恋 を する
3
朝っぱらから吉乃に捕まった。
どうしてネックレスを智尋に渡したのか、聞かれた。
どうして智尋と名前で呼ぶのか、聞かれた。
どちらもそうしたかったからとしか言い様がない。
だからその通りに告げたら呆れたように溜め息を吐かれた。
『無自覚とか迷惑なので止めてください』
そう言うとまた溜め息を吐く。
『好きなら好きと、ちゃんとしてください』
真剣な顔と呆れた声色は変な釣り合いが取れている。
『腹立たしいですけど、羽鳥は喜んでますしちゃんとするなら認めます』
上から目線の慇懃無礼な言葉に苦笑をした。


智尋を好き、かどうか。
はっきりとしない気持ちで、だから今日のコーヒーは俺が受け取りに行こうと思っていた。
智尋からのメールに気が付いたのは受信から10分ほど経っていた。
風紀委員長からの報告を受けていたら気が付かなかった。
内容は言わずと知れた野崎のこと。
頭が痛くなるような内容に苛立ちが募る。
風紀委員長と溜め息を吐いていたら生徒会室のドアがものすごい勢いで開いた。
「隆哉!隆哉!!さっき隆哉のポットとネックレス盗んでたヤツがいたぞっ!!」
喚く声は相変わらず耳障りで悪寒が走るけど、内容は聞き逃せなかった。
「なに」
「だからさっ、さっき昇降口で隆哉のポットとネックレス盗んだヤツが…」
手にしていた書類を放り出す。
「吉乃!あと頼む」
頷いたのを確認して絡んでくる野崎を振りほどき、生徒会室を飛び出した。
すれ違う生徒が驚いて端に飛び退く。
最上階にある生徒会室から一気に駆け降りて昇降口に向かった。
「智尋!」
俯いて立っている背中が見えた。
「智尋っ!」
大きく肩を震わせると顔を上げて振り返った。
驚いたのか、グレイの瞳が丸くなる。
そこからポロポロと落ちていく、涙。
「智尋…」
くしゃりと歪んだ顔。
唇が動く。

──ごめんなさい

抱えている紙袋とポット。
くしゃくしゃの紙袋と砂に汚れたポット、と。
無かった。
いつも留められていない襟元に光るネックレス。
それから俺が付けたターコイズのネックレス。
「智尋」
勢い良く頭を下げると走り出した。
突然のことに頭が真っ白になる。
智尋になにがあった。
泣いていた。
それから、謝った。
「智尋…智尋…っ、智尋!」
捕まえなければ。
いま、すぐに。
なにをどうするとか、誰かが見ているとか、どうでも良くなる。
いま、智尋を抱き締めないと。
上履きから靴に履き替えて智尋を追いかけた。




走っているからだけじゃない、壊れたみたいに打ち付ける鼓動。
はやく、はやく捕まえないと。
焦る気持ちと裏腹に智尋になかなか追い付かない。
見えているのに。
思わず漏れた舌打ち。
「足、速ぇだろがっ」
ひょろひょろした体のクセに何でなんだか足が速いとか、反則だ。
俺だって足は速いのに、追い付けない。
「ち…く、しょっ」
喫茶店に入る横道へ曲がった背中。
あのまま部屋まで行ってしまうのか。
マスターに何て言う?
奥さんに何て言う?
一瞬、頭に浮かんだごちゃごちゃとしたもの。
「関係ねぇよっ」
智尋から僅かに遅れて喫茶店に飛び込んだ。
「マスター!お邪魔しますっ」
驚いて目を丸くしつつも頷いてくれたから、そのまま自宅へ繋がるドアを開けて靴を脱ぎ捨てる。
大きな音がしてドアが閉まった。
階段は一段階抜かしで3階まで駆け昇った。
濃い茶色のドアを開ける。
ベッドに布団の塊があって、震えていた。
微かに聞こえる嗚咽。
荒くなった息は数回深呼吸して整えた。
「智尋」
大きく跳ねる布団の塊。
それからまた聞こえる嗚咽。
「智尋、智尋」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
布団の塊が小さく縮こまっていく。
「智尋、顔見せろ」
やだと泣く声。
「見せろ」
布団を掴んで勢い良く剥がした。
紙袋とポットを抱き締めて丸くなっている背中が震える。
「ごめんなさ」
「怒ってるわけねぇだろ」
怪我はないかと頭を撫でるとそっと顔が上がった。
涙でぐちゃぐちゃの顔。
ふ、と笑いが漏れて掌で頬を包んだ。
「智尋、ネックレスどうした」
グレイの瞳が歪む。
それから唇がごめんなさいと言う。
「なにが」
さっきから離さずに握り締められている制服のポケット。
そっと指を解いてポケットに手を突っ込んだ。
金属音がして、指にヒヤリとした感触。
掴んで取り出したもの。
絡まって千切られた2本のネックレス。
息を飲んだ。
「智尋…」
「ごめんなさい…こわ、こわれちゃった」
隆哉がくれたのに。
そう言ってまた涙を流す。
「か、さんのも…っ」
「智尋」
泣きじゃくる智尋の肩を抱き寄せる。
背中に回した腕に力を込める。
「大丈夫」
「た、か…ゃ」
「元通りにしてやるから、泣くな」
「たかや」
「智尋、大丈夫だ」
ぎゅう、としがみついた体をもう一度、きつく抱き締めた。



泣き疲れてうとうとと微睡み始めた智尋をベッドに寝かせた。
体が離れるとまた涙を零すから、手を握って頭を撫でた。
しばらくそうやっていたら小さな寝息が響き始める。
目尻溜まった涙を親指で拭う。
握っている手に額を擦り寄せている智尋を見つめながらケータイに手を伸ばす。
「……俺だ」
『羽鳥はどうですか?』
落ち着いた、でも苛立ちを隠そうとはしない吉乃の声。
「泣き疲れて寝た。クソ猿はどうだ」
『もはや公害ですね』
苦々しい声に口許が歪む。
『言い分としては…隆哉のポットとネックレスを盗んだから俺が取り返そうとした、ということです』
腹の底が冷えていくような気がする。
「俺のもだけど、智尋の母親のものも引き千切られてた」
電話越しに吉乃が息を飲んだのが分かった。
智尋の首にはひどい擦り傷が出来ていた。
傷が深いところは抉れたようになっていて…
どれだけの力で引っ張ったのか。
「許さねぇよ」
『会長』
「智尋を傷付けた代償は払ってもらう」
『……ひとまず風紀と連携を取りますか?』
「いらねぇ」
『……なに、を』
「俺がする」
『会長…』
「野崎のデータ、持ってんだろ?全て俺のメアドに送っておけ」
『全て、ですか?』
「全てだ」
『…わかりました』
通話の切れたケータイを放る。
完全に眠りに落ちた智尋の手を布団の中に入れて立ち上がる。
座卓に置かれたポットと紙袋。
紙袋を手に取って中を覗く。
形が崩れてボロボロになったケーキ。
奥さんが作ったのか、智尋が作ったのか…
どちらにしても俺のために用意してくれたもの。
紙袋に戻してそれを持って部屋を出た。




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