脇道寄り道回り道
■愛の台詞辞書的10のお題[帝王院]
01彼は不敵に笑う/02譲れぬ争い/03引き替えに得るなら/04許さなくていい/05ただ、見上げた/06言葉の代わりに/07抱き締める腕/08口付けを/09離れたくないよ/10愛してる



title: 愛の辞書的10のお題
----------------------01-

それは無意識の産物。
その姿を網膜に捕える度、沸き起こる不可侵の本能。

食い付いてやりたかった。
貪り尽くしてしまいたかった。
理解不能な凶暴過ぎる本能が餓えを叫ぶ。あれでしか満たされないのだと、幾度も。


「コンニチハ、白百合閣下。」

無知とは素晴らしい防衛本能だ。
無知とは斯様に可哀想な事なのか。
荒れ狂う感情を伝える術を知らない猛禽類に、その人間は餌だとも知らず笑っている。



「…相変わらず、残念なお顔ですねぇ」
「アンタの好みじゃなくて、本当に悲しいなー」


何も知らず、彼は不敵に笑った。

彼は不敵に笑う

----------------------02-

静寂の淵で理性の欠片が囁き続ける。


アンナモノに固執する必要が何処にある?


その通りだ。あんな人間一人に五感を奪われて、こんなにも惨めな風体を晒す哀れな自分に吐き気がする。


早く忘れてしまいなさい。


ああ、だからその通りだ。人間とは忘却する生き物だから、すぐにまた元に戻れる。
忘れてしまいなさい。忘れてしまいなさい。忘れてしまいなさい。忘れてしまいなさい。忘れてしまいなさい。忘れてしまいなさい。忘れてしまいなさい。忘れてしまいなさい。





餓えを忘れる術など何処にある?



ああ、また。
狂った本能が囁き続ける。



狂っているのは、お前だ。
偽りの理性で本能を覆い隠す、まるで人間の様だな。





だから、理性など最早何の役にもたたない。残るのは荒れ狂う自尊心と、子供の様に無邪気で何よりも冷静な本能だけだ。

譲れぬ争い

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「命と引き換えるならば、何を願う?」

久し振りに口を開いたかと思えば、右手で書類に書名捺印しながら左手でキーボードを叩き続ける男の目は、巨大モニタに映し出された文字の羅列を追い掛けていた。


束縛の保健室3


因みに、神威が右手で片付けている書類は今年の中等部式典関連であり、左手で叩いているキーボードはアメリカ本社からの可否申請である。決してパッションピンクなホモ関連ではない。

「何を藪から棒にほざくか。とっととサボってやがった分、片付けやがれ。なぁ、灰皇院会長」
「そう言う高坂君こそサボってますよねぇ、大体毎回」
「トーマにコータが言う。愛されたい訳じゃない、傍に居させてくれるなら引き換えに愛は要らない!」
「…紅茶淹れてくるわ」
「流石です陛下、コータの気持ちが伝わる迫真の演技でした」
「そなたには、何かと引き換えに願うものはあるか」

真っ直ぐモニタを追い掛ける男の人間離れした美貌を横目に、つまらない想像を追い払う。

「私の命は陛下と共に。唯一神の威光を須く知らしめる、それこそ我が絶対の願いですよ」
「そうか」
「お茶にしましょう、嵯峨崎君が焼いたクッキーを盗んで来たんです」
「ならばそなたの望みは何処にある?」

だから、頭が良い相手は嫌なんだ。

「望みなどありません。我々が求めるものは全て手に入る。そうでしょう、陛下?」
「嘘が上手いな、そなたは」

何かと引き換えに得るなら要らない。何も、手に入らない。
命など近付いただけで燃やし尽くされる。金など何の役にも立たないのだから。



「隠し事は下手だが」

人に紛れたあのまばゆい光の化身に捧げられるものなど、この魂だけ。

引き替えに得るなら

----------------------04-

「助けて」

許されるなら、叫んでも良いだろうか。


本当は何にも意味はなかったのだ。この命にも世界にも。
許されるなら、手を伸ばしても良いだろうか。抱き締めて全てから護ると誓うから。


「たすけて」


許されなくてもいい。
誰も何も許さなくていい。
もう、全てを敵に回す覚悟が出来た。



この体温を護る為なら。

許さなくていい

----------------------05-

目が合った。
壇上の綺麗な男がさり気なく口元へ笑みを滲ませる。それがいつもの読めない愛想笑いでも、馬鹿にした笑いでもない事に気付いて頭を掻いた。

手を伸ばしても届かない距離。
皆の目の先に佇む自信に満ちた美貌、あんな生き物がいつからか愛の言葉ばかり繰り返す様になって。
何度も過ごした二人だけの夜を数えて、今。不安ばかり、ずっと。


手を伸ばしても届かない距離。
音もなく開いた唇がたった四回、開いて閉じた。


『ひろあき』

都合の良い見間違えに決まってる。だって手を伸ばしても届かない距離。だってレンズ一枚向こう側の眼差しですら何処を見ているのか判らない。

「   」

自分ですら聞き取れなかった無意識の呟きが届いたら良いのに、と。今すぐ形振り構わず駆け寄ってきて真っ直ぐ抱き締めてくれないかな、と。


何度も抱き合った壇上の愛しい人を、ただ、見上げるだけ。

ただ、見上げた

----------------------06-

愛していると言えば信じようとしない癖に、愛されている事を知らないままだと臆病になる矛盾した生き物、貴方も私も。


言葉では信用に足りない。
でも言わずには居られない。


愛していると言われても臆病者は耳を塞いでしまう。
自分は何度も愛していると繰り返す癖に、同じ台詞を繰り返される度に怖くなる。



愛しています。
  (言葉では信用に足りない)
それはもう、いつ呼吸が止まっても可笑しくない程に。
  (己自身が嘲笑う声)

愛しています。
  (口にする度に泣きたくなるほど)
蓄積した感情が喉をいつか突き破り、呼吸困難を起こす未来を想像するだけ。
  (こんな事は初めてで)
(どうすれば良いか判らないまま)
  (ひたすら足掻くだけの臆病者)


言葉では信用に足りない。
愛しさの数だけ思いを込めて名前を呼んでも、まだ足りない。

二人溶け合って交じりあえたなら、繰り返される言葉だけで満足出来るのだろう。
他の何も引き離せない原子レベルの結合が許されたなら、縋る様に愛を繰り返す必要もないのたろう。


「太陽」

例えば、今。
厳粛な筈の壇上から飛び降りたとしたなら。

「ひろあき」

そして迷わず腕の中に閉じ込めた体温を、



『ふたば』


皮膚を貫き細胞の奥深く魂の中にでも、閉じ込められたなら。

(救われるだろうか)
(自分も貴方も魂も)

言葉の代わりに

----------------------07-

皆が目を丸めている。
珍しく神の玉座に座る男が仮面の下の唇に笑みを刻んでいた。


「ふ、風紀、委員長?」

何が起きたのか判っていない様な声が、腕の中。微動だにせず抱き締められたまま、狼狽えている。

『…叶風紀委員長、速やかに壇上へお戻り下さい』

こんなにも晴れやかなものか。
本能のままに行動するのは、こんなにも清々しい事か。
皆が目を丸めている。言葉を忘れて真っ直ぐに、抱き合う二人、と言うには一方的に一人を抱き締めるこの体を。

『…式典を打ち壊すつもりか、宵月の君』

こんなにも晴れやかなものか。
こんなにも気分が良いのもなのか。

『判った、…判ったから早く壇上に上がりやがれ二葉!』

親友と言うには知り過ぎた男の呆れた叫びすら何の障害にもならない。

「ひ、光王子が呼んでる、から」
「おや、相変わらず可愛らしいお顔ですねぇ」

だから抱き締めたこの体温が、早く自分の体温と混じり合ってしまえば良いのに、などと満面の笑みを滲ませれば。

「眼鏡の度が合ってないんじゃない?」

腕の中の生き物が、くしゃりと表情を歪めた。背中に回された腕の強さに表情を歪めたのだろうか、自分は。

「本当に、…馬鹿なんじゃない」

腕の中の今にも泣き出しそうな愛しい人と同じ、表情で。

抱き締める腕

----------------------08-

「駄目だって!」
「何で」
「皆が見てるから!」
「視線独り占めか、流石だ俺のフレア」
「ちょ、」
「そのまま全人類の網膜を焼いてしまえ。俺以外が見ない様に」
「ななな何言ってんですか!ちょ、何処触ってんだよ!」
「良い匂いがする」
「するか!嗅ぐな!さっきの体育マラソンだったんだから!」
「お日様の匂いがする」
「何処嗅いでんだー!嗅ぐな!触るな!抱き付くなーっ!」

全く、もう。
嬉しいなら嬉しいと素直に言えば良いのに、愛しい貴方。きっとまだ、理性が本能を覆い隠しているのだろう。

「セクハラで訴えるかんな、ド変態がー!」
「本当に、愛らしい唇ですねぇ」

言葉など何の役にも立たない。
だから口付けてしまおう。それはまるで溶け合うくらい、


「食べてしまいましょうか」

不安がる暇もないくらいの、口付けを

----------------------09-

人が居ると嫌がる癖に。

「もっとぎゅってして」

二人きりになればまるで別人のよう。

「離したら頭突きするからな」

なんて偉そうな。
離すと言った所で許すつもりもない癖に。


「離したら、別れるかんな」

なんて偉そうな。なんて都合の良い台詞。

「では、離れられませんねぇ」
「うっさい、黙れ、もっとぎゅってして」

離せと力一杯殴られた所で、離すつもりも無いのに。離れるつもりもない癖に。


二人共。

離れたくない

----------------------10-


「おはようございます」

晴れやかな笑顔に泣きたくなった。
こっちは起き上がれないと言うのに。こっちは掻き回されて心身共に重傷だと言うのに。

今まで何回も泣かされたから。
抱き締めるだけじゃ足りないって言うから、昨日も何回も泣かされた可哀想な俺。

「愛しています」

朝の挨拶みたいに何の照れなくのたまう男を、殴り倒してやりたかった。
身勝手野郎、変態野郎、鬼畜野郎、二重人格野郎、もう、本当に腹が立つ。縋る様な声、出しやがって。本当は誰よりも我儘な癖に。人を我儘扱いしやがって。惚れてるなら負けを認めれば良いんだ、馬鹿野郎。



「…俺もだよ」


だって、ほら。
こっちは全面降伏するくらい、愛してる


フタイヨー的な。
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