないでサクサク運べって。仕事はまだあるんだぞ」
「ちょ…っ、マジで痛いからっ!」
涙目で文句を言う小野をチラリと見て僕を見る。
うんうんと数度頷くとにっこり笑って僕の肩を叩く。
「顔色良くなったな」
「え?」
「…んで、今日は番犬居ないのか?」
キョロキョロと視線を動かす姿はやっぱり『怖い』なんて嘘みたい。
「番犬、て……恢なら教室に居ますよ」
「あいつにさ、試験の順位上げるように言っといてくれ」
「…聞かないですよ?」
「鼻っ面に餌でもなんでもぶら下げてさ、やる気にさせてくれ」
「ゃ、たぶん無理ですって」
そういうことで恢が言うことを聞くとは思えないけど。
「まぁねぇ…分かるような気もするけどさ。もしかしたら箏太の言うことなら聞くかもしれないだろ?俺も紺野先生に泣き付かれてるしさ、頼むよ」
困った困ったとにこにこ笑いながら言う。
「そ…なんですか」
「そーなんだよ。だから、な」
そう言うと小野の腕を掴んで歩いて行ってしまう。
なんだか賑やかな背中を見送って教室へ向かった。



教室のドアが開いていたから足を止めることなく進めた。
とっくに部活が始まっている時間だから教室は静か。
「そーた、おつかれ」
ノートから顔を上げて笑った恢は、なんというか…
うん。
格好良い。
「…写せた?」
「さっき終わった。ありがと」
恢の前の席に腰を降ろす。
「あのね」
「ん?」
ノートを受け取って封筒に入ったプリントに重ねて膝に置く。
「小野が謝った」
「………そう」
声、低いよ。
「そーたが、良いなら…ね」
俺は別に、なんてそっぽ向いて言うから。
「恢」
「なぁに?」
「拗ねてるの、かわいー」
「……」
あ、赤くなった。
「そーたの方がかわいーでしょ」
目を逸らして言う姿がかわいーんだけどね。
「ホントにさ、そーたが良いなら俺がなんか言う必要ないし…」
俺はヤだけど。
呟いた言葉が教室の空気に溶けた。
「あとね」
逸らしていた視線が戻る。
「柊先生が今度の試験の順位を上げるように、だって」
「えー…」
俺から見て、ガツガツ勉強しているようには見えないから余裕はあるんだと思う。
「紺野先生に泣き付かれたんだって」
「大人の都合だよ〜」
「…」
まあ、そうだけどね。
「とは言っても、そーたが御褒美くれるなら頑張るけど」
「え?」
「そーたからの御褒美があるならがんばるよ?」
「なんでそうなるのさ」
「んー、モチベーションの維持」
綺麗な弧を描く唇。
長い指が伸びてきて髪の毛をわしゃわしゃ掻き混ぜる。
気持ち良い感触にゆるゆると頬が緩んでいく。
「かーわい…」
ちゅ。
静かな教室に小さなリップ音が響く。
軽く吸われた額からじわりと熱が広がる。
「…ばか」
掻き混ぜた髪の毛を丁寧に整えると立ち上がる。
「帰ろっか」
「ん」
手を引かれて立ち上がった。

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