カイとソウ《2》
*


むわむわとした熱気にぐったりと腰を降ろす。
「あー…あちぃ」
隣に座った石崎が呟く。
「体育館とか、勘弁だなぁ…」
その隣に腰を降ろした恢が仰向けに引っくり返る。
「床つめてー」
汗が首筋を流れていく。
それが、ちょっと…
眼鏡を外して汗を拭う。
ついでに僕も仰向けに倒れた。
背中がひんやりとして気持ち良い。
「プール入りたい」
「だねー」
体育館の高い天井を見つめるけど、ぼんやりとした視界に目を閉じる。
前髪を分けてくれる指が気持ち良くて、息を吐いた。
「あのさ…間に俺がいるのにイチャイチャしないでくれるか?」
「………潤也、ジャマ」
「いっ、てぇなっ」
寝転がった状態で石崎を蹴る恢は丸っきり子ども。
それに蹴りで応酬する石崎も同じで。
「ぷ…ぁはは…っ」
なんだか可笑しかった。





来週からの体育はプールだと、紺野先生から伝えられた。
それを黒板の隅に書くと、男子から歓声が上がる。
今日の体育館は暑かったもんね。
「そーた」
「ん」
後頭部をふわふわ撫でられて、ここが教室じゃなかったらくっつきたいなぁ…なんて思った。
チョークを置いて指に付いた粉を払う。
振り向いた先の恢は漸く見慣れてきた髪型。
「帰りに柊先生のトコに行っていい?」
「うん」
撮影から戻ってから登校した日は、凄かった。
恢にわざわざ会いに来る女子、女子、女子。
それから、男子も。
恢を慕う人も、普通の友達も。
それは、僕と石崎が近付けないくらい。
電車に乗っても、途中で立ち寄ったお店でも。
声をかけられることはなかったけど、視線の数は物凄かった。
極めつけが、ミカからのメール。

──恢くん、髪切ったんだって?

学校の違うミカにもその日のうちに伝わる事実に愕然とした。
恢の驚くほどの影響力。
僕の恋人は、そういう人…なんだ。
「なぁに?」
「うぅん」
くしゃくしゃと前髪を掻き混ぜると丁寧に直していく。
「去年も、プール入ったのに」
「んー?」
「あんまりよく覚えてないんだ」
「そう?」
「うん」
まぁ…プールだけじゃなくて、全てのことに当て填まるんだけどね。
恢と一緒になるまでの僕は無味無臭の薄い膜の中で生きていたみたい。
色もぼんやりとしていて、全てのことが希薄。
「俺はよく覚えてるよ〜」
にやにやとだらしなく笑う顔にいやな予感。
「そーたのカラダ」
耳元での潜めた声に反射的に腕を叩いた。
その頃は、まだ恢が僕をどう思っていたかなんて知らなかったから…
恢がどんな目で僕を見ていたのか、考えると…かなり恥ずかしい。
「アレは拷問だったなぁ」
「もーっ!」
恥ずかしいことばっかり言う!!







──────

荷物をバッグに詰めて立ち上がる。
「そーた、行こ」
「うん」
石崎とヤスに手を振って教室を出た。
廊下ですれ違う女子が恢に手を振る。
それにヒラヒラ振り返しながら、反対の手は僕の頭を撫でる。
「ねぇ」
「ん〜、なぁに?」
「これ変でしょ」
「変じゃないでしょー」
「いやいやいや…」
機嫌良く笑う恢に周りは喜んでるみたいだけど、僕は恥ずかしいから。
頭を撫でていた手はそのまま肩に乗る。
どこか触れていたいと思うのは僕も同じ。
恥ずかしくても、同じ。
だから今度は何も言わずに俯いた。


生活指導室のドアを開けたら柊先生の姿は無かった。
「あれ、詠?」
その代わり、ソファーには問題集を広げている詠くん。
「あ、恢…と箏太サン」
「…ここで何してんだ?」
「ベンキョー」
「勉強…?」
怪訝な顔をした恢に対して詠くんはきょとんとしている。
「補習…なわけないよな」
「家でやるより、ここでやる方が捗るからさ…」
詠くんの視線がちらり、と柊先生の席に向く。
「……ふーん?」
「ん、で…恢は?」
「ん…あー」
バッグから封筒を取り出して詠くんに渡す。
「柊先生に渡しといて」
「え?」
「社長からの、だから」
恢は封筒を受け取って固まった詠くんの頭を軽く撫でて笑う。
「ま、頑張れ」
その…優しい笑い顔に胸の奥がきゅう、と締め付けられる。
「おー」
笑って返事をする詠くんは可愛いと思うのに。
恢と良く似た表情をするのに。
やっぱり僕を捕えるのは恢なんだ。


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あきゅろす。
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