帝王院高等学校
飼い主は最後まで責任を持ちましょう。
「ふむ。つまり、お前はコイツら三人兄弟の父親で、イギリス生まれのお貴族野郎って事か」
「はい!ご明察感服致しました、ヤト殿」

やって来て数時間程度で既に自宅の如く寛いでいる107歳の前で、頭がもげそうな程の勢いで頷いたのは、どの角度から見ても女にしか見えない体だった。

「然しその姿を見るに、お前も女型のアンドロイドだろ?生粋の女好きの俺がときめかない女は、ニューハーフかロボットしか居ない!」
「いやぁ、いきなりアンドロイドだと言われても、僕は僕だと思ってますので…。ヤト殿はお医者さんだったんでしょう?あっちで僕を睨んでる文仁に、何とか僕が父親だって証明して下さいよぅ」
「お前の息子は可愛い顔しとるが性格が悪そうだな」
「そんな事はありません。文仁は桔梗ちゃんそっくりです。優しくて素直じゃなくて、僕が縁側でお昼寝してると日本刀で真っ二つにしようとしてきます」
「「…その嫁の何処に惚れたんだ?」」
「ファンタスティック!流石はヤト殿。お若いヤト殿もお年寄りのヤト殿も同じ事を言うなんて。いやぁ、アンドロイドって凄いんですねぇ。通話も出来るんでしょ?僕の頃は携帯電話が出始めた頃で…」
「コイツは確かにアンドロイドだが、俺のケータイはiPhoneだ!馬鹿にするなァ!」

しゅばっと愛用のiPhoneを取り出したジジイは、大きな声で『尻』と叫んだ。おい、Siriだ。
テンポの悪い会話を肴に苛々と貧乏揺すりしている叶文仁の隣、腕を組んでいる叶冬臣は何とも奇妙な表情で、その視線はジジイ達ではなく、別の所へ向いている。

「ですから、私はいつでもステルシリーを辞めると言っているんです。どうして判らないんですか?」

アイドルのあざとさを闇で染めて魔王の形に再形成すれば、叶二葉と言う男に生まれ変わるのかも知れない。
ぷくっと可愛らしくほっぺを膨らましている魔王の前、テラスの椅子に腰掛けている山田太陽は平凡顔を困惑で染めている。無理もない話だ。冬臣ですら困惑の余り、その恵まれた知能を凍結させた程なのだから、太陽の狼狽はどれ程のものだろうか。

「いきなり辞めるって言われて信用しろって方が無理でしょうが。つーかアンタ、そもそも中央委員会だし」
「…アンタ?一年Sクラス山田太陽君。君は今、この私に向かってアンタと言いましたか…?」

ああ、叶一門で最も近距離戦闘に長けた最愛の弟よ。その恐ろしい殺気を何故その会話で放つのか。あざとい頬の膨らみはともかく、その目は本気で怒っている様だ。

「言いましたけど、そっ、それが何ですか?」
「速やかに今の発言を訂正なさい。お前さんは許しますが、アンタは許しません」
「はい?」

つーか、寧ろほぼ全員の視線があの二人に釘付けだった。
そう、帝王院学園進学科の中でも類を見ない平凡男と、これまた類を見ない女顔男の低レベルな口論である。
端から死んだ父親が生き返ったなど考えてもいない冬臣は静かにフタイヨー大戦を観戦しており、若干涙目だ。榛原大空を知る身として、なんと不毛な喧嘩を仕掛けるのかと、二葉を哀れんでいるのかも知れない。

「すっとぼけないで下さい。何ですかその顔、可愛い顔をすれば許すと思ったんですか?」
「本気で言ってんですか?」
「それが何か?」
「あはは、何でもないですー」

遠い目をした太陽と目が合った冬臣は、笑顔で手を振った。巻き込むなと言う大人の事情だ。
隣の文仁の貧乏揺すりが酷くなっている事には気づいているが、二葉の勢いが凄すぎて他に誰も口を挟めないのだから、太陽の味方は皆無と言って良いだろう。何より太陽の目の前で正座している二葉の方が優勢に見えるのは、気の所為だと思いたい。

椅子に腰掛けている山田太陽の脛を、太陽を見上げている二葉の手が握り締めていた。太陽に逃げ場はない。

「謝らないつもりですか?小悪魔振って私を尻に敷いたつもりとは、とんだ高飛車気取りの仔猫ちゃんでいらっしゃる」
「もうこの人本気で駄目だ。…叶先輩、頭は大丈夫ですか?」
「私を名字で呼ばないで下さい。知っているんですよ、文仁ですら名前で呼んで、あまつさえ冬臣の事はふゆゆと呼んでますよねぇ?なのにどうして私だけ名字なんですか、わざとでしょう?」
「そりゃ、先輩のお兄さんを呼び捨てにしちゃ駄目でしょうがっ。大体アンタ、」
「おやおや、困った子ですねぇ、またアンタと言いましたか?この世界が誇る美の化身を、ア・ン・タ、と」
「アンタなんかアンタで十分だろ!この唐変木!」
「唐変木?!」

話の内容事態は深刻なのだが、如何せん二葉が低血圧により不機嫌なので、太陽の語気も強くなってしまっていた。

「私の何処が唐変木だと言うんですか!見た目、知能、何一つ他に劣る所のないこの私を!」
「あー、うん、そうですね…」
「ほら見なさい。全く、思ってもない事を口にするものではありませんよ、山田太陽君。可愛ければ許されるなんて事はないのです」
「そうですね…」
「大人しく私を円卓に入れて下さい」

幼い頃から変に大人びていた二葉が此処まで子供っぽい醜態を晒すのは、太陽以外は初めて見る光景だ。勿論、実の兄弟である冬臣も文仁も見た事がない。

「やだよ、ただでさえ部活棟の下でスヌーピーをぶっ飛ばしてたスーツの人達とか、カメレオンみたいな車に乗ってたイケメンとか、変な奴との接触が多いのに…」
「…変な奴ですか?何処の誰ですか、私が息の根を止めてきます」
「アンタが一番変だけどねー…」

きりっと凛々しい表情で太陽を見上げた二葉に、困り果てた太陽は大人しい俊へ目を向けたが、目が合った俊はきょとりと首を傾げただけだ。

「俊、この人が仲間にしてくれって」
「この人?!この私をこの人とは何ですか!」
「仲間にしてあげたらイイんじゃない?」
「本気かい?!」
「おや、流石は話が判りますねぇ、天の君」

にこにこ。
先程まで睨み合っていたとは思えない二葉の掌の返しっぷりに、太陽は肩を落とした。俊はどうせ深く考えもせず安請け合いしているだけだ。

「二葉先輩」
「何ですかハニー」
「何か良く判んないけど、アンタ…じゃなかった、お前さんはカイ庶務のアレだろ?右腕的な立場なんだろ?」
「いえ左腕です」
「左腕?!」
「ええ。私の立場は中央局左元帥、右腕は嵯峨崎の事ですよ」
「訳が判りません」
「詳しく知りたいのであれば帰りましょう、ゆっくり教えて差し上げますよ」
「はい?何処に帰れって?」
「おや?二人の部屋に決まってるでしょう?」

一年Sクラス21番、山田太陽。彼は腕を組み、ゆっくり天を見上げた。

「…ユリコや」
「何でしょう」
「尊敬出来そうもない年上に敬語って必要かね?」
「いいえ」
「だよねー」

何とも言えない表情の帝王院駿河の視線を浴びたまま、自分はいつから安部河桜以外のルームメートと暮らしていたのかを、改めて思い返したのだ。全く心当たりがない。

「ふーちゃんや」
「はい」
「俺のルームメートは桜だったよねー?」
「良いですか山田太陽君。三文字の名字の人間などろくなものではないのです」
「お前さんは今、日本中の三文字姓を敵に回したよー」
「構うものですか!ご覧なさい、そこで食べ物を飲んでいる人を!」

ビシッと二葉が指差す先、ビクッと飛び上がった学園長夫妻は顔を見合わせ、己らの『帝王院』と言う名字が何か悪いのか必死で考えている。彼らの孫はそんな二葉には目もくれず、元気に朝食なうだ。
奴は遠野だからかも知れない。

「ほう。そこの、二葉と言ったか。お前も中々見所があるな。この俺の弟子にしてやらん事もないぞ?」
「何をほざいていますか死に損ない野郎。アキ以外は一人残らず死ね、棺桶は用意して差し上げますよ」

にっこり。
麗しい笑みに、遠野一族最強の107歳は沈黙した。そもそも自分より顔立ちが良い男は悉く苦手な年寄りである。
彼の長い人生で、義理の息子より偉そうな男など見た事がなかった。亡き帝王院鳳凰は顔立ちこそ整っていたが根っからの世間知らずだった為に、口では遠野に勝てた試しがない。娘婿の龍一郎にしても、研究肌のコミュニティー障害者だったが故に、口が回る遠野夜刀の最強伝説は守られてきたのだ。

然し今、遠野家存続が危ぶまれてきた。
と、書けば叶二葉の魔王街道は守られたも同然だろう。お年寄りに何と言う事を言うのかと二葉の頬を平手打ちした太陽は、ガタッと音を発てたヤクザを見やり、不思議げに首を傾げる。太陽だけが意味を判っていないのだ。

「ふーちゃん、ヤトじいに謝んなさい」
「嫌です。何であんな死に損ないを庇うんですか。もしかしてあんな年寄りに心を奪われたんじゃないでしょうね…」

目が据わった二葉は、107歳を睨み『ハニーのハートを返せ』と真顔で宣った。太陽のハートなど欲しくもない年寄りの代理として、傍らのロボットが真顔で『要らねーし』と答えた。

「大丈夫でした。安心して下さい、ハニーのハートは今も無事ふーちゃんのものですよ」
「うん、二葉先輩が喋る度に脇坂さんが俺を凄い目で見てくるんですけど」
「ふぅ。…テメェ、何気安く見てんだヤクザぁ。舐めてると今日中に光華会壊滅させんぞ」

眼鏡を押し上げた二葉の低い声に、ヤクザはぶんぶんと頭を振りまくる。そのまま無言で俊の背後に隠れ、ちょこっと目を覗かせ、太陽にテレパシーを送信してきたのだ。助けてくれ的な。

「二葉先輩…」
「組織内調査部マスターの手を煩わせる必要はありません。特別機動部マスターのこの私にお任せ下さい。手始めに、日本から悪い人間を大掃除してきましょうねぇ」

満面の笑みを浮かべている二葉の可愛さに、太陽は無言で二葉を撫でた。顔は可愛いが言ってる言葉は全く可愛くない。
太陽にしてみれば組織内調査部だの特別機動部だの良く判らないが、まともな仕事ではないだろうと言う事は、何となく理解した。

「…ネイちゃんや」
「ハニー、もっと撫でても良いんですよ?」
「お前さんは人として色々アレだね」
「アレ?」
「うん…アレだね…」

しみじみと呟いた太陽はちらりと俊を見やり、賢い人間とは何処か狂っているものだと心の中で呟いたのだ。然し根っからの山田太陽狂である叶二葉はそのテレパシーを勝手に受信した。山田太陽電波法違反である。

「私と遠野君を一緒にしないで下さい」
「えっ、何で判った?!」
「…ふぅ。これだから一年Sクラス21番山田太陽君、貴方はいつまでも降格圏内なんですよ」
「な!」

流石は叶二葉、二重人格故に人が嫌がる台詞を的確にチョイスする男だ。国語のテストで問題文の裏側まで読み、えげつない回答を繰り広げ度々教師を悩ませているだけはある。

花子ちゃんはお祖母さんに花束を買いました。その時の心境は?
と言う設問に対して、『後は枯れるしかない切り花は残り少ない命に縋る年寄りに対する彼女の見下した心の表れ』と記入し、職員会議に掛けられた伝説の男、それが叶二葉だった。
三年Sクラスに巣食う、人の皮を被った魔王である。

「この私が手取り足取り何なら腰取り、何から何まで教えて差し上げても宜しいんですよ?何故ならば私は三年Sクラス2番叶二葉なのです。ご存じですか左席副会長閣下、2番と21番の間には、18人の他人が挟まれているのですよ。ええ、たった30名の中、18人も!」
「む、むかつく…!」

根っからのブラコンである文仁の貧乏揺すりは加速し、冬臣の混乱は益々極まっていった。
そこにきてマイペースなのは、バルサミコソースが掛かったお洒落な唐揚げを白いご飯に乗せて、卵掛けご飯ばりに流し込んでいるオタクと、ロボットと会話しているオタクの曾祖父だけだ。

「さぁ、素直におなりなさい。困った時こそこの私にお願いすれば良いのです。代償は………うふふ…」

エロすぎる二葉の目に見つめられた太陽はぶるりと震え、寒くもないのに腕をさする。湯冷めしたのかも知れない。風呂の中でのフライドチキンが良くなかったのかも知れないが。

「うう、絶対やだ!」
「な」
「俺の弱味を握って脅迫するつもりだろっ」
「はぁ?君は私をそんな人間だと思っていたんですか?見損ないましたよ山田太陽君」
「つーか、自分がどんな人間だと思われてると思ってたわけ?」
「人は私をこう呼びます、天使と」
「頭大丈夫かい」
「な」
「言っとくけどさー、アンタつい最近まで俺のこと『残念なお顔』だとか『そんな顔で恥ずかしくないんですか?』とか、毎日毎日顔を合わせる度に言ってたじゃんか!」
「おや、とんと記憶にありませんねぇ。誰がそんな無礼な事を宣ったんですか?」
「む、むかつく…!」

孫の丼が空になる度に腰を抜かしている学園長と、急遽呼びつけたお抱えシェフに空いた皿をしゅばっと手渡している学園長夫人は、太陽と二葉を見ている余裕がない。

「大体、そんなものは照れ隠しみたいなものです。初々しい私の、ほんの少しの強がりだったんですよ…」
「初々しいって言葉を使っていいのは童貞までだい。人様の彼女を取る様な男が気安く使っていい台詞じゃない、榊店長に謝れ」
「私は悪い事などしていません。私を選んだのは彼女の方なのですから」
「ふー…」

過去の事とは言え、山田太陽は深く息を吐き出した。
嫉妬しているつもりはないが、聞いていて気持ちのいい話ではない。無論、太陽にだって二葉以外を好きになった事はある。公立校時代の女子や、女性教師に憧れた事だってあるのだ。

「俺、今ちょいと二葉先輩のこと嫌いになった」
「な」
「俺も言ってみたい。選ばれた俺って言ってみたい。くっそ、素直に羨ましい…滅びろリア充…」
「貴方は私から選ばれているんですから良いじゃないですか」
「選ばれるなら、ちんこがついてない美人がいい!」
「な」

叶二葉は感電した。
叶冬臣は笑顔で固まり、叶文仁は口元を押さえて俯き、肩を震わせている。弟の悲劇を喜んでいるらしい。

「…喋れる様になるのと同時に男を誑し込んで喜んでた糞餓鬼が、此処までメタクソに謗られてやがるたぁ、時代は変わるもんだ」
「二葉が睨んでるよ、文仁。人の不幸を笑うのはおよし」
「冬ちゃんは二葉に甘過ぎるんだ。笑ってやれ、良い気味だってな」

己の息子らの様子を窺っていたアンドロイドと言えば、そわそわ落ち着かない表情で白衣を引っ張った。アンドロイド同士意気投合したのか、顔を寄せあっている光景はまるで恋人同士の様だが、中身はオッサン二人だ。

「ヤト殿、山田君は男の子に見えるんですが、女の子でしたか?」
「太陽は男だぞ。俺の透視機能で精巣の存在を確認した。まぁまぁ、小さめだな。子作りに苦労するぞ、ありゃ」
「僕には透視機能はないんですが、可愛いけど二葉も男の子ですよね?!えっ、ゲイ?息子がゲイだなんて、我が家はどうすれば?!」

既に孫が居る事など露知らず、愕然とした表情の叶父はガツンとテーブルを叩いた。ガシャンと壊れた木製のテーブルは、親指を外して内蔵式ドライバーを剥き出しにした白衣により、あっという間に直される。

「おい。お前、アンドロイドなんだから気をつけろ。力加減が出来ねぇアンドロイドは粋じゃねぇな、モテねぇぞ」
「ふ。俺の若い頃をモデルにしただけはある。モテるのは良いが、お前こそアンドロイドの癖にナースをナンパするのはやめい。表向きお前は立花なんだぞ、彼女が玉の輿狙いだったらどうする」
「えっ?アンドロイドのヤト殿は彼女がいらっしゃるんですか?通話も出来るのに?」
「今時のアンドロイドは彼女の一人や二人居ねぇと、時代に乗り遅れんぞ?ま、俺は龍一郎の最高傑作なだけに、昔の俺より今の俺の方がモテるんじゃね?」
「何を言うかアンドロイドがァ!俺の若い頃の方がモテモテだったわ!」

年寄りの自慢話はともかく、客人としてもてなされている脇坂はヤクザとは思えない微妙な表情で、折角の男前が台無しだ。恐ろしいものを見る目で、二葉と太陽を交互に見ている。

「…おい、俊。あのボン、どっかで見た覚えがあるんだが…」
「がつがつもぐもぐ、もきゅん、ゲフ!…タイヨーを?」
「ありゃあ、何処だったか…。喉の此処まで出掛かってんのに思い出せやしねぇ。………それにしても、あの叶二葉相手に一歩も引かねぇなんざ、流石っつー事か」

数分前に山田太陽の父親を思い出して以降、脇坂は太陽を『ボン』と呼んだ。彼にもまた、山田大空と言う悍しい記憶が残っていた様だ。高坂組に山田太陽を恐ろしく思わない人間など、きっと居ない。

「あー、もー。…何にせよ俺は左席だし、理由はそれだけじゃないけど、俊の味方ですから」
「義理の従兄弟など他人でしょうに」
「な、何でそれを?!」
「おや、私を誰だと?」

そっか白百合か。
悟りの表情で微笑みを浮かべた太陽は菩薩顔だ。段々不細工に拍車が掛かっているが、指摘する人間は居ない。
未だに帝王院の三文字姓で悩んでいる学園長夫婦と、お代わりは大盛を頼むべきか特盛を頼むべきかで三秒程悩んだ俊を除いて、太陽の顔の酷さに眉を寄せているが、二葉が眉を寄せた理由は『どうしよう可愛すぎてどうにかしたい』だと記載しておこう。二葉の眼鏡が曇っているのではなく、二葉の頭が大丈夫ではないだけだ。つまりノープロブレム。

「………とにかく!俺達の事情は教えられないし、二葉先輩と仲良しこよしは出来ないんです」
「そんなに中央委員会役員だった私が信用出来ませんか。辞めたと言っているのに…」
「信じる信じない以前に、左席に中央委員会役員が混ざってたらおかしいでしょ?」
「何を今更。書記は次期中央委員会会長、庶務は現中央委員会会長。それなのに何故私が駄目なんですか?嵯峨崎君と陛下が良くて私が駄目な理由など何処にあると言いますか!納得の行く説明をなさい、そうすれば大人しく引き下がってあげますよ」

21番が2番であるこの私を納得させられるものならねぇ、と言う副音声がほぼ全ての人間に聞こえた。聞こえなかったのは唐揚げを喉に詰まらせて、濃厚なタルタルソースで豪快に流し込んだ、影の薄い主人公だけだ。

「ゲフ。まァまァ、タイヨー。仲間になりたそうにこちらを見つめているし、入れてあげたらイイんじゃないか?」
「ドラクエじゃないんだよ?!魔王が仲間になりたがるゲームなんかどこの世にあるんだ!」
「タイヨー、ゲームのやり過ぎは良くない。現実と2次元の境が曖昧になって、貴方の健康を損なう恐れがあります」
「煙草かい!」

茶菓子の黒飴を掴んで俊へ投げつけた太陽は我に返ったが、箸でしゅぱんと飴をキャッチした主人公は、何事もなかったかの様に飴を袋のまま口の中へ放り込み、飛び上がった祖父母が口を開く前に袋だけプッと吐き出した。この間、実に一秒である。

「三年Sクラス叶二葉先輩」
「気安く呼ばないで頂けますか一年Sクラス遠野俊君。私の事は尊敬と畏怖を込めて二葉先生と呼びなさい」
「じゃ、二葉先生」
「何ですか?」
「給料は1円も出せないので、それでも良ければ左席にどうぞ。役職は当面、副会長補佐とか?」
「猊下、一生ついていきます」

どうにもならなかった。
左胸に手を当てて俊へ頭を下げた二葉は晴れやかな笑顔で、同じく晴れやかな表情でコーラZEROと呟いた俊は、既に太陽など見ていない。

これか。
これが生真面目なA型を追い詰め、ストレスで早死にさせようとする、恐るべきB型の陰謀なのか。山田太陽の毛髪が数本散ったが、それを素早くロックオンし光の早さで拾った叶二葉は、真顔で浴衣の袖の下に毛を仕舞い込んだ。
恐らく後程ジップロックだ。あらゆる意味でロックな男である。

「おい、何してんですか、捨てなさい」
「嫌です」
「…」

山田太陽は、再び無言で叶二葉を平手打ちした。
二葉以外に精神的ダメージが与えられただけだ。遠野俊はコーラZEROをつまみに、元気にポテトサラダを丸飲みしている。飲み物はどっちだ。

「いつまでも屁理屈言ってないで、風紀巡回にでも行って下さい」
「つーん」
「うっわ、この人つーんって言った」
「はっ。自分の恋人の名前も呼べない様な子供の話など聞く耳持てませんねぇ。これだから一ヶ月に一度しか自慰をしないお子様は…」
「ちょっ、何でそんな事知ってんですか?!」

太陽の余りにもプライベート過ぎる右手事情をさらっと暴露した男は、湯上がりシャンプー臭を漂わせている太陽に真顔でムラムラしているが、浴衣のストイックな雰囲気で辛うじて皆の目は騙している様だ。
そんな事より眉を潜めた叶文仁から、『一ヶ月に一度?』と言う目で見つめられた太陽は、頬を染めて震えた。つい最近まで、自分では少ないと思いもしなかったのだ。神崎隼人曰く、週に最低3日してこそ男子の嗜みらしい。

「正当な理由がなく言葉で納得させられないのであれば、私は左席委員会に入ります。そうですねぇ、青蘭…錦織要は会計でしたか?あの尻も頭も青い虫けら同然の子供に勘定は無理です」
「錦織君がお前さんを嫌う意味が痛いほど判るよねー」
「何せあの子供には、絞めるばかりで経済を円滑に循環させる知恵がない。このままでは、遠からず左席委員会崩壊の危機に見舞われますよ」
「あー…、前風紀委員会を崩壊させた人の言葉は重みが違うなー」
「山田太陽左席委員会副会長閣下、ご安心下さい。この私、数学に愛された叶二葉が一円一セントの誤差もなく、つるっと決算して差し上げますよアモーレ」
「お気遣いなく、左席委員会にそんな予算ないんで」
「おや?左席委員会には補正予算が組まれていた筈ですが…」
「えっ?」
「今季顧問の東雲先生に聞いてみなさい」

二葉の爆弾発言に太陽は暫く凍ったが、好奇心は猿をも殺すもの。耐えきれなくなり、意を決して二葉に近づいていく。

「あ、あの、幾らぐらい出てるんですか…?」
「ゴニョゴニョ」
「…えっ、そんなに?!」

こくりと頷いた二葉に、太陽は目を見開いた。
ならば何故、錦織要はあんなに電卓を叩きまくっているのだろう。まさか着服…?

「そう言えば、左席委員会名義で遠赤外線ヒーター内蔵式大型炬燵と、畳の張り替えの領収書が届いていましたねぇ」
「…シノ先生の仕業かい!あんにゃろー!」
「然し変な話ですよねぇ、山田太陽君。東雲村崎先生は我が中央委員会執行部の顧問でもいらっしゃるのに」
「えっ?!」

目を見開いた太陽は素早く俊を見やったが、ポテトサラダの皿を舐めている主人公は皿しか見ていない。シェフが汗だくで運んできた鍋一杯の味噌汁は、鍋ごとテーブルにライドオンだ。

「一大事でございます宮様!」

それと同時に駆け込んできたイケメンの叫びに、太陽はガタリと立ち上がる。噂をすれば…東雲の父親ではないか。

「何事だ東雲」
「は!畏れながら、南北水道の内、北部水道が大破し断水しているそうです!」
「何!」
「運悪く第五塔の地下が水没し、生徒数名が生き埋めになっていると!取り急ぎ当家の息子を走らせていますが、電波塔が機能していないらしく、学園内全ての通信機器が不能に陥っております!」

凄まじい報告に全員に緊張が走ったが、二葉だけは真顔で『忘れてた』と思っていた。真っ先に立ち上がったのは箸を置いた俊と太陽で、帝王院学園が誇るジミーズは目と目でアイコンタクトを果たす。

(お腹いっぱいになり過ぎて死にそう)
(今の内に逃げて二葉先輩を振り払おう!)

全然意志疎通は図れていなかった。

「学園長、ここは一つ俺達左席委員会に任せて下さい!中央委員会より役に立ちます!ねっ、俊!」
「ふぇ?あ、はい、所で第五塔って何処ですか?」
「待ちなさい、二人共。状況が判らない中、闇雲に行動するのは愚の極みですよ」
「生徒が巻き込まれてるかも知れないって言ってる時に、何でそんな冷静なんですかっ」

二葉は『生き埋めになっているのは一年Sクラス』と言う台詞を飲み込んだ。さも今知ったばかりと言わん表情で、焦りが見える太陽の肩を叩く。

「まずは状況を把握しましょう。猊下、副会長補佐の私は副会長と行動します。ファントムウィングは二人乗りなので」
「判った、許可しますん」
「ちょいと俊、お前さんそれでも会長かい?!」
「はァ。タイヨー、ワンコを拾ったら最後まで責任を取らなきゃ駄目だろィ?」
「…はい?」
「それが飼い主の義務だアモーレ」

グッと極悪面の左席会長が親指を立てると、天使面の魔王補佐は弾ける笑顔で「ワン!」と叫んだ。

「ご主人様、ふーちゃんとお散歩しましょうワン」
「………はい?」

ヴォルフはドイツ語で狼だが、二葉が太陽を主人と思っているのか番と思っているのかは、問うまでもないだろう。早い話、左席会長は満腹故の眠気の中、左席副会長をさらっと魔王に売ったのである。

「ふーちゃん、タイヨーを守ってちょ」
「ご安心下さい猊下、ふーちゃんはハニー以外には狼になります」

まさかのオタク&魔王スマイル0円だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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