脇道寄り道回り道
とある月夜の秘密話[帝王院]
酷く苛々している。
喩えるなら、新入りに舐められるくらいには無様な状態だった。

「ねえ、マジうぜーんだけど。言いたい事あんならー言えばあ?」

にこにこ、何が楽しいのか人を馬鹿にした笑みで宣う男は、つい先日まで憎き敵だった筈だ。

「あは。もしかしてー、隼人君の体にキョーミあったりして。きしょいんですけどー、スカした面してっけどさあ、実はガッコーでも邪な目で見てんのお?」

何処で何を間違えたのか、未だに敵視しているのは恐らく自分だけ。それが判るからまた、苛立つ。
余りの怒りに罵声の文字ばかり脳裏を過ぎり、けれどそのどれもが怒りの余り声にならないとは、難儀な話だ。

「カナメさん、コイツ確かに面だけ良いけど下半身は最低ッスよ。マジ最悪ッスよ」
「速攻、カテゴリのユージの彼女寝取ったらしいッス」
「族潰しが族の女寝取るとか…つーか羨ましいんだよっ、このっ」

それなのにたった数日経た今では、昔から居る仲間の様な扱いを受けている。理解不可能だ。

「えー。向こうから抱いて欲しいってゆって来たんだもん。隼人君はあ、ボランティアしてあげたのお」
「何がハヤトクンだ!カワイコ振りやがって!ボランティアだと!畜生!羨ましい」
「ムフン。ボスってば、光姫なんか猫みたいに可愛がってんじゃん。あんなライオン野郎に譲る気ないもんねえ」

だからと言って、その図体でブリッコだなんて。絞め殺してやりたい。

「そっか、ハヤトクンも帝王院だっけ?そんなに高坂ってヤベーのか?ユウさんも負けた事あるっつー話だもんな。顔は可愛いのに…」

負けた、の台詞に睨めば、厳つい男等はすぐさま隼人の背後に隠れた。
それまで佑壱に続く長身だった裕也を凌ぐ長身は、濃い面々に全く埋もれない存在感を以て、カフェのカウンターを彩っている。

「やだやだ。何かあ、女のヒステリーみたいだねえ」
「ハヤトクン?!かっかっカナメさんに何ほざいてんの?!」
「殺されっぞお前ッ、カナメさんはうちの元副長なんだからな!」
「ふーん?それにしちゃ、アイツより弱そうじゃんか」

隼人の指差した先に、呑気な鼾を発てている裕也の姿がある。抱き枕にされている健吾はトランプを睨み、神妙な顔でテーブルに持ち札を叩きつけた。

「フルハウス!(*´Д`)」
「ちっ、ストレートだ」

舌打ちする佑壱の背後で何やら賭けていたらしいメンバーが頭を抱え、忌々しい表情で健吾を睨む。
ダークローズのサングラスを押し上げた男が、『優しいポーカー入門』の本を片手にトランプを広げ、


「イチ。これはロイヤルストレートフラッシュで合ってるか?」

少しだけ、苛立ちが治まった。







「胃が痛い…」
「ストレスか?やめとけ、幾ら多感な思春期っつってもな、スムージーで胃を荒らす奴なんか居ねぇ」

特にこの店には、と。
年上面で宣う男は、つい先日、佑壱と自分が家庭教師宜しく付きっきりで勉強を教え、医学部に合格したばかりの元チンピラだ。
ホストクラブで働いていたと言うだけ、確かに見た目は悪くない。但し、性格は悪かった。

「禁酒禁煙、良い事じゃねぇか。お前が嫌ってる元族潰しが真っ先に始めて、今じゃオーナーまで禁煙したってんだから」
「ビールを水代わりに生活してる様なオーナーですよ。いつまで続くか…」
「何だ、今度は嵯峨崎にまで牙剥いてんのか?信者の癖に」

イライラ。
違う、そう見せ掛けているだけだ、などと。言えたらどれだけマシだろう。

確かに彼は強かった。
気高く、誰にも靡かない強さを秘めているのでは、と。憧れに近い感情を抱いた事もあった。
けれどそれもまやかしだ。嵯峨崎佑壱は、叶二葉が言う通り、甘ちゃんでしかない。高が日本の、少しばかり目つきが悪い男に尻尾を振って、首輪など付け始めている。

「…馬鹿馬鹿しい」

赤は黒に染まり、闇は神々しい銀光を帯びてカルマを支配した。
情が湧いていたのだと理解した時には後の祭り、

「カナメ、集会始まるって(*≧∀≦*) 行こうぜ(*´Д`)」

未だに言えない言葉を抱えたまま、知らぬ顔をしている自分から目を逸らす。
苛立ちを飲み込んだ数だけ、胃が痛い。



他人の振りをした。
たった数年前までは他人でありたかった癖に、今では失った時の事ばかり考える。


助けてくれて有難う、痛かったろうに、再会した時は覚えていない振りをしてごめん、でもお互い様だろう?
後から現れた癖にお前は人の友達を奪った。幼い頃は唯一無二の関係だったのに、今では悪者だ。指切りをした。約束は果たされないだろう、永遠に。

「あー」
「んだよ、もう起きたんかい(´`)」
「腹減ったぜ…飯」
「Σ( ̄□ ̄;) テメ、俺はテメーの母ちゃんか!w」
「アホ抜かせ、こないだの麻雀のツケ忘れてんじゃねーよな」
「畜生っ、あの時ホークがイーピン捨ててりゃ国士無双の大役満だったんだ!七対子で満貫コキやがって!。゜(゜´Д`゜)゜。」
「生まれ持った運としか言えねーぜ」

見なくても判る。睨まれているだろう。
いや、そもそも裕也は自分など見てもいない。記憶から消したのだ。自分が健吾にした仕打ちと同じく、もう。

「飯。肩揉め。背中掻け、右の方が痒いぜ」
「あら、素敵な背中ねん☆…ユーヤ君、俺ら親友じゃねーか´3`」
「最下位は一週間奴隷だっつったのはオメーだぜ、諦めろや」
「チューしてやっから忘れろや(´3`)」
「餃子臭ぷんぷん漂わせてる汚ぇ口近付けんじゃねー」
「恥ずかしがらなくて良いのよw優しくしてあげるwかwらw」
「尻揉むな、カマに掘られる趣味はねーぜ」


一生ひたすら苛々したまま、独りぼっち。




「…悲劇のヒロインか俺は」

惨めな事を考えた己に吐き捨て、静かな夜空を見上げた。先程まで威勢良く吠えていた男共は満身創痍で倒れ、もう起き上がる余力もないらしい。

「た、助けてくれ…」
「うぜぇ、死ねやカス」

辛うじて喋る気力があった男を踏みつけ、風が撫でた頬の冷たさに手を伸ばした。


ひやり。
撫でた右手に赤い血が、少し。

「ヘマやっちまった。…情けない」

退屈凌ぎにもならなかったと振り返れば、雄の気を引く事に必死な女は腰を抜かしている。ほんの数十分前までパット入りの擬似Eカップの谷間を、惜しみなく擦り付けてきた女とは思えない。

「ご…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…っ、も、もうシーザーには近付かないから…!許してぇ」

そうだ。
貴方が好きなの、と、見え透いた嘘を自信に満ちたメイクアップで隠し、佑壱よりも格下な分、近付き安く思った自分に近付いてきた女。
邪魔さえなければ一時間後にはあられもない姿で、次はいつ会える?と、上気した頬そのままに聞いてもいない携帯ナンバーを押し付けてきていた筈だ。

「そら残念。一回限りでも、丁寧に相手してやろうと思ってたのに…」
「あ、アンタ、猫被ってたの?!さっきと別人じゃねーか!」
「言葉遣いの悪ぃアマですね。ユウさんだったら早速ガミガミ説教を始めてますよ」

さっさと失せろ、と。無言で睨め付ければ、ミニスカートから下着を丸出しにしたまま走り逃げていく惨めな背中。
萎えた、と呟きながら見上げた夜空には見事なフルムーンが浮かび上がり、屍じみた敗者を照らしている。


「はー…。何もかんもブッ壊してぇ…」

煩わしい人間も騒がしい機械も世界中全て、壊れてしまえば。少しは安心するだろうか。

誰も居ない世界に一人きり。
幼い頃に夢見た、誰も居ない所へ。行けないなら、作れば良いのではないか。



送り込まれた間者の役目は、尊敬するほど強く面倒見の良い家事好きな家出息子に懐く事、では、決してない。
なのにこの数年でミイラ取りがミイラだ。ボロボロに朽ち果て、二度と元には戻れない気がする。

仲間が一人、また一人と増え。
副長と慕われるのは、悪くない気分で。

目尻に皺を寄せ豪快に笑う、艶やかな赤い髪を最も近くから眺められる立場に満足してしまった。


神よ、神。
父から愛されず若い男と逃げた母は、愛して欲しかった相手から殺された。
自分を助けた顔も覚えていない男も死んで、孤独な子供に施設の大人達は悪魔の振る舞いを。

自分に少しだけ似た、けれど物凄く綺麗な子供が手を伸ばし。可愛い弟、と。迎えに来てくれた時は、号泣するほど嬉しかった、だろうか。もう思い出す事もない。


同じ父から生まれた兄弟でも、住む世界が違うのだ。向こうは雲の上に住まい、こちらは地の底を這いずり回る害虫でしかない。
いつ死んでも構わない、虫けらなのだ。



『そなたに役目を与えてやろう。虫には出来ぬ役目だ』

神よ、神。
生きる為の大義名分が人としての感情を殺す。今や虫けら以下の自分は、何が正しく何が間違っているのかも判らない。

『セカンドの手足となり、私の優秀な歩兵となれ』

ABSOLUTELYたる歩兵。
けれど結局ただのポーンのまま、捨て駒として蹴散らされる運命。クイーンにはなれない。



何故、月はああも、丸いのか。



「…神よ」

右耳に、青いピアスを着け始めたのはいつからだったか。艶やかな青い羽根は孔雀のものだったか、小さな指輪形のベルトが付いている。

まるで、首輪の様に。
この世に縛り付け、生きる事を強いる様に。

何と無慈悲なまでに優しい人間だろう。
あれほどの威圧感を笑み一つで包容力にしてしまう、平等の優しさを惜しみなく与えてくる、無慈悲な男。

佑壱の最も近くの居場所を奪い、副総長と言う安心感を奪い、こんなピアス一つで恨みさえ奪っていった。何と憎い男か。



ああ、それでも肉親以外から抱き締められた記憶のない惨めな犬は、たった一度抱き締められたらもう、野良へは戻れない。

地を這う犬だ。闇を這いずり回るしか脳のない犬だ。飼い主の掌で撫でて貰える日を夢見てしまう、馬鹿な犬。


「忘れるな」

(神は全てに平等で)(決して自分にだけ優しい訳ではない)(使い捨ての駒だ)(敵陣へ切り込む前に蹴散らされるだけの、モルモットも同じ)

「気を許すな」

(だってそうだろう?)(自分は妾の子)(父を裏切った女の子)(殺し損ねた目障りな子供)(美月の気紛れで生かされているだけの)(美月には死神が付いている)(自分は二葉の身代わり)(優秀な遺伝子を補完する為の生贄)

「…自分以外、信じるな」

(神は捨て駒になれと言った)(優秀な捨て駒になれ、と)(己の失態は己で償えと)(情に絆される様な愚かな駒は)(…無用だ。)



「風邪引くぞ、カナタ」

空には姿なき神の生み出せし満月がひっそりと世界を照らし、(振り返る事も)(いつか嫌悪した呼び名を)(こうも誇らしく思ってしまう事をやめる事も)

「何を見てるんだ?…ああ、綺麗だな。今夜は満月か」

(惨めになるだけだと判っていて)
(泣いている自分を殺す事も出来ない)
(ただ、息を潜め嗚咽を漏らすものかと祈りながら)

「中秋の名月。道理でイチの団子が美味かった筈だ。パヤの胃袋に吸い込まれる前に、早く戻らなきゃな」

(無慈悲な神はまた)(決して一番にはなれないと判っているのに)(平等の愛を注ぎ忠実な犬を躾ようとする)(悪魔の囁きで)(死を選ぶより遥かに幸せな命令を)


「でも綺麗な月が見られないのは惜しい」

すぐ耳元で零れた声に崩れた膝、覗き込んできた男は気づいていない筈もないのに知らん顔で、崩れた膝に寝転がってきた。
その手には携帯。

「良し送信。月見セットが揃うまで、カナタの膝で寝る事にしよう」
「総長…」
「もし怒ってたら俺は寝てると言ってくれ。つまみ食いがバレて、逃げてきたんだ」

無慈悲な神よ。
苛立ちなどとうに忘れ果て、今や枕としてただ息を潜めるばかり。

「あー!ボスー、膝枕なら隼人君がやったげるよお」

空には月、膝には神。
悔しげに睨んでくる新入りに勝ち誇った笑みで返し、見上げた空は澄み切っている。


「クソーチョー、招集掛けといて狸寝入りかコラァ」
「総長ったらw(´艸`)」

まるで、これが変わらぬ日常とばかりに。

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