帝王院高等学校
日本人は白飯と梅干しと目刺しの虜です
「満月を見上げると、どうしてか頭の中が透き通る様な気がするんだ。空っぽだった胸に心が宿る様な、そんな気がするんだ。

 …誰?それは俺の事か?
 俺、そう俺はST。銀の代理、月の化身、シーザートランスファー…」

銀髪の狭間、

「名には一つ一つに意味がある。それは使命であり運命であり命、俺の命を聞いたからには、お前も命を差し出す必要がある筈だ」

バイオレットのサングラスを押し上げた男は、裸に纏ったジャケットの下、レザーに包まれた足を組みながら、

「満月の夜は演奏を捧げよう。世界を包む音の洪水が、月を呑み込み落とすその時まで」

誰かが叫ぶ。化物と。

「…人の吐く罵倒には慣れた。姿形の違う他人でも大体同じ事を言うんだ。飽きたなァ、新鮮味のない巡り合いを出会いとして俺は認めない。
 化物、皇帝、銀、何とでも好きに呼ぶがイイ、己が犯した過ちから顔を背ける愚か者共。俺の抱えるカルマが俺の血で書いた詩を、今からお前達に捧げようと思う。
 オーケストラはシルバームーン、テンポは鼓動に準じて、命を刻む五線譜はレッドスクリプト…」

酷く楽しげ・に。
(謗られる事にはとうに慣れた)
(今は悲鳴ですら賛辞に聴こえる)
(月は今尚遠く)
(手を伸ばしても届かない)
(新月の夜には魂が目覚める)
(満月の夜には何が目覚める?)



(心はとうに置いてきた)
(愛しいの、御膝に。)




「魂には輪廻が宿る。
 体には心が宿っていた。
 左側には心臓、空いた右胸は抱き合った時に触れる為。交わる為。たった一人の心臓を埋め込む為に、産まれた時から空っぽのまま。

 交響曲第9番ニ短調、ルートヴィヒ=ヴァン=ベートーヴェン、シンフォニア=ノーヴェ=クワトロ





 さァ、共に朝を迎えるびを歌おうか。」








私の心を捧げた時に。
私の左側にはもう、何も存在しなかった。
私の骸は空蝉。
私の魂は眠る。

神の目を盗んだ暁に、もしも明るい世界で貴方と言う月へ手を伸ばせたら、私は二度と迷わない。躊躇わない。
神の光にこの身を焼かれようとも、微笑みながら貴方の手を掴むから。



寂しがりやな貴方の胸に私の心臓を埋め込んで、その時貴方は、人になれるのだと思う。










「俺は漆黒の夜に産まれた。そして俺は満月の夜に心を置いてきた。新月の俺は空っぽだ。だから今、満月を浴びる俺こそが、





 本当の俺だと。なァ、どうせ誰も、気づかないのだろう?」
















だって、考えてもみなさいよ。
誰が好き好んで、報われそうもないリスクを負いたがる?

女なら誰でも、綺麗なものにはどうしても目がいくものよ。それがまして誰からも守っても貰えずに、寂しさに震えている様な、そう、まるで子犬の様なものだったら。

「商品に手を出すなんて素人のやる事よ。アンタ、そろそろ自覚なさい」

不細工なお化粧に、わざとらしいほどけばけばしいお化粧、ニコチンとアルコールの染み付いた小汚ないゲイバーのカウンター越しに、見た目はカバの様な店主は言った。

「このままじゃ、尊敬してる社長さんは勿論、アンタが育ててる子の信用もなくす事になるわよ?」

知っている。貴方の瞳が優しい事。
私の味方は貴方だけよなんて、泣き言を言ってごめんなさい。勝手に出てく涙が乾いたら、今度こそ美味しいお酒を楽しむから。

「ローズ様みたいに、アタシは人様の心に響く様な事が言えるオンナにはなれっこない。でも安心して。アタシはアタシのお城に来てくれるお客さんは、何があっても見捨てないわよ」

貴方はとても輝いている。見た目はそうね、とても綺麗とは言えないけれど、貴方の心は宝石の様に輝いているんだ。汚れきった私には、とてもとても眩しく見える。

「アンタがやってるのは、ただ自分を傷つけてるだけ。そして傷つけてる癖に手当てをしないまま放置して、傷口が膿むのを喜んでる自殺志願者と同じなのよ。馬鹿ね、そんな事しなくても、本当のアンタはとっても良い子なのに」

判っていて手を伸ばした時には、報われようだなんて思っていなかったのに、変ね。

「欲から目が逸らせなくなっちゃったのよ」
「欲、なんて…」
「ねぇ、自分に言い訳してるって判ってるんでしょ?子犬を拾って、アンタはまるで母親になった様な気になって、自分から消せない女の部分から目を逸らしてるの」
「…」
「アタシからしてみたら、それって随分贅沢な悩みよ?生まれた時から女で、経緯はともかく、惚れた男から抱いて貰える幸せを知ってる。それ以上、アンタは何を望むの?」
「抱いて貰える…?は、はは、違う、あの子は自分から誘ってきたりしなかった。仕掛けたのは私。縋るのも私。
 お茶より水の方が好きだって言われるまで3ヶ月懸かった。
 寝つくまで傍にいてって言われるまで、もう数日。
 水より蜂蜜レモンの方が好きだって知ったのは更に数ヵ月後で、カレーは好きそうだったから連れていけば、パクチーもトムヤンクンも頑として食べないの。タイ料理屋であの子が食べられるものなんか、何にもなかったわ」
「それって初デートみたいなもんだったんじゃない?」
「そうかもね。相手は12歳の子供だったけど」
「初めて抱かれたのはいつ?」
「初めてテレビの仕事が入った時。…蜂蜜レモンが好きだなんて、まだ知らなかった」

吐き出す息のアルコール臭さが、自分にも判る。
日曜の朝まで管を巻く様な女、鏡で見なくとも哀れなものでしょう。

「可愛いげのない子。可愛いのは顔だけで、背丈はそこらの高校生より高かったから、夜遊びしてるんじゃないかって気づいたの。だって挨拶の時に顔を合わせた程度のアイドルやモデルが、私を見る度に睨むのよ」
「睨む?」
「何でお前なんかが一番近くにいるんだ、って感じ。十代の若い子にそんな目で見られ続けて、必死で働いてた私の二十代は呆気なく終わった」
「はいはい。三十路越えおめでとう」
「ママ、マイク頂戴。天城越え入れてよ、歌わなきゃやってらんない」
「嫌よ。心中されたら寝覚めが悪いっつーの、マイクは貸さないわよ」
「ママのマイク借りるから、良いもんねー」
「こら!セクハラよ酔っ払い!今のアンタの姿をアンタの大事なあの子が知ったら、何て言うかしらね!」

けたけたと面白くもないのに笑えてきた。
知られて困る事など何もない。若さも母性も失って、三十の誕生日に手に入れたのは、幾つになっても自分は女なのだと。

「あの子のお母さん、怒るかしら…」
「何?」
「綺麗な顔立ちに男らしい体、立ってるだけで存在感のある子。ママの大好きなローズ様の息子だって知ってたら、名刺なんて渡したりしなかったのに」
「ああ、アンタのライバル?」
「ライバルなんて、笑っちゃう。勝てやしないわよ。誰の手料理も食べなかった子が、ロケ先にお弁当持ってきた時は目を疑ったわ。自分で作ったって言ってたけど、中学生が『獅子唐にグラタンを詰めてベーコンで巻いたフライ』なんて作るっ?」
「何それ食べた事ないんだけど、嫌に美味しそうね…」
「初対面で睨まれた。『うちの子に色目使うのは勘弁しろ』って静かな声でね、見抜かれてた。当時14歳かそこらの子供によ。何も言い返せなかったわ」

真っ赤な髪に、真っ赤な瞳の、真っ直ぐな男。
道行く誰もが振り返るのを見た。芸能人だらけの現場で、彼だけが異質な存在にすら思えた。その存在感に並んで劣らない自分の大事な『商品』に、誇らしさを覚えたものだ。

「私を抱いた体が、お高いブランド品を簡単に着こなす。ベッドの中でだけ私のものになる眼が、カメラにだけ向けられる。その時あの子は、誰のものでもなく、そして世界中の誰ものものよ…」
「葛藤してるのね。会社員として、女として、アンタは今、その真ん中に立ってる」
「今は…そうでもないの、本当は。だからこそやっと価値が認められたあの子を、此処で潰したくない…!何でもするわ!」
「ちょっと、落ち着きなさいって」
「電話にさえ出てくれたら、話さえ出来たらあの子もきっと判ってくれる!社長が持ってきたつまんない仕事なんてやらなくても良い!やっと、やっと来たデビューのチャンスなの…!」

届かないものに焦がれると、その瞬間に絶望するものよ。私はあの子が大切で大切で、それをまるで恋の様だと錯覚していて。あの子には私がいないと駄目なんだと、繰り返し繰り返し、騙し続けた。

「隼人に謝らないと…!幾らあの子が大人びていても、まだ子供なのに!私はあの子を代わりにした!私はあの子の幸せなんて本当は、一つも考えてなかった!だから謝るの、こんな馬鹿な私だってっ、一つくらい、心に残るものが欲しい…っ!」
「アンタ…」

駄目な大人だと、あの人は笑うだろうか。
初めて会った時の様に、こんな穢れた女にも平等に笑い掛けながら、手を差し出してくれたあの人は。

「………そんなに好きなの?本気なのね…?」
「うっ、うわぁあああ…っ」
「名前も知らない、年齢も知らない、それ所か今何処に居るかも判らない、そんな相手なのに。それでもまだ、諦められないのね?」

大切な大切な、我が子の様に恋人の様に慈しんできた子供を、まるで本物の母親以上に優しい目で見る男を知っている。敵には少しも容赦しない、まるで炎の様な男を。

「…判った。アタシ、全力で応援するわよ。恋をしないオンナなんて居ないわ」
「ママ…」
「そうと決まったら片付けなんて後回しよ!アンタ、お水飲んで顔洗って来なさい!服もぐちゃぐちゃじゃない、ああ、もうっ、アタシが若い時に着てた服貸してあげるから、着替えなさい!」
「え…?どうしたのよママ、いきなりそんなに慌てちゃって」

その男を、さも我が子の様に恋人の様にまるで従者の様に従える男を知らないままであったら、妥協を罪だなんて思わなかったのよ。

「アンタのお陰でこんな時間まで付き合わされてんだからねっ。オカマの睡眠時間を削ったんだから、アンタには命差し出して貰うわよ」
「はぁ?」
「さっさとしなさい!アンタが馬鹿にみたいに酔っ払ったくれたお陰で、アタシは呑めなくて良かったわ!車回してくるから、十分で仕度するのよ!」
「仕度って、何処に行くって言うの?こんな朝っぱらから!」
「会社に休みの連絡入れときなさいよ、敏腕マネージャーさん」

今の私は日差しの下に出るには醜すぎて、優しい友人の様な姉の様な人はやっぱりお化粧をしたカバのよう。

「アンタ、神田詩織に息子の事情話したんでしょ?このままみすみす、育児放棄した女に我が子を取られても良いの?!」
「だって…それは…」
「アタシあの女優嫌いじゃなかったのに、とんだ馬鹿女だったなんて裏切られた気持ちだわ。やっぱり私の神様はローズ様だけよ!あぁん、嵯峨崎嶺一様!いつかアタシも貴方の様に美しいオンナになるわっ!」
「それは無理…」
「あぁ?てめぇ、何か抜かしたか?」
「ママ、地が出てる、男に戻ってる」
「あら、嫌だ。今のはナイショよ☆」

腹は出てる、髭は生えてる、ファンデーションはテカって艶々で、毒々しい真っ赤なルージュは化物みたい。それでも私には見えるわ、貴方の宝石みたいな心から降り注ぐ目映い光が。

「さ、ハヤトのご機嫌窺ってローズ様の息子…ハヤトの今の母親と産みの母親の戦いを見物するわよぉ。ローズ様そっくりだって言うイケメンと、落ちぶれたとは言え現役女優の睨み合いなんて、滅多に見られるもんじゃないわっ」
「趣味悪いんだから、もう…。本気?」
「オカマの行動力舐めんな。とにかく、アンタはアンタで、カルマの副総長を誘惑するなり脅迫するなりして、夢を叶えちゃいなさい。カルマのテレビデビュー、どうしても実現させたいんでしょう?」
「今年の30時間テレビの目玉企画になる筈よ!40周年記念でテレビ局も力入れてるし、あそこは帝王院財閥所有の局だもん!帝王院駿河会長が結婚した年から始まった年に一回の長寿番組に、カルマを投げ込めば絶対大反響がある!そ、そうなれば…!」
「愛しい愛しいシーザーのマネジメントでお仕えして、あわよくば結婚して貰いたぁい?」
「け、結婚なんて…っ!私はただ、純粋にっ」
「じゃあアンタ、シーザーからヤらせてくれって迫られたら断れる?」
「………好きにして下さい…。やだっ、言っちゃった!」
「ハヤトの母親役ってロクなの居ないのねぇ。ハヤトの父親役は相当なワルね、オカマには判るわ。オンナを駄目にする男って、いつの世も見た目だけの伊達男よ」
「シーザーの悪口はやめて!あの人はそんな男じゃない!」
「駄目女の常套句、聞き飽きたわそんな言葉」

歯磨き粉を撒き散らしながら歯を磨き、狭いゲイバーの洗面台で己の素顔を眺めれば、何て酷い顔なのかしら。

「…メークしないと外に出られない」
「面倒臭い女ね、アンタって。化粧なんてチャッチャとやっちゃいなさいよ、アタシなんて5分よ5分」
「道理でカバだと思ってた」
「死ぬの?」
「隼人はともかく、人に見せるのに雑なメークなんて出来ないわよ。最低一時間!」
「…仕方ないわね、どっかで朝ご飯食べてから行きましょ。ハヤトに会って、怖いお母様を脅してシーザーの電話番号聞き出すくらいなら、一時間もあれば良いもの」
「冗談、カルマを脅すなんて出来っこないでしょうが!幾ら顔が似てても、レイ様とは全然違うのよ?!」
「はぁ?綺麗な男って大体非力なもんよ」
「馬鹿!物凄いムキムキだったわよ!二年前だから今は知らないけど、イケてるボディービルダーみたいな子よ?!」
「だったらシーザーってのはどんな男なのよ?!もしかしてゴリラなんじゃない?」
「私のシーザーをあんなビジュアル系ビルダーと一緒にしないでよ!怒るわよ!」

外に出ると、久し振りに太陽を見る様な気がする。
眩しさに掲げた手で目元を覆えば、真っ青な空に迎えられたのよ。


「…ママ」
「今度は何よ」
「ピンクのスカイラインなんて何処から密輸したの?捕まりそうだから乗りたくないんだけど…」
「日産は国産だっつーの、絞めるわよ」
「はは。ママ、ありがと」
「はいはい。アンタのお陰で他のお客さん帰っちゃって商売上がったりよ、今度何か奢んなさいよ」
「フレンチのフルコースとか?」
「オカマのドレスコードでも受け付けてくれる店なら何処でも良いわ。ご飯と梅干しとお味噌汁、何だったら焼き魚でもあれば、何処でも天国よ」
「はは!昔は毎朝目刺しばっかりで嫌だったけど、私の故郷で取れる鰯は美味しいのよ〜?今度お母さんに頼んで、送って貰おうかな…」

何だか、泣けてきちゃった。
空っぽだった胸の中に心が宿った様な、そんな気がするの。






















「第一問!」
「ちょっと待って、心の準備がまだなんですけどお」
「そんなもんは休み時間にやっとれ。どうせ休み時間に和気藹々と談笑する様な友達、お前には居らんだろう」

何が起きたのか。
神崎隼人のそこそこ優秀な頭脳を以てしても、何故自分が赤と黄色の星柄とんがり帽子を被らされて、早押しボタンと書かれたひよこを持たされているのか。その何も彼もが理解出来ない。

「ムカつく…!友達とか要らねーし!」
「ほうほう、一匹狼を気取るのは思春期の雄の嗜みだ。全く、タヌキの様に目尻を下げておいて狼を名乗るとは、痛いぞ神崎隼人」

声にならない怒りでひよこを握り潰した隼人は、そのひよこが『プピー』と鳴いたのでビクッと震える。

「問題を出す前に早押しボタンを押してしまった神崎君!お前には隼人の『はや』にちなんで、『早漏』の称号を与える!」
「糞馬鹿かおめーは!隼人の『はや』は『早い』じゃなくて『隼』の『はや』だあ、こらー!」

隼人は怒りのまま、ひよこを教師へ投げつけた。投げつけてからあんな男でも遠野俊の曾祖父と思い至るが、抜群の記憶力を以てしても、早漏と言われて怒らない神崎隼人は存在しないのだ。

「ああ、隼人さん…!なんて事をなさるの…?!」
「あちゃー。宮様、僕の曾孫がごめんねえ」

スコン!と額でひよこを受け止めた教師と言えば、窓辺で顔を覆った保護者二人には目も向けず、ぽろっと落ちたひよこをガシッとキャッチ。

「早い!流石は神崎隼人、豪速球で運動神経を自慢したつもりか!」
「うるせえ!やっぱてめーがボスの肉親とかねーわ、失せやがれ偽者やろー!」
「ええい、凄めば逃げる鳳凰と思うてか、不良さんめぇ!それもこれも俊の教育が悪い!こうなったら『楽しいなぞなぞカリキュラム』はやめだ、やめ!」

プピー!
押したら鳴るひよこを握った教師が、白髪混じりの黒髪を振り乱した。

「いでよ!鳳凰ちゃんの愉快な仲間達、略して『カルマ』!」
「何処が略してんだあ、あほー!」

山田太陽の教育のお陰か、突っ込まずにはいられなかった隼人は、思わず突っ込んでから顔を覆う。アタシはこんな性格じゃないと、何故かオカマっぽく呟いた隼人は恥ずかしさから悶えているが、その所為で空いた他の席に人が増えた事には気づいていない。

「久し振りに揃ったか、我が家族よ」

静かな、けれど喜びに満ちた声に、隼人は顔を上げた。
見つめた先、教壇から教室中を見つめている教師は隼人ではなく別の何かを見ており、隼人はつられる様にそちらへ目を向ける。

「出欠を取る。冬月鶻」
「永らくご無沙汰しております、鳳凰の宮様」

何だ、と。
隼人は己の隣の席に座っている男を、見た。廊下の窓から「あちゃー」と言う声が聞こえてきたが、振り向いている余裕はない。
余りにも、そう、余りにも似ているからだ。

「雲隠陽炎」
「此処に」
「杜刹那」
「はい」
「榛原晴空」
「この晴空、宮様の命に馳せ参じてございます」
「十口不忠」
「御意に」

他にも、目を疑う様な名前と共に手を挙げていく男達が、見慣れた教室に座っている。どれもこれも見覚えのない顔だが、共通するのは、『知ってる人に良く似ている』の一言だろう。

「見ろ、子供が子供らしく驚いているぞ」

愉快と言わんばかりの声音で、教師は囁いた。
ずらりと並んだ男達から一斉に見つめられた隼人は、無意識で席を立ちそうになるが、後ろから肩を押さえられて立ち上がれはしない。

「駄目だよ、隼人くん。逃げたら一生囚われる」
「何、」
「これは神の脚本の本来の記述だ。僕の曾孫は、こんな奴らに負けないよねえ?」

顔だけ振り返った隼人を覗き込む様に、窓から身を乗り出している男は微笑んだ。

「…相変わらず、可愛いげのない事を宣う」
「あは。そっちは相変わらず怖い顔だねえ、オトーサマ」

隼人の肩を押さえたまま、隼人の背後を優しげな目元で見据えた冬月龍流の唇には、初めて見る笑みが浮かんでいる。隼人の視界には彼の他に、その隣の女性も見えていた。凍る様な笑みを浮かべているのは、彼女もまた、同じ様だ。

「お久し振りです、お義父様。私、貴方には何もせずに天寿を全うさせてしまった事を、死して今尚、悔いております」
「奇遇だな、高森糸魚。私も今尚、愚かな息子を育ててしまった事を悔いている」

冬月鶻。
その名から連想される意味を、隼人は否応なく理解した。笑う他人の声が何を笑っているのかは知らないが、彼らもまた、何の意味もなく出てきた訳ではないのだろう。
カルマと言うからには、彼らの身体的特徴が何を意味しているのか。隼人は理解する必要がある。

「最初の問題の回答権は、神崎隼人にのみ与えるものとする」
「御意」
「心得てございます」
「宮様」
「大殿」
「お心のまま、ご自由に」

隼人は肩の手を振り払い、努めて冷静に顔を前へ戻した。
背後から冷たい冷気が突き刺さってくるが、顔色の悪い曾祖母のものだろう。再び恐ろしい食事会が開かれては困ると、隼人は顔を引き締めた。

「第一問、冬月鶻はお前にとってどの立場に当たる男か、答えろ」
「高祖父」
「正解」

答えてから、隼人は隣の席を見やった。
ああ、もう、そっくりだ。特に目。嫌になるほど似ている。遠野俊江に。つまりは、俊に。

「そうなんだ。龍一郎にそっくりでねえ、特にあの人を馬鹿にした目、笑えてくるだろう?」
「おめーほど他人馬鹿にしてる奴なんか居ねーっつーの、黙ってろオツル」
「おつる?」
「老いぼれ龍流」
「あは!」
「ぶふ!」

背後から、そして目の前から、笑い声が揃った。
しゅばっと判り易く顔を逸らした男は、暫く体を震わせてから、わざとらしい咳払いと共に背を正す。我が子が貶されているのに、笑っていた様だ。

「せんせー」
「はい、神崎隼人君」
「冬月って性格悪くない?」
「安心しなさい、お前も負けてないぞ!」
「褒められた気がしないんですけどお。やだなあ、ボスにも冬月の血が流れてるなんて、ほんと、やだ」
「貴様が宮様と同格の筈がなかろう。己を買い被るのはよせ」

隣から辛辣な眼差しに見つめられて、神崎隼人は「べー」と舌を出した。カチンとした様な表情の男からわざとらしく顔を背ければ、背後から爆笑が聞こえてくる。曾祖父と曾祖母のものだ。

「いっけー、いけいけ、いけいけ隼人!」
「おっせー、おせおせ、おせおせ隼人!」
「二人共うっさい」

成程、俊のテンションの高さは、疑う事なく血だ。
帝王院に似ても冬月に似ても、あの喜怒哀楽だったに違いない。

「第二問!鳳凰校長先生の奥さんの好物、小田原・仙台から連想される共通の名産とは?!」

大人しそうな顔立ちで、唾を撒き散らしながら叫んでいる教師は教壇でマイペースに出題してきた。どうしたものかと、垂れ目をいつもより吊り上げている隼人は然し、誰よりも早く、その長い腕を伸ばしたのだ。
早押しボタンがないのだから、仕方ない。

「はいっ!かまぼこ!」
「正解!」

驚いた様な表情で見つめてくる一同に、隼人は目を丸めた。
こそこそと顔を寄せ合っているのは、ずるりとはだけた肩口の着物をこそこそと整えている小柄な男と、神経質そうな顔立ちの男だ。

「…刹那、今時の高校生はあんなに大きいのか?」
「引きこもっておられた晴空様はご存じないのも仕方ない。神崎隼人は188cmだそうです」
「そんな…!最早2メートルではないか…!何を食ったらそこまで育つのか!」
「やはり、白米ではないだろうか」

真剣な表情でひそひそ話をしていた二人の頭に、スコーン!と、チョークが突き刺さる。

「鳳凰校長先生の目を盗んで雑談をするのであれば、しっかり目を盗んでやらんか、晴空、刹那!」
「的確に眉間を撃ち抜かれるとは、流石でございます宮様」

眠たげな表情で椅子から飛び降りた赤毛赤目の男は、やはり眠たげな無表情で何処となく目を輝かせ、眉間を押さえた二人目の着物男は、一人だけどうでも良さげな表情だ。

「大殿、我らをお呼びになられたのであれば、いつまでも斯様な飯事をなさるのはおやめ頂きたい」
「そんな大人な意見を言うな不忠、俺とお前は同い歳ではないか」
「はっ!宮様と同じ歳と言う事は、十口不忠は手前と同じ歳ですか?」
「陽炎、お前は算盤を持って廊下に立っとれ」
「雲隠の男はこれだから看過出来ない…!貴様は我が父より下らんな、陽炎!」

ドカンと、机を手刀で叩き折った着物男に、隼人を含めた全員が目を丸める。赤毛と睨み合う着物男を暫し眺めた隼人は、まさかと目を見開いて、震える指を持ち上げたのだ。

「ゆ、ゆゆ、ユウさんと、眼鏡のひと!」
「ユウさんと言うのは佑壱の事か、金髪」
「我が叶で目が悪いのは愚かしい二葉だけだ。あの様な出来損ないとこの私と同一に見るでない」
「嘘だあ!ユウさんの赤毛って、この時代から遺伝だったのお?!つーか叶より冬月のが性格悪そうなんですけどお!」

純粋な隼人の指摘に、今にも殴り合いそうだった赤毛と着物の視線が隼人の隣の席に突き刺さった。無表情で知らん振りをしている男は、然し視線に耐えられなくなったのか、徐々に俯いていく。

「あ、冬月がまた泣いた」
「晴空様、そんな楽しそうな顔は気の毒ですよ」
「十口が…泣かせた…」
「言い掛かりはやめろ馬鹿が!いつ私が泣かした!」

どうも灰皇院の誰もが仲良しではないらしい。
その中でも冬月は全く孤立しているのか、ぽたぽたと机に涙の湖を描いていく男を慰める者はない。隼人の背後からは未だに爆笑が響き渡る。

「鶻は人見知りな上に上がり症なんだ。余り苛めてやるな、神崎隼人」
「人見知り………上がり症?」
「鶻は我が父俊秀の従弟に当たる。さて、お前が真実に辿り着けるか否か、俺がテストしてやろう」

どうも神崎隼人は思い違いをしていたらしい。
帝王院と灰皇院はただの侍従関係でしかないと、今の今まで疑わなかった己の浅はかさを恨んでも、無駄だろう。


「俺のカルマが、俊のカルマを呑み込まんとも限らんからな?」

そうだ。目の前の男は、帝王院鳳凰。
曲者揃いの男達が無条件で従っている、天神だったのだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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