カイとソウ《2》
*


制服のシャツはもうなんだかいろいろと汚れてしまって脱いだ。
着たままとか、冷静になると恥ずかしくて仕方無い。
こうなると裸でいる方がマシな気がしてくる。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、腕を引かれて恢の腕に包まれる。
「そーた、ちょっと」
「どうしたの」
視界に入った恢の顔が険しい。
眉間にしっかり刻まれたシワと、睨むような視線が僕の首に注がれる。
「そーた」
「うん?」
睨んでいるらしき場所を恢の長い指がなぞる。
擽ったさに首を竦めた。
「これ、なぁに」
「え?」
首になにかあったっけ?
恢がなにを指してそう言うのか分からない。
「誰がした?」
怒りを含んだ声はいつもと違って低い。
でも、なにか分からなくて…
恢を見つめて首を傾げた。
「キスマーク」
「…は」
「キスマーク、付いてる」
「キ、ス…マー…ク?」
首を這う恢の指の上から手で覆う。
「小さいけど、ね」
吐き出すような言葉。
急いで立ち上がって洗面所に飛び込んだ。
鏡に写るのはいつも通りひょろりとした体の僕。
それはどうでもよくて。
鏡に近付いて首を凝視した。
「…あ」
ある。
左側に。
じわり、と背中を汗が伝う。
頭に浮かぶのは、あの時。
屋上で…
体の奥底から沸き上がるような震え。
「そーた」
鏡に恢の姿が写る。
僕と同じ裸で、でも綺麗な筋肉に覆われた体。
「なにがあった?」
腰に回された腕に体を引き寄せられて、恢の体温が背中を包む。
震える体は恢に包まれて落ち着いていく。
でも…鏡越しの瞳は許さないと語っているみたいで、呼吸が詰まる。
「そーたがさせた?」
低い声が、そんなことを言う。
「ちが」
慌てて首を振る。
「じゃあ、誰?」
腰に回る腕の力が強くなる。
「ぁ、の…」
「誰が付けた?」
密着した肌。
恢の体温に蕩けてしまいそう。
そんな、暢気な状況じゃないのに。
「…………小野?」
ぽつり、と呟いた名前。
鏡に写る恢を思わず見てしまう。
「あとは、なにされた?」
確かに含む怒り。
僕に対して?
小野に対して?
体を回されて恢と向き合う。
「そーた」
「…ん、ぅん…っ」
ペロリと唇を舐められて肩を竦めると、軽く吸い上げられた。
一瞬だけ見えた恢の瞳がゆらりと揺れた…気がして。
恢の体をぎゅうぎゅう抱き締めた。
僕の首筋に顔を埋めてしまった恢の頭を撫でる。
小さく頷いたのを掌越しに感じる。
さらさらとした髪の毛はいつもと同じ。
すぐに指の間を抜けてしまうけど。




──────

抜けるような青空は雲ひとつ浮いていない。
屋上は気持ちの良い風が吹いていた。
昼休み特有のざわめきが校舎から響いてくる。
だけど、目の前の光景は全くそぐわない。
ガシャガシャとフェンスの歪む音。
見たことの無い恢の姿。
褪めた色の失せた瞳が捉えるのは、ネクタイを締めた襟元を掴まれて顔を歪ませる……小野。
「離せよっ」
「言うことはそれだけか?」
聞いたことの無い冷たい声。
小野が体を捩る度にフェンスの音が響く。
「アンタが箏太センパイをほったらかしにするからだろっ!」
「だから、手ぇ出して良いって?」
恢の手の力が強まったのか、小野の顔が歪む。
「俺は箏太センパイが心配で…っ」
「…それ、お前の都合だろ?」
小野の目が大きく見開かれる。
「押さえつけられたそーたは、どう感じただろうな?」
「それ、はっ」
「そーたは」
恢の顔が歪む。
痛そうに。
今にも泣き出してしまいそうに。
「あー、こらっ」
苦しいのか、小野の口が喘ぐように開いた。
それを見た石崎が恢の肩を叩いた。
「その辺にしとけよ」
「うるせぇよ…」
ちらりと石崎を見て、でも襟元を掴む力は緩まない。
「…いいから離せって」
石崎の声が低くなる。
そんな石崎の声も初めてで、どうしたらいいのか分からなくて…隣に立つヤスの腕を掴む。
「箏くん?」
「ど…しよ…」
僕のせいだよ。
僕が…
「ちょ…、箏くん!?」
あの時と同じ。
僕がちゃんと自分のことを守れれば、恢を傷付けることはなかった。
視界が揺れて、見つめているはずの恢が滲む。
泣くのなんか、だめなのに。
泣いたってどうしようもないのに。
そう思うのに。
「箏くん!箏くん!……恢っ!!そっちはいーからっ」
ヤスの腕が僕の肩に回る。
僕と大差無い体格のヤスだけど、力の差は歴然としている。
しっかりと支えてくれる腕がなかったら、その場に崩れてしまったのかな。
頭の片隅でそんな風に思った。

「そーた」

滲んだ視界に広がるシャツの白。
包まれた柑橘系の匂いと、馴染んだ体温。
「ごめ…ごめ、ん…なさ」
「なんで謝るの?」
「僕がちゃんと出来ないから」
だから恢を傷付けてしまう。
「違うでしょ?」
耳元でした声は甘くて、優しい。
「そーたは悪くない」
「…ふ…ぅ…っ」
しがみついたシャツに額を擦り付けて唇を噛んだ。








大きな掌がゆっくりと頭を撫でる。
それが気持ち良くて、目を閉じると恢が笑った。
「かーわいー顔しちゃって」
それは聞こえないふりをして恢の掌を堪能する。
昼休みの恢は夢だったのかと思うくらい、いつも通りの恢。
「恢」
「ん〜?」
「…ごめんね」
ツン…
頭のてっぺんの髪の毛を引っ張られる感じに目を開ける。
「痛いよ」
「痛くしてんの」
むっとした表情の恢と目が合う。
「次、謝ったら怒るからね」
拗ねたような口調がらしくなくて頬が緩む。
「うん」
放課後の静かな教室は僕と恢しかいない。
久しぶりのゆっくりした時間にこの数日間、荒立っていた感情が凪いでいくのを感じる。
「そーた」
「ん?」
体を起こして恢を見る。
僕の机で頬杖をついている。
教室でするには少し近い位置なのは放課後だから目をつぶる。
見つめる瞳が蕩けてしまいそうなのは気のせいじゃないよね。
「寂しかった?」
「……ん」
「そっか…」
長い指が前髪に絡む。
そっと触れる感触が擽ったくて、胸の中が締め付けられるみたい。
「俺も寂しかったよ」
軽く分けられた前髪の隙間に唇が押し付けられると、小さなリップ音をさせて離れた。




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