頂文
Ambivalence(トディさん)
青の中心命題×約束の瓶詰 短編小説
[Ambivalence]
・・・・・・
その知識が事実なのか夢で見たものなのかは記憶が遠のくほど曖昧になる。だが夢は自分の域を"出ない"はずなのだから、自分から物を教わることなどあるはずがない。
夢の語り手は誰なのか?
自分が思いもつかぬ物語を見せる者とは?
誰も自分の域を出ない。だがそこに同居人がいるとしたら。
Ambivalence
・・・・・・
夢で見た場所と物は実在した。
公立図書館のとある本棚の足元の隙間に指をすべり込ませたとき、予見していたのとまるで同じタイミングでそれが触れた。
一冊の本だった。俺が夢で見たのはここまでだ。
本は全てのページが糊付けされていた。
波打つような形でいびつに固まったそれは少し開こうとすればバリバリと音を立てる。表紙と背表紙は破り取られていた。
昼下がり。
羊の目が高い間は戸外が怖いから、図書館に来ている人も少ない。
びり。
むりやり開いたページには、1枚の羽が封じられていた。
・・・・・・
その夢を見たのはずいぶん前になる。
眠れない夜だった。何度も目が覚めるのに時計は1分も進んでいなく、目を閉じると同じ夢に戻った。
仕方なく夢の続きを見ていた。
本物じゃないものは、ピントが合うある距離から見るときだけ本物に見える。それを絵というのだけど。
全部が絵に見える夢だった。
自分も明日や明後日へ、ペラペラと飛んでいくのだという気がした。
地面との隙間に手をさし込むと何かが触れるのに取ることが出来なかった。それも絵だったからだ。
本から剥がした羽を観察する。
どんな鳥から生えていたか想像できない色形。
別のページを割り開くと、同じように羽が挟まれていた。
「‥‥‥」
面が破れたページはうまい具合に散文になっていて、単語と単語の不思議なつながりを示している。
あなた、面白い、好き、これから、飛ぶ。
黒、見解、一人、これ、それ、あなた。
あなたは、彼に育つ、人?
私の手指が絵筆だったらものを押さえるとき苦労するでしょう。私の心が足の裏だったら、さぞ痛かろうでしょう。
「‥‥」
この世に存在しないものが語りかけてくる。
それを存在させないために、俺は本を黙ってもとの場所に戻した。
・・・・・・
‥ある朝自分が自分じゃないような気がして、背中の翼がどこまで根を張っているのか分からなくなり、自分と思(おぼ)しきほんの一部を小さく包んで逃亡した人がいた。
残した翼をそのへんにあった本に綴じて。
絵だった世界から引き抜いた羽により、
今が始まった。
失った物は、あった証拠。
今は出来ないけれど本当は飛べる人の‥
・・・・・・
・・・・・・
窓の外から話し声。
空から聞こえたようにも感じた。鳥だろうか?
窓から、人々が傘を差して歩く街道を見下ろす。
そこに俺が見たものは‥
羽が千切れた天使のようなもの。
天使ではない何か。
あの羽をその人に返してやれ、と心が鳴く。
なのに俺は戸惑った。それが幻覚だったら周りの人から奇妙がられて恥をかいてしまうだろう、と思ったから。
もしくはそれを持ちかけたら「あなたは見るからに羽が無いです」と指摘するようで顰蹙だと思ったから。
現実は夢じゃない。
信じがたいことを信じると間違う。
しかも一歩踏み出した俺を1匹の猫が遮った。
どこか奇妙なそれが本物か偽物か、自分でも不思議だけど区別がつかなくて。
どうしたって道を塞ぐそいつは俺にこう言った。
「絵に描かれた本の次のページには何も書かれていないはずのに、それをめくることが出来ると感じるんだね。もう1段あると思って階段を踏み外すみたいに。
わるいけど、あの天使に会うことは許さないよ。あれに触れることは出来ないからだ。あと、君が羽まみれになるからだ」
俺はその言葉を疑った。
だってあんなにも明らかじゃないか。
あんなに明らかにいるじゃないか。
触れないわけがない。
邪魔をされると余計にやりたくなって、猫を放ってやろうと伸ばした俺の右手に、あの糊付けの本が握られているのに気付く。
「ほら見なよ。忘れたほうがいい」
・・・・・・
俺は一度開いたページを糊付けしながら、あの天使のことをいつか見た記憶があると思い起こしていた。
それが夢の中だった現実だったかは定かじゃない。
改めて観察して分かったが、この本は既に幾度となく封じられては破られることを繰り返してきたらしい。
自分と思しき部分以外をここに置いていかなくちゃ。
end.
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登場:ソラ(青の中心命題)
ククルダク、御宿よじげんの亭主(約束の瓶詰)
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トディさんの日記に掲載されました短編小説をかっさらって参りました。天使の噂話、リンクする空間。時間が交錯するようです。トディさんの空間で天使を見たのです、そこにいたのですよ、そう誰かに打ち明けたくなる。
ありがとうございました。
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