カイとソウ《2》
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──────

馴染んだ、髪の毛を軽く掻き混ぜる感触に顔を上げた。
「そーた」
僕の隣に腰を降ろすとすぐに肩を抱かれた。
「57分」
ケータイで時間を確認したミカが呟いた。
「合格」
「……そりゃ、どーも」
僕の肩を抱く手に力が籠る。
チラリと窺った恢の顔ははっきり言って怖い。
機嫌が悪いなんてレベルじゃない。
怒っているのは明らか。
「そーたはなんで泣いてるの?」
覗き込まれて顎を引く。
「そーた」
僕を咎めるような声に肩が跳ねた。
「恢くんが原因」
「ミカ…っ」
慌てて止めたけど意味がなかったみたい。
恢の手が僕の浮きかけた体を引き戻す。
「どういうこと?」
ミカはしっかり恢を見つめている。
白と黒のコントラストがはっきりとした瞳は強い光を放っている。
こういう時のミカは僕の力じゃ止められないんだ。
「箏ちゃんが泣く原因は恢くんだってこと」
そっと窺った恢の表情は険しい。
険しくて怖いのに…
あぁ、でも綺麗だなぁ。
逃避をしているのか、僕の頭はそんな場違いのことを考える。
「こんなに惚れ惚れと見つめちゃってる箏ちゃんを泣かせるなんて、信じらんない」
ミカの呆れたような言葉に恢が振り向く。
「そーた」
視線を逃がす前に頬を包まれて動けなくなる。
「顔、真っ赤…」
「……ゃ、やだ…っ」
恥ずかしさに恢の手を掴んで頬から剥がそうとしたけど、全然ビクともしなくて…
ちゅ…っ
額に感じた柔らかくてしっとりとした感触。
「ば、か…っ」
全身の血液が集まってきたのかと思うほど、顔が熱い。
「かわいーなぁ」
とろり、と蕩けてしまいそうなほど甘い笑顔が僕に向く。
「はいはい…いちゃこらはここでしないのー!その前にすることがあるでしょっ」
ミカの声に恢の手は頬から離れて、また肩を抱き締める。
「…ありがとね」
先ほどまであった空気は綺麗に払拭されて恢はミカに笑いかけた。
「箏ちゃんが泣くようなマネだけはしないでよ」
「肝に命じときます」
そう言うと肩から手が離れて、そのかわり指が絡まる。
「恢、手…っ」
「いーから」
だって…!
こんなの見られたら言い訳できないよ!?
「俺が繋ぎたいから、いーの」
指を絡めたまま器用に財布を取り出すと伝票の上に紙幣を重ねた。
そうするのが当たり前のような行動にますます顔が熱くなる。
「じゃ、またね」
ミカがひらひらと手を振る。
「箏ちゃん」
「…な、に?」
「男ならガツンと言っちゃいなさいよ」
「ミカのばか…っ」
そんな悪態にも笑顔で返されてしまった。
本当にミカには敵わない。



恢の乗ってきたバイクに乗せられて僕の家へ向かった。
恢の背中に擦り寄ると回した手を軽く叩いてくれる。
そんな些細なことに安心して、目を閉じた。

玄関を開けると靴を履きかけたかーさんがいた。
「あら、おかえり〜」
のんびりとした声をかけられる。
「ただいま。今から?」
「うん。何もなければ明日の昼くらいに戻るから」
立ち上がると僕の後ろに立つ恢を見上げる。
「そんなわけだから、ゆっくりしてってね」
「はい」
それに笑顔で返すとドアから出ていった。
玄関からリビングへ移動していると車のエンジン音が響く。
その音を聞きながら恢を見た。
「なんか飲む?」
手を取られて強い力で引き寄せられた。
「か、い…?」
額を恢の肩にぶつけた。
硬い骨の感触はかなり痛い。
「どうして泣いてたの?」
耳元での低い声。
「ぁ…え、と…」
べろり、と耳朶を舐められて身が竦んだ。
「俺には言えないの?」
纏う空気が変わっている。
さっき、ファミレスで会った時と同じような…
怒りが伝わってくるようなもの。
「ねぇ、そーた」
吐く息が震える。
「詠にもミカちゃんにも話せるのに、俺には何も言わないのはなんで?」
ぐちゅり、ぐちゅ…
恢の熱くて濡れた舌が耳の穴を嬲る。
脳に直接響くようなその音は僕の思考を削り取っていってしまう。
「そーた…答えて」
「ひっ…ゃ、あ」
ぎゅっと耳朶を噛まれて痛みが走る。
「どうして俺以外の前で泣くんだよ」
握られた手は解放されて体が離れていく。
包まれた体温が無くなって思わず恢を見つめた。
「俺には話してくれない?」
違う、と首を振る。
「じゃあ、どうして?」
だって、僕の我が儘が恢の負担になっちゃうよ。
僕は恢を応援したいし、支えたいのに。
僕がうまく自分をコントロール出来ればいい問題だから。
「俺以外にあんな顔見せるな」
「恢…」
「ねぇ、そーた…本当はそーたのことを閉じ込めてしまいたいんだ」
「恢」
「閉じ込めて、そーたの世界は俺だけにしたい」
「か…い」
「そんなこと、できないけど…でも」
もう一度絡んだ指が強く握られた。
「そーたのことで俺がわからないことがあるなんて、許せない」
「…ぁ…んっ」
がぶりと噛み付くように合わさった唇。
「ぅ…いたっ…ぅ、んん…っ」
唇を割って引きずり出された舌を恢の歯が噛む。
走った痛みに体が強張ったけど、すぐに優しく吸い上げられて力が抜けた。
「だって…っ」
「なぁに?」
絡んだ指を強く握る。
そこから流れる体温はひどく安心する。
「僕の我が儘だからっ」
「そーたの我が儘なんて、我が儘のうちに入らないよ」
だから教えて、とまた唇を合わせる。
そのまま絡んだ指が強く壁に押さえつけられて、恢の体温と柑橘系の香水に包まれた。
合わさった唇からは熱を孕んだ荒い息と、跳ねるような水音。
見つめる瞳はゆらゆらと熱で揺れている。


「恢の傍に居たい」
「うん」
「近くに居たい」
「うん」
「そうじゃない日は、寂しくて」
「うん」
「怖くなる」
「うん」
「自分でうまくコントロール出来なくて…情けない」
「そーた」
絡んだ指は離れたけど、その代わり足が絡む。
肩を抱き寄せられる。
乗せた胸から規則正しい鼓動を感じる。
全身で恢を感じる。



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