脇道寄り道回り道
とある1日(不登校と忠犬)[帝王院]
それは前日から雨が降っていた日の、朝。



「遠野君ってさぁ、いつも睨んでくるよねー。あたしに気があるのかなぁ」
「バカじゃん。カオリちゃんとあんな根暗野郎、釣り合う訳ないじゃんか!」
「そうだよ。然もアイツ、こないだテストで満点だったじゃん。あれ絶対ぇカンニングだよな!」
「ちょっとデカいからって、人のこと見下し過ぎなんだよな」
「みんな酷ぉい」
「だってさぁ、話し掛けても睨んでくるし。友達もいないしさぁ」


「つか、仲良くなりたくねぇし!」


「あはは、言えてるわそれっ」
「酷いなー、みんなー」





それはまるで、世界の崩壊に似ていた。






「…補導されたら、どうしよう」

例えば、クラスメートの楽しげな談笑を聞いた日。
例えば、生まれて初めて学校をサボった日の、町並みは。


「…イイ天気だな」

数時間前までの雨が嘘の様に消え去り、何処までも青く澄んだ空には丸いお日様が浮かんでいて、世界の裏側が夜だなんて信じられなった。
道端で陽なたぼっこする猫や雀を追い掛ける犬、買い物帰りの主婦や休憩している暇そうなタクシー運転手を横目に、行く所など何処にもない自分はただただ宛てなく歩いているだけだ。


「ギャハハハ、マジかよそれ!」
「ったく、下んねぇ話ばっかしてんじゃねぇよお前ら………あ?」

コンビニの前で屯する少年達の談笑を聞きながら、きっと自分だけが一人なのだと考える。
ずっと、永遠に。



「兄貴…!兄貴じゃねぇっスか?!」

右腕に違和感。
力強い男の手に掴まれた腕を半ば呆然と見つめる。

「やっぱ兄貴だ!お久し振りですっ」
「ぇ」
「探したっスよ兄貴!いやっ、総長!メアドもケー番も聞いてなかったからマジ焦りました!」
「…ユーイチ君?」
「そうっス!良かった、忘れられてたらどうしようかと…」

赤い髪、如何にも威嚇していますと言わんばかりの鋭い眼光、同世代にしては筋肉質でしっかりした体躯は同じ男なら誰もが羨むものだ。

「あっ、と。兄貴、学校どうしたんスか?前見た時は学ランだったっスよね…」

夏服に衣替えしたばかりの今、シャツにスラックスと言う何処にでも居る様な出で立ちの自分とは違い、目前の少年達は揃って高級そうなスーツを着ていた。

「ユーイチ君こそ、学校は?中学生、だった様な…」
「あ、俺は山奥の中学なんで怠くて、抜けてきたんです」
「制服、か」
「はい、そうっス。何か可笑しいですか?」
「いや、似合ってると思う」
「兄貴もフケるんならお供しますけど、単位大丈夫スか?」

テストさえ受けていれば卒業ないし高等部進学を約束された私立中学生に、その言葉は麻薬だ。

「行かなくて良い」
「あ、俺に気遣ってくれてるなら、」
「卒業まで、安泰だから」

テストだけ、何を言われようが出席すれば良い。
今を逃してしまえばもう二度と、同世代の誰かと何処かに出掛けるなんて経験、出来ないだろうから。

「安泰って、まさか総長新入生じゃなくて、」
「おーい、ユウさん。さっきからオレら無視されまくりじゃないっスか?」
「さーがーさーきー総長〜、構ってくれないとグレますぞぅ(∀)」
「ユウさん、その方はどんなお知り合いですか?聞き捨てならない単語を耳にした気がするんですが」

緑とオレンジ、青。
カラフルな髪色をした自由な彼らが酷く羨ましかった。

「ああ、お前ら居たんか。忘れてたぜ」
「総長、幾ら俺でも泣いちゃうぜよ(;_;) ねー、そのコッワイ兄ちゃん誰なんスか?」
「恐い…」


もしも生まれ変われたら、誰からも気付いて貰えないくらい平凡地味な人間で良い。
もしも生まれ変われたら、誰からも気付いて貰えないくらいちっぽけな生命で良い。


「おっさんの間違いかも(´Д`*) 高校生じゃろ?ピチピチ中学生にナンパはやめておくれよ潰すぞコラァ(∀)」
「ブッ殺すぞ健吾、俺達の総長に向かって何っつったテメェ…」
「ぎゃーっ、すいませんごめんなさい許して下さいデコピンはっ、…いったぁぁぁあああああい!!!(/Д\)」
「すいません兄貴っ、いや総長!」

低く低く、地面のすぐ側に太陽の様な赤い頭が見える。
ああ、後ろの方だけ長いななどと的外れな事を考えて、彼が土下座している事に気付いた。

「ユーイチ君…?」
「手下の責任は俺の責任、お叱りは俺だけで勘弁してやって下さい!」
「ユーイチ君」
「でもっ、俺は一生総長に付いていきますから!邪魔だって言われても一生お供しますから!」
「一生?」
「はいっ」
「つまり、俺が総長とか言う立場になったら?えっと、カルマ…だったな。つまり不良になるのか俺は」
「兄貴に危険な思いはさせません!そもそも兄貴に勝てる奴なんか居ねぇ!」

自分の事の様に笑う顔が、とても眩しかった。
けれど素直に手を差し出せば、クラスメート達の様に後で嘲笑うのかも知れない。皆で、コソコソと。楽しげに、クスクスと。



「ユウさん。さっきから何血迷ってんスか?」
「そんなヒョロ野郎に負けたとか言わないよネ、総長ぉ」
「…副である俺にも相談せず、勝手な事を決めないで下さい。チームにはまだ統率の取れていない高校生も居るんですから」

可愛いワンコの様な少年が、毛を逆立てる三人に囲まれた。

「裕也、健吾、要。テメェら全員黙れ、…死にてぇのか、………殺されるぞ」

また独りぼっちになるくらいなら、このまま下校時間になるまで図書館辺りで涼んで居れば良いのだ。
梅雨明け間近の初夏は茹る程に蒸し暑い。



「喉が渇いた。」

やはり、ファーストフードで時間を潰そう。
もうすぐ13歳になるのだから、一人で買い食いしても許されるだろう。週刊漫画を買う以外に使い道の無いお小遣いは入学してからまた増えたのだから。

『中学生になったら部活の後に寄り道したり、お友達のお家にお泊まりしたりするものよ!』
『へぇ…』
『そこで始まる恋ばな。胸をときめかせるものなのよ。ねっ、シューちゃん』
『そう…何にせよ先立つものが要る。恋ばなも良いがパパはゲーセンもお勧めだと思うぞ』
『俺は、ゲーム上手じゃない』
『駄目よ、プリクラを制す者ゲーセンを制すんだから。ねっ、シューちゃん』
『パパはぷよぷよには自信がある。なァ、ママ。俊も中学生になったのだから、プレステ買っても良いかしら駄目かしら』
『そうね…、やっぱりお友達が遊びに来た時にゲームがないとテンション下がるものねぇ』

良い年して少女趣味の母親と、高校時代から全く老けていないと無駄にご近所で有名な父親の浮かれっぷりを思い出す。
息子は年々人より多く成長していると言うのに、老けていないどころか年々若返っている両親は未だに手を繋いで寝ているそうだ。

「ゲーセン、行ってみようかなァ」

本屋をハシゴして、新しい漫画を買えば、時間など幾らでも潰せる。


「待って下さいっ、総長…兄貴っ!」
「Lサイズのポテトと…照り焼きバーガー5つと…あとは何にしようか」
「腹減ってんならっ、飯作ります!作らせて下さいっ」
「セットにした方が良いだろうか…」
「つかメアド…!せめてメアド教えて下さいっ!」


生まれて、初めて。
食事と漫画以外に無駄遣いしたいと思った。
例えば、顔を真っ赤にした赤髪の少年を振り返ってしまったからとか。


「…俺の?」
「はいっ!メールして良いっスか?!」
「…」
「あっ、駄目ならケー番…いや家電だけでも…、たまに、たまにしか掛けませんから…あの…」

例えば、段々小さい声になっていく少年の、自分を前にしたクラスメート達と同じ青冷めた表情が。けれど目を逸らす事無く真っ直ぐ見つめてきて、


「携帯、持ってない」
「…へ?あ、持ってねぇんスか?あ、じゃあ、」
「買う」
「俺の携帯あげます、…はい?」
「携帯買う、から。付き添ってくれ」


ほら。
まるで晴れた空の様な笑顔を見て、自分が如何に醜いか思い知るのだ。


「じ、じゃあ俺と同じメーカーで良いっスか?!」
「うん」
「お、同じ機種…いやっ、何でもねぇっス!あ、あははははは」
「ユーイチ君と同じ携帯、買う」
「っ、マジっスか?!つかもう呼び捨てで良いっスよ!言っちまえば俺達皆、総長の犬みたいなモンですしっ」
「んな訳ないでしょーが、ユウさん」
「はぁ、何か意味不明なのって俺だけぇ?(~Д~)=3」
「馬鹿馬鹿しくて付き合ってられません。…俺達は先に行きます、ユウさんも集合時間には戻ってきて下さいよ」
「あーあー、覚えてたら行くわ。あっ、そうだ総長!うちの溜まり場に顔出して貰えますかっ?総長にうちの馬鹿共を紹介したいっス!」
「ユーイチ君…ユー………犬…ポチ………、イチの友達?」
「はっ、はいっ!会って貰えねぇっスか?!場所がカフェなんで飯食えますし、店の権利書俺が買ったんで飯作りますし!」
「良いよ、行こう。イチのご飯食べてみたい」
「あ、あの、何ならデザートとかも大丈夫っス。寧ろデザートの方が得意っつーか…」
「凄いな」
「へっ?」
「料理が出来るだけじゃなく、お菓子も作れるなんて、偉い」

空は何処までも晴れ渡り、
太陽は漸く頂点に昇り輝きを増していた。


「そ、そっスか?偉いっスか?…っしゃ!」
「うん、偉い」
「へへへ。総長、好きな食い物とかありますか」
「明太子と鶏肉と甘いもの以外は好きだ」
「明太子と鶏肉と甘ぇのが嫌いなんスか…」
「いや、大好物なんだ」
「へ」
「因みに、嫌いな食べ物はない。苦手なのは糠漬けだけ…でも嫌いじゃない」
「そーなんスか」
「イチは好きなものあるのか?」
「バイクとバスケとプリンが好きっス」
「プリン…じゅるり」
「総長!涎が…っ!」




崩壊した世界が再び動き始めた日、一人ちっぽけな学生が生まれ変わった。
それは梅雨明け間近の六月末、



「あ。総長、誕生日いつですか?」
「8月の終わり頃だけどイチは?」
「あ、じゃもうすぐっスね。俺は4月の始めです。で、総長何歳なんスか今?」
「どうかな」
「内緒なんスね」
「いや、言えば驚きそうだから…」
「そんなぁ、俺は例え総長が妻子持ちでも驚きませんよ!隠し子の一人や二人俺が立派に育ててみせます!」
「イチは良いお母さ…いや、お父さんになるな」
「そ、そっスか?へへへ」



それは銀皇帝が生み落ちる間際の、お話。

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