脇道寄り道回り道
とある総長と犬の芽生え
カララン、カララン。
枯れた様なハンドベルの音、新装オープンしたばかりの家電量販店の入り口で。

「あ、赤色だ、イチ君」

買ったばかりの携帯を両手で握り締めている黒髪を横目に、三等の有機無農薬野菜セットを冷静且つ全力で狙っていた嵯峨崎佑壱14歳は、おめでとうございますと詰め寄ってきた、真っ赤な法被を纏う男を睨み付けた。

「一等の高額家電チケットです!お好きな家電とお引き換えしますので、どうぞ店内で指定の家電からお選び下さい!」
「…また戻れっつーか、あ?」
「えっ?」
「おい、三等の野菜と取り替えろ。そもそも俺は家電なんざ欲しいと思った事ぁ、ねぇ」
「え、ええ?!」
「イチ君、あそこに新型ウォーターオーブンがある。真っ赤で、イチ君に良く似合いそうだな」
「えっ、あ、兄貴、そんな、俺の為に…?!」

佑壱がこの店へやって来た理由は、出会ったばかりの師と仰ぐ学ラン服、遠野俊が携帯を持っていないと言う所から始まった。倒産したクラブを買い取り改装したばかりのカフェがある商店街に、携帯ショップはない。そもそも彼は何やら用事があるらしく、カフェへ誘ったのだが断られてしまったのだ。
何としてでも連絡手段を手に入れなければとひっそり燃えていた佑壱は、渋る俊を何とか宥めすかしてやって来た新しい電気屋…の片隅、携帯販売コーナーでさくっと契約を済ませてきた。

こう言う時に、普段は微塵も親とは思っていない嵯峨崎財閥の名が働き、携帯会社の取締役へ連絡を入れていたので契約自体はスムーズに済んだのである。佑壱と同じ、最新機種でありながらスマホではないガラケーを、まさかの0円と言う設定にさせたのも、佑壱だ。
勿論、機種の料金から契約費用に至るまで全て、佑壱が支払っている。俊には「今時の携帯はタダっスよ」と騙しておいたので、恐らく気づいていない。

しれっと嵯峨崎財閥の保有するWiFiを設定している為、通信費も実質無料だ。最低料金さえ支払えば同一キャリア同士は通話無料、日本の苦学生であれ、無理はないと考えての事だった。

新規開店のキャンペーンで福引きをしているから、と、おまけで渡された2枚の福引券を一枚ずつ引こうとやって来た福引き会場は店先で、たった一枚の福引券で一等を当ててしまった佑壱は嬉々として新型オーブンレンジを引き換えてきたが、戻ってみると福引き会場は騒然としていたのだ。


「お、おめ、おめでとうございますぅううううう!!!!!なんと出ました!特賞!特賞の世界一周旅行ですぅううううう!!!!!」
「え?2等の九州の地鶏セットじゃなく?」
「とっ、特賞ですよー!!!!!」

ざわざわ、ざわめくフロアの視線の先。

「チケットは本人指定ですか?」
「いいえっ、どなたでも大丈夫です!ご家族にお譲り下さっても構いません!出発は2年間大丈夫ですから!!!」
「そうですか」

困った様に首を傾げている黒髪の学ランは、丁重に手渡された世界一周旅行のチケットを片手に、購入してまだ数十分程度の携帯をポチポチと弄り、

「成程、換金すればイイのか。…む、アマゾンなら野菜セットと地鶏セットを当日の内に配送、だと?世界はどんどん便利になる…が、ここは一つ、ワラショクで…あ、イチ君。お帰り」
「兄貴、特賞…当てたんスか…?一枚、で?」
「あ、うん。これはイチ君が引くべき福引券だったのに、俺が貰っても良かったのかな?」
「は、はい、それは勿論っスよ。でも兄貴、行かないんスか?海外っスよ?」
「行きたいのか?」
「いや!俺は別に!」
「でもこれ、3ヶ月間なんだ。3ヶ月も日本を離れたら俺は…俺は…」

ジャンプが…と、切なげに眉を潜めた男に、青ざめた通行人数人がよろめいた。何だと辺りを見回した佑壱は、ガラガラと台車でオーブンレンジを運んできた店員に「宅配しろ」と吐き捨てたが、

「イチ君」
「はい?」
「商店街に金券ショップがあるだろう?」
「金券?…あ、あー、確かうちの店の斜向かいにあった様な…」
「オーブンは俺が運ぶから、道を教えてくれないか」
「えっ、じゃ店に来てくれるんスか…?!」
「いや、それは無理」

がくん。
目に見えて肩を落とした佑壱を横間に、重そうな箱を片腕で担ぎ上げた俊は旅行チケットをポケットへ仕舞い、

「明日は行けると思うから、金券ショップの後にワラショクまで付き合って欲しい」
「つ、付き合っ?!」
「駄目?」

駄目じゃない!
と叫んだ佑壱の声は何故かハートマーク飛び散るフランス語で、俊は不思議げに首を傾げた。



「ふむ。セシボン、シルブプレ?」











初のワラショクに若干ビビっている嵯峨崎佑壱は、巧みなテクでカートを操っていた。アメリカサイズのカートは見た事があるが、日本のカートは余りにも小柄で、佑壱は先を行く俊の背を追い掛けながら独り言が止まらない。

「…Tボーンステーキ1枚も入れたら終わりじゃねぇか。つーかトイレットペーパーも入んねぇぞ、これ…。あ、アーティチョークが安………って、これメンマかよ!デケェ!メンマ1kg400円だと?!…此処の経営者、タダもんじゃねぇ…!」
「イチ君?」
「うへぁ?!あ、はいっ!つーか兄貴、イチで良いっスよ!佑壱でも糞餓鬼でも喜んで返事しますんで!寧ろ!犬と!」

犬。
ビクッと飛び上がった主婦達がこそこそと囁きあうのも構わず、見えない尻尾を振り回す赤毛に、暫し何か考え込んだ男は手を伸ばし、固めの髪をがしがし撫でる。

「ワンコ」
「!」
「ん。イチは可愛い」

嵯峨崎佑壱は今や、顔まで赤い。ビーツも脱帽するほどに赤い。
湯気を発てんばかりに全身真っ赤な男は、軽やかな足取りで俊がチラ見した商品を片っ端から籠へ放り込み、その都度「めっ」と叱られては落ち込み、

「あっ」

大人しかった俊が目を見開き凝視するその物体を横目に、しれっと缶ビールをカートに詰め込んだ。

「890円…か。俺には敷居が、高すぎる」
「?」
「良し…地鶏を見よう…」

ぶつぶつ宣いながら、名残惜しげにふらふら精肉コーナーへ歩いていく俊を見やり、佑壱は鮮魚コーナーの片隅で顎を掻いた。

「上切明太子、890円?何だこの糞安い明太子は。おい、そこの店員」
「はっ、はい?!」
「この明太子、他に在庫はあっか?つーか、そもそもこれの加工は福岡だろうな。他県だったら殺すぞ」
「ひぃ!ふっ、福岡です…!ワラショクが提携している某有名店の、正真正銘、正規品ですー!社員一同、頑張って価格勝負してますー!」
「ふん。なら良い、在庫あるだけ持ってこい。それと住所書くから宅配で送れ」

ええ?!っと叫ぶ店員の口を素早く塞いだ赤毛は、財布から取り出したブラックカードを店員の目前へ突きつけ、凄まじい笑顔で宣ったのだ。

「…兄貴にバレたら叱られっから、今すぐ此処で決済しろ。騒いだらぶっ殺す」

鮮魚コーナーの店員の胃に、穴が開いた。














「うまい」

炊きたてご飯の熱さに挫けず、塩を擦り込んだ手でずっしりと握ったおにぎり。
一口頬張った男の台詞で、軽く両手を火傷した嵯峨崎佑壱は男泣きした。どぱっと号泣だ。

人見知りを発動しているカルマメンバーはそれを遠巻きにしており、佑壱を恨めしげに眺めていた。まるで自分達の縄張りを荒らされたと言わんばかりの表情だ。

「兄貴…いえ、総長!貴方を男と見込んで、お願いがあります…!」
「ん?いいよ」
「実は………って、は?い、良いんスか?」
「うん」

こくりと、髪も目も真っ黒な男は頷いた。
佑壱が総長と呼んだ事からカフェは俄にざわめいたが、佑壱に睨まれ、誰も異を唱えない。

「じゃあ、カルマの総長になってくれるんスね…!総長、やっぱアンタはデケェ男だぜ…!」
「はい?」
「良し、総長の就任祝いだ!パーっとやるか、テメーら!」

腹を空かした育ち盛りの舎弟らは、大半が佑壱の声に合わせて笑顔を漏らす。
然し、困った様に肩を竦めたオレンジと、欠伸を零し顎を掻いたグリーン、苛々と爪を噛むブルーだけは、何処か浮いている。


「うひゃひゃ。ユウさん、マジでアレに負けたん?(・ω・ ) 信じらんねーっしょ」
「…わりとどうでも良いぜ。どうせすぐに消えるだろ」
「どんな卑怯な手ぇ使ったか知んねーけど、俺らの総長は最強じゃなきゃなんねーっしょ?(`・ω・´) 世間知らずのユウさんが気づくまで、様子見っかー」
「カナメが追い出す方が早そうだけどな」

ひそり、目を見合わせて笑みを零す者も見られたが、その日の宴会は朝まで続いた様だ。



遠野俊12歳が初めて朝帰りした日、嵯峨崎佑壱14歳は死んだ様に眠る舎弟らを横目に、まだ暗い厨房で初めてキャラ弁を作った。



「流石に総長のリクエストは難解だぜ…。まずこの仮面ダレダーって何なんだ?」

カルマ副総長、嵯峨崎佑壱。
今後フェニックス・ケルベロスなどと謳われる様になる男のオカン修行は、これからだ。

「違う…!こんなんじゃ、こんなんじゃ総長の期待に応えられやしねぇ…!卵焼きが微かに焦げてやがる!こんなもん捨ててやらぁ!」
「うまい」
「な!捨てようとした弁当を目にも止まらぬ早さで華麗にキャッチ&イートイン?!総長、おはようございまス!流石は総長、朝から素晴らしい身のこなしですね!」
「もきゅもきゅもきゅ。グースカピー」
「………総長?あれ?寝てる?食いながら寝てる?マジで?」

手始めにオカンは王冠のクッションを手縫いした。
ファンシーなものを愛する男の趣味がアニマルスリッパ収集である事を、この時はまだ誰も知らない。


「そーちょー?」
「グースカピー」
「寝てるのに咀嚼してる、だと?…凄すぎて訳が判らねぇ、俺は何て小さい男なんだ!総長、一生ついていきます!」

因みに遠野俊の寝相の悪さと食に対する永遠の探究心も、まだ知られていなかった。


以上、とある総長とその犬が出会った頃の平和すぎる話だ。

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