脇道寄り道回り道
イヌと鳥と時々オタク[帝王院]

男と言う生き物だ、俺は。
気に入ってもいない女を抱くのは容易い。



見てくれだけで寄ってくる女共に辟易しながら、親父生き写し、つまりは五つ年上の大嫌いな兄貴にそっくりらしい見た目には感謝しても良いのかも知れない。


などと、自己評価で悪いが、とても性格が良いとは言えない捻くれた俺が腐っても家族に感謝する事など無いが。





「イチ」


聞き慣れた耳触りの好い声音に、意味も無く肩が跳ねた。
自分が酷く汚い人間になってしまったみたいな、罪悪感。奇妙な。

「首、蚊に刺されてる」

反射的に首筋を押さえて痙き攣った笑みを浮かべた。心当たりなら有る。昨夜クラブで知り合った女が、最中にキスマークを残した記憶があるからだ。

勿論、やったらお役ご免とばかりに陳腐なラブホに残して帰って来たが、去り際に縋り付いてくる馬鹿女を振り払った時は蹴り付けてやろうかとも思った。よりによって、跡を残すなんざ最悪だ。


「この季節にまだ蚊が居るのか。…最近は温暖化の影響が著しいな」

目の前で僅かにズレたサングラスから覗く漆黒の眼差しを細める人に、全てを見透かされている様な気がする。
いや、見透かされてるのだろう、多分。



捨てた女は悉くこの人に群がり、俺に靡かなかった女すらこの人に目を奪われる。
雌は厄介な生き物だ。より強い雄を本能で選ぶ。



「総長」
「背中は刺されてないか?」
「多分…」

何せ付き合った女の前ですら上を脱がない俺の背中なんざ、極一部しか知らない。
カルマの幹部と、目の前の人。



『空が飛べたら、人は自由になれるのになァ』


一度、野良猫にでも襲われたのか傷付いた雀を拾って来た事がある。
この人の動物博愛っぷりを知らないカルマは居ない。総長=法律であるこの世界じゃ、居ても居なくても同じ小鳥だろうが、幹部を始め末端の新入りまでもが丁重に丁重に扱わなければならない。



要がリザーブした動物病院に通院させ、
裕也が買ってきた特注のケージで囲い、
健吾が知り合いの動物愛護団体から雀の育て方を事細かに聞き出してくれば、
隼人がネット株で手に入れ遊ばしていた別荘、と言う名の小さな南の無人島に慰安旅行がてらカルマ一同+雀が旅立ち、

俺が手配した有名カメラマンによって撮影された雀グラビアを片手に、



夕日に向かい飛んでいく『ピーコ』を涙ながら見送る総長の、哀愁漂う、然し娘の嫁入りを見送る父親の様な背中にひっそり見惚れ、そのまま花火大会に突入。




と言う、説明すると何だか阿呆臭い、いざその場に立ってみれば雀グラビアを抱き締めずには居られない光景を思い出した所で、


「イチ」

何を思ったのか、珍しくサングラスを外した人が意志の強い眼差しで見つめてきた。
凄まじい眼力に背を正し、無意識に頬を伝う汗を不自然にならないよう拭う。



怯むな。
怯めばこの人の傍にはいられない。ただの人間に成り下がればもう、この人の傍にはいられない。



『動物は好きだ。…人と違い、俺を拒絶しない』

いつか聞いた台詞がぐるぐる頭を駆け巡る。出会った時は指一本以上大きかった様な気がするこの人の、最近は俺より下にある眼が怖い。
見透かされている様で。
全部全部、見透かされている様で。


呆れてはいないかと。
溜まれば好きでもない女を、初対面の女でも抱ける人間の雄が、見透かされているのではないかと。



「脱げ」

考えて、怖くなった。

他人に触られたくない一心で、ベッドインする前に外した首輪の下、飼い主以外にマーキングされてしまった馬鹿な犬。
少なくとも首輪を外さなければ、この人の目に入る所には付けられなかったかも知れないのに。

「翼が見たい」

言葉の意味を理解するより早く、手が勝手に薄手のセーターの裾に掛かり、何をしているのか判らないまま躊躇いなく脱ぎ捨てる。
ジーンズと首輪のみ、と言う何だか阿呆臭い姿がカフェの硝子窓に映り込んで、鏡像世界の自分と不毛にも睨み合った。


「綺麗なものだな、いつ見ても」

背中を撫でる指に跳ね上がり、無意識に殴り掛かった拳がオニキスの前で停止する。
数センチで総長を殴っていたかも知れないと言う現実に言葉を失い、数センチで殴られていたかも知れない人は目を逸らす事も逃げる事もしないまま真っ直ぐ見つめてきた。僅かに、唇を歪めたまま。



「す、すいません!」
「従順なだけの犬より、自由奔放に飼い主を振り回すくらいの猫の方が愛らしい」

頭に浮かんできたクソ生意気な男の顔に舌打ちしたくなった。
あの野郎は所構わず男を喰いまくる節操無しなんです、特に高等部で副会長になってからもう最悪、などと告発する様な無様な趣味は無い。
悲しい事に。



「犬は、…何でも一人でやってしまう。本来は人が愛でる生き物じゃない」
「総長?」
「皆そうだ。兎が寂しくても死なないのと同じ、動物には本当は人間なんて必要じゃない」
「総、」
「寂しいのはいつも、人間だけだ」

俺は何も知らない。
この人がどんな生活をしているのか。俺が居ない場所で何を見て何を感じているのか。
勝手に思い違いをしていただけで、実年齢すら調べて知った様な馬鹿な生き物が、首輪一つで従う事を許されただけなのに。


それを、外すなんて。



「イチ」
「…」
「お前には翼がある」
「…」
「そんなモノで繋がずとも、自由に飛び立てる両翼が」

年下。
雇った興信所の人間が本物なら、目の前のこの人が俺より一つ年下の中学三年生だと。



なのに、



「嫌です」

これじゃまるで、昨夜の女とまるで同じじゃねぇか。

「総長がちゃんと見てないと、俺は今にでも犯罪者になる。目に入った奴ら皆ブッ飛ばして、目に入ったモン皆ブッ壊して、総長と二人きりになるまで止めません」
「それは、困ったな」
「俺の背中は貴方を守る為にあるんだ!懐かせといて今更捨てんなっ、捨てないで下さい!」

無人のカフェに出勤していたバイト店長と、何事かと慌ただしく入って来た舎弟達が同時に硬直するのが判った。
ゲイの修羅場とでも思ってやがるのだろうが、心中ほぼそれに変わり無い。



「総長?」

携帯やらメモやらを凝視する人の凄まじい眼力にビビった奴らが片っ端から正座した。
軽くビビりながらもそこはそれ、付き合いの長さでその眼差しが睨んでいるのではなく期待に満ちたものだと判るので、セーターに頭を突っ込みながら近付いてみる。


「縋り付く男は普段の傲慢さが嘘の様に鳴りを潜め…」
「総長?」
「その変貌に、また騙されているのだと思いながら、涙を耐えられなかった………ハァハァ」
「総長?」
「イチ」
「は、はい」

ぐるん、と振り向いた人がしゅばっと素早くサングラスを掛けた。
威圧感は大分姿を隠すが、滲み出る勝者の色気が増すだけだ。裸眼のカイザーには雄が群がり、サングラスを掛けたカイザーには雌が群がる。俺が居なくなってもこの人の犬に成りたがる奴はきっと多い。

化け猫を数匹従えた狼王子が頭に浮かび、イライラした。
あのお綺麗な面を殴り飛ばしてぇが、今の奴は俺よりデケェ。あっと言う間に抜かされた。クソ腹が立つ。


「やはりお前は、ただのワンコじゃない」
「は?」
「ふ。判っていたさ、判っていたさ俺は…」

笑う唇に意味もなく赤くなりながら、どうせなら今こそサングラスを外して欲しいな、と考えてバイトが入れたジントニックを飲み干した。
総長専用グラスには黒々とした炭酸が目一杯注がれ、レモンスライスとレモンシャーベットが浮いている。


「イチ、それでこそ俺の可愛いイチだ。今日は寝させないぞ」
「そっそっそっ、総長?!」
「と言う訳で今日は泊まる。もっと俺を萌えさせてくれ」
「泊まっ、も、燃えさせ…っ」

恐らくサングラスの下では絶対的勝者の瞳が見つめているのだろう。挑戦的に吊り上がる唇に見惚れたまま、煩い心臓を無意識に押さえる。



いや、この人になら抱かれても良い。良いのだが、良いのだが、然し。





心 の 準 備 が !



「そ、総長。俺、俺っ、初めてなんです!」
「そうか。まァ、俺も夏に知ったばかりだからな、普通アレは女子がするものだし」
「そ、そうですよね…。でも俺っ、女よりもっと総長を満足させて見せますから!」

9区の夜王とまで言われたあらゆるテクを駆使し、ネコになろうがイヌだろうが全てを懸けて総長を満足させてみせる…!



「そうか。じゃあ、」

ぐい、と。
伸びてきた手に首を引かれ屈み込めば、頬にちゅ、と言う感触。
ピシリ、と硬直したのは俺だけではない筈だ。



「ご褒美に、俺がめくるめく官能の世界へ誘ってやろう」


酷く卑猥な声音に、俺がそれから数日間使い物にならないくらい腑抜けになっていたのも、







「ハァハァ、今日一日イチからリーマン溺愛攻めのネタを収集するにょ!」

そう意気込んでいた総長が、全く使い物にならない俺にあらゆるスーツを着させては真新しいデジカメを光らせまくっていた事も、





同人誌のゲスト原稿とか言うそれが『ワンコ特集』だと言う事も、嵯峨崎佑壱16歳のクリスマスイブの記憶には残っていない。







「総長、あの時焼いておいたケーキどうしたんスか」
「徹夜原稿執筆中のおやつにしたにょ」
「…道理でカーペットにトーンカスが落ちてた筈だ」
「トーン貼ったの、イチにょ」



「覚えてねぇ…!!!」

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