カイとソウ《2》
*
出された課題をやっつけ、明日の予習を終わらせて顔を上げると机に置いた腕時計が目に入る。
7時を回っていて、そういえば空腹を感じる。
充電器の上のケータイは静かに充電されてるだけ。
恢が来るのは9時前。
先に風呂へ入っちゃおうかな…
体を伸ばして立ち上がって息を吐く。

服を脱いで裸になると鏡に写るひょろりとした体。
とーさんそっくりな体型で筋肉も脂肪も付き難い。
恢のように全身張り詰めたような筋肉に憧れた時期もあったけど、どうやら無理らしいと悟ったのは中学に入ってから。
鏡に写る自分から視線を外して風呂場のドアを開けた。


風呂から上がって夜ごはんの下拵えをする。
作っておいてもいいけど、出来れば温かい物を出したいから。
野菜は切って湯通しをしたり揚げたりして、肉は片栗粉をまぶして油で揚げてからバットに置いた。
あとは纏めて炒めて味付けをするだけ。
米を研いでタイマーをセットして味噌汁を作る。
「…ん、よし」
時間を確認したら8時。
部屋に戻ってケータイに目を遣るとチカチカと光っている。
「…ミカ」
着信者名はミカ。
「も」
『箏ちゃーん!』
元気な声に思わずケータイを耳から離してしまった。
『久しぶり久しぶり!元気だった〜!?』
「声、大きいよ…っ」
久しぶりと言っても一週間ほど前に駅でばったり会って一緒に帰ってきた。
「で、なんかあったっけ?」
『ないよ〜。ないけど小野のことがあるからさぁ』
「あぁ…」
放課後の委員会を思い出した。
「今日、委員会に行ったら小野が居てびっくりした」
『同じ委員会なの?』
「うん、そうみたい…クラス委員だから担任が反対しなければなれるし」
『えー…』
「こればっかりはどうしようもないよ」
心配と不満が混じる声を上げるミカに苦笑した。
『じゃあさー、ちゃんと恢くんの傍に居るんだよ』
恢の傍。
「ん…」
恢の傍にいつも居られたら、いいけど。
『箏ちゃん!!』
突然の大声に思わずケータイを耳から離した。
「な、に…」
『また悩んでるでしょっ』
ずばりと言い当てると、答えに詰まる僕はミカの迫力に押される。
『なに、どーしたの』
「どーもしてないって」
『嘘つかないの!』
ピシャリと言い切られた。
『恢くんと何かあったの?』
「ないよ…ない、けど」
『けど?』
ミカの譲らない空気に負けたのもあるけど、僕がミカに話を聞いて欲しかったのかな…
「ウォーキングのレッスンとか始めて」
『…忙しくなったんだ』
「うん」
『夜は?』
「…これから、来る」
そう、これから。
前に比べて会う時間が激減したわけじゃない。
それなのに…
『寂しいんだ』
「…ん」
でもこれは僕の我が儘だから。
『これから来るんでしょ?だったらさ、ちゃんと恢くんに話しなよ』
「ミカ…」
『ちゃんと話してさ、しっかり甘えなさい』
「でも」
『箏ちゃんのそんなかわいー我が儘なんて喜ぶだけだって』
「……何て言えばいいか、わかんないよ」
邪魔をしたいわけじゃない。
応援したいのに。
『寂しいよーってストレートに言えばいいんじゃないの?逆にいろいろ言うとわけわかんなくなるよ』
「そういう、もの?」
『そういうもの』
はっきりきっぱり言い切られて口をつぐむ。
『それに恢くんはこういうことに関して鈍くないでしょ?』
「…うん」
『特に箏ちゃんのことに関しては』
「そ…だね」
くやしいことに、その通り。
『箏ちゃんが恢くんの邪魔をするなんて思うわけないじゃん』
「ん…」
『ほらほら、わかったんならお出迎えの支度して!』
軽い口調で言われた内容の意味が掴めなくて聞き直した。
電話越しのミカが黙って、なんだかいやな予感。
『そんなん決まってんじゃなーい!隅々まで洗って裸に恢くんの服着て、寂しいから…って甘えんのよ』
「なに、言ってんのっ」
『ポイントは恢くんの服を着るとこね』
僕には構わず楽しそうに続けるミカに溜め息が出た。
『なぁによ〜』
「どっかのエロ親父みたいだから」
『エロ親父もびっくりなことやりまくってる箏ちゃんに言われたくありませんよ〜ぉだ』
「ミカっ!!」
僕がこういうことで、ミカに勝てたことはないんだけど…
『まあまあ、いいから試してみなよ』
じゃあね〜、と言うとあっという間に通話が切れた。
いつものことながら、がっくりと肩を落とした。
通話の切れたケータイを見るとまもなく9時になるところだった。
裸に恢の服はナシとして…



「そーた、どしたの?」
八宝菜のタケノコを摘まんだまま恢に見惚れていると不思議そうに声をかけられた。
「…や、なんでもない」
慌てて首を振ってタケノコを口に含む。
もともと体つきはしっかりとした筋肉に覆われていたけど、ウォーキングのレッスンへ行くようになってから更に締まったような気がする。
というか、筋肉の付き方が変わってきたというか。
それから顔も細くなったような。
全体的に、少しだけ残っていた幼さは精悍さに変わりつつある。
「体重増えた?」
「いやー、少し減ったかなぁ…」
「身長は伸びたんだよね?」
「ん、少しね」
「いいなぁ」
僕は殆んど変わらなかったよ。
「そーたは別に小さくないでしょ」
「そうだけど…」
恢の隣に立つと、ね。
自分と同じくらいのヤスや女子とならなんとも思わない。
まぁ…ヤスは空手やってるせいか、けっこうしっかりした体だけど。
「体格ってやっぱり親に似るのかな」
恢によく似た詠くんも恢と同じような体格してるような?
「ん〜…似てるのかなぁ」
「恢もだけど麻子さんと詠くんも身長高いし…」
「あ、そうだね」
頷いて笑う。
「そーたはお父さんとお母さんにそっくりだもんね」
「風呂に入る時に実感した…」
「風呂入っちゃったの!?」
驚いたように大きな声を上げて僕を見つめる。
なんともいえない居心地の悪さを感じながら頷いた。
「えぇ〜…一緒に入ろうと思ってたのに」
「なんで」
「なんでって、俺たち恋人だから」
ふざけてるのか本気なのか、よく分からないけど…
「明日、学校あるから」
「えぇぇ〜っ」
文句を言う恢を眺めながら、ちょっと無理じゃない?
そんなことを考える。
僕が寂しさを感じているなんて話が出来る空気じゃない。

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