恋をした、ふたり。
もっと もうすこし ☆☆


奥さんが作っておいてくれたのは良く火が通ったビーフシチュー。
これは喫茶店でも時々メニューに入っていて、俺の好物。
奥さんは本当に料理上手だと思う。
「…もう食わないのか」
「おなかいっぱーい」
俺は同年代の中では大食いでない。
たぶん普通。
智尋はそんな俺よりも食べる量が少ない。
それはいつものことだし、人それぞれ食べる量が違うのは当たり前だと思う。
ただ、いつもの半分ほども食べなかったら心配になる。
「そりゃ軽くなるだろーが」
「えー?」
かくん、と首を傾げて俺を見るグレイの瞳。
「…やっぱり体調悪いのか?」
「悪くないよぉ」
不思議そうな表情に嘘はないと思う。
それならどうして食欲が落ちているんだ。
「最近、こんなもんだし」
だから大丈夫、と言うけど…
「いつから」
「そんなん、わかんないよ〜」
困ったように下がる眉。
昼休み、一緒にメシを食ったのはいつだっけ。
それ以外で智尋の食事量を知ることはあまりない。
考え込んでいたら使った食器を下げた智尋が覗き込む。
「隆哉、疲れてるでしょ?お風呂入ってきなよ」
「ぁ…、あぁ」
いつもと同じように俺の疲労を気遣う。
人のことには良く気が付くのに。
「後で着替え置いとくからね〜」
食器を洗い始めた智尋に頷いて風呂場へ向かう。
本当に仕方ねぇな。
溜め息は、飲み込んだ。


体に付いた泡を流して湯船に浸かると自然と吐く息が長くなる。
初めてこの風呂を使うことになった時、智尋は恐縮しまくっていた。
人の噂に疎い智尋でも俺の家のことは知っていた。
智尋風に言えば、庶民の自分なんかと、ということらしい。
そりゃまあ、家の大きさや部屋の広さ、そういう物は差があると思う。
それでもやっぱりその場に暮らす人が重要だから。
ここの家は優しい空気に包まれていて落ち着ける。
そう。
それは智尋そのもの。
手を組んでグッと腕を伸ばす。
「上がるか」
洗濯機の上に丁寧に畳まれたバスタオルと着替えのスウェットを見てだらしなく頬が緩んだのは言うまでもないだろう。


入れ替えで風呂に入った。
智尋の金色に見える髪の毛は濡れるとより輝きが増す。
キラキラとした髪の毛をドライヤーで乾かしてやるといつものふわふわとした手触りになった。
満足して数回髪を梳いてからドライヤーを片付けた。
「隆哉はさぁ、元カノさんにも優しかったでしょ」
「は?」
「髪…乾かすの、上手いしさぁ」
「…なに」
「優しいしさぁ」
「智尋」
「背ぇ高いしー、いけめんだしー」
「おい」
立てた膝に腕を乗せて顔を突っ込んでいるから表情は分からない。
分からないけど…
どうでもいいところに引っ掛かっているように思う。
「…った〜ぁ」
パシン、と頭を叩いてやった。
漸く上がった顔は情けないもの。
グレイの瞳を覆うのはゆらゆらと揺れる涙の膜。
「お前にしかしてねぇよ」
「たかや…」
「俺が誰かの世話を焼くと思ってんのか」
「偉そうに言うことじゃないでしょー…」
親指で目の縁を撫でたらうっすらと涙が移る。
それをペロリと舐めた。
「しょっぺぇな」
赤に染まっていく頬を掴まえて今しがた撫でた目の縁を唇で触れる。
少し湿った肌を唇で撫でると智尋の体が小さく震える。
そういうの、かわいいなと思う。
「でも、ちゅー…、上手いし」
「誘ってんのかよ」
頬を掴まえたまま引っ張ると智尋の柔らかな唇が俺の唇に触れる。
「誘ってないもん」
「うそつけ」
そう言って智尋の唇に舌を滑らせて隙間から差し込んだ。
つるりとした舌を撫でたら素直に絡んでくる。
「ん、ん…ぁ……ふ」
鼻にかかる声は柔らか。
グレイの瞳にあった涙の膜は引っ込んで、その代わり甘くて蕩けてしまいそうな熱が籠る。
「ドロドロにしてやるから」
「…えっち」
「うるせぇよ」
抱きついて言われてもな。


着ていたスウェットを脱がせて久しぶり智尋の裸を見て、顔が険しくなった自覚はある。
それを見た智尋があわあわと焦っていたけど。
毛布を掴もうとした手を捕獲して布団に縫い付ける。
「んだよ、これ」
「たか、や」
不安そうなグレイの瞳が俺を見る。
さっき智尋をおんぶした時に感じた軽さは正解だったわけだ。
ただ、それがここまで目に見えるとは思わなかったけど。
もともとが細い体。
「痩せすぎだ」
「え」
「ばかやろう」
浮き出た腰骨といつもよりくっきりとした鎖骨。
肋骨が浮いてないだけマシか?
いや、でも膝もかなり骨っぽいぞ。
「倒れて当然だ」
怒気を含んだ声になったのは、仕方ないだろう。
きっとマスターも奥さんも心配していたはず。
「どうしてメシを食わないんだ?」
「…わ、かんな」
「わかんないじゃねぇだろ」
智尋がこんなに痩せてしまっていたことに気付けなかった自分にも腹が立つ。
「……俺に言えないか?」
グレイの瞳がぱちりと瞬く。
「倒れたのに、俺には言わなかったし」
生徒会室での会議の後、教室に戻る前に智尋のクラスへ寄った。
居ると思った姿は無く、変わりに心配そうな表情の牧田が居た。
牧田から智尋が早退したと聞いて…
でも放課後の会議も抜けられなくて。
漸く見れたケータイに残されていたのはマスターからの留守電。
智尋が早退してきたこと。
親戚の結婚式へ出席するために今夜、出発すること。
智尋が一人で留守番すること。
心配だから、時間があったら寄って欲しいこと。
2回に分けられた留守電のメッセージ。
副会長の吉乃に後始末を押し付けてやって来た智尋の部屋。
真っ暗な部屋に響く寝息に安堵してその体を抱き締めたんだ。
「隆哉…?」
「俺はそんなに頼りにならないか」
握り締めた智尋の手から血の気が引いていく。
白い肌が更に白くなる。
「……違うな」
「隆哉」
「頼りにならないんじゃないな」
握り締めていた手を離したのに、智尋は動かない。
「俺が…、俺に遠慮をさせてしまうのは、俺が不甲斐ないからだな」
ゆらり。
グレイの瞳が揺れる。
体を起こして智尋の体に毛布をかけてやった。
智尋が俺を頼れないのは、俺に余裕が無いからだ。
少なくとも、智尋から見て。
だから忙しいから、と遠慮してしまう。
「た、か…」
細い声が俺を呼ぶ。
不安に揺れる声を出させているのは俺だ。
「悪い」
今日は下で寝る、と言おうとした。
でもそれは脇からの衝撃に体勢を崩して言えなかった。
飛びついてきた体を抱き留めて勢い良くベッドに倒れ込む。
頭がベッドからはみ出してしまった。
「…あ、ぶね」
ホッと息を吐いて智尋の肩を抱き締めた。
「智尋、大丈夫か?」
肩を叩いて上体を起こす。
脇腹にしがみついたままの智尋は小さくだがいやいやをしている。
「おい?」
「ゃ…、だっ」
「え?」
涙に掠れた声。
「やだから…」
ここにいて。
イイコにしてるから、どこにも行かないで。
脇腹を擽るように溢れた言葉たち。
「離れたらやだよ…っ」
「智尋」
本格的に泣き出してしまった智尋を抱き上げて膝に乗せる。
「どこにも行かねぇよ」
ポロポロと零れる涙を指で掬っても追い付かなくて、目尻に直接吸い付いた。
「傍で見ててやるから」
だから泣き止め。
そう囁いてキスをした。


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