脇道寄り道回り道
とあるにゃんこの深夜[帝王院]
目元を和らげて、瞳だけで微笑む人が誰よりも何よりも好きだった。
頭一つ以上高い位置にある黒曜石の瞳は、不自然にならない仕草でいつも屈んでくれる。



「さァ、目醒めの月が呼んでる様だ」

仲間が集まると、決まってブラウンのサングラスを掛けた男が姿を現す。
決まって新月の夜。闇一色の空を従えて、彼が生きる月になるのだ。


「月を喪失った夜は人が狂う」

彼が手招けば誰もが従う。
彼が呼べば誰もがすぐに瞳を輝かせる。

「征こう、可愛いワンコ達…」

まるで所有物の様な呼び声に、誰一人不満など吐かない。



「星の導きに従い、シルバームーンの元に跪け」


カルマの号令は、





「いつ見ても、カッケーな…」

人間の枠を超えたカリスマ性に、皮膚が粟立つ感覚。
いつもいつも近くでアレを見ていた。つい、最近までは。


「赤銅の仮面だなんて、無駄な敵対心ですねぇ。サブマジェスティ?」
「…煩ぇ、二葉」

揶揄めいた声音に僅かだけ振り返る。一月で170cmにまで成長した自分は、依然背後の細身の男より小柄だ。

「随分、大袈裟な捨て台詞残してきたみたいですが。プロポーズでもするおつもりですか、副総帥閣下」
「うぜぇ。何処から仕入れてきやがんだ、テメェの情報は」
「さて、企業秘密ですとしか」
「チッ」

憧れて止まない大好きな背中が遠ざかる。
分厚い仮面で顔を隠し、簾の如く伸ばし放題だった髪を切り揃えれば、大好きな背中が振り返り目元を和らげて微笑む事はなくなった。


半年近く懸けて手に入れた信頼が、消えたのだ。姿を偽っただけでこんなも容易に。


「…」

しなやかな背中のすぐ後ろに、長い赤毛を靡かせる男が付き従う。
あんな年下の男が傍らに居られて。
自分より余程下位に当たる家の子供が求めずとも与えられて。


『おいで、イチ』

いつもいつも、柔らかい声で愛称で呼んで貰えて。

『良い子だな、イチ』

彼と大差ない長身なのに、頭を撫でて貰えるのだ。


「羨ましそうですね、高坂君」
「笑わせんな。俺様が何であんな雑魚犬に羨望なんざしなくちゃなんねぇんだ」
「誰も嵯峨崎君に、などと言ってませんでしょう?」
「…チッ、タチ悪ぃな」
「お褒め頂きまして、有難うございます?」

青銅の仮面で顔を隠す仲間が、クスクス肩を揺らした。



見上げれば雲一つない、漆黒の闇。
月が隠れた夜は、酷く心が不安定になる。



『…夜が怖い?』

誰もがそう言うと馬鹿にするか可愛いと笑った。

『なら、俺の名前を唱えながら眠れば良い。
  幽霊も妖怪も悪魔でさえも、俺が倒してやる』

一度だけ、サングラスを外した顔を見た。外見を大いに利用した泣き落としで頼んだ自分が酷く滑稽に思えたが、それも一瞬の話だ。

少しだけ困った様に下がった眉の下、黒曜石の瞳が真っ直ぐ見つめてきて。
ああ、自分はこんな男に勝負を挑んだのかと笑いたくなったのだ。


『シーザーは、綺麗な夜の色』

なんて陳腐な誉め言葉。

『怖くないか?』
『ど〜して〜?夜が少しだけ好きになったよ〜』
『日向は強いな』

大好きなのだ。
大好きなのだ。
大好きなのだ。
世界中の人間に聞かせてやりたいくらい、大好きなのだ。



『俺は、人間が一番怖い』



大好きなのだ。
大好きなのだ。
大好きなのだ。
世界中の人間から守ってあげたいくらい、大好きなのだ。



『日向みたいに強くなりたいよ』

あの人の隣に並べるくらい、強くなりたい。あの人の笑顔ばかり見られるくらい、強い男になりたい。

「双頭閣下、陛下がお見えです」

白一色の仮面でその人間の枠を超えた顔を隠し、ゆるりゆるり歩み寄ってくる長身が見えた。

「…おい、二葉」
「どうかしましたか高坂君?」
「陛下に勝てたら、素っ裸で中央棟一周しやがれ」
「はぁ?」

大好きな人と並ぶ神様へ喧嘩を売った日、大嫌いだった新月の空を見上げながらアスファルトの上で笑った。



「あーあ、…やっぱ惨敗かよ」
「生きてますか高坂君?」
「あんだけ手加減されて死ねるか阿呆眼鏡」
「阿呆ですって?馬鹿ならばともかく阿呆とは何事ですか?この私にほざいてらっしゃるなら息の根を止めますよ、…ああ?糞餓鬼が…」
「素が出てんぞ、二重人格者」

いつか誰よりも何よりも強い男になりたい。いつか誰よりも何よりも大好きな人を守れる男になりたい。



『月を喪失った夜、人は狂うからな』


一秒でも早く、


「は、ははは…」
「ついに頭が可笑しくなりましたか。陛下に真っ向勝負を挑むなど、愚の骨頂甚だしい」
「ああ、そうだな。…頭が狂っちまったらしい」







『征こう、俺の可愛いワンコ達…』



あの腕へ付いていける男に、なりたいのだ。

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あきゅろす。
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