帝王院高等学校
悪魔の領域では必ずエンカウント!
「『男子校だったから。』」

ああ、なんと判り易い。
確かにその通りだ。帝王院学園本校高等部の受験資格は、男にしか与えられない。女であればそもそも受ける事すら出来なかった。
奇特にして余りにも奇妙な外部生、遠野俊の言葉は、飾り気など欠片もない簡潔にして唯一に思える。

「男子校だったから、って…」
「失礼だと思ったけど、僕ちょっと笑っちゃった」
「…」
「最低三枚書かなきゃいけない小論文なのに、その一行しか書いてないんだよ。余ったスペースには漫画なんて書いてるし。しかもその漫画がまたかなり緻密に書き込まれてて、採点教官の東雲先生が三日くらい笑い転げて仕事にならなかったって」

相手が悪すぎたのだろうか。
喧嘩を売るには余りにも、規格外だ。流石、入学式典で全校生徒に喧嘩を吹っ掛けた外部生だけはある。

進学科の生徒から遠巻きにされていた山田太陽とすぐに打ち解け、あまつさえ嵯峨崎佑壱とは違う意味で教師からも扱い難いと言われていた山田太陽を副会長として傍に置き、風紀から睨まれようが怒鳴られようが夜間パトロールを止めず、工業科だろうがFクラスだろうが誰彼構わず説教し、手書きのチラシを所構わず配りまくる、変な外部生。

寧ろ変だけでは説明しきれない、他に類を見ない男。

「…式典の時、どうしてか寮の庭園に入ってたんだ。庭園はエレベーターを使わないと基本的に辿り着けない」
「あ、表向き自由に使えるって謳ってるけど、階段側のゲートは役員権限がないと開かないのは知ってる」
「だから高坂は部外者を見つけて追い出した。グランドゲートで叶に手を上げた外部生の報告は上がってたし、他の親衛隊が見つけて揉める前にね、自分が汚れ役を買って出たんだ」
「高坂君らしいけど、その時は知らなかったんだね。天の君が左席会長だって事」
「リングがないと判らないよ、普通」
「天の君の学籍カードは初めから黒かったのに」
「副会長に話してなかった陛下が悪い」

学園しか知らない生徒には、良い意味でも悪い意味でも目立った、外の世界の人間だった。遠野総合病院の身内だと言う話は早い時点で噂されていたが、病院の子息など此処には幾らでも存在する。何も特別ではない。

「初めての帝君外部生で、陛下の提案に理事会はすぐに許可したそうだよ。天の君が誰であれ、左席委員会会長に就くのは決まってた事なんだ」
「…だから人が悪いって言うんだ。俺らの帝君は、何考えてるのか全然判らない。昨日からこっち、益々判らなくなったよ」

ただ、中央委員会会長に唯一並ぶ存在にしては、遠野俊は地味だった。生徒らの怒りを買う理由など、そんな些細なものだ。

「陛下のお怒りは尤もだと思ってる。陛下が天の君を好ましく思ってらっしゃる事は少し考えれば判る事だろ。ABSOLUTELYのランクC…自称神帝親衛隊の下っ端って、判る?」
「Fクラスにも居たよ」
「度々忠告を受けた」
「そうだったの?」
「変な話だとは思ったんだ。何でアイツらが出てくるのか、全く判らなかった。神帝親衛隊は、本人達以外内情が判ってない。ABSOLUTELYは学園外の存在で、知られてるのは極一部」
「うん」
「だから夏目と高倉が俺に話し掛けてきた時は、驚いた」
「…えっ?!夏目君と高倉君って、そうだったの?!」

流石に元クラスメートが神帝親衛隊とは思わなかったのだろう。普段大人しい、雑談すら殆どしない級友がこぞってやって来れば、驚くのも無理はない。

「物凄い剣幕だったよ。天の君に危害を加えたら、直接的な言葉こそなかったけど、とどのつまり、光炎親衛隊は跡形もなく消えるって言ってた」
「…そんなに怒ってたの?」
「流石に、あれが陛下の命令じゃないとは判ってるよ。きっと単純な消去法だったんだ。何で判らなかったんだろう」
「消去法…?」
「遠野俊、イニシャルはST」

カフェカルマのオーナーのイニシャルはSY、カフェの看板にデザインロゴが彫られている。TにもYにも見えるロゴ。カルマのグッズを購入した者にだけ送られるカードにはレッドスクリプト、ブランド名はシルバートランスファーだ。

「神崎隼人が帝君から落とされて、何で何もしなかったのか。あの気位の高い嵯峨崎佑壱がどうして側から離れないのか。一度殴った相手を、あの高坂がどうして放置したのか」
「ゆうちゃん?」
「レッドスクリプトをあの字で書ける人間が、他に存在する訳がないのに…」

初めて会話した日を思い出した。
淡い桃色の白い花弁が降り注ぐ中、分厚い眼鏡越しにヘラリと笑った、二つ下の後輩は、何と言った?

『柚子姫様っ、遠野俊15歳です!仲良くして下さい!』

いつから何も彼も疑う様になったのだ。
いつから本当に綺麗なものが判らなくなったのだろう。思い出せもしないのだから、きっと、人としては未成熟なのだ。

「っ、あ…!」
「え?」
「は、颯人っ、ごめん!俺、行かないと!」
「何処に行くの?」
「宝塚が天の君を傷つけるかも知れないんだ!お、俺の所為で…!」
「まっ、待って!僕も行くよ!」

慌てて湯船から飛び出し、二人揃ってタイルの上で滑り転けた。微笑ましく笑っている場合ではない事だけは、間違いない。



























「ユーさんも、ほんとは、おれの事なんか見たくなかったのかな。総長も、おれなんか、話したくもなかったのかな…」

今にも泣きそうな声で呟く加賀城獅楼に、同情しながらも、目を向けている者は少ない。夥しい数の鼠に加えて、地響きの様な微かな震動が強まってきたからだ。

「駿河お祖父様が、父である帝王院鳳凰の遺言に逆らう事はないだろう」
「遺言って…?」

獅楼の質問に、然し帝王院神威が答える事はない。
足元を駆ける鼠を無表情で踏み潰している神威に倣い、獅楼はぼんやりと足を持ち上げた。

「うわ、やな感触…」
「だが、許していない訳ではあるまい。幾ら東雲の監視の元にあるとは言え、そなたを生徒として迎えたその日に、加賀城会長が学園長の元を訪ねた面会履歴がある」
「じいちゃんが学園長に会いに行った…?じいちゃん、おれの入学式にも来なかったのに」
「加賀城を許す立場にあるのは、鳳凰の遺言に縛られない、帝王院当主だけだ。嵯峨崎が如何に加賀城を呪おうとて、帝王院当主の決定の前では何ら意味を為さない」

つまり、現当主である学園長の恩赦には、意味がないと言う事か。理解した獅楼は、だとすれば神威が許せば良いのかと言う疑問を視線に乗せて、見上げた。長身の獅楼より十センチ近く上背がある神威は、獅楼でも見上げなければならないからだ。

「だが、その役目は俺以外の帝王院に頼め」
「…へっ?会長は駄目なの?」
「ファーストが死のうがそなたが死のうが、知った事ではない。俺の職務は中央委員会会長である限り、生徒らの平穏無事な学園生活を保障すると言う一点だけだ」

もぐら叩きの様だと、獅楼は目を擦りながら思った。
無表情で赤い鼠を踏み潰している神威は正確に、逃げるように走ってくる鼠を素早く踏んでいる。

「もういいよ。いつか総長に認められる男になったら、お願いする」
「正しい選択だ。少しは泣くかと思ったが、想像以上に図太いと見える」
「おれを泣かせたい?何だよそれ…」
「気にする必要はない。ただの八つ当たりだ」
「意地悪いんだねっ、神帝陛下って!おれ、ちょっとだけABSOLUTELYに憧れてたのに…!」
「下らん」
「下らんって…自分の事でしょ?」

潰された鼠達を直視出来ない獅楼はあちらこちらに視線を彷徨わせたが、馬鹿らしくなって、諦めた様に目を伏せた。倫理的にどうなんだと言う綺麗事は、今は相応しくない。
少しでも痛い思いをする可能性があるなら、可愛らしい小動物だろうが排除する。人間が人間として生きていく上で、小さな命を守るべきだなどと宣う事が如何につまらないか、知らない者はないだろう。

「下らん理由で他人を抱いてやる哀れな子供に仕事を与え、健気に想い続けている子供に役目を与え、聖人の振りをしても、結局は何の得もなかった。自分の身は、自分で守るべきものだ」
「ゆってる事が殆ど判んないけど、最後のは、おれもそう思うよ」
「そうか」

人は何かを食べて、生きている。
それは動物であり、植物であり、水であり、空気と言う分子だ。この世は原子と分子で出来ている。無機物も有機物もその点で違いはない。

「陛下は陛下なのに、おれに八つ当たりしたくなるくらい悲しいことあったの?」
「…」
「陛下も人間なんだね、中央委員会会長なのに」
「下らん」

意思がある命ならば駄目で、意思のない有機物ならば許されるのか?肉は駄目で野菜なら聖人君子なのか?植物もまた、成長し、子を為して命を紡いでいくのに。動かなければ食べても罪ではないのか?動くものを食べるのは罪なのか?

「死を恐れるのであれば他を切り捨てろ。己こそが世界に存在する人間、不必要な他人は等しく全てが雑音とどう違う」
「おれを励まそうとしてくれたの?」

殺そうとしてくるものを受け入れなければ守れない倫理など、生きる上で、何の役に立つのだ。

「それともユーさんとおれの仲を引き裂こうとしたの?どっちでもいいけど、何か物凄い炎が見えるんだけど…、あれ何?」

獅楼の目線の先、とんでもなく明るい果てが見えた。
何やら皆が慌てているとは思ったが、どうやらあれが理由らしい。

「きゃあああ」
「やべーってハヤト!悲鳴が女っぽ過ぎっしょ!(//∀//)」
「ケンゴ、何しれっとハヤトのケツ揉んでんだオメー。オレのケツもがら空きだぜ?揉みしだいてみろや」
「おのれ、水責めの次は火炙りですか…!最早ユリコの呪いとしか考えられない!やはり洋蘭はあの時殺しておくべきだった!」

ただでさえ神威の出現で冷静さを欠いている錦織要は、健吾と隼人を背中に庇ったまま、山田副会長が喜びそうな状況ですね!などと、何故か半笑いで繰り返し叫んでいる。
健吾に尻を擦り付けている裕也は相変わらずだが、しれっと要に抱きついている隼人は叫んでいる割りに、獅楼から見ても落ち着いている様に思えた。

「溝江、ボーイスカウトで習ったのだよ」
「火事場の合言葉だね、任せたまえ。皆、こんな時は押さない駆けない花火しないなのさ!」
「違うよ溝江君!幼い神崎隼人君だよ!工業科特製のウォーターイン消火器で、今日から僕もファイヤーイクスティン…梨汁ブシャー!!!」
「「消火器を英語で言うのは難しいのさ」」

どうもメガネーズ二匹と野上クラス委員長は使い物にならないらしい。残念ながら想定内だ。それでSクラスかと途方に暮れた獅楼は、何故か冷静だった。
カルマ三馬鹿トリオに慣らされたからかも知れない。

「如何に熱を好む動物であれ、火は恐れるものだ。こちらへ逃げるように焼き払えとは言ったが、燃やし尽くせとは言っていない」
「さっき野上が、工業科がどうとか言ってたけど…」
「三年Eクラス松木、三年Eクラス竹林、三年Eクラス梅森らの主導で、焼き付け用の火炎放射機等を使わせている」
「人選ミスだよ、陛下っ!兄貴達にそんな事やらせて、後でカルマ全員謹慎とか退学とか言って追い出すつもりなんだろっ?!」

いつの間にか神威と普通に喋っている獅楼に、瞬いた皆が目と目で何やらコンタクトを取っているではないか。ガミガミ神威に怒鳴りながら、勢いそのまま黒い鼠を踏み潰そうとした獅楼は、その黒鼠に大量に集った赤い鼠が、はむはむと黒鼠を食べている様を目の当たりにして声もなく飛び上がる。

「ハヤトさん?!赤ネズミが黒ネズミを捕食してるよー!」
「だからさっきゆったでしょ!うわあ、キモい!サブイボ出ちゃうぅううう」

わしわし腕を掻きながら叫んだ隼人は、チョロチョロと近づいて来た鼠を蹴り、穴へ落とした。
それを見ていた獅楼を筆頭に要までもが悲鳴を上げたのだ。

「何をするんですかハヤトっ、下にはユウさんが…!当然、今のは光王子を狙って落としたんでしょうね?!」
「あわわわ、迂闊だった!ユウさん、ユウさーん!生きてたら返事してえ!!!」

ちゅどーん!
皆が穴を覗き込もうとした瞬間、背後で凄まじい爆発音が響いた。

「っ」
「うわあっ」
「ぎょひ!(°д°)」
「ひっ、落ち…!」

それと同時に数名が穴へ落ち掛けたが、凄まじい音と共に同じく凄まじい早さで飛んできた何かが、皆を華麗にキャッチしたのである。

「おう、生きてるか悪餓鬼共。こちら仁義のファントムウィング、生徒4名の救出完了。青いのと金髪とオレンジと赤いのを華麗にキャッチ、」
「若じっちゃん、俺の腕に緑色の裕也も居るぞ。あ、若じっちゃんの頭に真っ黒くろすけが乗ってる」
「追加報告。緑の餓鬼もキャッチ、おまけに鼠一匹。最近の餓鬼は発育が良すぎて粋じゃねぇな、どうぞ」
『了解。こちら正義のファントムウィング、突入地点から800メートルの生きとし生けるものを聖なる炎で包みました。合流します』

これはもう、明るいなんてものではない。

「そ、総長っ、何故こんな所に?!」
「ちょ、ボス、バスローブ?!何でバスローブなのお?!かっこよすぎいいい!いやあ、抱いてえええ!!!」
「おっふ…(°ω°)」
「え、ええー…?何か知らない人いるよ…?」

白衣のおっさんに軽々抱えられている要、隼人、健吾、獅楼はポカンと目を見開き、サングラスを押し上げた男の片腕に抱えられている裕也はぶら下がったまま、

「はーっはっはっ、待たせたね諸君!エージェントT、選ばれし最後の戦士☆山田太陽っ、只今登場!はい拍手!」
「ぱちぱち。素敵ですよエージェントハニー、ちょっぴり髪の毛が焦げてますが…」
「しまった!大切な俺の毛が!…おのれ極悪マウス共、この俺を怒らせたな!」

ごうっ。
凄まじい炎が世界を包み、真っ黒なバイクに乗った浴衣の背後、ゴーグルの様な眼鏡を掛けているバスローブ2号は、無表情な神威の視線を軽やかに無視してバイクから飛び降りると、小脇に挟んでいたバズーカの様なものを構えたのだ。

「男には燃えなきゃいけない時もある!燃えて燃やせる男の数は?!」
「35億」
「ブルゾンアキナ」
「With 2B」


何が起きた。


「喰らえ、魔力なんて必要としないベギラゴン!」

呆気に取られた一年SクラスwithXの網膜に、鼠を燃やし尽くして高笑いを放つ男の姿が、まさに焦げんばかり焼きついた。

残念だが、一年Sクラスの愉快な仲間だった山田太陽はご臨終してしまったらしい。今やバスローブをキャリアウーマン風に着こなしたゲーマーと、浴衣でバイクに跨がる太股丸見えの魔王が主役だった。

「たーまやー」
「かーぎやー」
「わいは山田太陽や!灼熱の業火に灼かれな!」
「うふ。私のハートは既に真っ白な灰ですよハニー、白百合だけに」

誠に残念ながら、どちらもSクラス生徒だ。
派手に炎を放ちまくる中二病気味な台詞を吐いている山田太陽を前に、白百合真っ白な白さに燃え尽きた一同は、ちょいちょい髪やら服やら焦がされつつ、炎の魔法が現実に存在しなくて良かったとしみじみ考えている。
何事も、空想程度で収まるべき事態は起こり得るものなのだ。

腐女子の脳内を知らないままであれば、男は幸せになれるのである。


「ふ。少し火力が強かった、かな?」

さらりと前髪を掻き上げながら宣った太陽に、ほぼ全ての人間が少しじゃねぇと突っ込んだが、太陽は聞こえない振りをした。こんなんでも左席委員会の副会長なのだから、学園の明日は暗黒だ。

「男は時に燃え過ぎるものさ」
「マーベラス、ブラボーですよハニー。何だか陛下に似た方を派手に燃やしてしまった様な気がしますがねぇ。ふーちゃんはハンドルを握っているのでお口で拍手します、ぱちぱち」
「おわっ、危な、バスローブ焦げてる?!炎の勢い強すぎたかもー!ふーちゃん、ちょいと降りてきてくんないと、バイクに乗れないんだよねー」
「はい、どうぞ」
「良し、こちらジャスティスウィング、モンスター殲滅完了!消火器隊の出動を求める!このままじゃ村人達も、俺の髪の毛も死んじゃうねー」
「俺一人が死にそうだっただけだが、そなたら、確実に今のはわざとだろう?」

然しながら太陽も二葉も、どう見ても鼻眼鏡を掛けた変態と、小顔の大半がゴーグルに隠れた変態である。それなのに誰一人として太陽と二葉を見間違う事はないのだから、流石と言おうか。
鼠の姿は太陽の言葉通り綺麗さっぱりなくなっている。一匹潰すのも罪悪感があった他の面々は、遠い眼差しだ。

「俊!皆は無事だよ!」
「おや、嵯峨崎君の姿が見えませんねぇ」
「大変だよ俊、イチ先輩が燃えちゃったかも知んない!でも元々焦げてたし、見た目が炎属性だから大丈夫だと思う!多分」
「そうですねぇ、嵯峨崎君は嵯峨崎君なのできっと大丈夫ですよ。ほら、馬鹿は風邪引かないと言いますしねぇ」

無表情で囁いた神威の台詞など、山田太陽も叶二葉も勿論聞いちゃいない。闇属性以外の何者でもない二人であるからにして、さくっと殺すつもりだったに違いなかった。

「良し、イチを救うべく左席委員会出動する。用意はイイか、タイヨー副会長、二葉先生補佐官」
「「ラジャー」」

しゅばっと飛び降りた遠野俊は、くきっと着地に失敗した。足元に転がっていた消火器に着地してしまったからだ。イマイチ決まらない主人公である。

「怪我はないか、俊」
「心が重傷でも体は元気です」
「…いつもより3.3kgほど重いか?」
「朝ご飯が思いのほか美味しくて、つい…」
「そうか」

軽やかに俊を抱き留めた男と言えば、恥ずかしげに頬を染めた俊に1ナノミクロンほど鼻の下を伸ばした瞬間、目の前を凄まじい炎が襲ってきた為、俊を抱えたまま飛び退いた。

「…あらん?」
「おのれヒロアーキ、敵ながら天晴だが、破壊した設備の請求書を一つ残らず回してくれる」

神帝でなければ確実に死んでいただろう、余りにも見事なコントロールだ。

「ち!ユリコ、奴を殺り損ねた。移動してっ、別の角度から仕留めるよ!」
「セカンド、何処の誰が山田太陽に火炎放射器を渡したのか説明せよ」
「了解、残念ですが猊下の身は諦めましょう。請求書はふーちゃんが中央委員会経費で落としておきますねぇ」
「成程、そなた判り易くヒロアーキに寝返ったか」

ビュンっと勢いよく上昇したバイクは、然し高さが足りない為、皆の頭上辺りをふよふよと泳いだ。神威が手を伸ばせば簡単に届く高さだ。

「俊」
「はい」
「あれが副会長では、お前に負担が掛かり過ぎる。解任させた方が良い」
「ほぇ?それよりうちの可愛いイチを知りませんか?」
「知らん。そんな嵯峨崎佑壱など聞いた事も見た事もない」
「な!」
「お前がなくしたのは金の俺か銀の俺だ」
「はい?!」
「どちらを選んでも構わん。選べ」

帝王院神威に無表情で睨まれた遠野俊は感電した。どっちを選んでも大変な事になりそうな気しかしない。オタクの本能だろうか。

「…イケメン過ぎて眩しい義兄ちゃん、選ばないと言う選択肢なんて用意されてたり?」
「すると思うか?」
「…」
「俺を兄と呼ぶな。名を教えたろう、往生際悪く先輩などと宣えば、この場で容赦なく押し倒すぞ」
「押し倒す?何で?何を?」
「しゃぶり尽くし捩じ込む」
「しゃ…?はい?あにょ、すみません、日本語でお願い出来ますか?」
「俺に全てを委ねろ」

神威はいつでも本気だ。
本能でそれを感じた遠野俊の目付きが、一気に荒んでいく。単に怯えているだけだ。何せ世界一のチキンである。

「…判ったぞ。やっぱり俺を恨んでるんじゃないか」
「何故そうなる」
「あらん?違った?」
「全然違う」
「えっ。じゃ、憎んでるのか?短足の癖にバルサミコソースをご飯に掛けて食べたから…」
「俊」
「はい」
「恨んでも憎んでもいない。話はそれで終いだ」

二人の人間離れした帝王院一族による睨み合いに、口を挟める者は居ない。焦げた髪を二葉にチェックさせている太陽に関しては、そもそも二人を見てもいなかった。
空飛ぶバイクに乗ったテンションで奴は人として終わったらしい。工業科ご自慢、溶接用火炎放射器を装備してしまったのも一因だろう。

「いや、終わってない。俺が朝ご飯を食べ過ぎたから怒ってるんだろう?せめて、ポテトサラダのハムだけでも残しておけば…」
「俊」
「はい」
「俺は何と答えるべきだ?」

困った表情でわざとらしく首を傾げた神威に、ほぼ全ての人間があざといと呟いた。然し奇跡の童貞はカッと目を見開き、若干頬を染めている。
何せ二人共マイペースなので、この非常事態に話が進まないのだ。見ている誰もがハラハラするほどに。

「素直になって!」
「何を言っている」
「怒ってるなら殴ってくれてもイイ。…手加減は要らない、ガツンと来いやァ!」

しゅばっと己の右頬を差し出したドエムは、期待の眼差しで神威を見た。ほぼ全ての人間が神威に同情する程には、意味が判らない。山田太陽の武器が炎を吐いた。

「…何を宣っているかと思えば、俺は怒ってなどいない。然しお前が俺から怒られたくないのであれば、躊躇わず俺を構い倒せ」
「えっ」
「俺を構えば怒らない」

真顔で宣った神威を前に、主人公は目を吊り上げる。神威に匹敵する無表情で鋭く舌打ちし、足元の鼠を爪先で蹴った。吹き飛ばされた黒鼠は壁にぶつかり、ぽてっと落ちて動かない。

「…はァ。だから構ってる暇がないっつってんだろィ」
「そんな台詞を聞いた覚えはない」
「はい、今言いました」
「どうやら俺を怒らせたいらしい」

凄まじいイケメンの低い声を前に腰が引けた男は、こそこそと近場の獅楼の背後に隠れたが、

「出てこい俊。俺から隠れるのであれば、加賀城獅楼の命はない」
「「えっ?!」」
「総長を差し出してんじゃねぇっしょ、馬鹿シロップ!(°ω°)」

カルマが誇るチキン二匹は飛び上がり、獅楼は無意識に俊を神威へ献上した。呆れと情けなさから思わず突っ込んでしまった健吾に悪気はない。

「ボスー!そいつから離れてこっちにおいでえ!」
「あ、パヤタ。…ん?どうしたァ!血が出まくってるじゃないかァアアア」

山田太陽から燃やされそうになりながらも果敢にも立ち上がり、俊を手招いた神崎隼人の脇腹から溢れた血液が、彼のブレザーを汚している。しまったと慌ててブレザーを脱ぎながら、隼人は傍らの要を親指で指差したのだ。

「大丈夫だよお、カナメちゃんに比べたら軽傷だしい」
「ヒィイイイ!俺の可愛いカナタの顔がイチより真っ赤っかに!」
「ご安心下さい総長、俺は赤くても可愛いので!」
「あは。カナメちゃん、どの面下げて言ってるの…?」
「何とした事だ!俺が朝ご飯を食べてる間に皆がこんな目に遭ってたなんて!死ぬしかない!」
「ご命令下さい総長!この錦織要、まだまだ戦えます!」

血まみれの青頭は何と戦うつもりなのか。
ふっと意識を手放し掛けたオタクは崩れ落ちたが、乙女座りで心臓を押さえているだけだ。

「ど、どうしたら、どうしたらイイのかァア!!!」
「だから俺を構えと言っている」
「…この状況で遊んでる場合じゃなくね?ぶっちゃけ俺なりに、何となく会長らしい事をしないといけないんじゃないかって思ってんだよねィ」
「ほう。良かろう、ならば俺が手を貸してやらん事もない」
「何故に上から目線かァ」
「但し条件がある」
「あ、さーせん。俺ってば速やかにイチを探さないといけないんで…お腹も空いてきたし。さいなら」
「待て、あんなものその辺の犬にでも探させれば良かろう」

成程、ノーヒントで探し出すには、鼻の利く優秀な犬が必要らしい。然しその犬が行方不明なのである。ああ、打つ手なし。

「カルマの事はカルマで処理するんでお構いなく…」
「どうやらお前は押し倒されたかったと見える」

何だこの無駄に長すぎる手足は。
何なのだ、この無駄に高すぎる鼻先は。

「ふぅ。あんちゃん、俺を押し倒しても何も出ないぜィ?」
「俺を兄と呼ぶなと言った筈だが、聞いていなかったのか?」
「ヒィ!…チッ」

神威にがしっと捕まった俊は目尻を吊り上げ、壮絶に悪魔じみた表情で再び鋭い舌打ちを放った。オカンが居たら説教コース確定だろう。
遠野俊はキリッと顔を整えた。まるで犯罪者の様だ。

「神威」
「何だ」
「あっちいけ」
「…何だと?」

ビシッとあらぬ方向を指差した極道顔の左席委員会会長に、世界が誇る美貌の中央委員会会長は感電した。電気うなぎも痺れる電圧だ。それは東雲村崎の天パもストレートに変わる程だった。知らんけど。

「チャーンス!行くよユリコ、目標は神帝ただ一人!俊のっ、俺達の会長の仇を討つんだ…!」
「はい。さくっと神帝を倒して、二人だけのエンディングを迎えましょう。ねぇ、ハニー」

わざとらしく目元を押さえた左席副会長は、左席会長ごと感電している中央委員会会長目掛け、躊躇わず炎を放射した。ゲーム気分の山田太陽に躊躇と言う言葉はない。
最早全員が言葉もなく見守るしかない光景だが、流石と言おうか何と言おうか。帝王院学園がそこそこ誇る二人の会長は、嘘の様に無傷だった。

「ケフン。…タイヨー、二葉先生、何故か俺のバスローブの胸元だけがいっそ見事に燃えたんだが、股間は燃やさないでくれて有難うと言えばイイ?」
「おのれヒロアーキ、いずれその粗末な裸を同人誌に書いてやる。けほっ」
「ろーじんし?」

ブレザーが盛大に焦げた銀髪は俊の乳首を無表情で凝視したまま、一つ、咳をした。

←いやん(*)(#)ばかん→
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