脇道寄り道回り道
とある総(攻)長の暗黒史[帝王院]
誰が言い出したのか、宴もたけなわを越えた現在、そんな事は誰も覚えちゃいない。
家が酒屋だと言う一人が抱えてきたのは、ぎっしり詰まったビールケース。それを見たカルマの誰もが諸手を挙げ、カフェはちょっとしたビアガーデンに早変わりした。

そこへ、株主をしている会社からの配当だと言う大吟醸を手にした要が割り込み、売られた喧嘩を買って勝利を収めた健吾が相手から巻き上げた(貢がれたとも言う)、実に様々なチューハイがぎっしり詰まったビニール袋も参戦。

新聞のクロスワード欄を、耳にボールペンを差した競馬場のオッサンスタイルで睨んでいた佑壱が鼻を鳴らし、腕を回し首の骨をボキボキ軋ませながら厨房へ。
呆れ半分、元ホストらしく酒豪なバーテンも早々に店先へクローズの札を出し、テラスに続く壁一面のドア窓を開け放した。


「なーに、この騒ぎー」
「ハヤト、仕事終わったん?お疲れさん(=・ω・)/」

ハットにサングラス、シンプルなショートジャケットにシャツ、レザーパンツ。撮影時のまま買い取った服装でやってきた隼人だけが浮いている。
体格の良い男達がいそいそと店内全てのテーブルを真ん中で引っ付け、椅子を壁ぎわに積み上げた。

巨大なテーブルには実に様々なお酒ばかり。誰が言い出したのか、厨房から漂う食欲を刺激する匂いに興奮した誰かの声で、それは始まったのだ。



題して、第一回☆剣豪と酒豪は似てるけど大分違うぞ選手権、早い話が誰が一番の酒豪か決めるぜ野郎共、と言う、後先考えないカルマのカルマによるカルマだけの戦いの火蓋は切って落とされたのだ。



「イイ匂いに釣られてきた、ただいま」

で。
佑壱の手による見事なまでの料理が早々並べられ、積み上がったグラスタワーにビールを注いでいた健吾と佑壱が揃って硬直した。
今か今かと待ち侘びていたカルマ一同が青冷め、戸口の連中と言えば今にも死にそうな表情だ。

「何だか楽しそうだ。今日は誰かの誕生日だったか?」

クスリ、と笑う男が戸口のドアに凭れ掛かりながら腕を組み、小脇に薔薇の花束を抱えてサングラスを押し上げる。
純白のジャケットスーツ、ダークストライプが入ったワインレッドのシャツから覗くシルバーチェーン。

「誰の誕生日でもないなら、この薔薇は皆にあげよう。…俺の可愛いワンコ達へ一本ずつ」

ホストかマフィアか、明らかに一般離れした男が戸口から背を離し、緩く撫で付けていた髪を手櫛で崩した。
ワインシャツのボタンを外しながら顎を傾ける。誰一人声も出せない状況に気付いているのか居ないのか、危ない色気を放ちつつ、花束を手にした左手ではなく右手で心臓を押さえ、


「この心が流した血で染めた花を、愛しい君へ」

戸口で腰を抜かした、スキンヘッドにタトゥー入りの気合いが入った青年が、薔薇よりも赤く染まる。
心臓を押さえ屈み込んでくる男のズレたサングラスから、意志の強い眼差し。唇には反して甘い微笑。
危ない。危険だ、危険過ぎる。

佑壱と大差ない体格の彼はとうとうスキンヘッドまで薔薇色に染め、ふにゃんと倒れ落ちた。

「そ、総長になら抱かれても良い…」
「ん?どうした、眠いのか?」

パタリ、と動かなくなった彼に皆が手を合わせた。あの至近距離であれを見て、無事な人間などまず居ない。計算なのか天然なのか、女性には有り得ないくらい優しいカルマの総長は、その仕草や臭過ぎて腐りそうな台詞回しが起こす効果を知らないらしい。

お陰でカルマに寄り付く女のほぼ十割が総長狙いだ。
強いは普段無愛想な癖に良く喋るは、食べ物を与えたら笑うは。ギャップ萌え、と呟いて気絶したギャルは数知れず。

「イチ、タワーにするならシャンパンじゃないのか?」

ツカツカ店内を闊歩する今日のワンコ、ではなく今日の総長は危ない。危ない色気を放っています。
歩く度にセクシーなコロンが漂い、喧嘩の時には狂犬と化す全てのカルマが次々に倒れ落ちる。唖然とした裕也が貧血を起こし、無表情で鼻を押さえた要は凄まじい早さでトイレに消えた。

「なんかねえ、きょーはお酒がいっぱいあるんだってさあ」
「ほう、未成年の飲酒は法律で禁止されていた覚えがあるが」
「いや、今更?ボク達アウトローな不良さんでしょ?」
「確かに」
「ほら、法律は破る為にある訳だし」
「どうしたハヤ、今日は格好だけじゃなく全てが格好イイな」

脚立に乗り上がった健吾は硬直したまま復活する気配がなく、雄フェロモンには慣れた隼人と、自身が雄フェロモンを放ちまくる佑壱だけが恐らく無事だったのかも知れない。

「今更?隼人君は毎日全てが格好よいの」
「そうだな」
「総長、その花は一体、」

時々花束を持って来る俊に首を傾げた佑壱の前で、隼人の顎を掴んだ男が己の唇を舐めた。


「お前はいつでもイイ男だよ」

トイレから戻ったらしい要と眉間に手を当てていた裕也が動きを止め、総長用のコーラフロートを運んできたバーテンの動きも止まる。

「醜い嫉妬で、…餓えた心が悲鳴を上げそうだ」
「…」
「ハヤちゃん?」

ぱっと手を離した俊が首を傾げたのと同時に、目を見開いたまま後ろに傾いた隼人が床で頭を打ち付けている。
佑壱が顔を片手で覆い、脚立に乗ったままだった健吾が涙を零した。どうやらビビり過ぎて色々チビったらしい。

飲酒を怒るかと構えればホスト真っ青な口説き文句の数々、被害者はカルマ。加害者もカルマ。

「で、…今日は何のコンセプトっスか」
「イタリアの青年実業家だ。昨日見た洋画に俺はとても感動した。時に副総長君、ジェラートを知ってるかい?」

高々映画の影響で舎弟共がやられては堪らない。それも暴力より破壊的だ。

「確か先週の研修旅行がイタリアだった様な…榊、」
「はい、裏の冷凍庫にジェラートもあったと思います」
「カシューナッツが入ったエスプレッソ味のジェラートが食べたい!」

そんなん聞いた事もないわ、とは言わずバーテンと目を見合わせ、諦めた佑壱が髪を結い上げる。
復活した皆が大人しく正座していた。佑壱が乾杯の音頭を取らない限り、総長の前で馬鹿騒ぎは出来ない。

「今から作ったとして、一時間後になるっスよ」
「待てます。イイ子で待ってます。おちゃんこして待ってます」

抜け目なく大吟醸を一升掴んでいった佑壱が厨房に消え、カウンターの専用席で正座している俊にワンコ達の潤んだ目が刺さった。何でこんなに見つめられてるのかしら、と恐怖に痙き攣った俊の前に、勇気ある青年一人、

「そ、総長…!」
「なァに?あ、そこのジュース貰ってもイイかしら」
「ジュースっつか、チューハイ、」
「かんぱーい」



と。言う訳で、佑壱より偉い総長の号令で漸く始まりましたカルマ呑み尽くし大会。
一位脱落者は健吾、チューハイ二本でぶっ倒れ。どうやら貢がれたチューハイに何らかのお薬が仕込まれていた模様、モテるのも大変です。

「ケンケン、お父さんの膝でネンネしなさい」
「ほへ、しょーちょー、らびゅ(o>ω<o)」
「情けない、缶チューハイくらいで。この赤ワインは少々辛口ですね」
「隼人君はおビールにしか興味ないにょ」
「このマリネうめー。スゲーぜ副長」

と、まぁ、開始数十分は和やかな雰囲気だった訳だ。が、佑壱が出来たてジェラートを巨大パフェグラス山盛り運んできた頃には、事態は少々ややこしい状況だった。


「ひっく。おいコラー、てめぇこの俺の酒が呑めねーってのかー」
「ハヤトさぁん、もう天ぷらのつゆは呑めないっスよー」
「餃子もうめーぜ」
「ユーヤ、貴方しれっと酔ってますね?肉団子ですよ、それ」
「うわ、北緯が上半身裸で出ていったぞ!」
「連れ戻せーっ、どうせなら素っ裸で行かせろー!」
「ギャハハハ」

ドイツもコイツもまぁ、人が日本酒一升だけで我慢していたと言うのに(※我慢とは言えない)、揃い揃って酔っ払ってやがります。
ワインボトルに直接口を付けているバーテンに至っては、

「…あ?何だガキ共、自家発電ばっかやってっから脳が溶けんだろ。一晩に最低三人は食えや」
「おぉーっ、榊の兄貴ぃ!」
「かっけーっス!」
「憧れるっス!」

普段のインテリさも無視して、エロ談義に夢中。興味津々な青少年にホストで鍛えたチューをカマしまくり、次々に落とし込んでいる。
カルマにホモを作る訳には行かないので、無言でバーテンの首根っこを掴み噛み付く様なキスを一つ、目を見開いたバーテンが倒れるのと同時に唇を拭い、

「はん、最低でも一晩に十人だ。女なんざ幾らでも湧いて出やがる」
「副長ーっ、抱いて下さーい!」
「一生付いていきます!」
「ユウさん、好きだー!」
「テメーら全員孕ますぞコラァ」

どうやらコイツも酔っていた。
やはり日本酒だけでは足らず、料理用のワインやら焼酎やらを飲み干した所為か。

さてさて。
絡み酒の隼人、そんなに酔ってない要、判り難い酔い方の裕也、既に逝った健吾。

幹部連中に囲まれ、誰かを忘れていないだろうか。


「ジェラート、か」

ビールタワーからジェンガの様にグラスを引き抜いては、ぐびっと一気呑み、次々にグラスを空けていくイタリア人気取り。
パフェグラスに山盛り盛られたジェラートを流し目で見やり、サングラスを押し上げる。


「愛らしいものだ」

皆から喝采を受けている佑壱の元まで、真っ直ぐ澱みなく歩み寄り、

「佑壱」
「は、」
「ジェラートより、…お前が喰いたい」

赤い後ろ髪を掴んで容赦なく引っ張り、上体を崩した佑壱の喉に噛み付いた吸血鬼。
囁かれ噛み付かれたワンコは凍り付いた。

「お前は俺のものだろう?違うか?」
「………」
「まァイイ、これは確認ではなくただの事実だ。お前が例え否定しようが、容易く覆される運命…」
「そ、そ、総長、」

ぐいぐい覗き込んでくる俊から後退り後退り、遂にビールタワーまで後退った佑壱の体が、タワーを崩し倒す。

「お前は俺のものだ」

散乱したグラス、滴るビールの海に転がる長い赤、馬乗りになる白のジャケットが舞い、世界は沈黙するだけ。
乱れた髪を掻き上げ、腕一本で佑壱の動きを封じた男がサングラスを放り投げる。

意志の強い眼差しに、笑み。
獲物を前にした獰猛な猛禽類の笑み。獅子すら食い殺さんばかりの眼差しの下で、先程とは比べ物にならない色気を放つ唇を舐める赤い舌先、


「お前が否定した所で、奪ってしまえば覆る。どうせ逃げられない」
「そ、」
「…俺と言う狭い檻の中で、生涯」

離さない、と耳元で囁かれた佑壱が乙女座も真っ青な仕草、つまりもじもじっぷりを見せ、キョロキョロ忙しなく視線を彷徨わせる。
酔いなど吹っ飛んだ。誰もの酔いが吹っ飛んだ。とにかくただ、佑壱すら目を逸らしたくなるフェロモンの塊が皆の網膜に映り込んでいる。


「さァ、答えろ佑壱。…お前は誰のものだ?」
「総長だけのものです…」
「─────宜しい。」

ふ、と神々しい笑みを滲ませた唇が佑壱の鼻先に吸い付き、嵯峨崎佑壱(享年)16歳。
遠巻きにしていた皆が既に真っ赤な中、腹の上で両手を組んだまま旅立った乙女佑壱から興味がなくなったらしい総長の目が、真っ直ぐ要に向かう。

「要」
「は、はい!」
「お前の心は何処にある?」
「え、あ、は?」

首を傾げた要が左胸を示したが、緩く首を傾げた俊は要に近付きながら息を吐いた。

「違うだろう?」
「え、」
「お前の心は、此処にある」

そして自らの右胸を軽く叩き、椅子に座っている要を両腕に閉じ込め覗き込んで、


「俺以外の何処に、お前の心が存在出来るんだ?お前は俺無しでは生きていけないのに」
「は…」
「ほら、…お前の心は何処にある?」
「総長の元にあります…」
「宜しい」

ちゅ、と。
額に落ちた口付けで、酒には酔わないが総長に酔った要が気を失い、ホスト総長の目は真っ直ぐ隼人へ。





それは後に、うっかり妊娠するかと思いましたわよーっ!事件として、カルマ暗黒史に刻まれる事となる。


カルマ裏教訓:まだ男をやめたくないなら総長には呑ませるな。



「…と言う過去がありましてね」
「ふわぁ、すごぉい…」
「マジで?百戦錬磨の君達が?」
「きゃーっ」

凄まじい黄色い悲鳴に見やれば、帝王院で最も美しいと評判な神帝陛下を押し倒すオタクの姿が見える。
足元に砕け散った黒縁。


「神威、お前は俺のものだろう?」
「大変面映ゆいがその通りだ」
「だったら悩まず俺を求めろ」
「俊」
「その心の渇きが満たされるまで貪ったら、…今度は俺の餓えが満たされるまで貪らせろ」
「ウィスキーボンボンの匂いがするな」
「世界の果てが訪れるまで、永遠に」
「酔っているのか」
「愚か者が。俺は最早取り返しが付かない程お前に酔っているぞ、愛しい神威」

ふ、と微笑み掛けるエロオタクに麗しく微笑み返した男は、躊躇わずその腰を引き寄せ、

「諸君、直ちに帝王院中のアルコール含有飲料を集め献上せよ。褒美を取らすぞ」



「あそこの腐れW会長を吊し上げろー!」

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あきゅろす。
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