脇道寄り道回り道
とある変態とその目撃者
ああ、朝から胸糞悪いにも限度がある。

「…あ?何だこれは、殺されてぇのか」

久し振りにブラックアウトした視界を再び開けば、右目の下に青アザをこさえ、鼻から滴る鼻血を両手で必死に押さえている後輩が見えた。それだけでも鼻だけではなく全身から出血死させてやりたい程だったが、隅々まで自分の体を確かめてみた所、幸いにも鼻血がついている様子はなかったので、それはそれは寛大な温情を以て腹部に膝蹴り一発で許してやったのだ。

にも関わらず、鼻と腹を押さえたまま崩れ落ちて悶えている男の側に、報道部が定期的に印刷している活動報告書、別名『報道部新聞』が落ちているのを迂闊にも見てしまった。胸糞悪いにも限度がある。ああ、何事にも限度があるのだ。幾ら太平洋に負けない寛大な心の持ち主であろうと、起床後間もなくそんなものを見せられれば、悶えている背中に容赦ない踵落としを決めたくなっても、無理はないだろう?

「抱かれたいランキングの一位が間違ってんぞノーサ、刷り直せ」
「ぐ…っ、ま、コホッ、間違ってない系…!それは今季最新の統計で…っ、おわ!」
「この俺が間違っていると言ってるんですよ三年Sクラス川南北斗君。何を口答えしてやがりますか下級生の分際で、ぶち殺されてぇのか?」
「ひ、あた!な、何と言われようとガセネタ絶許が報道部の信条だから…!ちょ、死ぬ、ギブギブマスター、幾ら僕でも今日こそ死ぬ系!」
「おやおや、だったら黙って死ね」

叶二葉15歳、高等部入学式典翌日の朝は、川南北斗と言う尊い犠牲を払って血圧が安定するまでの小一時間、恐らく北斗にとっては地獄の朝だったと言えた。

一週間、下手すれば一ヶ月は不眠不休でも平然としている男が珍しく眠る時は、何の前触れもなく崩れ落ちる事が多い。一般生徒には知られていない事で、それを知るのは現中央委員会役員と北斗だけだ。
何の前触れもなく死んだ様に倒れる二葉を、毎回部屋まで送り届けるのは副会長である高坂日向の習慣になりつつあるが、二葉か何処其処構わず倒れる事はない。何処其処構わず倒れる時は必ず、側に日向が居る時だけだ。

全く以て困った事に、一度眠ってしまった二葉を起こすのは大層骨が折れる。
麗しい寝顔は無防備にも見えるが、二葉は寝ている時に近寄ると無意識下で殴ってきたり絞め技を掛けてきたり、酷い時には枕元に忍ばせているピストルを突きつけてくる時もあった。
そんな寝ている時はオートマ殺戮モードの二葉を叩き起こせる勇者など、世界広しと言えども帝王院神威くらいだ。恐らく日向ならば可能だと思われたが、ただでさえ寝転がった二葉を部屋まで運んでやったのに、その上モーニングコールまでサービスしろと言うのは余りにも酷すぎる。

無論、朝五時には敷地内をランニングし軽くジムトレーニングを済ませ、日が昇る頃には執務室で書類とにらめっこしながら、朝食と昼食を兼ねた軽食を仕事しながら済ませ、毎日毎日ひっきりなしに抱いてくれと押し掛けてくる夥しい数の親衛隊員らを名実共に体で慰めてやりながら、いつ勉強しているのかテストも抜かりないパーフェクトヒューマンこと光王子に対し、この上『死にかけている子猫を微笑みながら踏み殺せる魔王』のお守りまで押しつけるのは、一般的な良心を備えていれば無理だった。

白羽の矢が報道部部長であり風紀役員でもある北斗に立ったのは、日向が可哀想と言う理由と、神威にお願いするくらいなら死を選んだ方がマシと言う二つの理由からである。
滅多にない仕事ではあるが、誰よりも二葉の側に居る北斗だからこそ、たまに二葉が睡眠を取る時は遺書をしたためながらも、毎回律儀にモーニングサービスを行っているのだと記しておこう。

今朝の朝に、右頬骨の辺りに一発食らった程度で目を覚ましてくれる事は稀だ。
北斗は念のため防弾チョッキを着込み、頭部を守るヘッドギアまで装着していたが、隠しきれない顔に重い左ストレートを決められ、吹き出した鼻血で二葉を汚したら確実に命はないだろうと、それだけは全力で耐えた。お陰様で腹を蹴られ背を踏まれ、とうとう砂の中に半分埋もれてしまったが、辛うじて生きているのだ。但し、堪えきれない涙が零れそうだが。零れた所で、一面砂浜じみた奇っ怪な白百合の寮室にあっては、北斗の涙が幾ら迸ろうと若干そこだけ湿る程度だろう。

「そんな怒ると皺が取れなくなる系ですよ」
「何で俺が一位に躍り出てんだ、改竄したんじゃねぇだろうな」
「違いますって!最近のサブマジェスティは抱きたいより抱かれたい方にシフトチェンジして来てる系でっ!仕方ないでしょ、光炎親衛隊はネコばっかなんだから!」
「ちっ、下等生物共が…。俺に懸想するなんざ百憶光年早い、それに投票した奴らの素性を纏めとけ」
「アンケートは匿名が普通!」
「あ?誰に口答えしてやがる、川南北斗」

ちゃぽちゃぽと緑茶が循環している水路の傍らに置かれているお盆の上から、乱雑に湯飲みを持ち上げた男は寝乱れまくった浴衣姿のまま、握った湯飲みを水路の中へ突っ込んだ。汲み上げた茶を豪快に煽ると、ガラガラとうがいして、砂浜にぺっと吐き捨てた。
…いつもの事だ。繊細100%の見た目に似合わず、乱れた浴衣の合わせに手を突っ込んでボリボリ腹を掻いている二葉は、くわっと大きな欠伸を豪快に放つと、どさっと砂の上に座り込む。足元には今しがた吐き捨てたばかりの湿った砂があるが、二葉が気にする気配はなかった。

「あー………2・3人の断末魔が聞きてぇ…」
「物騒過ぎて泣きそうなんですけど僕。お願いしますマスター、さっきの僕の断末魔で我慢して欲しい的な感じ系で」
「さて、貴様の断末魔なんざ覚えてねぇな。寧ろ無駄に喋るな」
「…寝起きの低い声がサブマジェスティにそっくり系」
「何かほざいたか下等生物」

いつまでも転がっていては二葉の身支度が進まないと、痛む体に鞭打って起き上がった北斗は、此処へ来る前に給湯室から運んできた保温ポットを持ち上げて二葉の側に下ろすと、部屋の壁に設置されているスイッチの一つを押した。
昨日のお茶がゴポゴポと排出されていく。排出された湯はラウンジゲートまで繋がっており、室内浴場の一つにあるお茶風呂へ運ばれていくのだ。緑茶では農業コースの農業用水としては使えない為、白百合親衛隊が編み出したエコロジーな利用方法である。

「排水終わったら一度お湯を循環させますんで、朝食用のお茶淹れる前に歯磨き済ませて良いですよ」
「…面倒臭い。緑茶でうがいをすれば殺菌力は水の何倍だ?」
「歯磨きが面倒ってアンタ…」
「何か文句あっか下等生物」

日向よりずっと舌打ちが似合う魔王が、素直に人の言う事を聞く訳がない。
何せ神威の命令にも従っている振りをしてサボっている時があるのだから、こうなったら必殺技を使うしかないだろう。メリットは100%二葉を言いなりに出来る代わりに、デメリットはしくじれば命はないだろうと言う事だけだ。

「…特一級指名手配対象にマスターが歯石まみれだって、言っちゃおっかな〜」

ぐだーっと胡座を掻いて茶葉を急須へ放り込んでいた男の、左右色違いの目が吊り上げる。死を覚悟した北斗は然し、ムスッと黙り込んだ二葉が歯ブラシに歯磨き粉を塗りつけるのを見た。

「余計な一言は身を滅ぼすものと理解しなさいノーサ、次はありませんよ」
「ハ、ハイ」
「所で今回のアンケートですが、中等部生徒の回答はどうなっていますか?」
「えー、はいはい、それについては調べが終わってますっつーか、あの投票用紙だけは磁石粉末を練り込んだ特別製なんで、」

北斗が持ってきた書類入れから散らばった書類の上で、胸元から取り出した磁石を軽く振れば、一枚だけペトッと引っついてくる。マグネットシートの応用の様なものだが、見た目には普通紙と大差なかった。

「これ一枚作るのに一万円懸かった的な。はい、山田のはこれ系です」
「誰が二年Sクラス山田太陽君の投票用紙を見せろと言いましたか。全く、そこまで言うなら念のため目を通しておきましょう」
「…」

何が念のため、だ。
どうせ見るだけ無駄なのにと思いながらも、北斗は二葉が投げてきた小切手帳から小切手を一枚破ると、小切手用の印刷機に二万円と打ち込んで小切手に印字を済ませた。一万円は手間賃と慰謝料だ。

「おや、また無回答ですか」
「この手のアンケートには興味がない系なんでしょ。意外と硬派な奴だよね、親衛隊にも入ってないし」
「面白味のない。全く、悩んだら迷わず中央委員会で最も優れた人間の名を書けば良いのです」
「その場合、マジェスティの名前を書くんじゃ?」
「あ?」
「…すいません、失言でした系」

お前は中央委員会で最も狂暴な魔王だ、などと吐き捨てた所で、二葉から微笑みながら蹴り飛ばされるだけだろう。川南北斗は沈黙を選んだ。慰謝料の一万円では拭い去れないもやもや感は、王呀の君で発散すれば良い。
しゃこしゃこと大人しく歯を磨きながら浴衣を脱いだ二葉は、一糸纏わぬ素っ裸でさくさくと砂の上を闊歩すると、足でクローゼットを蹴り開ける。股間の凶器が男らしく揺れているが、この様を見れば千年の恋も冷めるのではないだろうか。少なくとも来日直後の二葉の見た目に騙されて、中等部に上がるなり風紀委員会へ飛び込んだ北斗は、たった三日で報道部に入った。二葉の素顔を晒して秘めた恋を諦めようとしたのだ。

だがどうだろう、原稿が書き上げるのを待ってましたとばかりにやって来た魔王は、凄まじい笑顔で原稿を破壊した。そう、北斗が当時使っていたノートパソコンを二葉が木っ端微塵にしたのだ。
お陰様で心身共にダメージを負った北斗は、以降二葉の奴隷扱いを受けている。仕方ないのだ、何せ二葉は顔だけは良かった。顔以外に良い所など体くらいだろうが、とにかく顔だけは良かった。その微笑みを見ただけで体の痛みなど忘れてしまう程には。

然し、痛いものは痛い。
二葉の奴隷となって間もなくABSOLUTELYに引きずり込まれ、報道部の強みを生かし諜報役を申しつけられた。二葉からどれほど痛めつけられてもめげない北斗に、当時総帥だった嵯峨崎零人は半ば感心し、零人から気に入られた北斗はそのままランクBに相当する幹部主任を任される事になる。然しながら幹部主任は幹事長に絶対服従なので、風紀委員会でもABSOLUTELYでも北斗が二葉の舎弟である事は、全く変わりなかった。

「あ、そう言えばマスター、来年4月の研修旅行先の希望調査が各自治会で取り纏まったみたいなんで、サブマジェスティに渡して貰えます?」

8時前になってやっと起きてきた二葉とは比べ物にならない勤勉な中央委員会副会長は、既に部屋には居なかった。日向の寮室は二葉の部屋から出て、廊下の最奥に並ぶドアの片方だ。
中等部時代から副会長である日向が、その部屋で過ごす様になってから数年が経つが、実質の学園経営権を譲渡されている立場の中央委員会役員の身の安全を守る為には、一般エリアと分けるしかない。当時日向を副会長に指名した零人は、日向の聡明さに目をつけたと言うよりは、一人で風紀委員会に崩壊を招いた狂暴さに首輪をつけておきたかったのが本音だと思われた。

「高坂君に直接渡せば良いでしょう?部屋はすぐそこなんですから」
「此処に来る前に見掛けた柚子姫が、外のテラスでお茶してたんで」

日向の身の回りの世話は、専属のバトラーを爪弾きにして親衛隊員らが率先している。数が多いので日向一人での制御が難しい光炎親衛隊を、女王の如く指導しているのが柚子姫と呼ばれている男だ。
二葉と同学年で学年4番であるので、席順は現在日向の後ろに当たる。成績で日向に勝っている二葉が副会長ではない最たる理由は、二葉が一度は崩壊寸前だった風紀局に自ら指導者として乗り出した事にあった。日夜学園の規律を守る業務は自治会の雑務に負けず劣らずで、中央委員会執行部の中でも最も仕事量が少ない会計は理数を得意とする二葉にとっては、それほど苦にはならない。

それと引き換えに、書類等の入力業務を遂行する立場の書記が仕事を放棄している現状では、会長・副会長の苦労は多いだろう。毎朝誰よりも早く執務室へ足を運んでいる日向は、嵯峨崎佑壱に並んで姿を現さない帝王院神威の業務も兼ねているので、日中の大半は執務室に籠りきりだ。
そんな多忙な日向の世話を甲斐甲斐しく焼いている親衛隊らは、毎朝日向が執務室へ向かうのを見送り、己らの登校時間まではお茶会を開く。
日替わり当番の見送り役らから日向の様子を報告されている柚子姫の姿を見た北斗は、既に日向が校舎にある中央委員会執務室へ向かったのだと悟ったのだ。

「従兄弟とは思えない系ですよネ〜。サブマジェスティはあんなに真面目なのに、こっちのマスターと来たら、甲斐甲斐しく起こしに来た後輩に暴力を奮って…」
「おや、いつ私がそんな真似をしましたか?」

皮肉を笑顔で躱した二葉は、やはり豪快に砂の上に口を濯いだ水を捨てると、清掃待ちのバトラーを手招く。汚れた部分の砂をてきぱきと取り替えたバトラーらは、二葉の布団とマットレスを手早くワゴンに乗せて、さっさと出ていった。
毎日大抵深夜まで、仕事だの親衛隊の相手だのに追われ、何だかんだ日を跨いでから眠っている割りに決まった時間に起床する日向とは違い、寝る事が稀な二葉が自室へ戻る頻度は低い。普段清掃が必要ではないだけに、今日の様な日だけバトラーはこの部屋へ入る事が出来た。

「昨日着てた制服、何処やったんです?クリーニングボックス置いといたのに」
「さぁ、その辺に埋まってるんじゃないですかねぇ?」
「雑過ぎる…」
「嫌ですねぇ、そんなに誉めないで下さい。それより、陛下の部屋のルームクリーニングは済んでますか?」
「あ、それならMr.アシュレイがいつも通り」
「おや、相変わらず過保護な男ですねぇ。プライベートライン・オープン、おはようございます陛下」
『コード:ルークのセキュリティに弾かれました』
「おや、陛下はまだ寝てるんでしょうか?」

親衛隊員らが毎日片付けている日向の部屋には、ルームクリーニングはほぼ必要ではない。そもそも二葉と違って頻繁にシャワータイムを取る日向は、北斗の目から見ても結構な潔癖症だ。間違っても、歯磨き後に口を濯いだ水をその場に吐き捨てる様な真似はしない。そんな真似をするのは二葉だけだ。

「それで、自治会が決定した日帰り旅行先は何処なんですか?」
「高等部の研修旅行は築地市場に決定したらしい系。初日にSクラスとAクラスBクラス、二日目にCクラスとDクラスEクラスで回る予定的な」
「Fクラスは今回も不参加ですか、お可哀想に。学園から一歩外に出ると国家間争いに発展しかねない生徒が少なくないので、無理はないでしょうがねぇ」

どんなに夜遊びをしても必ず帰宅していた零人とは真逆に、滅多に外出しない癖にいつも何処にいるか判らない神威は、本気で一人になりたい時は日向がどれほど探しても見つからない。日向が苦労して見つけ出せた場合、神威にとっては隠れたつもりではないと言う事だ。

「生徒数が減る時間帯はトラブルが起きかねない感じなんで、風紀も不参加ですけどネ〜。あ、データはこのフラッシュメモリに入ってるんで、お願いします系」
「執務室へは君が行きなさい、私は朝食を済ませて巡回へ参ります」
「は?!え、もう着替えた系?!」

いつの間にかビシッと新しい制服を着ていた二葉は、手袋をはめると眼鏡を優雅に押し上げた。
先程まで寝癖がついていた髪も、手櫛であっという間にサラサラだ。スペックが恵まれ過ぎている男は、ほんの数分前まで歯磨きでごねていたとは思えない完璧な姿で、見送りのバトラーを尻目にエレベーターへと消えていく。

「はぁ。やれば出来るのに何で他人のメンタルを磨り減らせんだろーネ、あの人は…」

川南北斗の呟きに答えはない。
何にせよ、人の困った顔を二葉が見たかっただけではないかとは、考えたくなかった。














叶二葉、16歳まで4週間。
高等部へ進学し日々激務に追われている中央委員会生徒会計の朝はこの日、異常に遅かった。理由は明解、中等部進学科二年生が、語学留学と称して昨日から韓国へ旅行に行ったからだ。

「起きて下さい系!局長!川南です…!ノーサです、局長ぉおおお!!!」
「閣下はご起床されたか、ノーサ」
「見て判んない系?!イースト、僕の拳を見ろ!超ノックしてるよね?!寧ろ連打してる的な?!何でスペアキー使ってるのに開かないんだろうね?!ねぇ、見ろよイースト!何で目を反らす系?!」
「困ったな。ABSOLUTELYで最も幹部に詳しいのがお前だと王呀の君から聞いて声を掛けたんだが、風紀委員が混乱している。中等部二年Sクラスの大河朱雀がマスターを出せと朝7時に乗り込んできて、制止しようとした2年の風紀委員が喰われた」

喰われた。
物理的な意味の方がある意味良い様な気もしなくもないが、どうもそうではない様だ。大河朱雀と言えば、帝君である神崎隼人と並ぶほど下半身が緩い、とんでもない問題児だ。
授業免除権限を存分に行使し、殆ど登校して来ない隼人に比べて、毎日登校している生徒だけに世話が焼ける。

「…はぁ?何で大河?!研修旅行は?!」
「ああ。韓国語が喋れると言う事で免除されたらしい」
「ぎゃー!おま、お前とウエストで止めろよ!何で平然としてんの?!」
「何故俺が?おっと、すまない、桜からメールが届いた」

きょとりと、心の底から意味が判らないと言った表情の東條清志郎は、幼馴染みからのメールに若干鼻の下を伸ばしつつ、涼やかな表情で図書館へと歩いていく。彼は図書委員だ。何も可笑しくはないが、どうして平然と困っている北斗を置いていけるのだろう。

「ウエストは何処に行った系だコルァアアア!!!」
「か、川南さんがご乱心だ!自治会長を探してこい!」
「駄目です!王呀の君は昨晩頑張りすぎて腰が痛いから休むと連絡が!」
「あのヤリチンがー!」

ボロボロの風紀委員が悲鳴を轟かせる中、がちゃりと開いた扉の向こうに、浴衣を着た悪魔が立っていたのだ。



「………煩ぇ、誰の部屋の前で騒いでやがる…」

ああ、悪魔ではなかった、ただの魔王でした。
大層麗しい美貌をダークマターでほんのり塗り潰した(それもうほんのりじゃない)男は、女神も悪魔も裸足で逃げ出す風体だ。

「お…おはようございます的な感じで」

ああ。怖い。いつも以上に目元が荒んでいる二葉は、寝起きだけにいつものくっきり三重瞼が半分閉じていて、その恐ろしい眼光はまるでヤクザの様だった。なまじ顔立ちが整っているだけに、何割増かで恐ろしい。
今朝こそ殺されると覚悟した北斗は、恐らく二葉がセキュリティを書き換えた所為で使い物にならなくなったスペアキーのカードを握ったまま、素早くスマホを取り出したのだ。

「か、韓国から報告書が届いてます。二年Sクラスは今夜の便で帰ってくるけど、先に昨日の日程中に雇ったカメラマンの業務報告的な!」
「…下手なもん見せやがったら、カメラマン諸共殺すぞ」
「メモリースティック64GBに限界まで詰まってる系!」

高々二日の研修旅行の初日で、ああ何万枚の画像を撮影してきたのか。
最早連写モードで張りついているとしか考えられない。そんなもんは撮影ではなく、ただの録画だ。

「ああ、そう言えばノートパソコンは昨日イラッとして叩き割ったんだったか…。USB端子がタブレットに合ってねぇ、ちっ。退けノーサ、殺すぞ」

余程昨日から山田太陽する居ない事にショックが大きかったのだろう、寝乱れた浴衣のままつかつかとメモリースティックを握って副会長の部屋へ向かった二葉は、ノックをする前に日向のドアに向かって何かを突きつけた。

「あ、あの、マスター?!そそそそれって、鉄砲じゃ?!」
「カードも指輪も持ってくるの忘れたから、こうするしかねぇ…」
「ひ!お、俺、僕が持ってきますから!」

つーか何で鉄砲は持ってるんだと突っ込むのは、やめておこう。
凄まじく荒れている白百合の部屋に飛び込んだ北斗の耳に、パンと乾いた音が響いた様な気がした。

「…テメェ、朝っぱらから何してくれやがる二葉、咬み殺すぞ」
「おやおや、珍しくこの時間に部屋にいると思えば、朝っぱらから親衛隊を咥え込んでいるとは。君達は目障りなので消えて貰えますか?私は今から高坂君と大事な話があるのでねえ」

二葉の学籍カードと指輪を持ってきたが意味なかった北斗は、怒り狂っている半裸の日向の眉間に銃を押しつけている晴れやかな笑顔の二葉から目を逸らすと、二葉の笑顔で頬を染めた日向の親衛隊員らが走り去っていくのを見送ったのだ。

「何の真似だテメェ、たたで済まされると思うなや…」
「では嵯峨崎君の抜け毛をあげます。昨日偶々見掛けてムカついたのでその場で髪を引きずってやったんですよねぇ、うふふ。あの生意気な口に突っ込んでやろうと思ったんですが、私が掴んだ髪を力任せに引き抜いて逃げられまして」
「テメェの仕業か!道理で訳の判らん理由で殴り掛かってきたと思ったんだ…!」
「結構な量の髪が抜けてらっしゃいましたけど、嵯峨崎君がやったんですよ?私の所為ではありません、と言う事でパソコンを貸して下さいダーリン、断ると眉間に一発ぶち込んでその口を塞ぎますよ、これで」

日向の眉間に銃を押しつけた左手ではなく、右手で浴衣の帯をほどいた二葉の大変な事になっている股間を、北斗と日向は真顔で見つめた。流石は朝7時、大変元気なご様子である。

「………好きにしろ、俺様はもっぺんシャワーにする」
「嵯峨崎君の抜け毛は後程額縁に入れてお渡ししますので」
「要るかそんなもん!腹から墨袋取り出して人間として生まれ直せ!」
「おやおや、欲求不満ですか?仕方ありませんねぇ、お股を開いて待っていなさい。とりあえず挿入してあげますから、勝手にお尻を振ってなさい。私はパソコンのUSBの穴に用があるんです、君のケツの穴ではなく」
「ノーサ!コイツを今すぐメソスフェアに沈めてこい!」
「おや、私を化石にして楽しむつもりですねぇ?うふふ、非力なノーサではアセノスフェアまで掘れるでしょうかねぇ?地上から岩盤圏を300km以上掘り進めるなんて真似が」

怒り狂っている日向はその愛らしい顔を般若の如く歪め、二葉にノートパソコンを投げつけた。

「とっとと使ってとっとと失せろ、つーか下を隠せ。マジでぶっ殺すぞテメェ」
「煩いですよ高坂君。ああ、抜け毛なら私の部屋にありますから勝手に持ってって下さい。いつか君に何か命令する時に使えると思って念のため持ち帰ったをですよねぇ、誉めて下さいな」
「…糞が!死に晒せ!退けノーサ!」
「はいぃ!!!」

怒り狂っている副会長は北斗の脇から二葉の部屋に入ると、真っ先に「ゴミ溜めか!」と叫ぶ。潔癖症には耐えられないだろうが、叫びながらも出てこない所を見るに、何かを探しているのだろう。…毛的なものを。
いそいそと画像をチェックし始めた中央委員会会計は、日向の部屋の前の廊下で股間を丸出しにしたままディスプレイを覗くと、ほんの数分後にキリッと顔を上げたのだ。

「ノーサ、ティッシュを持ってきて下さい」
「…は?ティッシュ?」
「ええ、ちょっと我慢出来ないので此処で抜きます」

ゴン、と壁で頭を打った北斗は、同じく瀕死の表情で真っ赤な毛を握ったまま出てきた日向に同情の眼差しで見つめられたが、全てを諦めて大人しくポケットティッシュを取り出すと、

「そう言うのは部屋かトイレでこっそりやる方が良い系ですよマスター、例えば無人の中等部二年Sクラス寮室とか、盛り上がりそうな場所的な」
「君は天才ですかノーサ、行きましょう高坂君!丁度中等部三年Sクラスも研修旅行で沖縄に行ってる事です!」
「…あ?テメーら、ンな所で何やってんだ?」

二葉が晴れやかな笑顔で日向に提案した瞬間、二葉の部屋の前の扉がガチャっと開いた。
何故かコックの様な出で立ちで圧力鍋を抱えた男は、握っていた赤毛を背後に隠した半裸の日向ではなく、聳える股間を晒したままノートパソコンを抱き締めている二葉を数秒眺めて、そっと部屋の扉を閉めたのだ。

「騒がしいと思えば、そなたら私の部屋の前でストリップショーをやっておったのか?」
「へ、陛下?!」

エレベーターが開くなり降りてきた銀髪銀仮面の男が囁いた台詞で、日向と二葉は速やかに部屋へと入っていく。一人残された川南北斗は涙目のまま不器用な笑みを浮かべ、

「おはようございます系、陛下…」
「顔色が悪い様だが、変わりないかノーサ」
「マスターが変態でサブマジェスティも変態で、ついでに中等部二年Sクラスの大河朱雀が風紀委員を食ったとかで、困ってます系」
「良かろう、次に問題を起こした場合は速やかに私に通達せよ。我が学園に変質者は必要ない」

北斗はその日、神帝陛下に絶対服従する事を心に決めた。

「あ、有難うございますマジェスティ!一生ついていきます系!」
「そうか」

但しこの二年後、この男こそこの学園で最も変態だったのだと知る事になる。
ああ、胸糞悪い世の中だ。

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あきゅろす。
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