カイとソウ《2》
*
入学式、学力試験、修学旅行……
春に行われる一通りの行事をこなして一息ついた5月の始め。
すっかり馴染んだいつもの顔触れで屋上での昼休み。
お腹も膨れて床に転がると長い指が眼鏡を取り上げた。
そのまま紺色のニットに引っ掛ける。
「そーた」
くしゃくしゃと髪の毛を掻き混ぜて丁寧に整える。
触れる指が気持ち良くて頬が緩む。
「今日は委員会?」
「ん…そう」
3年に進級してから恢は少し忙しくなった。
ステージモデルに必要なウォーキングやポージングとか僕はよく分からないけどそういう物のレッスンへ通っている。
それが週に2回。
英会話が週に1回。
「じゃあ」
「大丈夫…」
放課後に過ごせる時間は確実に減った。
委員会の日や用事を頼まれた日は一人で帰る日も増えた。
「終わったら行くね」
「うん」
校内でゆっくりできるのは昼休みくらい。
あとは用事を済ませた恢と会えればラッキー。
毎日くっついていた春休みからのギャップで恢が不足してるけど、仕方ないこと。
そこは悩んだって無意味だから。

4月の終わりに染めた髪の毛の色。
恢が言うには地毛と大差ないようで、ワントーン落とした色合いは自然に見える。
石崎とヤスは懐かしいと言っていた。
入学して暫くはこの色だったそうだ。
染め直したのは事務所の社長直々の指示らしい。
ぼんやりと髪の毛を眺めていたら近付いた唇が優しく触れる。
チュッ、と軽い音をさせて唇を吸い上げて離れた。
その唇から目が離せなくてを視線が追う。
「そーた…」
「ん?」
もう一度、近付いた恢の瞳はちょっと熱っぽい。
「…っん…ぁ」
短いけどしっかりと咥内を舐め回した舌。
強く舌を吸われて体が震えた。
長い指が濡れた唇を拭う。
「あのなぁ、見てないとこでやれって」
石崎の呆れた声に視線を動かす。
恢の向こう側にヤスの目元を隠した石崎の姿。
慌てて体を起こして頭を下げた。
「ごめ…っ」
「やー、今のは恢が謝るとこでしょ」
「…潤也もどーぞ」
「するかっ」
ヤスの目元から手を外すと恢に噛み付いている。
ヤスは…困ったように笑って僕を見た。
座り直した僕の方へ四つん這いで近付いてくる。
「箏くん」
隣に座ると覗き込む黒目がちの瞳。
ヤスの表情が時々あどけなく見えるのはこれのせいかなぁ。
「大丈夫?」
優しい顔でしっかり切り込んでくるヤスに言葉が詰まる。
だって、さ。
「ん…まぁ、うん」
本音を言えばもっと恢と一緒にいたいから。
こんなに欲張りだったなんて、自分でも知らなかったこと。
「言ったところでね…」
我が儘は恢に無理をさせてしまうし。
「……言えばいいのに」
じっと見つめる瞳から目を逸らす。
「だめ」
「言ったって喜ぶだけだと思うよ?」
「絶対に無理するから、だめ」
僕が我が儘を言えば、自分のことを後回しにするから。
全部のことを後回しにして僕の望みを叶えようとするから。
「それでも言った方が良いと思うけど」
石崎とじゃれ合っている恢を見つめる。
「うぅん…」
のろのろと首を振るとヤスが溜め息を吐いた。
せっかく進む道を決めて頑張っているのに、邪魔したくない。
好きだから、邪魔したくないんだ。
「恢もちゃんと時間を取ってくれてるから」
かーさんが留守の日は僕の家に泊まってくれる。
電話もメールもしてくれる。
「でも、不安なんでしょ?」
不安…?
これは不安と言うのかな。
「不安、ではないよ」
ふとした瞬間に恢の気持ちを感じられるから。
「僕が…」
恢と石崎のじゃれ合いは終わったのか、ケータイを覗き込んで何やら話している。
仲良いなぁ…
「箏くん?」
ヤスの瞳が目に入る。
「うん…僕が欲張りなだけだから」




──────

クラス委員継続は2年の三学期が始まった時に紺野先生から頼まれていた。
クラス自体は纏まりのある方だし、引き受けた。
定例会が終わって荷物を片付けて教室を出る。
春は3年生がバタバタするため、全クラスの委員が集まったのは今日が初めて。
……1年のクラス委員を見て固まってしまった。
僕が気が付いて固まっていると嬉しそうな笑顔が返ってきた。

「箏太センパイ!一緒に帰りましょーよ」
肩を叩かれ振り向くと赤茶の髪の毛の1年…
「小野…」
僕と同じ中学出身の後輩、小野雅史(オノマサフミ)だった。
「せっかくだし!ねっ」
元気良く言うと僕の手を掴んで歩き始める。
「手っ!手、離せってっ」
恢以外の体温に背筋に悪寒が走った。
「もー、センバイ照れちゃって〜」
「やめ…っ」
掴んだ手はそのままに小野の腕に抱き込まれた。
「おーい、小野〜!ちょっとこっちこーい」
のんびりとした声が廊下に響いて腕が弛んだ。
「んだよ…せっかく箏太センパイ堪能中なのに」
ぶつぶつ文句を言う小野の手を振り払って距離を取る。
小野を呼ぶのは柊先生。
目が合うと少しだけ目元を緩めて合図を送ってくれた。
それに頭を下げて足を進めた。
「あっ!箏太センパイ待ってよ!」
「こら、小野ー!さっさと来い」
小野を呼ぶ柊先生を無視できないと悟ったのか諦めて僕から離れる。
「箏太センパイ」
真面目な声に振り向く。
「これからよろしくね」
僕を射る強い瞳に眉間が寄る。
「木嶋センパイ逹も居ないし、ね?」
小野から顔を背けて廊下を歩く。


小野雅史は中学の後輩。
気さくで誰に対しても明るく接する。
感情表現はストレートでスキンシップ過多。
なぜか僕のことを、好き…らしくて…
手を握るのや触るのは日常的。
隙あらば抱きついてくる。
中学の時はミカと友達がブロックしていてくれた。
ミカは『待ての出来ない大型犬』と言っていたけど。
僕は餌じゃないんだけどなぁ。
溜め息を吐いて校舎を出た。



[next#]

1/6ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!