脇道寄り道回り道
 ├後編┤
所変わって人間界。
ミカドINの騒動に気付かず、今日も私立帝王院学園高等部は賑やかだ。

「カイちゃん、印刷所からお荷物届いたにょ」
「ほう、して出来映えや如何に」
「奮発して箔圧しフルカラー表紙にした甲斐があったなりん。とってもセレブな仕上がりに!」
「ふむ、夏コミも無事当選した。残るは当日の売り娘を誰にするか、」
「大変だー!┌|∵|┘」

健全な高校生達が腐健全な会話に花を咲かせていると、真っ青な表情の健吾が転がり走ってくる。

「大変だー!とにかく大変だー!色々大変だー!Σ( ̄□ ̄;)」
「セクシーホクロきゅん大丈夫なり?可哀想に、最近暑くなってきたから…」
「哀れな」

何事かと首を傾げた二匹は、この夏最高傑作の同人誌を抱き締めたまま顔を見合わせた。

「失礼な事言ってたっしょ、今(@_@)」

スライディング気味に足を止めた健吾が目を細め、すぐにまた青冷める。

「それ所じゃねぇ!大変なんだって、マジ!└|∵|┐」
「何が?」
「夏コミ当日の衣裳ならばこちらが手配する。案ずるな高野健吾、そなたはメイドだ」
「誰が着るかオタク野郎!( ̄□ ̄;)」

神威の胸ぐらを掴み睨み付ける健吾の身長差からなる無意識の上目遣いと台詞に鼻血を吹いた黒縁、印刷所から届いたばかりの段ボールを血で染めた。

「真面目に聞けや!タイヨウ君が大変だっつってんの!(`´)」
「タイヨーがっ?!」
「ふむ、益々耳を傾ける必要性を見失った。俊、おやつにしよう」

コンソメポテチを何処ぞから取り出した神威を綺麗さっぱり無視した俊は、健吾の台詞を聞くや否や眼鏡を吹き飛ばし鼻血を吹き出し、飽き足らず木っ端微塵に自爆し星になったと言う。



「何でか知らないけど、タイヨウ君が妊娠したんだって!」


オタク彗星はコンソメポテチをも炭にしたとか何とか。







「おめでとうございます、妊娠40週目ですね。つか臨月です。今週中に産まれるよ」
「…はい?」

穏やかな笑みを浮かべた医師の台詞に山田太陽は小指で耳を穿り、新作菓子の試食し過ぎて吐いた少食平凡を俵抱きしてきた佑壱が、やはり太陽の背後で耳を穿った。

「後ろがお父さんかな?立ち会い出産希望なら、」
「ちょちょちょ、何の話ですかー」
「誰が父親だコラァ、俺は総長の嫁だ。変な言い掛かり付けてっとドたまカチ割んぞ」

見当違いな所で憤る不良に医師は口を閉ざし、クッキーとみたらし団子の食べ過ぎでぽっこり膨らんだ腹を撫でた太陽が立ち上がる。

「変な冗談じゃなく、胃薬下さい。出来れば消化剤も」
「いやいや、だから君は妊婦なんだよ。残念ながら堕胎手術には父親又は保護者の承諾が必要で、堕ろすにもお腹の双子は明日にでも産まれるだろうから無理だね」
「いやいやいや、確かにギリギリ170cmの平均値ですけどねー、付いてるモンちゃんと付いてる雄なんですよねー」

身長だけではなく男の証拠もあんまり大きくないが、間違いなく太陽は男の子である。妊娠させてもさせられる筈がない。
まぁ、心当りはあるにはあるが。ならば現在喧嘩中の恋人、朝から嫌味ばかりチクチク吐いてくる性格破綻者が父親か。

嫌だ。

あのドSとまかり間違えて結婚したとしよう。泣き喚く赤子を抱えて、亭主関白に泣く未来が目に見える様だ。


「…結婚は人生の墓場だって母さんが言ってたよねー」

その前に、妊娠したと聞いた二葉から捨てられそうで切なくなった。何であんな男が恋人なんだ。悲し過ぎる。

「ふぅ。君ね、確かに学生出産は大変だ。育児も決して楽じゃない」
「へ?」
「だからって存在を認めず目を逸らすのはどうかな?君が望もうと望むまいと、実際そこに新しい命が宿っているんだよ?」

医師が太陽の膨れた腹を指差した。いい加減にしてくれ、と天を見上げた太陽は溜め息一つ、適当に聞き流して薬局に寄ろうと心の中で呟く。

「生きようと頑張ってる赤ちゃんが、可哀想じゃないか」
「あー、はいはい。その通りだと思います。…最近暑くなってきたからなー」

桜とお菓子作りの途中だった佑壱はいつの間にかさっさと帰ったらしく、医務室には太陽と頭のおかしい保険医だけだ。
熱中症で狂ってしまったのだろう気の毒に、などと塩っぱい表情の太陽が、硬直した。


「─────え?」


膨れた腹が、ポコリと。
まるで何かに内側から蹴られた様に波打ったのだ。
未だくどくど喋っている医師の声には構わず、勘違いだろうかと撫でた腹がまた、波打つ。

今度は立て続けに二回、ノックする様にポコポコと。


「聞いてるかい、君?」
「せ、先生っ、お腹、お腹の中から何かに蹴られてるんです!あっ、また!ポコポコって!」

悪い病気だったらどうしよう、せめて死ぬ時は苦しまず眠る様に死なせて欲しい、と悲痛な声で叫ぶのと、背後のドアが開く音と呆れたらしい医師が息を吐いたのはほぼ同時だった。

「食べ過ぎで倒れたそうですね山田太陽君、」
「だからそれが赤ちゃんだよ。君は確かに外側は男の子かも知れないけどね、中身は女の子だ」

頭を掻いた医師が「珍しい症例だけど」と呟き、涙目の太陽が戸口に目を向けて沈黙する。





「君には前立腺が存在していない代わりに、子宮があるんだから」


麗しい微笑を浮かべた二葉が、後ろに倒れる光景を見たからだ。







「えっと、」


医務室のドアを開けた時のポーズのまま倒れた二葉を医師と二人掛かりでベッドに寝かせた平凡は、ぽこんと時々波打つ腹を抱え狼狽えていた。


双子。
然も男の一卵性双生児らしいお腹の中の子供の父親、つまりそう言う関係である恋人を前に何を言えば良いのか全く判らない。
然も当の本人は麗しい微笑を浮かべたまま硬直している。お手上げだ。

「あの、堕胎?手術は出来ないんだって」

墓場か別れか、結婚かシングルマザーか。どちらにしても高校生が悩む問題にしては重過ぎる。
父親も高校生。どちらも雄。そんな馬鹿な。

「だからその、産むしかないんだけど…」
「─────山田太陽君」
「はいっ?!」

がばっ、と起き上がった美貌が普段の微笑を忘れ真顔でずいっと詰め寄ってくるのに怯めば、背後でフラッシュが瞬いた様な気がする。
気の所為だろうか。



「結婚しましょう」


幻聴を聞いた気がする。
気の所為だろう。


「こうなればグズグズしていられない、プライベートライン・オープン」
『コード:もうすぐパパになりますを確認、ご命令を』
「もうすぐママになる花嫁の両親に挨拶してくるから、その間に入院手続きと披露宴の準備、出産後のハネムーンの手配を済ませておけ」
『了解』

目の前で勝手に進む話に全く付いていけないまま、ポコポコ踊る双子ダンスに今にも泣きそうな太陽が、

「アキ、ぶっちゃけ俺は十中八九かかあ天下になる予定だが、今だけ言わせて貰う」
「何がどうなってこうなったんだろ、あはは…ぐす」
「お前の人生を俺に寄越せ」


アンタ別人やないかーい、な台詞にうっかりときめいて頷いてしまった光景を、





「萌ぅえええぅえぅえええええっ」


顔を手で覆いながら光の速さで廊下を駆け抜けるカメラ小僧が抜かり無くパパラッチしていた事には、気付かなかった。






「ハァハァ、リューキュ陛下ァ!人間界が大変アレがアレな事になってますァア!!!萌えぇえええ」
「成程、前立腺廃止は然程影響ない様だな。結構」

モニタで人間界を見つめていた黒縁眼鏡を横目に、中央線総督は次なる職務に手を伸ばした。

「右手運命線が二度目の不渡りを出しただと?…致し方あるまい、右手運命線を暫し凍結する」
「ふぇ、でもそれじゃ人間の運命を左右する場面で左右しなくなっちゃうにょ。
  右手の運命線が不通なら、左手の運命線に頼るしかなくなっちゃうなりん」
「左利きの人間は暫し幸運を招き、右利きの人間は暫し不幸が降り掛かる」
「両利きの人は右手を使わない様にしなきゃ、大変にょ。右利きの人より不幸になっちゃいますにょ」
「だが暫くの間だけだ。そう、人間界の時間にしておよそ数時間程度。それだけあれば穴埋めは可能だ」
「じゃ、ちゃっちゃとがっぽり儲けて右手運命線再開を目指しましょ!」








「親の目には可愛くて堪らない息子だけど、一般的には限りなく平凡だろう太陽にこんな美人な恋人が居たなんてねー」
「叶二葉と申します。この度は突然お時間賜りまして、」
「まぁまぁ、そう堅くならないで」
「失礼します」

にこにこ笑うワラショク社長は、電話一本でやってきた来訪者を応接間に通し手を叩いた。

「これ、粗茶を此処に」
「お待たせしました社長、我が社スーパー部門夏の売り上げ第一位、お徳用水出し麦茶で淹れた冷たい麦茶です」
「有難う、遠野課長」

スーツの上から亀甲縛りされているホストを横目に、一礼してソファに腰掛けた二葉が単刀直入、息子さんを僕に下さいと告げる。
亀甲縛りがすっ転んだ。

大真面目な二葉は普段の愛想笑いを忘れ、凛々しく背を伸ばす。もうすぐパパになります、と言うピンクの花が散っていた。


「さっき電話で、うちの太陽が臨月だって聞いたけど」
「本当です。一卵性双生男児だと。後は先にお話しした通りですが、」
「ふぅ、まさかこんなに早く孫の顔を見られるなんてねー。…不束な息子、いや、嫁だけど?幸せにしてやってくれるかい、四葉君」
「二葉です…いや、」

やや寂しげな微笑を浮かべた男が手を差し出し、窺う様に首を傾げる。
その手を握り返した二葉は珍しく安堵した様子で力強く頷き、

「勿論です、お義父さん。若輩者ですが、愛だけは誰にも負けません」
「うん、





  …誰がいつお前の父親になったんだ?おいちょっとばかり背が高いからって大人を舐めてると公衆トイレの便器に放り込むぞ餓鬼ぁ。うちの可愛いアキちゃんにこの汚い手で触った訳か、へぇ、この生っ白い手で…」


ギシギシ、ミシミシ。
二葉の右手が有り得ないほど軋み、応接間の片隅で耳を塞ぎ背を向けた亀甲縛りがカタカタ震える。

「そうだ三つ葉君」
「…二葉です」

目の前にはにこにこ笑う、名前を覚えるつもりがないらしい義理の父親候補。

「不慮の事故で親を亡くした子供はそう珍しくないよね?実は僕も天涯孤独でねー」
「まぁ、確かに…」

こてん、と小首傾げた男がパチパチ瞬き、邪気なく宣った。

「赤ちゃんを抱えた母親が自活するのは大変だ。でも、そうだね。父親と言う種族は娘に弱いから、喜んで迎え入れるだろうねー」

息子の間違いではないのか、と痙き攣った二葉が軋みまくる右手へ目を落とす。
変色した指先が紫だ。

「だからと言う訳じゃないんだけど、大切に育ててきたアキちゃんを嫁がせる父の可愛い愚痴として、聞き流してくれるかい?」

駄目だ、この男からは同じ匂いがする。
自分と同じ、─────匂いが。

「全身の薄皮剥いで硫酸に浸してから三日三晩懸けて斬り刻んでやるよ糞餓鬼…」

直後、腹を抱えて駆け込んできた小さなドSが父親を蹴り飛ばし、二葉の右手粉砕骨折は免れたそうだ。

「硫酸でその髪溶かすぞクソ親父」
「太陽、それ以上やったら父さん死ぬわよ。別に殺しても良いけども」
「アキちゃん許してー」
「母さん、そっちがうちの旦那ー」
「あらまー、こんな良い男を何処で拾って来たの。夕陽には内緒にしときなさいよ」

真っ赤に腫れ上がった掌を眺めたドS閣下が湯上がり玉子肌過ぎる右手に瞬きすると、ツルツルだった皮膚にはくっきり運命線が刻まれていたと言う。



翌日。
便秘が治った太陽は元気良く新作ゲームを買いに出掛けた。



某駅の路線図に、廃止された筈の路線が復活したと言う話は誰も知らない。



「ピニャ大公が利き手でユイーチ駅長に殴り掛かったのが、二人の結婚の決め手だったそうですにょ」
「情熱的な求婚だな」
「昔のカィちゃんみたいね」
「面映ゆい」


本日もツッコミ足りま線ご利用、誠に有難うございました。

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あきゅろす。
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