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あの時の僕は、たぶん、君を愛してた




『何してるの、?』

「…え、?」

『……怪我、してるの?』

小さな木の葉みたいな手のひら、真珠のように丸くきれいな瞳、りんごの赤を連想する唇、君を構成するそのすべてが僕の時間を止めた。

『おいで、手当してあげる!』






まだ幼稚舎に上がる前のことだ、父につれられてきたバラ園で、俺はそのきれいな薔薇に魅了され手を伸ばし、そして案の定、その儚げな美しさを隠すように牙を向く棘を指に突き刺してしまった。ぷくり、と浮き上がった血に恐怖を覚え、父の元へ走った俺はそのまま激しく転倒することになる。

男なら泣くな。

バイオリンを習うこんな女々しい俺にも、父はよくそう言っていた。その父の言葉が頭の中をぐるぐると巡り、溢れそうな涙をこらえた俺に声をかけてくれたのが、彼女だった。

そのままそこに滞在した一週間、彼女は俺とずっと遊んでくれた。薔薇園の地図も覚えたし、かくれんぼや、だるまさんがころんだ、という遊びを教えてくれた彼女は俺よりもずいぶん男の子らしかった気がする。その代わりに俺は、彼女にバイオリンを教えてあげた。

夢のような一週間だった。でも、夢はすぐに覚める。

一週間後、迎えのリムジンに乗った俺は彼女と離れることが嫌で、泣いた。彼女も涙を浮かべながら俺に小さな紙袋を渡してくれた。薔薇園の横にそびえる大きな屋敷から離れていくリムジン、飛び降りてやろうかとも思ったが、大きく手を振り続ける彼女を見つめたまま、俺は何もできずにただ泣いていた。



「…なんだ、そんなにニヤニヤして、気持ち悪いぞ」

「日吉…!」

中等部の入学式当日。昔から変わらない顔ぶれが体育館から出て行く中、俺はそわそわして何度も人とぶつかったりつまずいたりしていて、それを見かねた日吉が俺の腕を引き、人混みから連れ出してくれた。

「なんか変だぞ、お前。そわそわしてるしよ」

それも無理はない。俺は首にきらめくクロスのペンダントを握りしめると、新入生代表として壇上で作文を読んだ、イギリスから引っ越してきたというブラウンの髪の少女の顔を思い出していた。忘れるわけもない、あの別れの日、俺にこのペンダントをくれた、彼女だ。


「あ、日吉、先に行ってて、!」

「あ、おい…、!」

新入生の人混みの中に彼女を見つけ、俺は走った。小さな木の葉みたいな手のひら、真珠のように丸くきれいな瞳、りんごの赤を連想する唇、そのどれもがめまいがするぐらいに美しくて。

「あ、あの、!」

『…え、?』

不思議そうに振り向いた彼女が、俺の顔を見た瞬間に笑顔になる。今、言わなければいけない。あの日感じた気持ち。子どものくせに、そうみんなは笑った、でも。

『…、長太郎くん!』

にっこりと笑った君の嬉しそうな表情、伸びたブラウンの髪、長いまつげ、ピンクに染まった爪も、あの頃より大人びた君の全てが、俺の時間を止めたんだ。

 
あのときのぼくは、
たぶん、君を愛してた


(ず、ずっと、好きでした、!)
(あの日、会った時から、!)

(…え、?ほんと、に、?)
(私も、ずっと好きだった、!)

幼い子供の戯言、なんてもう言わせない。互いを思い続けたこの思いは、そんな儚いものとは違う。それは、離れていた時を感じさせないぐらいに、僕らを繋ぎ止めるんだ。

あのときの僕は、たぶん、君を愛してた。幼いあんな子供でも、あれがどんな感情だったか、よくわかるよ。あれが、恋だった、って。







あきゅろす。
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