脇道寄り道回り道
主人公誕記念フタイヨー(更新履歴ログ)
爛れてんな、と。
皮肉を薄ら笑いを浮かべながら笑った男に、慣れた愛想笑いを返す。

「嘆かわしいったらねぇぜ。健全である筈の青少年には、清らかな魂なんざ欠片も宿っちゃいねぇ」
「おや。お互い様だと思いますがねぇ、私は」

この顔が何よりも嫌いな彼は不機嫌を露わに舌打ちし、顔を背ける様に目を逸らした。

「流石に好い加減、アイツに同情するぜ。大概解放してやれよ、役員が誘拐犯なんざ冗談じゃねぇ」
「ああ、統率符などいつでも返上しますよ。そもそも私の役職など、甘い蜜所かただのサービス残業でしかない」

押し付けられて良い迷惑だと呟けば、シュガーレスのカフェインを啜った彼の双眸が歪んだ。笑っているらしいが、嘲笑にしか見えない。

「押し付けられて、ね」
「何か言いたいのなら遠慮なくどうぞ、光炎閣下」
「いや?何もねぇよ、麗しき白百合サマ」

他人には優しい癖に(その優しさが判り難いので大変愉快だが)、気を許した相手には最後の最後まで甘やかしたりしない。
だからこそ、どうしようもない時には誰よりも強い味方になるのだが、今はその時ではないのである。

「そろそろ帝王院が口出ししてくるだろうよ。飼い主の我慢が限界だろうからな」
「…残念ながら、これは同意の上でしてねぇ。陛下は勿論、例え猊下の勅命だろうが意味はない」

溜め息を吐いた日向が肩を竦め、顔だけ振り返った。
晩秋の深い淡い緋色の黄昏を背に、彼は何処までも神々しく、また凛々しい姿で一言、



「つくづくタチの悪い奴だ、…相変わらず」

憐れみの眼差し、だ。









この手がどれほど汚れているかなんて初めから判っている事だ、などと諦めていたのは近い過去。
求める事すら罪深い最愛を手に入れた刹那から、後悔など無かった筈の人生全てを悔いてしまった。


例えば、愛しい人意外の体温を知るこの体に。
例えば、目的の為なら人命すら犠牲にしてきたこの体に。


何故生きているのだと聞かれたら、愛しい人にもう一度会いたかったからだと答えただろう、昨日。
ならば目的を果たした癖に何故生きているのだと聞かれたら、手に入れてしまったからだと答えるより、他はない。



「愛しい人」

この世界で唯一、彼こそが我が世の総てで、ただ一つ。他には何の意味もない。

「なのに、愛しいだけでは満足しない。…欲深い生き物だ」

ただ。
彼にとって自分が、『唯一』ではないだけだ。


彼の世界にはあらゆる物が存在し、あらゆる色が煌めいている。
あらゆる物を見て聞いて感じて触れて、彼の感性が如何に豊かなのかを知らしめるのだ。



「善い子にしてましたか、山田太陽君」

産まれたままの姿で両手を拘束された彼は、枕も布団も弾き飛ばしたベッドの上で精根尽きた表情で丸まっている。
けれど声を掛けるなり凄まじい怒りをその双眸に宿し、気丈にも睨め付けてきた。

ああ。
その黒茶の瞳に、激情の赤を宿している彼は。今、この世界がどんな色に映っているのだろうか。


「…いけない子。男を惑わす術を知り尽くした目をしてらっしゃる」

鈍い痛みを帯びた腹を抑えながら、けれど表情にはそれを悟らせない笑みを滲ませたまま近付いて、空いた片手で彼の顎を掴む。

「帰宅の挨拶を」
「…触んな、畜生」
「貴方の為なら家畜にも野獣にもなりますよ。内臓を抉り出して、生身の心臓に貪り付きたいほど愛しています」
「狂ってやがる!」

鼻に皺を寄せた彼の唇は、毒を吐いている刹那まで甘い。


貪り尽くす獰猛な口付け、暴れ回る両足が全身を痛めつけたが構わない。
彼こそ我が世の総て唯一無二ななだ。


「アキ」

鈍い痛み。
神の裁きを受けた体から、緩やかに流れ続ける真紅の体液は生暖かく、なのに体温は真逆に下がり続けている。

「?…アンタ、顔色が悪いんじゃ、」
「もし、私が消えてしまったら、貴方は私以外の体温を知るんでしょうね」
「何、言って」

最後の力を振り絞り抱き締めようとした瞬間、彼の双眸が見開かれた。ああ、気付かれてしまった様だ。

「ちょ、何っ、そっ!それ…っ」
「嫌、だな」
「アン、ア…アンタ、離っ、」
「どう考えても、我慢出来ない。…俺はお前だけのものなのに、お前は俺だけのものにはならない、なん、て」

ご都合主義め。
自分だってそうじゃないか、と。愛してる人が居る癖に、他人を抱いてきたじゃないか、と。



『一年Sクラス山田太陽を解放せよ』

でも、好きになった人間はただ一人なのだと。言い訳がましいだろうか。

『命令、でしょうか。マジェスティ』
『命令だ』
『聞けない、と言ったら?』
『我が意に反するは、その身を以て償う背徳と知れ』
『…判っています』

彼こそ我が世界。
神に逆らってまで、離したくない唯一無二。


『ですが御命令だろうと従えません。畏れながら、処罰は自らが下します』

躊躇なく腹に突き刺した銀の刃、この刃が愛しい人だったら良いのに、などと恥ずかしげもなく考えて、笑った。



「二葉?!」

ああ。
世界が呼んでいる。


抱き締めて欲しかったのに、ああ、そうだ、その両手は繋がれているのだと気付いて、笑う。



「因果応報、だ」





縛り付けてでも離したくなかった。望みは叶えられて、最後の最後で叶わない。








「これより、叶二葉元中央委員会会計の審問会議を執り行います」

厳かな議長の声を皮切りに、それは始まった。
議卓の右半分に一名欠いた中央委員会、左半分も一名欠いた左席委員会の役員が着席している。

「罪名及び罰条。生徒一名を拉致監禁し、長期に渡り性的暴行を働いたもの。よって国外退去及び財産剥奪に処するものとする。異議がある方は、挙手を」
「異議あり」

挙手と同時に立ち上がった男が、無表情のまま着席している隣を睨め付けながら議長へ向き直る。然し、

「中央委員会副会長の異議を却下する」
「…何だと?」
「本件は中央委員会役員の不祥事であり、現時点で役職剥奪の身ではあるものの、叶三年生とは旧知の仲であり現職役員である高坂三年生の異議は私情を多分に含むものと推定する」
「巫山戯けんな!俺様が公私混同してるっつーのか、テメェ!」
「控えろ高坂、些か見苦しい」

怯んだ議長を庇う台詞に、日向が神威へ手を伸ばす。
無表情のまま静かに見つめてくる相手の胸ぐらを掴んだまま、怒りに満ちた琥珀の双眸。

「大概にしろよ、テメェ…」
「おやめなさい」

向かい側の席から掛けられた言葉に舌打ちし、眼鏡を曇らせている男へ振り返る。

「二葉先生がタイヨーを監禁したのは事実なり。ピナちゃん、カイちゃんは何にも悪くないにょ」
「だからと言って、」
「二葉先生の怪我は自傷行為でしょ。目撃者は、チミ本人ざますわょ」
「…糞がっ」

座り直した日向に、編み物をしていた佑壱の眼差しが向けられた。

「…自傷行為、ね。自分がいつ殺しちまうか判んねーから、その前に死ぬってか。馬鹿らしい」
「萌えるじゃない。大変お馬鹿らしい発想ざます」
「馬鹿には変わりねーっスよ。俺なら自殺なんかしねー」
「そーね、タイヨーにバレたら殺されちゃうにょ。多分、此処に居る全員」

なんて可哀想。



「二葉先生は、タイヨーの思い通りに操られてるだけだもの」






指を舐められた。
やつれた恋人の発情した眼差しを受けて、肢体を拘束されているのに、あらぬところは他人の体液まみれで、けれど。

幸せに満たされている。


「…いつか」

私は貴方を殺してしまう・と
愛くるしい唇で呟いた男は容赦なく腰を打ち付けながら、断頭台に登る極悪人の様に懺悔した。

両手両足を縛られたまま。
口には猿轡を咥えたまま。
目だけで小さく笑ったのは、あまりにも馬鹿な恋人が愛しかったからだ。


「愛しています」

知っているよ。
君がどんなに俺を好きで堪らないのか。
知っているよ。
徐々に狂いながらも足掻いている事を。


ああ、でも。自殺は許さない。


「愛しています」

彼を狂わせて殺すのは、自分だけなのだから。



(早く)
(堕ちておいで)
(俺以外、酸素すらも必要なくなるまで)





「と、言う夢を見ましたハァハァハァハァハァハァ」
「出血多量で入院したって言うから駆け付けたらこんなオチかい。…二葉先輩、潤んだ目でメモを取るのはやめなさいねー」

(UPDATEログ 2013/08/20 19:14)

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