脇道寄り道回り道
■ゴーイングマイペース5題[帝王院]
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 01:ゴーイングマイウェイ
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彼は確かに愛していました。
誰よりもの深い愛を注いで来ました。密やかに激しく、静かに強く、彼は愛を抱いていました。


「大好きなんだ」

夢見る様に儚く、貫く様に厳かに。彼は両腕を広げ、微笑んだのです。

「だから、ずっと離れないで…」

そして、叶わぬ祈りに嘆くのです。





「あっ、また海老天うどんちゃんの衣が剥がれたにょ!めそり」
「俊、もっと静かに食べようねー」



眼鏡の感情表現は変幻自在。



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 02:西から東
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「愚かな生き物よ」

そう嘲笑うには淡々とした、全てに無関心な声を聞いたのはいつの話だった?
全てを見下す様な全てを羨む様なその声音に圧倒的な違いを見せ付けられたのは、いつの話だった?

「常に2つの選択肢を己に課し、それから選ぶ事を善しとした儚い生き物。その目に映る岐路は、己自身が産み出したものに過ぎない」

運命は常に二通りだ、と。
いつかふとした瞬間に漏らした独り言へ、あの人間を遥かに凌駕した男は囁いた。

「さぁ、複雑にして単純な人間よ。その複雑怪奇に歪んだ脳で考えてみろ。

  北を向いた旅人が分かれ道で出会った村人に問う、東はどちらかと。
  南を向いた村人は迷わず告げるだろう。東は左の道だ、然し旅人は己から見て左の道を進む。


  つまりは西。
  愚かなものだ。全ての理は己の価値観が与える。私から見て左が、向き合う他人には右へと変わる。双方の意が交わる事はない」

極論ですね、と。
擽る様に笑う相棒を横目に、自分は口を開いた筈だ。

「西も回り回りゃ、東だ。地球は丸いからな、…間違ってねぇ」
「ほう、相も変わらず面白いなそなたは」

負けず嫌いな子供の様に、負け犬の遠吠えに似た強がりで、屁理屈を。

「選択肢は限りなく無限に近い。例えるなら円周率だろうか」
「キリがねぇってか。白黒はっきりしねぇな、テメェもよ」
「単細胞生物の存在が示す。性別から既に二種類ではない様に、誕生と死の境には生がある」
「はん、こじつけだな」
「この世に2つしか存在していないものなど、唯一限りだ」

囁く声音に嘲笑う自分。
その次の瞬間、完膚なきまでに味わった敗北感は細胞を蝕んだ。音もなく。



「創世と、有限」

あの声はあの時何を考えていたのだろう。

「宇宙の誕生と共に、訪れる終わりに怯えるのだろう?人と言う哀れな生き物は。

  無、から生み出されたとしよう。この世界が。
  ならば終焉を迎え無に消えた世界は、再び創世を迎えるのだろう。
  何故虚無から産まれ、何故虚無へ還る?創世せし神が誠実在するならば、その神を産み出したのは何者か。そして、その何者かを産み出したのもまた、誰だ」

無限、無限、無限に続く疑問を無表情で囁いた唇。まるで東から西へ舞い戻る様に、地球の様にぐるぐると。

「いずれにせよ、誕生した刹那から、我々に与えられし唯一の二択は『有限への恐怖』と『無限への疑問』、この二つだ」

悟った様に落ちた言葉が、ずっと細胞を蝕んできたのだ。



「有限でしかない人間が、帰路を二つに分ける必要はない」






なのに。



「俊、俺を構え」
「ちょっと待っててちょーだい、このシリーズ最終回なんだから」
「仮面ダレダーと俺のどちらが大切なんだ」

それがこの様か、と遠い目をした副会長が、山積みになった書類をテレビに齧り付くオタクに齧り付いた生徒会長の代わりに片付けていた。

「高坂君、そんなに不細工な顔でどうされましたか愉快」
「………」
「おや、涙目ではありませんか。何と可哀想な高坂君………プ、震えるほど愉快!」



「大変迷う二択はやめて下さいにょ、今は仮面ダレダーが大切です」
「グレるぞ、構え」
「いい加減にしないと離婚するにょ。今度のシリーズは京都が舞台だなんて…格好良すぎる!ハァハァ、ロケ始まったら見に行きたいなりん」
「泣くぞ、構え」
「後でお耳掃除してあげるから、しーするにょ。聞こえないなり!」
「家出する。探せ」
「晩ご飯までには帰って来るのよ、カイちゃん」





「大変だー!神帝がフジミヤテレビと太秦映画村に火を付けたんじゃと!( ̄□ ̄;)」
「何でまた、お台場フジミヤテレビと京都に…」
「地デジ反対派かよ」


家出した神様が西で東で反抗期。

「ふーん、どーでもよいけどお、仮面ダレダー打ち切りかなあ。次のシリーズ、オファーあったのにー。仮面イエロー役でさあ」
「隼人、天井で総長の眼鏡が割れる音がした。迂闊に出演すんじゃねぇぞコラァ」
「あは、毎回隼人君の格好よさに見惚れて眼鏡割れたら大変だしねえ」



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 03:ハンドブレーキ故障中
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「好き、だよ」
「よもや貴方がそこまで仰るとは想像もしませんでしたよ」
「喜んでないじゃんか、好きなのはどうせ俺だけなんだろ!」
「ろくな人生を歩んでいないものでねぇ、言葉程度では信じられないだけです」
「好きってだけじゃ、駄目なのか…」
「揶揄うつもりなら、余所でどうぞ?私は貴方など何とも思っていないのですからねぇ」
「え、らそうに…!だったら始めからそう言えよ!どうせいつか捨てるつもりだったって!言えばいい!」
「いつまで子供のつもりですか?…目障りですねぇ、消えて下さいませんか」


ぽたり、と。
零れた雫は何度も何度も我慢を重ねて尚、耐えられなかったものだ。
悔しくて悔しくて悔しくて、息も出来ない。






訳ではなく。


「ギブアップ!」
「ふもっ」
「ふぇ?もう終わりなりん?」

ぶち切れた二葉に抱き締められたからだ。きょとりと首を傾げる俊を横目に、良し勝ったと目薬片手にほくそ笑む平凡。

「はァ、鬼畜攻め健気受けカップルしりとりはタイヨーの勝ちにょ。5連勝まで後一勝なのに…情けないなりん」

先に5連勝した方が負けた方を言いなりにする事が出来る。狙いはメイド姿の平凡と、青年実業家な美人若社長だ。
燃える眼鏡二匹に冷めた目の平凡。

「じゃ、二葉先生がメイドさんで我慢します。はァ、美人メイドは三日で飽きるにょ」
「巫山戯んなこの腐れ眼鏡が!誰の所為でアキが泣いたと思ってやがる!」
「ふぇ?二葉先生の言葉攻めの所為かしら?」
「貴様いつか殺すから首洗って待ってろ!」
「ヒィ!ふふふ二葉先生っ、ハァハァ、眼鏡もシーツも洗って待ってますっ!タイヨーの寝室の天井裏でっ!」
「逃げる気か貴様ぁ!」

太陽を抱き締めたまま混乱極まる男を盗み見た小さなドSが、キラリとハンターの眼、


「お、俺だけが好きなんだって、すんっ、わ、判ってるから…」
「落ち着いて下さい山田太陽君、あれはただのゲームですよ。そんなに泣いたら目が腫れてしまいます」
「ぐすん、お、俺なんてどうせ馬鹿だし、ま、毎回負けてさ、今だって本当は負けてたし…うぅ」
「何を馬鹿な事を…始めから私の負けです。ほらほら、いい加減泣き止んで下さい。負けた私は貴方の召使にならなければいけないのですから」
「…ほんと?」
「ええ。何なりお申し付け下さい、ご主人様」


「あ、そ。
  だったら今日発売のソフト買ってきてー」

ぽいっと投げ捨てられたのは目薬。ああ、頭が良い己を呪いたいとか何とか、寂れた風紀バッジが泣いていた。

「いやー、小遣い足りなかったから助かったなー。持つべきものはセレブな奴隷だねー」
「奴隷…」
「何か文句あんの?
  …嘘泣きまでさせといて、今更ガタガタ抜かすなよ」
「いや、あの、」
「早く行け」
「…行ってきます」


ドS勝負は平凡連勝街道。


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 04:狂った速度は縦横無尽
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「あれは何だ?!」
「爆発か?!」
「テロか?!」
「紅蓮の君の反抗期か?!」
「いやっ、違うっ!」



「「「「あの砂煙はっ」」」」





「萌えぇええええええええ!!!」
「たーすけてー」

海パン一丁の平凡と巨大浮き輪を抱えて走るオタク、プール開き。
陸上最強の眼鏡は泳げないと言う。



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 05:突っ走れ!
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「あーっ!やってられっか!」

久し振りに本気でカチ切れた中央委員会副会長を前に、職務に従事た全ての役員が震え上がった。

「何処に隠れてやがる腐れ帝王院が!…今日こそ仕事させてやる」

自分の分と全く仕事しない佑壱の分と言う、会計風紀書記の仕事をサラサラっと終わらせた男が眼鏡を押し上げ、憐れなものを見る目で一言、

「陛下が真面目に仕事なされるのなら、私達など必要ありませんよ」
「じゃかましいわ!これ以上我慢出来っか!毎日毎日フラフラフラフラしやがってあの野郎!」
「高坂君だってサボるじゃないですか。会議も交流会も、何処ぞの馬の骨とイチャコラされて」

テメェはたった副会長と会長の承認印をポンポン捺してるだけだろーが、グダグダ抜かさずとっとと片付けろ性病が。
全く笑っていない眼鏡の向こうの眼差しに剣呑な色合いを見た副会長と言えば言葉に詰まり、

「…俺様は片付けてからサボってる」
「ふぅ。いつもいつも私一人だけ会議室と言う野獣の群れに放り込み、君も陛下も欠席。その内清く美しく淑やかな私は、夥しい野獣共に穢されてしまうのでしょう!ああっ、何と言う悲劇!」

明らかな嘘泣きで肩を震わせる二葉に背を向け、狼狽する役員達を横目に高坂日向は帝王院神威探しの旅へ出た。


「アイツを犯せる勇者が居たら、全財産くれてやる」

因みに、野獣は会議室ではなく中央執務室の会長椅子の上で嘘泣き崩れている生き物の事だ。





懲罰棟、室内庭園、ラウンジゲート屋上、最上階、地下駐車場、廃棄物処理施設…広大な施設内を歩き回った副会長は肩で息をしながら、凄まじい目付きで舌打ちした。
以上、全てが神威の昼寝場だが、見付からない。

まさか、と一年Sクラスのドアを蹴り開ければ、騒めく生徒達の黄色い悲鳴と、オタクのデジカメフラッシュを浴び、うたた寝していた神崎隼人の飛び蹴りに見舞われた。
隼人は簡単に退治出来たが、満面の笑みでチョークを投げた教育実習生からは半ば逃げ出した形ではある。

神威の姿はやはり見えなかった。

「…あの野郎っ!何処に逃げやがった!」

見付けたら必ず殴り倒す、と拳を握り締めた副会長には盲点だったのかも知れない。
そう、彼にも授業免除権限があったのだから。



「おや、今日はいつもに増して静かですね、我が3年Sクラスは」

日課である見回りを済ませた二葉が授業中である自分のクラスへ顔を出し、いつもなら黄色い悲鳴やら教師の労りの眼差しやらを浴びる筈だった。
だと言うのに、クラスメートは誰一人二葉を見ない。己の美しさに絶対の自信を持つ男は悲しみのターンを決め、帝君席、つまりは一番先頭の席に気付いたのだ。


二番である自分の席の真ん前に、白髪。
いや、銀髪の背中。皆の視線が突き刺さっていた。


「おや?陛下ではありませんか何をなさっていらっしゃいます?」

流石に混乱したらしい二葉は、何もほぼ初めてではないかと思われる神威の出席に驚いた訳ではない。

「原田教諭、今一度右斜め45度に首を傾げよ」
「あ、あの、神帝陛下…今はヒンズー語の授業中でして…」
「構わん、俺は全世界の言語を理解している。…ふむ、次は黒板消しを携え背中を向けろ。セカンド、原田教諭の背を繊細且つ鬼畜に抱き締めるが良い」
「陛下、これは一体何の遊びですか?」

太陽にバレたら殺されますねぇ、と眼鏡を押し上げながら担任を抱き締めた男は、


「来週のコミケで配布するブロマイドの為だ、気に病むな」


無言で教師を会長に放り投げたらしい。
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