脇道寄り道回り道
とある1日(猫好きと赤犬)[帝王院]
後に皇帝の化身と呼ばれる事になる少年は、その日も年の割りにはヒョロ長い背を丸めて歩いていた。
真新しい教科書が詰め込まれた通学鞄と通りの本屋で買ったばかりの週刊漫画誌を抱え、出来るだけ人と目を合わさない様に心持ち俯きながら。

「へへ、早く帰って読もう」

軽い足取りはやがて駆け足に変化し、口元に滲んだ笑みとキラキラ輝く瞳に通行人の誰もが少年を振り返った。

「あら、まぁ。高校の入学式今日だったかしら」
「良いわねぇ、うちの子もあんな可愛らしい子だったら…」
「あら嫌だ、高校生に可愛らしいは失礼じゃない?」
「ああそう、イケメンって言うんだったわね」

その時まではただただ、穏やかな光景だったのだ。


「♪」

近所の奥様方のネタになっている事など梅雨知らず、少年が家までもうすぐと言う十字路で、誰かにぶつからなければ。
恐らく何事もなく、少年が後にST(シーザートランスファー)と呼ばれる事もなく。



「わァっ」
「…痛ェ!」

その声に出会わなければ、確実に。
少年の将来は変わっていた筈だ。

「あ、あ、ごめんなさい。大丈夫で、」
「んだテメェ、何処の野郎だ!」
「ぅ、わ」

いきなり掴まれた腕から漫画が滑り落ち、自分と然程変わらない、然し僅かだけ低い位置から睨め付けられた瞳は今にも噛み付いてきそうに思える。

「…人がただでさえ苛々してる時に、好い度胸だ。潰してやんよ、テメェ」
「え、ま、ちょ、…わっ」

殴り掛かってきた拳を辛うじて避けた少年は、今にも泣きそうだ。ぎゅっと寄せられた眉、細められた瞳、引き結ばれた唇。

「きゃあ、不良同士が喧嘩してるわよ」
「違うわ、あの不良が子供を脅してるのよ!」
「まぁまぁ、あの赤い髪の男の子可哀想に。おばちゃんが助けてあげるわ!」

片や、172cmと言う日本平均身長の『極道顔』。絡まれる事に慣れてきた12歳、その無表情さが余裕を窺わせる。
片や、167cmのジャ〇ーズ真青なアイドル顔美少年。まだ幼さが残る顔は、近い将来良い男になると判る。

となれば、道行く人々が応援するのは赤い髪のアイドルだと相場が決まっていた。


「ちっ、逃げんじゃねぇ!」
「そんな事を言われても…」
「ブッ殺す!」
「あ」

アイドルがアイドルらしからぬ台詞と共に蹴り掛かってきた時、道端に落ちていた漫画と、小さな子猫が目に入った。
このまま大人しく蹴られてしまえば、吹き飛んだ少年の身体が買ったばかりの漫画と子猫を潰してしまうだろう。


「にゃー」


あんなに可愛い、白猫ヤマト。
少年は猫が大好きだった。



そして、興味が無いものには面倒臭がりなB型だった。



「…っ、……………は?」

アイドル顔が間の抜けた声を放つ。
観客が騒然となり、

「にゃー」
「にゃんこ、無事か?」
「うにゃん!」
「あ、…逃げた。」

子猫と共に漫画も抜け目なく抱き締めた少年は、毛を逆立てたニャンコパンチに引っ掻かれ、恐らく落ち込んでいる。

「にゃんこが…」
「おい」
「…赤い首輪が似合った筈なのに」
「テメェ」
「女の子ならナデシコ、男の子ならヤマトと呼びたかった…」
「この俺を、投げやがったな」

少年によって背負い投げられた赤い髪の少年が呆然と呟き、黒い瞳を大きく見開かせる。

「おい!」
「…何だ」
「ひっ。わ、悪い、じゃねぇ、すいませんでした!」

悲しみから殺人者の風体に成り下がった少年の目に怯み、飛び起きた赤髪が土下座する。

「あの、俺は嵯峨崎佑壱って言います。最近作った『カルマ』っつーチームで頭やってんですけど、」
「…俺のにゃんこ」
「俺!貴方に惚れました!」
「赤い首輪が似合う………はい?」
「俺を舎弟にして下さい!カルマの頭は貴方以外考えられません!お願いします!」

時は春の訪れに人も桜も踊る卯月、

「いや、お願いしますと言われても…人生初の告白が男性からなんて、ちょっと…」
「何でもします!お願いします!」
「何でもする…?」

出会いと別れが繰り返される、春。


「じゃ、じゃあ、友達になろうユーイチ君」
「っ!喜んで、兄貴!」
「…兄貴?いや、俊で良いよ」
「シュンさん!いや、やっぱ総長!」
「早朝?」

赤い首輪がこの子犬みたいな赤毛の少年に似合うと思ったから、なんて。
実は猫だけではなく犬も好きだ、なんて。




「因みに、ユーイチ君は何年生?」
「あ、二年ス。中2の14歳っス!総長は高校生っスよね!
  入学おめでとうございます!」
「え。」



今はまだ、内緒。

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あきゅろす。
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