脇道寄り道回り道
とある二人の深夜3[帝王院]
「最近、何だか楽しそうね」



そんな言葉から始まった朝は、いつもと同じ退屈な朝だった筈だ。

「良い貌してきたじゃない」

煙草の匂い、いつでも完璧な化粧で笑う赤い唇、好きでも嫌いでも無い女の肌がすぐ真横に。

「いつも退屈で仕方ないって顔、してた癖にね」
「別に、今もだけどー」
「そう?…恋人でも出来たんじゃないかって、日和見主義の社長は言ってたけどねぇ、」

細い指が頬を伝い、そのまま首の後ろを引き寄せた。
好きでも嫌いでも無い女とのキスに意味はない。どちらのものか判らない煙草の匂いと、





「スキャンダルにならない程度なら、…目を瞑ってあげるわよ、隼人」
「そら、どーも」


強かな女の、囁き。



「シたいだけの遊びなら、私だけで我慢なさい」


判ったのは、女が意外に鋭い事。








「あーあ、…また同じ顔触れかよ」


月に二度、三度。
たったその程度しか姿を現さない、男。謎だらけの『ご主人様』は、

「うっせーなお前、嫌なら来んなや( ̄□ ̄;)」
「オレンジ野郎、見上げさせて悪いねえ。ほら、俺おっきいから」
「殴りてぇ…!ΩÅΩ; ユウさんっ、コイツ殺して良いっしょ?!今日は総長も来ないしっ!」
「来ない…?」
「あー?」

カウンターには椅子が七つ、いつも真ん中の椅子は空席で、最奥の椅子にはデカイ熊のぬいぐるみが座ってる。
奥から三ッ葉、蜜柑、イルカ、王冠、林檎の形をしたクッションが並んでいて、オレンジ頭は判り易く蜜柑クッションを小脇にしたまま睨み付けてきた。



「今夜はやめとけ」


林檎クッションなんて、もう全く似合わない男が無駄に長い髪をボリボリ掻きながら眠たげに欠伸する。

「ええー、だってコイツ此処最近ずっと入り浸ってんじゃんか!(;´△`) 皆だって言ってっしょ!部外者じゃんか!(~Д~)」
「落ち着けよケンゴ、ジュース零れてるぜ」
「まぁ、俺達が止め切れず彼を総長へ近付けたのは事実。…あの時は光王子や白百合の力を借りる事になりましたが、」

次は殺す、と言う殺意を隠さない双眸がイルカクッションの上から睨み付けてきた。
微笑ましい光景ではないかと鼻で笑い、王冠クッションを掴み放り投げて、膝と踵だけでリフティングする。

「テメェ、」
「ぶっ殺すぞ神崎ぃっ!」
「死にてぇのかガキが!」

忽ち色めきだったカルマ一同が騒ぎ立てたが、



「やめとけ。…雑魚は相手にすんな」

勝者の余裕が癪に障る男の台詞で、右拳を叩きつけた。
目を見開く一同が見たのは、赤い赤い双眸と唇が笑う光景だろうか。容易に止められた拳がミシミシ音を発てる。

「悪いが、テメェじゃこの俺は潰せねぇぜ?」
「…流石、紅蓮の君だねえ」
「俺が負けたのは、…ただ一人だけだ」

最近、急に大人びたと帝王院の生徒達がこの男を噂していた。
誰も近寄らせない雰囲気を纏う上級生の存在は知っていたが、帝君の名を利用して入学以来半年以上殆ど通学していない自分には無関係な話だ。



背後でドアベルが鳴る。
グラスを研いていた、この店の店長だと言うバーテンが顔を上げ、痙き攣る笑みを滲ませた。
クッションにそれぞれ腰掛けていたカルマ幹部らが総立ちになり、奪われたままだった拳から手を離した男が凄まじい眼光を宿す。


「何しに来やがった、高坂ぁっ!」
「あ?…ふん、図体だけご立派な野良犬が俺様に馴れ馴れしく話し掛けんじゃねぇ」
「ブッ殺す…!」

目が醒める様なブロンドを優雅に掻き上げながら入ってきた小柄な男、見覚えが嫌と言う程ある自分は咄嗟に踵を返し足を振り上げる。



「遅ぇよ、カス犬その一。」
「ちっ、流石光王子、ってか!この間のリベンジさせて貰うぜ、先輩よぉ!」
「分不相応に掛かって来るなんざ阿呆の極みだ。…死ね、犬っころ」

直ぐ様避けられた足を逆に掴まれて、自分より20cmは小柄な男とは思えない力強さでそのまま引き摺られ掛けた体が、





「日向、─────苛めか?」



倒れる前に、抱き留められた。

「お帰りなさい、ファーザー」
「総長、良い所に…助けて下さい」
「遅いよぅ、総長…!(ノд<。)゜。」
「一同、ファーザーに敬礼だぜ」
「今日も一日明太子が恋しい!」

バーテンの見るからにほっとした表情とか、佑壱を羽交い締めにするカルマ一同の喜びに満ちた表情とか、


「シュンシュンっ、1ヶ月振り〜!メールばっかで全然会えなかったから、超寂しかったよ〜!」
「ああ、俺も寂しかったぞ。それで、テストは終わったのか日向?」
「日曜日まで学校なんて死ぬほど面倒だったけどさ〜、今日は結果発表と学園総会があったから〜。またふーに一点差で負けちゃったけどね〜」
「なら、二位か。それでも頭が良いな、日向は」

今まで獰猛な虎を思わせる表情を浮かべていた王子様の、幻覚ではなかろうかと言う早変わりも。
ただの過去に成り果てる。


「違うよ〜。…戻って来た神様の所為で、三位になっちゃったんだ〜」
「神様?」
「ちぇ。シュンシュン〜、だっこ〜。ぎゅってして、高い高いして〜」
「おいで、日向」
「えへへ〜、シュンシュン大好き〜」
「俺も大好きだ」
「やだ〜、それって相思相愛〜!」
「ブッ殺す高坂…!止めんな要ぇっ、そこ退け裕也ぃっ、包丁持って来い健吾ぉっ!!!」
「Shout up, clap-dog.(黙れクソ犬)」



苛々する。
デパートの紙袋を携えた男がサングラスの下で笑みを象り、忌々しげなカルマを余所に王子様が王冠クッションを拾った。

そのまま空席だった真ん中の席が埋まる。
二人分の重みを受けてキシリと軋んだ椅子は、然し二人を受け入れた様に沈黙してしまう。


「…総長、高坂はチームの人間じゃねぇんスから、あんま甘やかさないで下さい」
「イチ、お兄ちゃんが我が儘言うな。日向は小さいんだから、大きいイチが可愛がってやらないといけないんだぞ」
「総長っ、だってそいつ俺らより年上じゃぞ?!(><) 中3なんだから!(@_@;)」
「ケンゴ、嘘吐きは泥棒にゃんこの始まりだ。可愛いからって、夕飯の唐揚げを盗まれたら悲しいぞ?サザエさんだってお魚盗まれて、お漬物だけの夕飯に涙したに違いない。やっぱお味噌汁が要るな、うん」

冗談だかただの天然だか、サングラスで目元を隠した男の顔がこちらを見る事はない。
誕生日以来初めて見る姿は酷く遠くて、その背中を一度睨み付け、背を向ける。


「………阿呆らし。」


退屈な朝だった。
退屈な日々を生きてきた。

その中に強烈な印象を宿した生き物が入り込んで、錯覚しただけだろう。
三度目に見た『皇帝』は、何の興味も与えてくれない。





「ハヤ、おいで」


開いたままのドアから立ち去る前に、擽る様な柔らかく抱き締める様な声音が呼んだ。
そんな呼び名に心当たりなど無い筈なのに、振り向けば赤毛と金髪が酷く悔しげに睨んできて、



「何、それ」
「プレゼントだ」

黄色の、まるで首輪みたいなブレスレットサイズの輪っかを、一つ。
サングラスの下で笑う唇が差し出してくる。

「イチは赤」

佑壱を見やる唇が歌う様に。サングラスの下から見つめられた佑壱は日向から手を離し、首に巻いた赤いそれを撫でて。

「カナタは青」

指輪みたいな小さな小さな首輪が揺れる、要の唯一とも言えるアクセサリーのピアスは確かに青で。要の左耳で存在感を放っている。

「ユーヤは緑」

いつもサンダルを履いている裕也の左足首にグリーンのブレスレット、

「ケンゴは橙」

ボタンをまともに留めていない健吾のスラックスに、オレンジ色のベルトが見えた。



「他の皆にはお揃いのストラップ、カルマ発足一年記念にプレゼントしたものだけどなァ。…ハヤの分は遅くなった」
「それで、デパートなんか行ったわけ?」
「ハヤのメアド知らないんだから、仕方ない。日曜日のデパ地下は家族連ればかりで寂しかったぞ」

でも試食は美味かった、と言う台詞に唇が勝手に笑みを象った。
その顔でデパ地下かよ、なんて。悪態すら満足に言えない。



「つかさー、アンタ総長の癖に日曜1人でデパートなんて、どうなの」
「だったら、今度は付いてこい。本屋で漫画の隣にハヤタが並んでた時は、うっかり奥歯にしまったままだったソーセージ吹き出すかと思ったぞ?」
「あー、うん。俺、モデルさんだから」
「そうか、サインくれ」

変わった人間だ、何度見ても。
初めて喧嘩を売った時もそう、一人だけ飄々としていて、満月を背後に一人だけ別世界の住人だった。
佑壱や二葉や日向、その他を隔絶した三人ですら霞む程に。三人を止めなかった男は、なのに途中でふらりと立ち上がり去っていった。



『狂い踊る魂の安息場を探しに征こう』


囁く様に。
呟いて闇に溶けていくその後ろ姿を犬の様に追い掛けていくカルマを呆然と、眺めて、引き替えに現れた赤毛の悪魔に笑われたのを覚えている。


『うちの姫二人に随分可愛がられたみてぇだな、テメェ。…生意気な面だが、見込みはあるな』
『…んだ、テメェ』
『俺はもうじき退く。新たなABSOLUTELYに興味はねぇか、神崎隼人』
『何で俺の名前、』
『アイツから聞いたんだよ。…一同、静粛に!』




但し、それら全て色褪せる程に。





『絶望と未練の硲で迷うか、一年Sクラス神崎隼人』


その生き物が他を超越していただけだ。



『何だ、テメェ…』
『My name is…、いかんな、ステイツから戻ったばかりで時差狂いに陥ったらしい。やはり日本言語が最も難解だ』
『何だ、テメェは!』
『Xフェイン=ノアール=グレアム。そなたと同じ帝王院へ来期より復学する、ただの人間だ』

あの寒気がする様な囁く声も、プラチナに煌めく仮面の下も、



『生への絶望と生への未練、その硲で迷う愚かな生き物よ。…今宵我が眼前に跪くならば、全てを棄てるが良かろう。
  人としての経験も、家族も、意志も、与えられた名も等しく全て。


  X、虚無の名の元に人が生み出したものなど不要だ』


『あだ名は親愛の印だぞ?』


銀皇帝と銀神帝、二人はまるで同じ生き物の様で、まるで違う生き物だ。
だから、どちらかを選べと言われたなら恐らくABSOLUTELYこそ自分には相応しいのだと思う。



「総長っ、そいつ仲間なんかじゃないしっ!Σ( ̄□ ̄;)」
「シュンシュン〜、俺だってまだプレゼント貰った事ないのに〜!」

メアドと殴り書きのサインが羅列するチラシの裏を大切そうに、ジャケットのポケットへ仕舞い込んだ男を皆が囲む。

「総長、貴方の命令なら俺は従いますけど、…ABSOLUTELYの馬鹿猫を毎回毎回膝に座らせるのはやめて下さいっス。何なら俺が総長の膝に乗りますから
「…ユウさん、170cmの図体でそれはマズいと思うっス」
「此処は162cmの俺が総長の膝に座るべきだと、」
「だったら166cmの俺だってギリギリセーフじゃんよ(´Д`*)」
「テメェら虫共ウゼェ、シュンシュンの膝は154cmの俺様だけのモンだ!失せろ、お呼びじゃねぇんだよ」

わあわあ喧嘩を始めた皆を横目に、王冠クッションに座る人に手招かれて、林檎クッションを蹴り飛ばした。
佑壱が何やら叫んでいたが、そんなもの無視だ。



「ヒヨコクッション?」
「あ、間違えた。それはピナタのプレゼントだった」
「ピナタって、…もしかしたら光王子の事かよ。アンタ、ネーミングセンス皆無だね」
「ハヤタには、こっち」

罵られても怒る事なく、サングラスの下で笑う男が差し出してきたのは真新しい、星型のクッションだ。
星河の君、などと馬鹿らしい呼び名で呼ぶ帝王院の生徒を思い出し、僅かに眉を寄せる。けれど、



「雑誌に載ってたハヤタはキラキラして、お星様みたいだったなァ」
「…」
「そんなに格好イイんだから、女の子にモテモテで大変だろう?イイなァ」

余りに嬉しそうに、羨ましいと呟きながら然し誇らしげに呟く唇に誘われて、無意識にサングラスを奪った。
あの全てを従わせる眼差しは甘く溶け、それこそまるで太陽以上の光を放つ星の様に、眩ゆいばかりの光に満ちた笑顔が映り込む。



息が止まるかと。
爪先から駆け昇る電流の様な血液が、呼吸困難に陥らせるくらい心臓を早めてしまう。



「ねえ」
「何だ?サングラスが欲しいならやるぞ、新しいサングラスも買ってきたからな」
「チューしていーい?」

ぱちり、と瞬いた瞳がまた、甘く溶けた。
聞いていた皆が雄叫びの様な悲鳴を上げ、ちゅ、と。鼻先に触れた柔らかい感触に、顔が忽ち発火する。


そんな馬鹿な。
童貞でもあるまいし、鼻チューなんてペットにする様なもので何故、馬鹿みたいに。



「ハヤ、俺は『アンタ』じゃないぞ。名前で呼びたくないならまァ、お父さんと呼んでもイイ。何せ俺は炊事洗濯一切出来ないからな!」

自慢にならない事を宣言しながら、真新しいサングラスを纏い鏡を覗き込んだ人は、苦笑するバーテンから『似合いますよ、総長』と誉められ満足げにコーラを呷った。
嫉妬の眼差しでジリジリ近付いてくる日向や佑壱達を横目に、大して体格の変わらない俊から口付けられた鼻先を押さえ、舌打ち一つ。



「首輪なんて、犬みたいじゃんかー」
「ハヤにきっと似合うと思うぞ。あ、イチ、サングラス買ったらお小遣いが無くなった!だが今日はすき焼きな気分なんだ!」
「シュンシュン〜、ヒヨコのお礼にすき焼きでも焼き肉でも焼き鳥でもご馳走するからさ〜、デートしよ〜よ〜」
「失せろ猫被り、ブッ殺すぞハゲ」
「ハゲてねぇっつーの!」
「何ィっ、ピナタはにゃんこを被ってるのかァ?!猫耳が付いたアニマルな着ぐるみパジャマで寝るのかァ?!」
「「「「総長…」」」」
「え、シュンシュンはそうゆ〜のが好みなの〜?」
「いや、その、別に、猫耳日向を抱き締めて寝たいとか地味平凡クズ野郎の俺はそんなスケベな妄想なんて、別に、その、大丈夫だ!
  俺は無理矢理押し倒す様な不埒な男じゃないぞ!」


墓穴に填まり込んでいる事に気付かない男の言葉に赤く染まる王子様も、嫉妬を隠さないカルマ達が急にブリッコし始めるのにも構わず、仁王立ちで拳を握り締める俊を引き寄せた。



「じゃあさあ、今度隼人くんがうさ耳バニーさんになってあげるからー、一緒のお布団でねんねしよっか、ボス?」
「…うさちゃん?」
「隼人くんってばデルモなイケメンワンコだからー、ご主人様の希望なら裸エプロンもアリだよお」

勿論料理するのは美味しいボスだけどー、などとのたまえば、刺さる様な殺気の視線が全身を包む。



ああ、楽しくて堪らない。



「はァ、ハヤとピナタが仲良く歩いていれば、お似合いだろうなァ…。ディズニーランドでお揃いのミッキー帽子被って歩けば、ドナルドもうっかり空を飛ぶかもっ!」
「シュンシュン、ディズニーランドに行きたいなら泊まり掛けで〜、いっそハネムーンも良いね〜」
「あは、ボスってばロマンチック。良いよお、今度のロケ地はディズニーランドにさせよっかー。その代わりディズニーリゾートのスイートルームだからー、一緒のお布団で毎晩頑張ろうねえ」
「へ、変態がまた増えた…!(ノд<。)゜。」
「ユウさん、…頭が痛くなって来ました」
「総長、魔性の男だぜ…」
「隼人はまだ何とかなるが、問題は高坂だ…!叶が居ない今こそ奴の息の根を止めるチャンスじゃねぇか!」
「おや、呼びましたか?」



退屈な朝だった。
退屈なまま訪れた午後のカフェはやはり退屈で、けれどオレンジ色に染まる空を従えやってきたデパート帰りの王様が、世界を変えてしまったのだ。





『冗談じゃねぇよ。…テメェみてぇな奴に従うくらいなら、カルマのがマシだ』
『ならば良かろう、己が望むままに絶望と未練の硲へ進むが良い。…絶望と孤独に嘆くファーストと共に、足掻く事も平伏する事も出来ぬまま』
『ファースト、だと?』
『そなたは知らずとも良い。…赤き翼の意味にも、ゼロとファーストの違いにも、な』



月の光に酷似した神秘的なプラチナブロンドを思い出す。





『…さらばだ、左席委員会の手駒』
『何で、それを…!』
『来期、そなたは私の敵になるべき人間だ。精々、私へ刃向かうに相応しい生き物へ育っておけ』


囁く様な声音が、全身に鳥肌を生む。



「ハヤ、すき焼きにはシラタキが必要不可欠だよな?」

けれど、その声音ですぐに呼び戻されて、

「すき焼きには、松茸でしょー」
「松茸っ?!ま、待て、銀行はもう閉まってる筈だ。今日は我慢しなさい、お父さんは椎茸も大好きだぞ…」
「総長、松茸なら冷蔵庫に入ってます。要も裕也も健吾も俺も、毎年貰うんで」
「総長、フォアグラもありますよ。最近懇意にしている企業が、株主優遇品で送って来た瓶詰めのフォアグラですが」
「キャビアなら缶詰めのがあるぜ。ゴールデンウィーク、社会見学でロシアに行ってきたんス。そん時の土産、まだ残ってた様な」
「光王子、最高級松坂牛グラム百万円の奴、一頭丸々奢ってよ(´∀`) そしたら少しくらい店に出入りしても良いぞ(∀)」
「ざけんな健吾、俺は許さねぇぞ!」
「はん、この俺様はンなしょぼい買い物しねぇんだよ。買うなら牧場ごと買う!テメェら全員、胃が破れるまで貪りやがれ!」

楽しくて堪らない。
退屈、と言う言葉を思い出す事すら出来なくなる程に、





「ハヤタ、キャビアって何だ?」
「たまご」
「ハヤタ、フォアグラって何だ?」
「きも」
「焼いた方が美味しそうだなァ…。やっぱ焼き肉にしよーかねィ、…焙った松茸って凄く美味しいらしいぞ、うちの父さんが接待で食べた事あるらしいからな…」
「松茸ならさあ、…隼人くんが育ててあげよっかー。ま、都会のド真ん中じゃちょっとムズいけど、うちのガッコ山ン中だから、再来年には松茸狩り出来るくらい生えるよー」
「マジかァアアア!!!と、取り放題?!う、うちの親にも食べさせてイイかしら駄目かしら!」
「あは、ボスはやっさしいんだねえ。じゃ、優しいボスの為に乾燥トウモロコシあげるよー」
「ふぇ?このコーン、固いぞ?むしゃむしゃ、ごりごり、美味しいけど、ガリガリ、固いぞ?」
「それをフライパンで炒ると、ポップコーンになるんだよー」
「マジかァアアア???!!!」



頭の中で囁く声は今も尚。





『闇に呑まれた暁には、虚無へ還るが良い。…そなたの意志が脆弱である事を祈ろう』
『テメェ、何者だ』
『次に見える刻はこう名乗るだろう。中央委員会生徒会長、






  日本国籍では帝王院神威、だったか』


今も、気を抜けばあちら側に転がり落ちてしまうかも知れない。
今も、やはり両親が嫌いで、人間なんか皆消えてしまえば良いと思う。



「ねえ、ボスー」
「何だ?」
「メール、無視したらグレちゃうからねえ」
「ああ、俺はほぼ毎日暇だからな、寧ろしつこいくらい返信しまくるぞ?」
「うん。ちゃんと毎日隼人くんを捕まえてなきゃ、…駄目だからねえ」



祖父母みたいに居なくならないで、と。
右手首に巻いた小型犬用の首輪を一瞥し、目を細めた。




きっと、明日から周囲が煩くなる筈だ。聡い女達はこぞって騒ぎ、呑気な社長がにこにこ微笑みながら「幸せかい」と、毎日繰り返す台詞を言うのだろう。



『呆れるくらい、幸せだ』


なんて言えば、いつもの困った様な笑顔がどう変化するのか。想像するだけで楽しくて堪らない。





「ねえ、ボスとあの銀髪野郎、どっちが強いのー?」
「銀髪?」
「あそこの金髪王子様が副総長やってる、チームの」
「ABSOLUTELYの人は日向と貴公子先生しか知らないからなァ。まァ、俺が一番弱いに決まってるだろうが」
「ふぅん、ボスってば見掛け倒しなんだー?そー言えば、ボスが喧嘩してんの見た事ないけど、背負い投げは得意そーだったよねえ」
「習字と算盤と、柔道と合気道と弓道と琉球空手と剣道とテコンドーとアーチェリーと乗馬は、…昔習ってた事があるけどなァ」
「…マジ?剣道なら隼人くんもあるけど…」
「全部一年保たず辞めたからなァ、B型は飽きっぽくて駄目だ」
「B型なんだねえ」
「ハヤタは?」
「AB型らしいよお」
「エビ型?良しっ、やはり今夜は焼き鳥にするかイチィっ!串に刺して焼いて頂きますだァ、焼けるものも焼けないものも刺して刺して焼きまくれェっ!!!」



もう、楽しくて堪らない。



「あの人、見た目と中身が合って無さすぎだよねえ」


同じ銀髪の同じ威圧感を秘めた人間が、二人。それはまるで陰と陽の様で、





『絶望と未練の硲で迷うか、神崎隼人』
「おやつはハヤタ手作りポップコーンとイチのプリンに決まりだな。日向、嫌いな食べ物はあるか?」
「んーん、好物はシュンシュンだけどね〜」
『生への絶望と生への未練の硲で』



テスト終了と共に再会したばかりの流れる様なプラチナブロンドへ、笑う。





『…本気で左席になってやるぜ、神帝陛下サマ』


それは退屈な午後を掻き消す幕開けの日曜日、



「ねえ、ボスー」
「何だ、この鶏皮が食べたいのか?…最後の一口だけど、ぐす、俺は独り占めしたりしないからな!潔く食べなさいっ」
「隼人くんのつくね串あげるからさあ、





  責任持って大事にしてね。」



死への恐怖と未来への希望の硲へ迷い込ました責任を、負いなさい。



「何か良く判らんが、任せなさい」

そんな心の囁きに気付かない人は肉を詰め込み膨らんだ頬を蠢かしながら、一度頷いた。


「あは、ボスなら世界制覇出来るよお。その食欲だけでさー」
「イチっ、ご飯お代わりィ!」
「総長っ、炊飯器十台でも限界があるんス!」
「まァ、腹八分目と言うしな…。良し、おやつのポップコーンで我慢するか。めそり」



そんな日曜日の、深夜。

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