脇道寄り道回り道
■猛獣の飼い方10の基本[帝王院]
あるていどのきけんをかくごしましょう
日向&佑壱


「巫山戯けんじゃねぇ」

沸き立ての味噌汁も凍るだろうそら恐ろしい声音に、それを向けられた男はともかく、傍で聞いていた皆が悲鳴を飲み込んだ。

「巫山戯けてねぇ」
「んだと?」

何の因果か謀略か、付き合い始めたばかりの言わば新婚ホヤホヤであるべき二人を恐々見つめてしまう傍聴者に罪はない。

「別の男と旅行なんざ、巫山戯け以外の何だっつーんだテメェ」
「だから修学旅行だっつってんだろ」
「はっ、…で?大方向こうの頭沸いた雄でも漁るつもりだろうが。テメェの魂胆は判ってんだよ」
「阿呆か、どうせなら女漁るわ」

バチバチ火花を散らす二人の男前に、ただただ朝食を取っていた罪無き生徒達が次々に立ち上がる。殆ど手を付けていない食事をそのままに、まるで泥棒の様にこそこそと。

「っざけんじゃねぇぞテメェ!誰が大人しく浮気なんざさせるか!足腰立たなくすんぞ!」
「高がイタリアに行って来るっつってるだけだろーが判らず屋!丁度修学旅行ついでだから良いだろ!」

がんっと椅子を蹴り上げる金髪に、ばんっとテーブルを殴り付ける赤髪。火花散る二人と同じテーブルで黙々と食事をしている面々は、いつもの事だと歯牙に掛けていなかった。

「中止だ。副会長権限で無期限中止にしてやる」
「新車のレセプション見たら帰るって!3日くらい良いだろっ」
「バイクと俺様のどっちが大事なんだテメェは!」

一週間の修学旅行より、ミラノのレセプションに興味津々らしい紅蓮の君がヨーロッパのバイク雑誌を抱えて言葉に詰まった。

「答えられねぇ訳か。…はっ、ほとほと愛想が尽きた」
「…テメー!」
「何処へでも失せろ、馬鹿犬」

凄まじい眼光で吐き捨てた日向が、くるりと背を向ける。ぐっ、と顔を歪めた佑壱がぶるぶる震えながら雑誌をぐしゃりと握り潰した。

危険だ。
このままでは余りに危険過ぎる。
と、残っていた離れた場所の生徒達も涙と空腹を呑んで立ち上がった。


が。


「う、…浮気者ぉおおお!お前だってこの間別の男と旅行行ったじゃねぇか!!!」
「…あ?」
「よ、四日も一人にした癖にぃいいい!」
「な、ち、違っ、あれは九州の傘下の組の代替わり祝いに挨拶行っただけだろ!然も親父と二葉も一緒だ!知ってんだろーが!」
「そんな事言って本当はどっかの雄ネコと一緒だった癖に!ニャンニャンしてた癖にぃっ、浮気者ぉおおお」
「ヤってねぇ!一時間置きに電話しただろ!メールも!」
「俺だって寂しかったのにぃ!俺だって我慢したのにー!」
「お、おい、わ、判った、判ったから泣くな馬鹿犬っ」
「また馬鹿って言いやがったぁ!」
「悪かった泣くな、」

危険だ。
ぶるぶる震えながら握り締めた雑誌でバシバシ日向を殴る佑壱も、オロオロ狼狽えるヘタレの叫びも、だ。

「俺が愛してんのはお前だけだハニー」
「やだ、大変照れる事言うな阿呆ダーリン」
「俺様の目に映るのはお前だけだ、心配すんなお馬鹿ハニー」

かたり、と。
箸を置いた左席委員一同、並びに中央委員執行部が静かに手を合わせた。食事も痴話喧嘩もお腹いっぱいだ、と。
いちゃつく二人を軽やかに無視し、彼らは眩しい朝の光の下に歩いていく。見ていた生徒達は一様にその凛々しい背中へ陶酔の息を吐いた。

「今夜は寝かせないぞ」
「えっ、でも11時には空港行かなきゃ。やっぱり行っちゃ駄目なのか?」
「ふ、格好良いハニーの頼みだ。仕方ねぇ、俺様も付いてく」
「ダーリンの方が格好良い。寝かせないぞ」
「ふ、先に寝るのはハニーの方だろ」
「やんのかコラァ、ダーリンが激し過ぎる所・為」


周りに新婚カップルが居た場合、少しは胃潰瘍の危険性を覚悟しましょう。
苛々しても相手にしない様に。相手は美男の皮を着た野獣です。





じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう
二葉×太陽


「あ、論理の課題が判んなかったんだよねー。これなんだけど、クレタ人の逆説を説明しろって」
「ああ、絶対こそ『絶対』存在しない存在であり、つまりは存在しないが故に存在を証明してしまう無限空論。矛盾許容論理、パラドックスですね」
「うん、何言ってんのかちっとも判んない」
「もし貴方が、帝王院学園の生徒は嘘吐きだ。と言ったとします」
「ふむ」
「然しそう言った貴方こそ帝王院学園の生徒であるなら、貴方自身が嘘吐きになってしまう為、発言が覆される。判りますか?」
「あー、俺が言ったのが嘘だから、『学校に嘘吐きは居ない』になるのか」
「然しそうすると、今度は貴方が嘘吐きだと言う証明になるでしょう?これがクレタ人の逆説」
「ほー」
「また、全ての物体は停止していると言う理論もあります。例えば空飛ぶ飛行機ですら、その一場面一場面で切り取ればその瞬間だけは止まっている…つまり写真ですね。これがゼノンズパラドックス、とんだ詭弁です」
「ふ、ふーん。な、成程。うんうん」
「また話は変わりますが、私がこの世で最も愛するフェルマー最終定理の様に、数学は無矛盾であるからこそそれを証明する事が出来ないと言う理論がありまして」
「…あの、先輩?」
「数式で解けない問題はない、つまり1+1=2の様に、方程式は解けるべきでしょう?然しフェルマーは、3種の数字を用いた方程式A+B=Cをそれぞれn乗した場合、代数nが2以上になると解けない事に気付いたのです」
「…あの、白百合様」
「極端に言えば、1×1+1×1=2×2。1+1=4、ねぇ、解けないでしょう?潔癖な数学だからこそ、この不完全さを証明出来ないのです」
「…」
「ああ、これは人類に与えられた永遠の命題…私を縛り付ける唯一無二のテーゼですよ!ミアモーレ!」

後日縛り上げられた風紀委員長が「私を縛り付けるのは貴方だけですご主人様」と泣きながら左席副会長に縋り付いている光景が見られた。
数学フェチもほどほどに。





せをむけてはいけません
神威×俊


「俊」
「つーん」
「…俊」
「ぷんっ」

ぷりぷり頬を膨らませた極道が、弱り果てて(無表情)いる様に思え無くもない絶世の美貌から顔を逸らしていた。
いつもの痴話喧嘩らしい。

「俺を構え」
「…」
「俺を無視するな」
「…」
「俊」

どうやらポテチの最後のザラザラ(袋に残った欠片の事)を楽しみにしていたオタクが、欠片すら残さず食した全知全能な神帝陛下に不貞腐れた様だ。
然しながら余りに万能過ぎる神帝陛下に、愛するコンソメポテチを例え欠片だろうが残す事は出来なかった。これも優秀過ぎるが故の悲劇と言えよう。

「俺はうす塩ポテチのザラザラ残して置いたのに…」
「俊」
「最後のザラザラ一気食いが楽しみだっつーのに」

然し、今にも人を殺しそうな表情で余りに貧乏臭い事を宣った彼も真剣なのだ。そして曰く一番美味しい自分の分のザラザラを、恋人の為に残しておいたらしい。
コンソメポテチの袋を覗き込んだ途端弾き飛んだ眼鏡は塵と化し、不良も平凡も一二も無く逃げた。帝王院学園のツートップによる痴話喧嘩の雰囲気を察知したからだ。

「俊」
「つーん」
「…俊」
「ふんっ」

中々にネチっこいB型の瞬間的な怒り。明日には綺麗さっぱり忘れ、時々思い出した様にネチネチ追及するだろう怒りは、事態を悪化させた。

「…良かろう、私の失態だ」

ぷりぷり頬を膨らませる極道は、その囁きすら無視する。ポテチの恨みは思ったより根が深いらしい。
が。

「マントルを揺るがすマグマも天へ溶け帰依るだろう快楽を、そなたへ」
「ふぇ」
「孕むまで睦み合おうか」

何処までも麗しい絶世の微笑を滲ませた美貌を前に、オタクのオトメな悲鳴が響いた。

獣から目を離してはいけません。普段無愛想な奴ほど、意外とむっつりなのです。





むりにいうことをきかせようとしてはいけません
零人×獅楼


「いい加減にしろよっ」
「気が短けぇなぁ、お前は」
「毎日毎日っ、触んな!舐めるな!噛むな!」
「おー、んなデケェ声で。佑壱に聞かれても良いのか?」
「!」
「あーあ、すぐ噂になんだろうな。俺とお前がデキてるってよぉ」
「はぁ?今は迷い込んできた野良猫の話してるんだけど?猫の尻尾を触ったり耳を舐めたり噛んだりすんな。つか俺の部屋に来んな」
「ネコなら良いのかよ」
「だから駄目だって言ってんの!まだちっちゃいんだからっ」
「デケェ声出すとバレるぞ。普通科寮の壁薄ぃんだからよぉ」
「良いもん、バレたら総長の部屋に居候させて貰うからっ。帝君部屋だったら広いしペット飼っても怒られなさそう」
「俺の部屋に住めば」
「とっとと帰れ!」
「小さくねぇネコなら触っても舐めても咬んでも良いんだよなぁ、獅楼…」
「はへ?」
「此処でガンガン犯されるか俺の完全防音な部屋でしっぽり犯されるか選べ、さぁ早く」
「え」
「選べねぇなら此処でやるか。可愛く鳴けよ、ネコ」
「きゃー」

因みに寮内ペット可。





あまやかしすぎはいけません
二葉×太陽


「駄目だ…って、授業始まる」
「…もう一度だけ」

短い昼休み、廊下を歩いていると無理矢理引きずり込まれた理科準備室はホルマリンの匂い。
窓際には暗幕。真っ暗でも囁く声音が無くても、この腕の感触だけで判る、これは愛しい人。

貪る様なキスをずっと。
こんな暗い部屋で隠れて。悪い事をしている様な背徳感が背中を迸る。
膝が震える。縋る様に胸元を掴んだ。絡め取る舌先に必死に縋る己、頬を伝うどちらのものとも知れない唾液が滴る気配。


愛している、と。
魂が悲鳴をあげるのだ。


それはとてつもない背徳感。禁忌と言う文字が脳裏を駆け巡る。稲妻の様に。
咎めなければいけないのに。甘やかしたらいけないのに。予鈴が鳴った。


ほら、早く授業に行かなければ。
ほら、早く風紀委員長らしく見回りしてこいと続きを促さなければ。


「ん、んっ、ふぁ、んん」
「…やっぱり、もう一度」
「んぁ」

ああ、もう。
溺れるばかり。



提供:リライト

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