帝王院高等学校
眩しい朝日までカウントダウン!
「痛〜ぁい!」
「桜?!」
「どうしたの?!」

持てるサイズの瓦礫を抱え、邪魔にならぬよう積み上げていた時にその声は聞こえてきた。傷だらけの指先に構わず駆け寄れば、真っ赤に腫れ上がった手を振っている男の涙目が見える。
場所が場所なだけに作業要員は限られており、破壊班の桜をアシストする様に、何かあった時の連絡班兼照明役の東條と、瓦礫搬出班の自分と役割を分担していた。

「あっ、大丈夫大丈夫、何でもなぃょ〜」

下に降りるにつれてコンクリートの厚さが増しており、また破片とは言え人の背より大きいものばかり。運び出す方も大変だが、これを壊すのもまた骨が折れただろう。
ぽわぽわしている割りに音を上げない桜は再び手を振りかざしたが、東條にその手を取られてたたらを踏んだ。

「何て事だ桜…!これは大変だ、すぐに保健室に行こう!」
「確かに酷いわね…。痛い?」
「ふーふー、大丈夫大丈夫、見た目より痛くなぃからぁ。でも困ったなぁ、何かここ、凄く固いんだょ…」
「ここ?」
「これは…」

湿った匂い、濡れた感触のコンクリート、その中央から、剥き出しの金属が見えた。その重厚感から、大きさも重さも計り知れない。

「何これ、鉄筋の柱…?」
「判んなぃけど、こんなにぐにゃって曲がっちゃってるのって…大変だょね…?」
「恐らくこれは、スライドレールだ…」
「「スライドレール?」」
「カーテンレールの様なもんだ」

何の気配もなく降ってきた声に、三人揃って振り返る。
艶かしい白い太股がゆったり降りてくる光景、目を見開いた桜の隣で東條もまた似たような表情を晒し、叶鱗の血の気が引いていく。

「アンタ何しに来たのよ、ヴァーゴ…!」
「おやおや、叔父に向かって『アンタ』とは、素晴らしい言葉遣いですねぇ、リン」

眼鏡がない、けれど左目だけが蒼い、そんな男はこの学園内に、一人しか存在しない。

「良く頑張りましたね。この瓦礫を運び出すのは骨が折れたでしょう、一年Sクラス安部河桜君。この頑張りに免じて、先の無礼は水に流してあげますよ。私に隠し事をした無礼を」
「ややややっぱり、ししし白百合様っ?!ど、どうしてぇ?!」
「畏れながら閣下、此処は危険です。直ちにお下がりを」
「学園内、主要回線が悉く落ちています。君らは外へ報告に行きなさい」

驚く桜を背に庇いながら言った東條の台詞に、然し裸眼の叶二葉は笑顔で吐き捨てた。つかつかと瓦礫を掻き分け、浴衣姿で剥き出しの金属を確認するなり、

「イースト、君に命令します。私が許すまでこの辺りには決して近づかないよう、今から此処は悪魔の領域と化すと伝えて下さい」
「ぇ?!」
「行こう、桜…」

逆らう事は許されないに違いない。
狼狽える桜の腕を引き、東條は真っ直ぐ階段を上った。

「ステルシリー・ヴォルフスブルクラグナロク・インスパイア」
『衛星解放お待ちしておりました、マスターディアブロ』
「後輩のお陰で道が出来ています。これなら仕事は早い」
『それは素晴らしい。それでは我ら、特別機動部にご命令を』
「ファントムウィングをオートコントロールで私の元に」
『了解、衛星回線固定完了。…畏れながら直近600メートル地点、カトルエリア地下に陛下のお姿を補足しました』
「放っておきなさい。この程度自分で片付けられないのであれば、いずれにせよノアには相応しくなかっただけ。私には優先順位があります」
『了解、………100%、サンクキャノン上空にファントムウィング到着しました』
「生体反応の確認を」
『確認完了。コード:ファースト、コード:ベルフェゴール、コード:アルペジオの生体反応を確認』
「おやおや、抜け目がないですねぇ、高坂君。さしづめ、嵯峨崎君を助けにでも行きましたか」
『他に、コード:ブラックジャックのプレートを確認』
「ブラックジャック」

壮絶な笑みを浮かべた男の顔は、近づいてくる漆黒のバイクだけが見たのだろう。

『ご武運を、マスターディアブロ』

走りすぎて立てないほど消耗した西指宿が座り込む脇を通り過ぎ、景色に同化したまま崩壊した階段を下りたそれは、叶二葉の前で姿を現した。

「さぁ、突っ込みますよ。畏れながら21位枢機卿が今頃、震えてらっしゃるかも知れませんからねぇ…」

浴衣の裾がめくれる事も躊躇わず、寧ろ少しばかり脅してやろうとハンドルを握り込んだ悪魔は、満面の笑みだ。























「俊の曾祖父ちゃんだってー?!」
「おうよ!遠野夜刀、超スゴワザのお医者さんだったんだぞ!かっかっか!」

107歳には全く見えない元気の良さで、ぎっくり腰をやらかしたと言う老人は快活に笑った。

「うっそだー、わっか!」
「ひょっひょっ、ヤングだろィ?」
「ヤングヤング、すっごいヤングですよー!毎朝ジョギングしてる107歳なんてスゲー!」
「何だ、素直な奴だな。おっちゃん、お前気に入った。名を名乗れェイ」
「山田太陽です!お日様の太陽と書いてヒロアキです!」
「良し!弟子にしてやる!」
「マジっすか!」

自作車椅子と言う、どう見てもマッサージチェアにしか見えないそれに乗っているヘルメットの老人は、驚く太陽に満足したのか、コンセントを差したまま沈黙している、若い頃の自分そっくりな白衣を指差した。

「そいつは、若い頃のじっちゃんをモデルにしたアンドロイドだ。俊、所でそこで腰を抜かしとる気に喰わん顔立ちの若造は何だァ?」
「じっちゃん、これは俺のじーちゃん」
「…帝王院駿河です。大変ご無沙汰しております、遠野さん」
「ふん!やはり鳳凰の息子か!えぇい、親子揃って同じ様な顔をしおって!」
「ヒィ」
「じっちゃん、じーちゃんを殺さないで」
「ヤ、ヤトじい、落ち着いて下さい!」

状況が受け入れられてない学園長は俊に張り付いたまま呼吸を忘れており、ヘルメットじじいからポカポカと杖で叩かれても微動だにしない。
ヘルメットじじいの杖は元々学園長が持っていたもので、細いとは言え金属製だ。さぞかし痛かろうと、青褪めた太陽は年寄りの手から杖を奪った。

「ヤトじい?ふむ、ナイスなチョイスだ。坊主、俊の友達だったな」
「は、はい。さっきはちょいとテンションがおかしくなってましたが、改めてどうぞ宜しくお願いします…」
「ふんふん、太陽。お前が病気をした時は遠野総合病院に来なさい。安くしとくぞ」
「あ、有難うございます…?」

有り難いのか怖いのか判らない台詞に首を傾げれば、さっきからタオルケットの塊を叩いたり持ち上げたり忙しかった理事長が、くるっと振り返ったのだ。

「ヤト、そなたは何処で龍一郎を手に入れた?」
「何だ貴様、年上を呼び捨てにしやがって。しかも気に入らん面をしておる。この世の俺より男前は片っ端から禿げろ、金髪抜けろ」
「確かに私は79の若造だが、そなたが遠野だろうと龍一郎を隠した罪は看過出来ん」
「79だと?!貴様こそ化け物ではないか!何処の美容整形だ!」
「答えろヤト、何を計り龍一郎をこの世から消したのだ」
「凄むな金髪が、お年寄りには優しくしろ!大体、龍一郎は認知症で入院してただけだぞ」

ぴたり。
様子を窺っていた全員が動きを止める。かぱっとヘルメットを頭から取り外した男は、自作車椅子のリモコンをぽちっと押し、からからと理事長の近くへ寄っていった。

「認知症?」
「何年前だったか、隠居生活を楽しむ俺の元に、こやつが泣きついてきおってな。己の頭が可笑しくなったとほざいた」
「それで入院していたのか?ならば何故、龍一郎は死んだ事になっている?秀皇も龍一郎を死んだと言った」
「本人と娘の意思だ」
「何?」
「曲がりなりにも神と持て囃された外科医が、最後はボケたでは格好がつかんだろう」

ぽりぽりと頬を掻いた元気なシルバーは、学園長をビシッと指差し、

「鳳凰の悪癖を覚えているか、息子」
「父の、ですか?」
「奴は言葉で人を操る能力があった。初めは信じられんかったが、あれは本物だ。…何だ、知らんのか?」
「いや、話だけは…父が亡くなった後に。帝王院には代々変わった力を持った者が産まれます。残念ながら、私にはないものですが…」
「俊江はともかく、直江や秀隆には知らせておけと言ったんだがな。龍一郎は根っから己の弱味を見せん男だった」
「それは、…そうだろう。確かに龍一郎は、一人抱え込む所があった」
「俺があれ…秀隆を鳳凰の孫だと知ったのは、それこそ龍一郎が倒れた後だ。そうでなければ、可愛い孫娘を帝王院の男になどやるもんか」

ぷく。
頬を膨らませたジジイは然し、曾孫を見るなり鼻の下を伸ばす。

「でもまぁ、シュンシュンはじっちゃんのお宝だからな〜。シュンシュン、また大きくなったなぁ。じっちゃん、曾孫に抜かれるなら本望だぞ?」
「じっちゃんは若い頃179cmだったんだろ?俺はまだ足りてない」
「なーに、すぐ育つわい。じっちゃんも高校生の頃は今より、」
「ヤト、一つ尋ねたい」
「あ?何だ金髪、俺と俊の微笑ましい会話を邪魔するつもりかテメェ、この世から消すぞ金髪」
「そなた、ヤヒトを知っているか?」

目を見開いた遠野に、叶兄弟もまた、目を見開いた。

「失礼ですが陛下、ヤヒトとは…」
「その様子だと、そなたらも話は知っているか。無理もない。遠野夜人は、我が母であり父であった方だ。ナイト=メア=グレアム、歴代グレアムをどれほど遡っても、日本人のグレアムは彼が初めてだった」
「…ふん。つまり貴様が、レヴィの息子か。気に食わん面だと思った」
「我が名は、」
「良い、知っている。ナインだろう」

理事長の名を口にした遠野に、学園長までも顔色を変える。その名は、神を養子にして尚、最近まで知らなかった本名だ。

「龍一郎の奴が色々残してくれたわ。己の頭が使い物にならなくなる前に、一種の記録の様なもんだ。自分の記憶の全てを、それに移した」

遠野の指差す先、沈黙している白衣がある。
納得した様に何人かが頷く中、太陽は意味を計りかねて俊の側へすり寄った。

「このアンドロイドは龍一郎が連れてきたもんだ。何処で仕入れたか知らんが、20年程になろう。龍一郎からは試作品だと聞いている」
「20年…」
「二体あったが、もう一体はいつからか見んな。何処へやったか、今となっては聞く事も出来ん」
「二体…?」
「そうだ俊、お前の言った通り変な奴が来たぞ。お陰で、じっちゃん此処に避難してきた」
「「変な奴?」」

太陽を含め、数人が声を揃える。
皆の目が向く先、当の遠野俊は吊り上がった目を細め、きょとりと首を傾げた。

「俺が言った?何を?」
「何だ、龍一郎すら感心するほど記憶力の良いお前が忘れたのか?先月電話してきただろ、じっちゃん嬉しかったのに酷い」
「電話…」
「あ、あの、ヤトじい。すいません、今の俊は判らないと思います。えっと、何か記憶喪失みたいで…」
「記憶喪失?!シュンシュン、何があったんだ!まさか…イジメ?!」

それはない。
ふりふりと皆が首を振るが、曾孫愛で怒りを燃やしているジジイには届かなかった。俊に張り付き、誰が犯人だと唾を撒き散らしながら問い続けている。

「俺の曾孫をイジメた餓鬼は一人残らず殺してやるァ!遠野の怖さを叩き込んでくれる!」
「じっちゃん」
「遠慮するでない!俊、龍一郎が生きておればお前をイジメた餓鬼は木っ端微塵だぞ!死んでないけど!」

元気な年寄りはこの場の誰より声が大きく、テンションが高い。大人しい叶兄弟に口を挟む隙などなく、皆を見守っていた学園長夫人が軽くこめかみに手を当てるのを見た太陽は、彼女の元へ寄っていく。

「学園長代理、頭痛ですか?顔色が良くないみたいですけど…大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、太陽ちゃん。何年か前から偏頭痛を頂いてしまって…大丈夫よ、少し休めば平気だから…」
「無理をするな隆子、お前は部屋に戻って休んでいろ」
「待て」

ヘルメットに取り付けていたゴーグルをしゅばっと掛けた107歳の鋭い声音に、妻を心配げに見つめていた学園長は顔を上げた。

「マドモアゼル、そのまま少し動くな。太陽と鳳凰の息子は退け、微量だが核を放出する」
「核?!」
「くぇっくぇ、心配するな太陽。ただのレントゲンだ。起きろ、『俺』」

ピクリと、コンセントを刺していた白衣が動いた。

「よう、俺。まだ充電11%も行ってねぇぞ、踊れとか歌えとか簡単な命令にしろ」
「この別嬪さんの腹部をX線スキャンしろ。首から上は、音波スキャンだ」
「何だよ、この美女は美女なのに病気なのか?それを俺は治してやるつもりなんだな?良いね、粋だねぇ…」
「無駄口は良いから早くやれ!全く!お前は誰に似たのか、無駄口が多すぎるぞ!」

いや、アンタそっくりだ。
太陽は心の中で華麗に突っ込んだが、冬臣ほどの長身が白衣を靡かせて近づいてくるのに反し、邪魔にならない所まで下がる。学園長もまた、心配げながら、離れている理事長に肩を並べた。

「ふーむ。おい、俺。頭にでっかい腫瘍と、骨盤に骨じゃないもんを見つけたぞ」
「骨盤?ふむ、お嬢さん手術の経験が?」
「はい。若い頃、骨が弱くて…」
「成程、それで頭の方は投薬治療を優先したのか」
「え?」

不思議そうな夫人の表情を余所に、学園長と理事長は目を見合わせた。異変に気づいた俊の眼光が鋭くなり、太陽も不穏な単語に眉を跳ねる。

「じっちゃん」
「なーに、任せておけ。直江には荷が重いだろうが、榊の手に掛かればどうとでもなろう」
「遠野総合病院では無理だと言われている。隆子の腫瘍は、我らが引き受けた。正しくは、シリウスに」

囁く様な理事長の声で、白衣とジジイは揃って目を細めた。

「「…無理だと?我が遠野総合病院に治せんのは恋の病だけだ!」」
「ハモった…」

無意識に手を叩いた太陽は、はっと我に返る。
顔色の悪い夫人の手をそっと取った俊が、片膝をついたからだ。

「大丈夫、絶対に治る」
「…俊ちゃん、さっき祖母ちゃんって言ってくれたわね。お祖母ちゃんはそれで満足よ」
「…」
「これでもね、昔は二十歳まで生きられないかもしれないって言われていたの。だから18歳で貴方のお祖父様に貰って頂いた時は、本当に、嬉しかったのよ…」

優しい声音で語る人の言葉に、学園長は顔を伏せた。叶兄弟もまた知らなかったのか、揃って痛ましい表情だ。帝王院学園卒の男で、学園長夫人を嫌っている者など居ない。

「あと少し…還暦まで生きられたら、十分だわ」
「駄目だ。長生きしないと、駄目だ。父ちゃんが悲しむ」
「俊ちゃん、」
「Close your eyes.」

ぞくりと、太陽の背筋に何かが這った。
同じく、生きていた誰もが呼吸を忘れるほど威圧感を秘めた声に、けれど何ともない表情なのは、目の前でその声を聞いた筈の夫人だけだ。

「…え?不思議ね、痛みが消えたわ」
「治る。絶対に、治る」

濁り一つない漆黒の眼差しを見たのは、彼女だけだった。こめかみを押さえていた手を離し、孫の手を包む様に握った人は柔らかく微笑み、

「そうね。きっと治る、そう私が信じないといけないのに、変な事を言っちゃった。許してくれる?」
「ん」
「明るくなってきたわね」

ぽっかりと天井がなくなった空を見上げた人は、静かに手を合わせた。まるで祈る様に。

「天に居られます、ご先祖様。どうか帝王院学園の子供達が健やかにあるよう、私共々、お見守り下さい」

歴代肖像画が残る壁面に、淡い明けの青が降りてきた。
その神秘的な光景を、山田太陽は生涯忘れないだろう。大人の男達が落ち着いたのを認め、太陽は俊の頭を見やる。

「俊、学園長代理の病気の事も含めて、きっと俺達は色んな話をしないといけないと思う。…理事長、本当に、代理を助けられますか?」
「ああ。龍一郎に出来ないのであれば、シリウスに任せるのみ」
「おい、金髪。さっきからそのシリウスとやらは何だ」
「アーカイブに登録があるぞ、俺。シリウスは冬月龍人、冬月龍流の次男らしい」

きょとりと、曾孫そっくりな仕草で首を傾げた年寄りは、深い溜息を零した。やれやれと言わんばかりに顎を撫で、

「冬月なら、仕方ない。あれもまた医者を目指した家だ、良し。機材の調達は遠野に任せておけ。但し、龍一郎の生存は直江は勿論、俊江や秀隆にも内緒だぞ」
「…良かろう、そなたにも事情があろう。『変な奴が来た』と言う話も聞きたい。そなたには暫く、このスコーピオに滞在して貰う」
「金髪、貴様曲がりなりにも夜人の兄である俺をそなたとは何だ、そなたとは!全く、父子揃って無礼な奴らだ!俺の事は夜刀様と呼べ!」

ビシッと理事長を指差した男は、身を寄せあっている学園長夫婦と曾孫をチラッと見やり、鼻を鳴らす。

「ふん。その面は気に食わんが、お前は中々良い奴だ。駿河、お前は夜刀さんと呼ばしてやる。有り難く思え」
「俊の曾祖父さん、結構偉そうだねー」
「じっちゃんとじーちゃんは、言う事がそっくりだった。俺の母ちゃんがそっくりだ。言い返すと三倍になって返ってくる」

淡々と呟く俊の声に、一同は心から納得した。
特に叶冬臣の表情には苦いものが浮かんでいたが、誰一人それに気づいた者はない。

「おい、俺。充電が溜まったら天井を戻しておけ」
「判った、………あ?」
「何だ?」
「ドラゴンレーダーに複数の反応を認めた。近い、車とバイクが飛び交ってる」

素早くバイクに乗り込んだ白衣が、しゅんと空へ舞い上がる。ずれていた天井を素早く戻し、再びコンセントを己の尻に刺している。それについては突っ込みは、流石の山田太陽にも不可能だった。

「ドラゴンレーダーって、そんな漫画みたいな…」
「じっちゃんのロボット、凄い」
「俊、誉めたろ?聞いたか俺、俊に誉められた。ない筈の心臓が震えたぜ、メルトダウンするかも」
「メルトダウンはいかん!俺から離れてやれ!…で、龍一郎のマル秘レーダーが反応したと言う事は、奴らが現れたのか」
「そう言う事だ。コードの照会は俺には出来ない。充電は38%だが、反転するか?」
「ふむ。おい、金髪」

にやにやと、厭らしい笑みを浮かべた年寄りは、理事長を手招く。やたら相好を崩しているので、それを見た誰もが怯んだ程だ。理事長だけは何処までも無表情だった。

「お前に面白いものを見せてやる。消費電力が激しいんでな、ちょっとだけだぞ」
「私に何を見せる?」
「まぁ、見てろ。モード反転、コード:アナスタシウス」

白衣の双眸が濃い蒼に染まる。
それに真っ先に気づいた太陽は俊の手を掴み、声なく興奮気味だ。ゲーマーの何かを擽ったらしい。鼻息が超荒い。

「…健勝で何よりだヤト。帝王院学園へは無事辿り着いたか」
「しまった、またデータの引き継ぎを忘れてた。まぁ良い、そこの金髪を見ろ男爵。喜べ、親子の再会だ」

印象深いダークサファイアが、佇むブロンドへ滑っていく。

「………父上?」
「アーカイブにその顔は共有されている。健勝で何よりだ、ハーヴィ」
「ヤト、これはどう言う事だ」
「龍一郎の記憶を詰め込みすぎたらこうなった。…俺が男爵に会わせろと言い続けて、まずコイツが。鳳凰に会わせろと言い続けて、モード流転、コード:フェニックス」

ダークサファイアが、黒へ戻る。
その瞬間、凄まじい早さで駆け出した白衣は、俊を抱き潰す勢いで飛び付いたのだ。

「っ、俊!俺だ、俺がお前を産んだ、曾祖父ちゃんだ…!」
「はい?ゲフ」
「えぇい、アンドロイドの癖に曾祖父を名乗るな!シュンシュンの曾祖父ちゃんは、この俺だけだ!!!」

学園長が叫んだ様な台詞をそっくりそのまま叫びながら、影の薄い主人公を抱き殺そうとしていた白衣の後頭部に、ガコンとヘルメットが投げつけられた。
























「世には、運命、必然などと言う言葉がある。然し本来、運命など存在しない。必然もまた然り。全ては幾重にも分かれた分岐点を選択した結果に至る、偶然の連鎖だ」

ぱらぱらと天井から降ってくる、細かい砂。
穴が空く度に明るくなっていく天井は、四つ目の穴を空けた所で停止した。これ以上の貫通は、崩落の危険性を孕む。

「然し偶然と言うものは幾重にも変化する。運命と呼べるまでに至るには、不確かな偶然に少しばかり脚色してやらねばならない」
「へー、意味判んないんですけどお」
「つまり現実では、主人公が偶然俺様会長と出会っただけでは、恋など産まれないものだ。不確かな接点で結ばれた二人が清く正しくない恋人へ至るまでには、物語の世界で言う作者に匹敵する存在が不可欠なのだ」
「ふーん」

ぬぅっと、天井から三本目のライトが差し込まれた。
ライトと言えば聞こえは良いが、ただの細い懐中電灯だ。周辺の機器が悉く使い物にならない今、その程度の明かりでも有り難い。
難を言えば、光が射す所へガサガサと鼠が集まっていく所だろうか。やはり熱を好む様だ。

「偶然を必然と呼ぶのは常に、現在ではなく未来に限られる。お前は過去をどれほど記憶している?」
「隼人君の記憶力はすっごいよ、やられた事は絶対忘れないから。アンタに誘拐された事とか一生覚えてるから。覚えとけ白髪やろー、いつか泣かしてやるもんねえ」
「せせせ星河の君っ!陛下に何て事を…っ」

もぐら叩きの要領で数匹踏み潰した野上は、その内に靴が使い物にならなくなった。勇ましい級長の行動に最初は拍手していた隼人もまた、そんなものは踏みたくないので近寄ってくる度に避けている。
神威に至っては微動だにしない。穴から外へ指示を出し、てんやわんやの騒動だ。まさか中央委員会会長がそんな所にいるとは、誰も考えていなかったに違いない。普段騒がしいアホトリオも、隼人を心配しつつ、きびきびと神威の命令に従っている様だ。

「記憶にすら残らない偶然が、もしあの時あの場所で別の道を辿っていたら、今のお前とはまた別のお前が存在したかも知れないと考えた事はあるか」
「パラレルワールドってやつねえ。子供の時、誰しも一度くらい考えた事あるんじゃない?」

それでもカルマかと思わなくもないが、この場において隼人より神威の意見が優先されるのは、立場的にも頭の回転の早さ的にも、致し方ない。
認めたくはないが全考査満点の帝君相手に、席次二番の隼人は肩を並べられないのだ。それが進学科の鉄の掟でもあり、遠野俊が帝王院神威の名に並ぶ理由でもある。
外部生など、歴代高等部には一人も存在しなかったからだ。

「平行世界を夢見るのは、今に不満がある者だ」
「…」
「俺は別の俺など考えた事もない。不満もなければ満足もない。人は幸福を夢見ると言うが、それは幸福を知っているからだ。初めから知らぬ者は、求めさえしない。お前は見知らぬ他人を羨ましく思うか?」
「んな訳ないし」
「さもあらん。他人に覚える羨望とは、その他人を知った時に得るもの。赤の他人に羨望する者はない」
「話が逸れてきたけどさあ、つまり今のこの状況は運命でも必然でも何でもなく、極々日常的な偶然だって事でしょー?」
「そう言う事だ、一年Sクラス神崎隼人」
「おい、フルネームやめろ。アンタと眼鏡のひとってそーゆー所がイヤなの、オージ先輩のが微妙にマシ」
「高坂の事か。やめておけ、あれは頼めば抱いてくれるだろうが、」
「誰が抱かれたいっつったあ!犯すぞてんめー!」

垂れ目の隼人は過去最高に目を吊り上げたが、くっきり三重瞼とバサバサの睫毛で騙されがちだが、切れ長吊り目の神威の前ではお子様ランチだ。ハラハラ見守っている野上はボロボロの眼鏡を頻りに押し上げ、きょときょとと目を動かしている。

「やっぱ無理、お宅は無理。勃起しない。つーか逆に喰われそうな気がするから死んでも無理」
「何を言う、俺は美食家だ。俺には選ぶ権利がある」
「はあ?じゃあそこの俺様会長は、誰とラブを繰り広げる予定なのお?左席委員会のご主人公と言えばあ、おでこが光ってるサブボスだよねえ」
「俺の男性器は今のところ俊にしか反応しない」
「良く言った、てんめーここから出たら殺す。確実に息の根を止めてやる。刺身にして野良猫に喰わせてやらあ、覚えとけ…」

大きめの穴から、ぬぅっと消火器が降りてきた。
それと同時に隼人はそれへ手を伸ばしたが、身長でも足の長さでも惜敗している隼人は、腕の長さでもまた、神威には勝てなかった様だ。

「陛下、先にお一つお届けしました!他は届き次第お届けしますので!」
「大儀だ、鈴木教諭」
「勿体ないお言葉です…!あ、神崎も頑張れよ!左席委員会の株を上げるチャンスだぞ!」

どんな復讐をすればこの怒りが収まるのか、隼人にはまだ判らない。
言える事は、左席委員会は中央委員会の下僕ではないと言う事と、帝君時代はペコペコしていた教師に呼び捨てをされた事もまたムカつく、と言う事だろうか。

←いやん(*)(#)ばかん→
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