ハクション大魔王
拍手お礼[帝王院]
一目惚れ、なんて言葉信じてなかった。
この辺ではまず見ない上質な制服を身に纏う、それこそこの辺ではまず見ない美貌の男に呼吸を忘れたなんて、だから信じられなかったのだ。

「やだ、居たの?」
「誰?」
「うちの兄貴。無視していーよ、馬鹿が移るし!」
「こんにちはー、お兄さん」

飄々と。
建て売りの平凡な我が家の玄関先で、身を屈めた長身が笑う。
キラキラ輝いていた。
眩しいくらいに。
着崩した着慣れた学ランが恥ずかしいものに思えた。
悪友の誰かと同じ香水の香り。
まるで別ものの様に。


「似てるねえ」
「えー?」
「目かなあ。お兄さんのが色っぽい目、してんねー」
「やだぁ、もう、兄貴あっちいけよ!」


何かを企んでいるかの様な。
まるで眼中にない様な。
唆す様な。
手招きする様な。

あの眼に囚われた時、世界が狂ったのかも知れない。



「じゃ、またね。お兄さん」


妹の男を欲しがる俺なんか、死んでしまえば良いと思う。






付き合ってた女がいた。
馬鹿だし化粧は濃いし言葉遣いも悪いし、だけど。好きだ好きだと惜しまず好意を注いでくれた、可愛い女がいた。
3年目の記念日にケンタッキーで乾杯したのはつい最近だったと思う。互いに工業高校の3年、卒業にはギリギリの単位ながらそれでも日々に不満なんかなくて。

悪ぶった悪友達も近頃落ち着いてきて、夜の町からは足を洗った、なんて何様か。


バイクで風になるのもやめた。
喧嘩もやめた。
煙草はもうどうしようもないけど、惚れた女の為に卒業したら迷わず働くぞ。と。誰にも言やしない秘密の決意、子供は二人、賑やかな家庭を作るつもりだったんだ。



「こんにちはー、お兄さん」

だから、本当に。
俺なんか死んでしまえば良いのに。

「違うよ、今日はねえ、お兄さんに会いに来たの」

迷わず今までの日常にしがみついていたなら。その眩しいばかりの存在に目を奪われたりしなければ。

「物欲しそうな目で見てたから」

唆す様な。
縋り付けば突き放す様な。
誘う様な。
手を伸ばせば背を向ける様な。

言葉に出来ないその眼差しと笑みに、正常な思考など何処にも存在しなかった。





泣きながら縋り付いた厚化粧の彼女が、妊娠していたと知ったのは随分あと。
男に捨てられた妹が部屋から出なくなってもう何年目だろうか。


テレビにも雑誌にも街中にも。
あの光に満ちた男で溢れている。人間を惑わし狂わせる、悪魔が。


「どうしたの、ぼーっとして」
「…いや、昔を思い出してた」
「二十歳の癖にオッサン臭いわね。さ、撮影時間よ」
「ああ、判ってる」
「コマーシャルも取材も上々、このままトップに躍り出るわよ!私が見付けてきた金の卵ですもの!ほーっほっほっほっ」

悪魔が今、目の前のモニタで笑っていた。
新しいコスメのコマーシャルは旬のタレントやモデルばかり集めて。煌びやかな集団の中心で、悪魔はただただ王者の笑みばかり。


「リハ行きまーす!スタンバイして下さい」
「さ、呼ばれてるわよ」
「…ああ」

一生に一度の恋だと、思った。
だから追い掛けて今や新人タレント、卒業式すら忘れて。お前に近付いたんだ。

「ハヤト、紹介してくれたって言うモデルはまだ?」
「あれ?まだ来てないのー?」
「モデルさん到着しました!」

二年、ずっと。ひたすら。肩を並べられる様に、



「ほう、狭い空間に人間が犇めいている」
「陛下、見学させて頂くんですからもう少し愛想良くしましょうね」
「何で俺様がこんなむさ苦しい所に…」
「黙れ高坂、うちの隼人の晴舞台を見せてやってんだからグダグダ抜かすな」
「うひょ、あそこに居る奴ちょー見た事あるっしょ!(//∀//)」
「大河ドラマに出てたぜ」
「アニメ映画の声優にもキャスティングされてましたよね」
「フレイムザードの主人公の声やってた人だよねー。サイン貰えないかなー」
「フレイムザードかぁ、ぁれ難しぃよねぇ」



…何だ、あの煌びやかにも程がある集団は。



「そこの俺様溺愛攻め系健気受けな匂いがするお兄さん」
「…は?」
「この花束を捧げましょう」

純白の薔薇を抱えた長身を前に、グレてた頃ナイフを突き付けられた時より恐怖を感じて背を正した。


「俺の胸を貫いた矢の数だけ、貴方に」
「え、あ、いや、」
「貴方の笑みを求め足掻く惨めな雄を嘲笑って下さい」
「は、はい?!」
「出逢いの刹那奪われた呼吸を、…互いの脈動が思い出すまで」


ふわり、と。
腕に花束の重み、網膜には太陽より眩しい微笑。


「あにょ?」
「あ、の。お名前、は」
「遠野俊16歳です!」
「俺は、」
「ボスのバカー!浮気禁止ー!」

涙目で叫ぶ悪魔を横目に、案外惚れやすい体質だったらしい俺が業界を辞めるのは近いかも知れない。

「ふぇ、まだサイン貰ってないにょ!タイヨーが好きなゲームの声優さんにサイン貰ってないにょ!せめて録音だけ!」
「隼人君のサインだけで我慢しなさい」
「うぇぇぇん」

引き籠もっていた妹が、いつの間にか腐女子と言う人種に生まれ変わっていた事を知ったのは、もう少し後の話だ。



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隼人はもう因果応報。

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あきゅろす。
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