カイとソウ《2》
*
校門を抜け、駅に向かって歩く。
屋上から駆け降りたからか足が重たくてダルイ。
「なに、やってるんだろ」
小野にキスされてしまった。
意思が伴っていなかったとしても、キスをしてしまったのは事実。
「も、やだ…」
唇を手の甲で擦った。
足を止めて溜め息を吐く。
のろのろと顔を上げる。
なんとなく、視線を巡らせた。
「あ…」
たしか、こっち。
ふ、と思い出した横道を入った先にあった喫茶店。
恢と思いを告げ合った日に連れてきてもらった場所。
静かで、落ち着く場所だった。
あそこへ行こう。

あまり大きなお店ではなかったけど、ドアに『OPEN』の札がかかり、磨りガラスから明かりが漏れていた。
ドアを引くとコーヒーの香りに包まれる。
「いらっしゃい……おや?」
あの時と同じエプロンを着けた白髪混じりの店主に出迎えられた。
「こんにちは」
「君は…前に恢くんと一緒だった子?」
「え?」
「あれ、違ったかな?」
一度きり。
恢に連れられてきただけだったのに、覚えていてくれた?
「そうです」
「やっぱり!」
笑顔でどうぞと促されてカウンターへ座った。
「え、と…アイスティとコーヒーゼリーを」
「はい」
コースターに水の入ったコップとお手拭きを置いてくれた。
「僕のこと、覚えて…」
「恢くんがね誰かと一緒に来たのは後にも先にもあの時一度きりだったからね」
グラスに氷を入れる涼やかな音が響く。
「いつも難しそうな顔してたのに、あの時は嬉しそうだったから尚更に印象的でね」
「嬉しそう…」
冷蔵庫からコーヒーゼリーを取り出して生クリームとミントを乗せた。
「あれから恢くんは忙しそうだね」
「恢がモデルなの、知ってるんですか?」
「知ってるよ。うちの奥さんなんて大ファンだしねぇ」
にこにこと穏やかな口調にささくれだっていた気持ちが落ち着いてくる。
「はい、お待たせしました」
アイスティとコーヒーゼリーをカウンターに置いてくれた。
「いただきます」
「はい」
口に含んだアイスティは香りも味も濃くて、でも優しい味。
変に凝り固まったものが流れていくような気がした。
プルンとしたコーヒーゼリーは程好い苦味と生クリームのほんのりとした甘さが絶妙。
「おいしい…」
「それはよかった」
包まれるような温かさ。
数日振りに美味しいと感じた。
「私も高校生くらいの頃は悩むことが多かったなぁ」
「え?」
「ほら…進路とか考えなくちゃいけなくて、でも将来のことなんて本当はまだはっきりと見通せるわけじゃないから不安ばっかりで」
「………」
「自信が無くて、でも一人で頑張りたくて、意地張って…いっぱいいっぱいなって爆発して」
カラリ…
アイスティの氷が崩れた。
「そういう時期なんだよね」
俯いてカウンターの木目を見つめる。
「苦しくて、辛くて、逃げたくなったら周りに甘えてもいいんだよ。ちゃんと助けてもらえるもんだよ」
木目が滲んできたからきつく目を閉じた。
「言葉に出すだけで、心が軽くなることもあるからね」
「……はい」
他にお客さんが居なかったからなのかもしれない。
僕が今にも泣きそうな顔をしていたからなのかもしれない。
優しい空気に、やっぱり堪えきれなかった涙が落ちた。





──────

「箏太!」
家に帰って着替えて一息つくと玄関からかーさんの大きな声。
バタバタと階段を登る音がして、すぐにドアが開いた。
「かーさん?」
こんな時間に家に居ることは珍しいんだけど。
「保健の先生から早退したって連絡きたから」
「え…ぁ」
「大丈夫?」
誰にも何も言わないで帰ってきてしまったのに、なんで。
心配そうに覗き込んでくる。
「寝不足、で…」
「そう?ならいいけど…無理しないでよ」
「うん。心配かけてごめんね」
「かーさんにも心配くらいさせなさいよ」
頬を撫でられて摘ままれた。
「うん」
「寝不足なら寝なさいな。家のことはかーさんするから」
「でも、疲れてるのに」
「たまには母親らしいことをさせなさいよ!」
「…うん」



枕の下に突っ込んであったケータイが震える。
うとうとしていた頭を振って引っ張り出す。
メールの受信マークが着いている。
「詠くん?」
昇降口で僕と別れた後に、僕の様子を柊先生へ知らせた…と。
「ごめんね、なんて…」
勝手に知らせてごめんね、と書かれた文章。
心配をかけて、詠くんを無視して帰ってきちゃったのに。
「僕の方こそ、ごめんね」
きっと柊先生が紺野先生や飯島先生に知らせてくれたんだ。
明日、ちゃんと謝らないと。
取り敢えず、まずはメールで心配かけたことをあやまることにした。
「あ…石崎も」
朝から心配かけて、それなのに会わずに帰ってきてしまった。
なんだか今日の僕は全然だめだ。
改めてそう思うと盛大な溜め息が出た。
「恢…恢……会いたいよ」
声が聞きたい。
僕の名前を呼んで欲しい。
──そーた
甘くて優しい声。
あの声で名前を呼ばれながらキスしたい。
「僕とキス…してくれるかな」
小野とキスしてしまった僕と。
恢とキスしたいよ。
たくさん、たくさん…キスしたい。



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あきゅろす。
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