脇道寄り道回り道
とあるワンコの成長期(Web前編のみ)
調味料は極力控えめに。
自然の味で勝負、などと洒落るつもりはない。ただ、飾りで誤魔化したくないだけだ。例えるなら、外見ばかりで中身のない安い女の様に。

けれど中身ばかりを磨いても、結局見た目が悪ければ意味はない。素材で勝負、などとほざく女もまた、底が知れている。



「ナツメグ」

料理はセンスだ。
この世は才能が物を言う。与えられた者、努力した者、全てに違いはない。与えられていない上で努力を放棄した者だけが、敗者の世界だ。そんな人間は得てして、他人を批判する言葉ばかり覚えていく。
己の惨めさから目を背けるばかり。

「パンチェッタ、パルメザンソルト。レタスとトマトは惜しまずに」

焼きたてのハニーブレッドから立ち上る蜂蜜とバターの香りに比べれば、些細な話だ。己の評価や他人への嫉妬など余りにも小さい。

「…ふん、我ながら罪深いモンを産み出しちまった」

荒く挽いたライ麦の香ばしい焼き色。
分厚くスライスしたハニーブレッドにはパンチェッタを刻み漬け込んだオリーブオイルを薄く塗って、レタスとトマトを重ねる。
最後にカリカリに焼いたパンチェッタ、岩塩入りのパルメザンチーズを荒く落とせば、嵯峨崎佑壱の唇には漸く、笑みが浮かんだ。

おまけの様にライ麦パンの側面を薄切りにしたパンの耳の蓋を乗せ、長めのピックを突き刺せば、文句のないクラブサンドの出来上がりだ。


「新入り、これ持ってけ。一番デケェのはカウンターだ」
「は、はいっ」
「おい、要!健吾!裕也!手が空いてる奴は皿運べ!」
「はい、ユウさん」

躓きながらクラブサンドを運んでいくバイトの背中になけなしの眉を跳ね、左前髪だけ長さの可笑しい佑壱はサロンエプロンを外した。

「総長、いつまで遊んでんスか。余所の子供を連れ込んだら不味いっスよ」
「子供だと?俺はロリコンでもショタコンでもないぞ、イチ」
「シュンシュン、アイツなんか言ってるけど聞いちゃダメだよ〜?ね、腕相撲しよ♪」
「じゃあ俺は左手の人差し指だけ、ピナタは両手でイイからな」

ああ、折角の上機嫌も長くは続かなかった。
ここのところ毎日だ。毎日毎日、鬱陶しいチビがカウンターの真ん中、いつもは佑壱の席である林檎クッションを陣取っている。

何がムカつくと言えば、佑壱より一つ年上の癖に小学生にしか見えない餓鬼が、ジャラジャラベルトを巻き付けたハーフパンツから伸びる足を、総長の膝に乗せている所だ。怒りを通り越して最早殺意しかない。
何度も何度も学園で見掛ける度に喧嘩を売ってきたが、互いの親衛隊が邪魔をして、決着は着いていなかった。

「レディー、ゴー!」
「ふ。強いな、ピナタ」
「ん〜!ふぬぬ、シュンシュン全然動かないじゃん!狡いよ〜、手加減して?」
「判った」

キラキラと人工的に輝く銀髪、目元を覆うチャコールグレーのサングラスの下、鼻の下が伸びた。いや、佑壱にはそう見えた。実際には殆ど変わっていないが、一年近くの付き合いだ。判る。

わざとらしく。そう、余りにもあざといぶりっこに抜かりのない金髪チビが、両手で握った総長の人差し指をダン!とテーブルに突き落とす。

イェー、勝った〜!

などとあざとい喜びの声が木霊し、怒りが頂点に達した佑壱が我慢出来ずに拳を固めた。だが然し、その拳を振り上げる前に、シーザーと謳われる男のサングラスが振り向いたのだ。


「おいで、イチ。美味しそうな料理を沢山作ってくれて有難う」

ご褒美タイムだ。
見えない尻尾をブンブン振り回しながら、林檎クッションを陣取っている部外者をドンッと突き飛ばす様に二人の間へ割り込んで、腕を広げている男の胸元へ飛び込んだ。

「そうちょ、そうちょ、今日はクラブサンドとクリームシチューっスよ。そろそろ梅雨に入るんで、暑くなる前に飲み納めしましょ」
「そうか。シチューなんて何年振りだろう、俺は嬉しい」
「うへ、うへ、そっスか」

最近は佑壱の方が大分目線が高くなってしまったが、それでも抱き締められると安心する。グリグリと頭を擦り付けて、そっと背後を盗み見た。
ああ、いい気味だ。不機嫌な眼差しをそのままに、唇には気丈にも笑みを浮かべている男が睨んでくる。ざまーみろ、と。唇を象れば、相手の嘲笑は不穏な冷気を漂わせた。


けれど彼がここで本性を晒す事は絶対にない。判っているからこそ、自分もまた、シーザーの前ではみっともない所を見せたりはしないのだ。
ただでさえこの小憎たらしい餓鬼…高坂日向が何の目的でカフェカルマに通い詰めてくるのか、判断要素が多すぎた。

「副長、テーブルセット終わったっス」
「ケンゴさんが盗み食いしてました!」
「ユーヤさんが紙皿並べながら寝落ちしてます!」
「ユウさん、あの、カナメさんがパンチェッタより徳用ベーコンの方がコストが抑えられるのにってお怒りでしたけど…」

無常。
無情にして無常であればこそリアル、日常茶飯事だ。

「殺すぞ健吾!起きろ裕也!あのな要、」
「ワラショク精肉部が作っている『お肉屋さんの手作りベーコン』グラム78円(税込)だったら、1kg780円だったんですよ?それを直輸入で取り寄せるなんて…1kg9ドル72セントと言う事は日本円にするとグラム200円弱、」
「待て、これには深い理由がある!総長に下手なものを食べさせられっか?あ?」
「あ、俺の事は気にする必要はないぞ?半年切れたお豆腐も美味しく食べるからな、任せておけ、イチ」

素早く健吾と裕也を殴り付け、電卓と納品書とにらめっこしている要の機嫌を取る。丁度健吾の誕生日が近い事を理由に粘るだけ粘れば、単価にして数百円のロスをカルマの経理係は渋々許してくれた。
曰く、『豆腐と言うくらいだから最初から腐ってる訳で賞味期限は気にしない』と言う謎めいた言い分に、誰もが混乱したのかも知れなかった。高坂日向があざとい笑みを忘れる程には、衝撃的な発言だと言っておこう。

「良し、太郎!ピッチャーにコーラZEROをたもれ。氷は不要。最近判ったんだが、ジョッキじゃ間に合わない」
「最近判ったんですか、ファーザー」

近頃漸く厨房に慣れてきたバーテン兼店長候補の台詞もまた、呆れている。

「さて、では皆、乾杯しようか。所でイチ、大切な話がある。…デザートのアイスは何個までだ?」
「総長は二個、それ以外は一個っス」

ブーイングを浴びた嵯峨崎佑壱は、全く優しげのない顔立ちに恐ろしい笑みを浮かべ、皆を黙らせた。笑顔が全く似合わない。
つい最近、ストーカー女から前髪を切られる被害を受けたばかりだが全くめげていない佑壱は、それが原因で彼女に振られたが、やはり全くめげなかった。

学園内で日向と顔を合わせた時に、隣にいた二葉からどれほど笑われた事か。前髪が半分パッツンと言うのはやはり目立つ。
日向は目を丸めたまま無言だったが、心の中では笑っていたに違いないと思われた。嵯峨崎佑壱15歳の腹の底は、お陰様でここ数日沸騰中だ。GWの有り難みなどない。

そもそもSクラスにGWなどないが、学年上位に名を連ね、単位保証の特権がある5位以内に収まっている幹部一同は、サボる事を躊躇わない。中央委員会役員である日向もまた、授業免除権限を使いここに着ている。
零人に何度命令されても嫌だと突っぱねてきた佑壱は、書記として働いた事はない。いつでもリコールされて良いとさえ考えていた。
中央委員会権限などなくとも、帝君である限り授業免除権限が消える事はないからだ。

「イチ、ピナタの分のサンドイッチがないぞ?健吾がつまみ食いしたのか?」
「総長っ、俺ポテトフライしか喰ってないっしょ!酷い!(ノД`)゚。」
「そうか、疑って悪かった。よしよし、抱っこしてあげよう。許してくれるか? 」
「OK総長、許す☆(´▽`)」
「シュンシュン、狡いよ〜!ね、俺も抱っこしてぇ?」

ああ、もう、苛々する。
どいつもこいつもベタベタベタベタ、次から次へと。

「No soup for you. Why not go back to your mum.(餓鬼に喰わせるオマンマなんざねぇんだよ、抱っこして貰いたけりゃママにでも頼むこったな)」

大人げないとでも何とでも言ってくれ。
大きなピッチャーをジョッキの様に煽っている銀髪を横目に唇の端へ嘲笑を滲ませれば、小首を傾げた日向もまた、嘲笑の温度を下げる。

「Or something special?(または、お得意のセフレにでもな?)」

成程、日本の義務教育では絶対に習う事のない単語を選べば、こんなにも堂々と悪口が言えるのか。要も健吾も裕也も判っている癖に、平然としている。
だから他のメンバーも欠食児童宜しく料理へかぶりついたまま、目を向けもしない。


「Get lost, Stupid Dirty Bitch.(この世から失せろ尻軽猫被り野郎)」

バイバイ、と。
俊からは見えないように小さく手を振れば、ほぼ同時に、トンッと。空いたピッチャーがテーブルを叩く音。

ふーっ、と。長い息を吐く男が天を仰ぎ、腰掛けているカウンターチェアが軋む音。彼が少しでも動こうものなら、舎弟は誰もが息を潜めて窺うばかり。
数十人が一斉に沈黙するのは圧巻だ。

「ぷはっ、コーラZEROお代わりィ。良しピナタ、サンドイッチ半分こしようか」

突き刺したロングピックを引き抜いた男は、カウンターに置いてあるペーパーナプキンを折って、ピックの持ち手部分に巻き付けた。
まるで旗の様に巻き付けられたナプキンへ、ポテトフライをつまんだ指は皿に添えていたケチャップを掬い取り、白いナプキンの中央に赤い円を描く。

「ほら、お子様ランチの旗みたいだろう?」
「うん。シュンシュン凄い、それ頂戴?」
「イイぞ。ほら、シチューもある。まだ熱いから、少しずつ食べろ」
「ありがと」


ほら、見ろ。
この世はこれが全てなのだ。


愛される才能を与えられ、媚びる努力を厭わない。
笑顔の下で嫉妬で腸が煮えくり返る思いをしているだけの安い女と自分は、どう違う?



「…ちくしょ」

その料理を作ったのは俺なのに・なんて。
口が裂けても言えやしない。余りにも惨めだ。


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オフライン小説の冒頭部分を減筆改編しました。

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あきゅろす。
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