カイとソウ《2》
*
見ないように、なんて無駄な努力だったかなぁ…
隣に立つ恢をちらりと見る。
俯いて向けた視線の先は筋肉の付いたふくらはぎ。
眼鏡を外しているからぼんやりとした視界だけど、恢だからかいやにはっきりと見える気がする。

更衣室で水着に着替えた恢はクラスの男子に囲まれて腹やら背中やら触られていた。
一年で明らかに体つきが変わったから…
普通に男から見ても羨ましい体なんだよね。
石崎ですら、ちょっと驚いていた。
でもさ…
「そーた」
擽るように頬を撫でられて少しだけ顔を上げる。
「…膨れてるよ」
長い指が頬を押すと、空気の抜ける音がした。

「柔軟するぞー!」

元気な声がプールサイドに響いた。



忙しなく走り回る鼓動。
「そーた」
「言わないでっ」
背中に触れる恢の掌。
そりゃもう馴染んだ感触だけど、場所が学校のプールというだけで…
前屈を促すように押す動きなのに、不埒なことを想像しちゃう僕はどうなんだ。
「すっごいドキドキしてる」
「……ばかっ」
耳の後ろに感じる恢の吐息。
笑いを含んだ声に振り返って睨んだ。
楽しそうに笑う恢には全く効果がなかったけど。
前を向いて前屈をして額を膝に付ける。
「………ひっ」
背中を押していたはずの掌が肩胛骨の周りを撫でる。
思わず漏れた声は慌てて飲み込んだ。
スルスルと背骨を滑る指の感触は擽ったいのと、ムズムズするのとで体が跳ねる。
「汗かいてる」
直射日光当たってるから!なんて反論は出来なくて、強く唇を噛む。
息を吸うのも吐くのも出来なくて、固まった僕の頭をそっと撫でた。
「………」
優しいその仕草にすら、心臓は跳ねてしまったんだけど。

「よーし、交代しろー!」

笛の音と共に響く元気な声に顔を上げる。
なんだか自分がどこにいるのかわけがわからなくなりそうだった。
暑さと、恢が触れた感触と、で。
「……恢」
「お手柔らかに、ね」
笑いながら腰を下ろして足を伸ばす。
さっき教室で騒いでた女子じゃあるまいし…
ドキドキとしながら恢の背中を見つめる。
「ぃ、てーっ!」
見つめながら背中を押したら跳ね上がる。
膝裏を押さえながらジタバタする恢に何が起こったのか分からなくて、呆然としていると石崎が笑いながら肩を叩いた。
「箏くんダメだって!」
「え!?なに、だめって?」
怪我でもしてるとか?
「すっげー体が固いんだって!」
「へ、ぇ?」
「前屈とか、全然曲がらないから!」
「…そ、なの?」
「そーなの」
苦笑いをする恢は僕の手を引く。
「だから、お手柔らかにね」
変な風に跳ねてしまった鼓動を深呼吸で落ち着ける。
「うん」
そっと触れた背中は広くていつもより熱い。
また、どきどきと走り始めた鼓動は気付かなかったことにして少しだけ押す。
「大丈夫?」
「…んー、なんとか」
なんというか、詰まったような声に顔が熱くなって…慌てて頭を振った。
「そーぉた」
楽しそうな声には返事をせずに、ぐいっと背中を強く押した。
「ぃたたた…っ!そ、そーたっ、痛いっ」
「…知らないっ」
僕ばっかり可笑しくなるなんて、不公平だよ。
なんて、八つ当たりだね。





水の中は冷たくて気持ち良い。
気持ち良いんだけど、体の表面の熱さは拭えても奥で燻るモノはどうにもできない。
クロールをする恢をぼんやりと眺める。
綺麗な筋肉は滑らかに動いている。
「箏くん」
「え?」
「顔、かなり赤いけど大丈夫か?」
石崎に覗き込まれて顔を上げる。
「…へーき」
指で触れた頬はかなり熱いけど、頷くのも恥ずかしい。
だって恢を見てこうなっているんだもん。
ふ、と吐いた息にすら熱を感じて目を閉じた。
「あんまり平気に見えないけど……あ」
石崎が顔を上げる。
「そーた?」
濡れた髪の毛を撫でる掌。
大きくて優しい。
見上げても眼鏡の無い視界はぼんやりとしているから、強い日差しの中で立つ恢の表情はわからない。
「そーた」
腕を引かれて立ち上がる。
急に立ったからか、くらりとした目眩を感じる。
「恢…どしたの?」
ふらふらとする体を庇うように抱き寄せられた。
「せんせー!そーた顔色悪いから連れていきます」
「え?」
近付いてきた体育教師は僕を見ると顔を顰める。
「熱中症なりかけか?保健室連れて…あー、飯島先生いなかったな」
出張のはず、なんてぶつぶつ言いながら日陰で待つように指示した。
「気持ち悪くない?」
「ん、平気」
長い指が前髪を払って額に触れる。
「保健室の鍵は開けておいてもらうから、保冷材で冷やして水分摂って」
頷いた恢の背中におぶわれてしまって、でも変にくらくらする頭に抵抗ができなくて。
肌と肌が触れ合う場所が熱い。
熱くて溶けちゃいそう。
「そーた、行くよ」
ぺちん、と軽く尻を叩かれて跳ねた体。
どうなっているかなんて、恢にはとっくにバレているんだろうけど…




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