脇道寄り道回り道
とある副会長の誕生日(1月30日)
久し振りに携帯が音を発てた。
何日振りに鳴ったのか、それはメール着信を知らせる楽曲だ。

着信拒否にしている弟からメールなど来ない。
いつも着信履歴だけが残り、音が鳴る事などなかった。



『お誕生日おめでとうございます!バースデークーポンつき。最新作のお知らせは、』

ただのダイレクトメール、差出人は、既に記憶にも残っていない何処かのゲームショップだ。
宿題のレポートをそこそこに、暇潰しがてらメールを最後まで確認した。

「…あ。メールの表示文字数越えてるや。何だよ、クーポンコード判んないじゃん」

母親のお下がりである携帯電話は年代物だ。
スマートフォンが主流とされる時代に逆らっている様な気もするが、どうせ掛かってくるのは家族だけ。基本料金を支払っているのは親なので、所持する事が嫌な訳でもない。
学籍カードと同じだ。ただ毎日携帯しているだけ。なければないでも構わない、そんなもの。アクセサリーにさえならないような。

「山田君、お風呂空いたよ。君も入ってくれば?」
「あ、うん。ありがと、林原君」

ルームメートは机に広げたノートを一瞥し、鼻で笑った。これは彼の普通の行動だ。馬鹿にしているのではなく、格下に見ているだけ。苛立つ事などない。

「まだそれやってるの?提出期限、明日だよ」
「あはは。ぎりぎりだけど、何とか終わったんだ。お風呂、使うね」
「君は何をするにも遅いから疲れたろ。ゆっくり温まってくると良い」

悪い人間ではなかった。
おだてればテスト対策を教えてくれたり、レポートで誤字を見つけては教えてくれる。勝手にノートを見るなとは、言わない。
持ちつ持たれつだ。


ただ、ルームメートなのに誕生日おめでとうの一言などなかった。
どうせ自分も、彼の誕生日など知らない。



「…そんなもんさ」

















中等部のネイビーグレーとの付き合いも一年を過ぎた。
久し振りに帰省した実家で弟と顔を合わせげっそりしたが、やっと今日から二年生のカリキュラムが始まる。

始業式典の黄色い悲鳴にも慣れたもので、中央委員会のメンバー変更が伝えられた。

高等部へ進んだ光王子と白百合が巨大なモニターに登場しただけで、体育館兼用大講堂の轟音は凄まじいものだ。来日したばかりらしい神帝陛下の姿はなかったが、誰しもが噂している。
来日後すぐに帝君として現れれば、無理もない。

クラス分け掲示板に、元ルームメートの名前がなかった。
毎年部屋替えが行われる寮の引っ越し準備はカリキュラム組みの後だ。終業式の時に寮監へ預けていた荷物は新しい部屋へ運び込まれている。
元々、さほど荷物はないのでそう時間は懸からないだろうと、山田太陽は新しい教室を後にしながら息を吐く。

「山田君、今日から同じ部屋だね。宜しく」
「あ、石田君。こちらこそ、宜しくね」
「僕、これから委員会があるから。部屋は好きな方使って」
「判った、ありがと」

慌ただしく掛けていくクラスメートは、太陽より後ろの席順だ。
その所為で気を遣っているのかも知れないと何となく肩を竦め、カリキュラムを記載したマークシートを廊下の掲示板へ読み込ませた。
すぐにカリキュラムの登録が終わり、一週間の時間割がカードに登録される。これからは毎朝掲示板をチェックし、休講や変更があればその都度対応しなければならない。

「おい、お前。退け、天邪鬼だ」
「あ、ごめんね、大河君。…ん?カリキュラムシート、まだ書いてないの?」

初等科の頃からヤンチャだった金髪のクラスメートに尻を蹴られ、太陽は慌てて掲示板から離れた。邪魔だと言いたかったのだろうが、天邪鬼と言われた気がする。
これでも太陽よりずっと前の席の優等生なのだから、世の中間違ってると思わなくもない。帝君の神崎隼人に至っては、去年の登校日数は両手で数えられる程度だ。帝君の免除権限を最大限に活用し、モデルの仕事をしている。

何故あれで学年一位なのか、七不思議だ。

「国語と古文以外はサボるに決まってんだろ。後期皆勤でテストだけ点取ってりゃ、何とかなるもんだ」
「あはは、流石だね。俺には真似出来ないや」
「はぁ?オメー、生まれも育ちも日本だろ?日本語喋れて何で出来ねぇんだ?」

彼もまた、悪気はないのだ。
文系以外の全教科で満点なのは衆知の事実で、国語と古文で点が取れれば、恐らく神崎隼人を抜くだろう。社会科が悉く苦手らしい錦織要も、ケアレスミスさえなければ隼人になど負けないと、常々ぼやいている。

彼らはクラスメートが一人減った所で、気づきもしない。

「大河君には判らないかもね。あ、登録終わったみたいだよ。やっぱ強制補正されてるねー、ご覧よ。最低単位が取れる様にシステムが書き加えてる」
「うぜぇ。…はぁ?何だこの、実践生物学っつーのは」
「選択教科だよー。朝顔とか大豆を育てたりするんだって、東宮君が話してたよ。テストにはあんま関係ない雑学だけど、二年生から二科目選択しないといけないんだ。俺は実践中国語と実践化学」
「中国語だと?だったら俺も、」
「大河君は中国籍だから、選択の中国語は選べないんだよ。ま、頑張って。後期になったらまたカリキュラム変更出来るから」
「うぜぇ」

また、八つ当たりで尻を蹴られた。
苛々と去っていく背中にベーっと舌を出し、蹴られた拍子に落ちた学籍カードを拾い上げる。

「林原の代わりに入ってきた野上君は、何だか話し掛け易そうだったなー。七番だけど。…最近の昇校生ってレベル高すぎだねー」

また、溜め息が零れた。
舞い散る桜並木を歩く合間も、足取りは重い。



















あの日あの時までは、誕生日などダイレクトメールが知らせてくれるだけの日だった。
紙製トンガリ帽子を被らされた山田太陽は弾けるクラッカーに迎えられ、巨大な抹茶ケーキを前に閉口した。

「ご来場の皆様、ちわにちわ。本日1月30日は我ら左席委員会が眼鏡の底から誇る副会長にしてご主人公、山田太陽閣下のミレニアムバースデーでございますん!僕は、僕は…!16年前タイヨーが産まれてくれて本当に!本当に!嬉しくグフ!」
「総長?!しっかりして下さい総長?!まだ唐揚げも喰ってないのに!」
「俊、傷は浅いぞしっかりしろ。む、これはいかん、鼻血多量で死戦期呼吸が始まっている」
「しっかりしろ俊!おい、何とかしやがれ帝王院!何で前座の挨拶で死に掛けてんだよ!」

どうして彼らは人様の誕生日パーティーで濃厚な人工呼吸を始めたのか。
抹茶ケーキと膨大な量の料理を用意した赤毛のコックは肋骨を粉砕せんばかりの心臓マッサージを繰り広げ、鼻血を吹き出し続ける黒縁眼鏡の左席会長に吸い付く銀髪は離れる気配がなく、きびきびとAEDを設置している金髪王子は処置は的確だが、何故鼻血でAEDが必要なのか。太陽には一切理解出来なかった。

「ハニー、料理を取り分けてきましたよ。お誕生日おめでとうございます、私の為に産まれてきて下さって有難うございます」
「うん、お前さんの為に産まれてきた覚えは、ないかなー」

紙皿に盛り付けられた太陽好みのつまみを頬張りつつ、肉料理へ飛び掛かっていく隼人と健吾を呆れた顔で見つめる。
誰よりも麗しい笑顔の二葉は、人工呼吸で逆に死に掛けている俊になど目もくれず、手早く抹茶を点てて茶碗を差し出してきた。

「あ、おいしい」
「宇治から取り寄せた茶葉と、八女から取り寄せた茶葉をブレンドしました。それぞれの良い所を引き出し、相乗効果で風味を高めています。お気に召しましたか?」
「うん。ありがと」
「どちらか一つだけでは、この味は出ません。二つが合わさってこそこの味が完成するのです」

まるで私達の様ですねぇ、などと、てらいなく宣う恋人に痙き攣りながら笑みを向け、頷いた。

「あのさ」
「はい?」
「俺、こんな風に誕生日祝って貰うのって、初めてなんだ。だから、その、」

神威を背負い投げた俊は勿論、他の皆の視線が集まっている事には気づいていた。誕生日パーティーを計画してくれたクラスメートにも言わないといけないとは思っていたが、実際こうなると、かなり恥ずかしい。



「…すごく、嬉しい。皆、ありがと」

ほんのり頬を染めた太陽が額を掻きながら俯くと、遠野俊は感電した様に動きを止め、全身から血液を吹き出した。
奴はもう駄目かも知れない。

ぷるぷると震えている叶二葉に気づいた太陽は首を傾げ、何か変な事を言ったかと眉を寄せる。
自分的には精一杯のお礼を言ったつもりだったのだが、伝わらなかったのだろうか。目を合わせる勇気がなく俯いてしまったのは失礼だったかも知れない。

そんな事を考えて青ざめた太陽は周囲を見渡したが、紙皿の限界までエビフライを盛り付けている隼人も、タコときゅうりの酢の物のタコだけ食べて佑壱から殴られている健吾も、タコときゅうりの酢の物の残ったきゅうり酢を豪快に飲んでいる裕也も、佑壱を羽交い締めにして宥めている日向も、抹茶ケーキを撮影してインスタに載せている要も、誰も気にした様子はない。

「あの、二葉先輩?ごめん、何か気に障った?」
「…いえ、少し心臓が震えただけです。さぁ、ケーキを切り分けてあげましょう。その前に、ローソクを立てないといけませんね」

16本、律儀に蝋燭を立てていく二葉を見つめ、クラスメートが一斉に火を付けたキャンドルに、太陽は息を吸い込んだ。



「「「お誕生日おめでとう!!!」」」

巨大なケーキのサイズでは16本などあってない様な本数だったが、太陽の肺活量では吹き消すのに二回吸い込まなければいけなかった。
イマイチ決まらなかったが、二葉は頑張りましたねと頭を撫でてくれ、クラスメートからは盛大な声が掛けられて。

「ありがと!」

晴れやかな笑みを湛えた太陽の、大きな声が響いた。




然し山田太陽が最も弾ける笑みを浮かべたのは、叶二葉からのプレゼントを受け取った瞬間だったと追記しておこう。
ゲームソフトを抱え二葉の頬に何度もキスを与えた山田太陽はそれから一週間、授業免除を華麗に行使した。

バレンタインを迎えるまでに中央委員会会計が発狂するか否かのトトは、発狂するに全校生徒が賭けた為、無効になったらしい。

この日太陽は、ダイレクトメールを二葉と共に笑顔で眺めた。




Happy birthday to Hiroaki!!
一人ぼっちに慣れた子供に、鬱陶しい程の祝福を。

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