脇道寄り道回り道
トラブル☆バレンタイン[帝王院]
「とうとう、この日が来てしまったなり…」
「そんな大袈裟な」
「何が大袈裟なもんか馬鹿山田…、良いか、油断すればやられるぞコラァ」
「いや、何でそんなに真剣なんですかイチ先輩」
「当然にょ!だってっ、僕ってば今回の新刊に命を懸けてますもの!」
「覚えたての円周率、3.14!3.14!3.14!ぱいぱいぱいぱい!」
「あはは。イチ先輩、πを平仮名で言ってませんかー?」


レッツクッキーン!
甘くて苦いクーベルチュールを溶かして混ぜて、テンパリング。
こっちの方がテンパるわ!と言う悲鳴が聞こえてもご愛嬌、だって今日は2月14日。

「はふん。味見し過ぎてチョコが足んないにょ」
「ほら俊、生クリーム混ぜたら生チョコになるんだって。トリュフのがお洒落じゃない?」
「単細胞め。カカオを笑う者カカオに泣くぞコラァ。はいそこっ、テンパリングが甘い!」
「あっ。カイちゃんってばイイお年のおっちゃんですし、お酒入れましょ、そーしましょ」
「チョコレートボンボンかー。実にお洒落だねー」
「馬鹿山田、ほんの湯煎だけで焦げてるそのチョコはどう言う了見だ、おい」

恋人達が愛を深め…彼女が一月後の三倍返しを期待しほくそ笑む、嬉し恥ずかし恐ろしや、バレンタインです。





トラブル☆バレンタイン
with左席委員会執行部




毎度お馴染みの、帝王院学園を覗いてみましょう。
男子校ならではの茶色い盛り上がりを見せる敷地内は、麗しの御三家を筆頭に各地でプレゼントの山が築かれつつありました。

「大変だー!Σ( ̄□ ̄;)」
「どうしたケンゴ」
「会長宛てのチョコがトラック801台分届いて部室パンクした!(´Д`*)」
「四畳半には辛い量ですね。流石我が君っ、お慕いしています猊下!」
「あは、隼人君は一万個しか貰ってないのにー」

長閑な学食で、チーズフォンデュを貪っていた左席一同。今夜はチョコレートフォンデュだとげんなりしています。
何せ彼らもモテモテ。

「生チョコうまいけど、飽きるぜ」
「俺もう何か、吐きそ(*´艸`)」
「他人から貰ったものを食べるとは…俺には理解出来ません。受け取るのも嫌です」
「さっちゃんの太巻きは食べる癖にー。つーか、今年の恵方ってどっちなのお?」
「良い考えがあるっしょ!ぐるぐる回りながら食えば?(´∀`)」
「死ねばよい」

華麗なターンを決めながら一気にいなり寿司を頬張った隼人の回し蹴りが決まり、軽やかに吹き飛んだ健吾がクルクル宙返りしながら裕也に抱き付いた。
いつもの風景だ。

「僕ぅ、セイちゃんと俊君に作って来たんだぁ。太陽君はぁんまり甘ぃの食べなぃからぁ」
「あのムッツリ委員長、チョコなんか食うん?(Тωヽ)」
「ぅん。結構ぉ、甘ぃもの好きだょお、セイちゃんはぁ」

曰くむっつり図書委員長が、胸ポケットにプレゼントらしき包みをを突き刺していたとかいなかったとか。

「あん?それ早速チョコかよイースト。俺ぁもう既に400個貰ったぜ♪」
「そうか。俺は一つだけだ」
「今年もウエストの体重ヤバイ系〜。ウエストのウエスト、メタボリック♪」
「キタさん、それを言っちゃお終いだよ…」
「イーストは大食いなのに痩せてる系。ウエストは必死なダイエットが必要なのにさ〜」
「体質だろう。俺もトレーニングはしているが」

そそくさと仕事を片付け帰宅した委員長だが、僅かながら鼻の下が伸びていたとか何とか。
西指宿がそれから3日、明日のジョー並みの減量に励んだのは余り知られていない。


「所で、当の会長は何処に?」
「ボスはあ、怪しげな笑い声発てながら眼鏡曇らせてえ、どっか行ったよー」
「あー、多分中央執務室だぜ」
「ユウさんもタイヨウ君も朝から居ないっしょ(´`)」

カルマ四天王がキングサイズのチーズを貪りながら、痙き攣っていました。被害者は御三家に違いありません。
そう考えたらどうでも良くなったそうです。



「カイ長陛下ァ!」

会長陛下、ではない発音で中央執務室の扉を弾き飛ばしたオタクは、窓から逃げようとしている光王子を片手で制した美貌につつつと近寄りました。

「離せ帝王院…!このままじゃ死ぬ!間違いなく殺される!」
「案ずるな高坂、そなたより先に俺の死亡フラグが立った様だ」
「カイちゃん、僕ってば頑張ってチョコ作ったにょ。疲れた時には甘いものが一番ょ。ささ、お食べ!」

ふ、と麗しい微笑一つ、

「面映ゆい」

男らしく同人グッズらしき袋を紐解いた中央委員会会長は、中から出て来たこの世のものとは思えないグロテスクな何かに、ほんの一瞬沈黙しました。

「えへへ、カイちゃんへの愛を込めて色々アレンジしたんです。味見もばっちり!」

オタクは味覚音痴な上に料理が一切出来ません。然しながら愛を込めたと言われてしまえば、全知全能たる神帝陛下にも断る理由が見付かりませんでした。

「…頂こう」
「どーじょ。あっ、ホワイトデーは新刊の印刷代カンパでお願いしますっ!あとコミケ申し込み料金もっ、何ならグッズ印刷費用のほーも宜しくお願いしますっ」

幾らでも貢ぐ事に異論はないが、コミケは愚か新刊を読む事が出来るのか否かが目下の謎だ。
可愛らしいおねだりだが、これはチョコレートではない。うねうね蠢く、ドドメ色の宇宙生物、ダークマターだ。


カイルーク陛下は死ぬ気の炎を燃やした。
同じXでも、イクスバーナーは出ない。ジャンプの読み過ぎだ。


「む。…美味い」

何でこれが美味しいのか、それは陛下の味覚的な問題があるのか否か。

「執拗な甘さの中に粘着力がある歯応え、舌を容赦なく刺激する酸味…。素晴らしいぞ俊。何やら体が痺れてきた」

沈黙。

「感動で前しか見えない」
「えへへ。僕、お菓子作りの才能があったみたいなりん」

だが然し神帝陛下の素晴らしい味覚の前では、さしたる影響はありませんでした。
二人はラブラブ化け物カップルです。





「俊のあれはもうチョコじゃない気がするのは俺だけかなー」

さて。
一方、優雅に紅茶を啜っている美形の膝の上で緑茶を啜っている少年は、備長炭と書かれたパッケージをテーブルに放ったまま、くるっと後ろを振り返りました。

「どう思います?白百合サマー」
「そう、ですね」
「で、折角持ってきたバレンタインプレゼントなんですけど。何で食べてくれないんですか、先輩」
「おや。これは明らかに備長炭ですよねぇ、家庭の冷蔵庫の中で見掛ける」

脱臭機能アップ!
靴箱や冷蔵庫に!と、書いてあるプラスチックケースが見える。白百合様の眼鏡が切なく曇った様だ。

「手頃な包装紙がなかったんですよねー。中身は手作りチョコです、多分」
「山田太陽君、語尾に切ない熟語がありましたね、今」
「あ、信じてないんだ。どーせ俺の料理なんか何作っても炭になるし?…食べてくれないんだ、ぐすっ」

魔王名高い風紀委員長は、然し普段ドSの癖に御三家1の溺愛主義者でした。いや、単に尻に敷かれ慣れているとも言えます。
彼が自分から手を出した唯一の人間が現在膝の上で頬を膨らませている少年であり、彼の唯一最大の宝物なのですから。

「いや、決してそう言う意味では…」
「ど、どうせ、俺なんか…ぐす、ぐす」
「私が貴方を信じていない筈がないでしょう、山田太陽君」

食べろと言われれば、毒でも口にするでしょう。
ただ、グロテスクだとは言え、手作りチョコを貰った会長が羨ましかっただけです。イチャイチャ同人誌を読んでいる二人を見ると、ついついサイレンサーで狙撃したくなってしまい、白百合様はくいっと眼鏡を押し上げました。

幾ら溺愛している恋人のプレゼントとは言え、備長炭は余りにも切ない。これは最早プレゼントではなく、百円均一です。


「おや、確かに何処となくカカオの香りがします」
「だから言ったでしょう?ただのウケ狙いなんです、中身はホント手作り」

ぱぁあ、と光り輝く微笑を浮かべた白百合様は、ガリガリと備長炭並みの固さを誇るチョコレートを齧り、余りの固さに口から血を流しながら期待に目を輝かせる恋人を見つめました。
山田君は何を作っても炭にしかならない才能を持っているので、中身が備長炭でも特に問題はなかったに違いありません。無情。

「うまい?うまい?」
「ほんに美味しゅうございます。これはお返しを弾まねばあかんどすねぇ」
「っ、よっしゃー!来月発売のモンハン新作とPSPと、」
「はいはい、次の休みに一緒に買いに行きましょう」
「あと、試しに仕込んだダイオキシンの効果が出たら教えて下さいねー」

ああ。
このチョコレートは備長炭ではなく産業廃棄物だった様です。
なんてドS…いやいや、お茶目な恋人なのでしょう。


益々愛が深まりました。






「死にたくない…」

お前を殺す、覚悟しやがれ。
この数日、毎日送られてきたデコレーションメールで携帯のメールボックスがパンクした高坂日向の呟きは、然しあっさり無視された。

「遅ぇ」

自室のドアを開けるなり、リビングのテーブルの上に巨大なプレゼント包みがある。包みから顔を出した赤毛が凄まじく偉そうな態度でペッと唾を吐き、高坂日向は崩れ落ちた。

「…嵯峨崎、何でテメェが此処に」
「マスタキーで入った」
「帝王院の野郎、殺す。マジで今回は殺すあの馬鹿会長…!」
「まぁ良い。バレンタインだ、喜べ」

自らラッピングされている赤毛が鼻息荒く吐き捨て、回れ右したくなった高坂日向は沈黙する。
これはあれか、俺自身がプレゼント☆みたいな馬鹿げたアレだろうか。いや、嬉しいが。

いつもは首輪が窺える位置に真っ赤なリボン、首から下は巨大な袋に包まれていて外からは窺えない。

「早く開けろ淫乱!いつまでこのまま待たせるんだテメーは!」
「はいはい…」
「ったく、さっさとしやがれ!」

なんて偉そうなチョコだろう。
いやいやリボンを解いた日向は、出て来た佑壱の全容を見るなり硬直した。

「んだよ、その面は」
「…」
「ああ?」

裸☆
裸☆
裸☆
エプロン。

一瞬、うっかり萌えた日向が脳内であらゆる妄想を果たし、前はレースフリフリ、後ろは尻プリプリの赤毛が恥ずかしげもなく歩き回り、持っていた箱をパカッと開いた。

「おう、ザッハトルテ風のガトーショコラだ。甘さ控え目にクリームチーズを使ってやったぜ、有難く食え」
「………」
「あ?…んだよ、嫌なら無理して食う必要ねぇぞ」

しょんぼり肩を落としながら箱をしまおうとしている佑壱に、くらりと目眩を覚えた光王子はふらふら近寄り、


「いただきます」
「…は?ちょ、うわ、ぎゃー!」

野獣に変身し、翌朝低血圧の野獣から吊されたそうです。





一週間後。

「新刊☆新刊☆セレブなキラキラ新刊が出来ました!バレンタイン最高ですっ」
「は〜。新しいゲームやり過ぎて一週間徹夜しちゃったよー。でも幸せな疲労感だねー」
「おう、俺だ。今から1分以内に玉葱買って来い。あ?仕事だ?知るかンなもん、さっさとしやがれハゲ奴隷が!」

届いたばかりの段ボールにすりすり頬擦りするオタクと、目の下にクマさん二匹の平凡と、デコ電に向かって怒鳴る赤毛が見られた。
時は2月下旬。


「ホワイトデーのお返し、まだかしらん?ポテチと唐揚げが食べたいにょ」
「この間のは全部クリアしたし、ホワイトデーは何のゲーム買わせようかなー」
「言い訳しやがって、あのクソ淫乱が…。1ヶ月の奴隷期間、延長してやらぁ」


3月14日はまだ来ない。
中央委員会御三家の皆様、お疲れ様です。

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