帝王院高等学校
大水害です!至急応援願いまっす!
「はーっはっはっ、我が名は中央委員会☆会長っ、カイ・チョーであるぞ!どいつもこいつも頭が高いっ、そんで足が長いッ!膝下をちょんぎってしまえ!!!」

目がイっている一年Sクラス某左席委員会副会長に、それを見ていた殆どの人間が顔を逸らした。模造紙を適当に丸めただけの即席とんがり帽子には『イケメン会長』と書かれており、そのイケメン会長に踏みつけられている藤倉裕也はここではない何処かを見る目だ。
錦織要に蹴り起こされた、下半身丸出し男のズボンは呆れている高野健吾の頭の上だ。目覚めてから一度として健吾を見ようとしない裕也に焦れた要が、裕也と同じく何故か余所余所しい健吾の頭に畳んだ制服を乗せたのである。

そこまでしても健吾を見ようとしない裕也は、キレた要に『丸太A』と書かれたとんがり帽子を被らされ、文字通り転がされ、『動いたら下の毛を燃やす』と脅された。

神崎隼人は壮絶に同情した表情で裕也の肩を叩いたが、丸太Aは無言で転がったままだ。例え、イケメン会長役の山田太陽に尻を踏まれようとも。

「隼人君より背が低くて足も短い神帝ヘーカ、貴方はどうして神帝ヘーカなのお?」
「それは俺が会長役をやりたがったからさ!何か文句あんのかい、足長さんめ!俺より足が長くてイケメンな奴なんか、こうしてやる!」
「いた〜い」

辛うじて止まっている蚊なら死んだだろう平凡なパンチをわざとらしく痛がり、隼人は戦線離脱した。
何でもありの喜劇など真面目に演じる方が負けだ。寧ろ太陽が主役ではないのかと思うほど冒頭から弾けているイケメン会長は、主役の俊を差し置いて生き生きしている。

「…これリハ要ると思う?」
「こりゃ完全にやりてぇだけっしょ、タイヨウ君が(>´ω` <)」
「だよねえ」
「オメーは台詞があるだけマシじゃね?俺なんか切り株Aだべ?丸太と切り株って…俺らブッシュドノエルかよ。座ってるだけってマジ何なん?要らんくね?(´▽`)」
「左席委員会全員参加、諦めろい」
「うひゃ。ナレーションとタイヨウ君だけで十分だと思うっしょ」
「そこは考えないよーにしてるスタイル」
「ハヤト凄ぇな(//∀//)」
「まーね」

監督の武蔵野は太陽の勢いに完全に負けていた。
シナリオを冒頭からスルーしている若手芸人を前に、主人公を苛める役の嵯峨崎佑壱は、教室のカーテンを体に巻き付けて即席の継母ドレス製作に没頭している。

「ねえ、カナメちゃん。衣装制作費500円って無理ありすぎない?ボスのカードで買っちゃえばよいじゃん、タダなんだし」
「帝君への奨学金は学園の財政です。つまり帝王院財閥の金。延いては、総長の財産でしょう?無駄遣いは俺が許しません」
「それはちょっち究極過ぎないかなあ?だったらユウさんのポケットマネーとかさあ…。見てよあれ、カルマのサブボスが教室の備品ぶっ壊してますよお?よいのお?」
「まがりなりにも中央委員会会長に任命されたユウさんの金は使えません。判っているんですかハヤト、これは左席委員会の問題です。お前にはプライドがないのか!」
「自分とこの副総長にカーテンドレス着せてステージに上がらせるよりマシじゃないかなあ。あは、…何だか泣けてきましたよ隼人君は…」

隼人は遠い目だ。健吾は笑っただけで頷きもしないが、隼人の意見には賛同している様に思えた。第一、要は左席委員会の問題と言ったが、その脚本を部外者である武蔵野に書かせるのは如何なものか。

「総長の衣装は総長のお部屋に揃っています。どうせユウさんはまともに喋れないでしょうから、突っ立ってるだけで構わないんです。格好などどうでも良いでしょう?」
「あー、違ぇねーべ。ユウさん上がり症だもんなρ(´ε`*) 人前で演技なんざ無理ってこったw」
「そうだとしてもさあ、あの人、カーテン気に入ってるっぽいんですけどお…」

隼人が呆れ顔で見やった先、噂の上がり症は長すぎるカーテンを素手で半分に裂き、今度は短すぎた為、胸元に巻く事を諦めた。
腰に巻き付けて何処となく満足げだが、色気がないと呟いた俊に神妙な表情で頷き、長い赤毛をせっせと編み込み始める。

案外女子力の高い男…いやオカンは、真剣そのものだ。

「どうっスか総長、高坂辺りならそろそろ勃起してんじゃねぇっスかね、特にこの胸元の谷間」
「7点」
「ふ、十点満点スよね」
「200点満点だ」
「な」
「紅蓮の君、流石の光王子閣下もこれで興奮なさるのは難しいのでは…?」
「紅蓮の君、素晴らしい肉体に惚れ惚れしますが、何と言うか…今のお姿はウェイターになりたいターザンにしか見えません…!」
「光王子の為にも、もう暫くご尽力の程…!」

シャツの胸元を大きく開いて、腰にカーテンを巻いただけの佑壱に次から次へとネガティブな意見が飛んだ。頬を膨らませた継母役のオカンは燃え上がり、鏡を凄まじい表情で睨みながら新たな髪型を産み出す事に必死だが、必死になればなるほどに斬新な髪型へ変わっていくだけの悪循環だ。

「高坂の母ちゃんが縫った着物があればな…。甚平じゃ、無理ありすぎる」
「な!紅蓮の君、既に光王子のお母上とお会いに?!」
「ま、まさか、もうそこまで…?!」
「お流石でございますっ。紅蓮の君、どうぞお幸せに…!」
「あ?さっきから何抜かしてんだ、テメーら?俺が高坂と結婚すんのは一時的なもんだぞ?」
「「「結婚?!」」」

何にせよ、嵯峨崎佑壱と言うだけで燃え上がる高坂日向の単純な思考回路については、バレていないらしい。
然し佑壱の爆弾発言で一年Sクラスは震撼した。これを聞いていたら高坂日向も震撼した事だろう。恐らくマグニチュード801くらい。遠心分離機レベルだ。木っ端微塵のミンチだろう。

「イチ、ピナタと結婚するのか。おめでとう」
「総長、これは取り引きみてぇなもんス。さくっと結婚してさくっと離婚するんで、心配しないで下さい」
「結婚詐欺なのか?」
「此処だけの話、高坂には昔から惚れてる女が居るらしいっス。家の事情で素直に結婚出来そうにねぇから、男に走ったんスよアイツは…。ああ見えて、可哀想な淫乱なんスよ」
「淫乱?」
「此処は男の中の男である俺が手を貸してやろうと、そう言う事なんス。…何つーかファーストキス奪って悪かったと思ってんだよなぁ、これでも、ちょっとは…」

ぶつぶつ呟きながら己の頭をアートしている赤毛に、もそりもそりと身を震わせた俊は首を傾げた。クネクネ揺れてはもそもそ震え、何とも奇妙な動きだ。

「裕也、尻が風邪引くぞ?」
「…総長、オレは丸太Aだぜ。風邪なんか引かねーっス、ぶぇっくし」
「ああっ、名も知らぬ夜の人!お前さんは上履きをかたっぽだけ残して去っていってしまった…!」

アドリブ満載所かそもそも台本を読んですらいない太陽の孤独な演技は、何だかんだ続いていたらしい。主役の俊が一切参加していないにも関わらず話が進行しているのだから、天晴だろう。
自分の靴を片方脱いで持ち上げた太陽は、左足が靴下だった。誰かがスライムと呟いたが、残念ながら正解は『メタルスライム』だ。違いは色だけ。

何処で買ったのか気になるデザインだが、Amazonだと知っているのは安部河桜くらいだろう。太陽の部屋にネットショップの段ボール箱が幾つも置かれている事を、彼だけは知っている。

「たった一度目にしただけで、俺は心を奪われてしまったまんま…。ああ、この上履きは25cm…!」
「山田君、天の君の靴下は26cmなのさ」
「天の君の革靴は26.5cmなのさ」
「今や俺の心はお前さん1色さ!素晴らしいッ、わ〜いえむしーえ!」
「ヤ、ヤングマン…だと?!」

痺れた表情で立ち上がった隼人は胡乱げな流し目でニヤリと笑った太陽に冷や汗を流し、

「素晴らし〜い、わ〜いえむでぃーえい!ちゃちゃちゃちゃらちゃら、YMDA!」
「…畜生っ、隼人君は、隼人君は突っ込まないんだからあ…!」
「YMDA!」
「それ山田じゃんなんてッ、突っ込まないんだからあ!!!」

耐えられなかった隼人は、突っ込んでしまった己の未熟さに泣き崩れた。無言の健吾から肩を叩かれ慰められており、丸太A役がぷるぷると震えている。

そしてスンデレラはもじもじ震えていた。密かに、ずっと。冒頭から。

「すまん、漏れる」
「はい?どうしたんスか、総長」
「…膀胱、が。暴行寸前だ…」

鬼も裸足で逃げ出しそうな表情の遠野俊は、切羽詰まった声音で吐き捨てた。
丸太Aの震える尻を満足げに見つめていた山田太陽は顔を上げ、被っていたとんがり帽子に手を伸ばす。

「トイレ我慢してたのかい?」
「…実は一時間くらい前から…」
「ついてったげるから、行こっか」
「お前は天使か?」
「や、ただのイケてる副会長です」
「好きだ」
「知ってる」
「そうか」
「はいはい、すぐそこだから行くよー」

俊の手を掴んだ太陽は、とんがり帽子を佑壱に被らせた。何とも自由な男だ。
最早ある意味で芸術的と言わざるえない爆発ヘアのオカンは継母から会長にジョブチェンジ、方向性を見失ったらしい。静かにシャツのボタンを留め直している。

「ありゃ?トイレがない」

俊の手を引いて廊下に出た太陽は、暫く歩いて瞬いた。いつもの場所にトイレがなかったからだ。

「あちゃー、これもアレの所為かな?モードなんちゃらって奴。困ったなー、俊、やばい?」
「大分やばい」
「何ギガくらい?」
「8ペタくらい」
「限界だね」
「ああ」
「ちょいとそこの掲示板で現在地調べるから待って………しまった、カード持ってきてない」

真顔でもじもじしている俊の為に廊下の掲示板へ張り付いた太陽は青ざめ、廊下の最奥に見えている窓へ全力疾走する。張り付いた窓から外を見れば、ライトアップされている真っ赤な時計台が覗く真っ暗な森が見える。

「ひょわ!何だい、部活棟じゃんか!この高さって事は…五階?!部活棟の五階って、フェンシング部とハンドボール部の演舞場しかなかったよね?!」
「タイヨー…もう駄目かもしれない。入口まで…出てきた…」
「おわわ、我慢しなさい!待って、部活棟は水回りが一階と二階にしかないんだよ…!どっかに渡り廊下があるから、そっから一番近い中央キャノンに行けば、何とか道は判る、筈!」
「渡り廊下は何処にあるんだ?」
「とりあえずこっちは外側だからあっちじゃないかなー?」
「…俺の尿道の短さを舐めてんのかァ?」

目の据わっている俊が、太陽の目の前で鋭い牙を剥いた。
びたりと動きを止めた太陽の視界に、腕を振り上げた暗殺者が見える。


あ、死んだ。
などと目を見開いたまま悟った太陽の背後で、凄まじい破裂音が響く。



「…えっ?!」
「降りた方が早い」
「ちょ、待っ、」
「征こう」
「やっ、」

太陽の背後、嵌め殺しの窓がすっぽりと抜けている。
暗闇の中から何かが割れる音が響いてきたが、それを聞いている時には、山田太陽の体は闇へと落下していたのである。


「う、う、う、嘘だーーーーー!!!!!」

自称イケてる副会長は泣きながら叫び、すたっと着地したチビる寸前の左席会長の腕の中、チビって放心していたが誰にもバレなかった。
今更チビった所で困りはしない。何せ一年Sクラス背の順一位帝君が、この山田太陽なのである。前に倣えで、ビシッと腰に両手を当てるプロだ。あのプロチビラーである。

何だそれ。聞いた事ねぇ。

「…着いたぞ、やっぱりこっちの方が早かったろう?所でタイヨー、トイレは何処だ?…む?タイヨー?ん?寝たのか?ふぅ、ま、いっか。誰かの迷惑にならなそうなその辺で、こそっとしよう…」

魂が抜けている平凡を片腕で抱いたまま、主人公はとうとう立ちションを済ませたのである。溜めていただけ異常に長かった。暗さにビビっていたからかも知れない。とにかく、長かった。

「然しタイヨーは軽すぎる。やっぱり、唐揚げ2kgは食べさせないと…」

一部始終を目撃した筈の山田太陽は白目を剥いているので、被害者はない。















「自由にも程があるっつーの」

溜息一つ、ぼやいた隼人に皆が肩を竦める。
必死で書き上げた劇を太陽に破壊された武蔵野は笑顔だが、絡まった佑壱の髪を解く手伝いをしている野上クラス委員長は困った様な表情で、上体を起こした裕也を見ている。

わざとらしく健吾に背を向けている男は、パンイチで片膝を曲げ蹲踞したままだ。表情こそいつも通りだが、頑なに健吾を見ない。腕を組んでいる要の爪先が床を弾いており、彼の苛立ちが滲み出ていた。

「いつまでそうしてるつもりですか、ユーヤ」
「あ?いつまでって、丸太Aやれっつったのはテメーだろ」
「全く情けない。図体ばかり大きくなって、中身は小学生ですね」
「喧嘩売ってんのかよ」
「二人共やめろ、みっともねぇっしょ」

頭に乗っていたスラックスを裕也へ投げつけた健吾は、胡座をかいたまま頬杖をついた姿で吐き捨てる。その声の冷たさには流石の隼人も眉を跳ねたが、申し訳なさそうな要は口許を手で覆い、裕也は僅かに項垂れた。

「話したくも見たくもねーっつってんだ、そっとしといてやれや。うひゃひゃ、とうとう相棒に嫌われちまったっしょ。ハヤト慰めて☆」
「わー、カワイソーなお猿さん、隼人君のバナナお食べ?」
「ンな臭そうなバナナ要らねw(´▽`)」
「あは、鼻の穴に突っ込まれたいのかなあ?」

白々しい笑顔で見つめあう健吾と隼人の額に、巨大な青筋が見える。誰かが犬猿の仲と呟いたが、錦織要は真顔で狐猿だと訂正した。

「狐は犬科ですから猿とは相容れないものなのです、きっと」
「流石は錦織君、博識だね」
「流石は錦織君、深い見識だね」
「何なんこのクラス、タイヨウ君に感化されてね?(`・ω・´) 昔は皆さぁ、んなベタベタしてなかったろぃ?マジ何なの?」
「あは。仲間外れ乙」
「あん?そらどう言う意味っしょ、ハヤト(´_ゝ`)」
「先走って降格なんかすっからさあ、どっかの誰かさんが暴走したんじゃないのお?」

曰く有りげな隼人の物言いに、全ての人間が健吾を見やる。
何かを悟ったらしい佑壱は解いた髪を手櫛で乱雑に整えながら、窘める様に隼人の名を呼ぶ。

「その辺にしとけ。何にせよ、お前は勘が良過ぎんだよ隼人」
「だってバレバレなんだもん」
「…はぁ。だから宮原を切ってなかったのか?あ?」

佑壱の一瞥を受けてやや黙った隼人は耳を掻き、素直に謝った。ごめんと、微かに一言だ。

「まさかアイツ、ボスにチクるなんて思わなかったんだもん。…ユウさん、下手に庇ったりするから怒られるんだよー?」
「馬鹿な弟分の尻拭いは、兄貴分の役目って事だ。とっくに切れてると思ってただけに、肝が冷えたぜ…」
「待て待て、何の話してんの?(°ω°) 宮原って誰?」
「まぁ想像はつきます」
「マジ?カナメ凄くね?(;´Д⊂)」

健吾の素直な賛辞に満更でもない要は、嘘吐けとばかりに睨んでくる隼人を鼻で笑い、

「光王子親衛隊隊長、三年Sクラス通称『柚子姫』」
「あは、ビミョーに想定外。なーんだ、案外よーく見てんだねえ、カナメちゃんってばあ」
「一時期カフェの周りを彷徨いていたので覚えていたんです。ハヤトが昇校する前、光炎親衛隊発足の原因となった事件がありました。俺達が初等部五年だった暮れの出来事ですよケンゴ、覚えてますか?」
「五年っつったら…(;´∞`)」
「なーに?」
「隼人が知らんのは無理もねぇ。あの件に関して、口を開く奴なんざ居ねぇだろうからな」

佑壱の台詞に、数名を除いて沈黙した。
隼人より後から転入した野上クラス委員長は勿論、事件自体を知らない生徒も数人居るらしい。
要と健吾が黙り込む様を眺めた隼人は眉を潜め、欠伸を噛み殺した不細工な表情の裕也を睨んだ。睨まれた裕也はぼりぼりと太股を掻き、

「ハヤト、オメーの事だから噂くれぇ聞いてンじゃねーか?高坂さんが前の風紀を壊滅させたってよ」
「あー、それなら知ってる。確かあ、同級生が退学したんでしょ?制裁が原因で」
「前代未聞だぜ、加害者も被害者も現役の進学科だったかんな。首謀者筆頭だった当時の風紀局長は、当時の高等部三年Sクラスだった奴だ。副長の兄貴が当時高等部二年、中央委員会会長だった」
「あは。フレンチ講座でピザ食べさせてくれた人でしょ、知ってるよお。嵯峨崎チョコレート先生、よい人だよねえ」
「良くないっ!」
「はいはい、シロップはお黙り」

空かさず叫んだ獅楼は、隼人の笑顔で沈黙した。

「烈火の君が世話になった先輩だったらしいぜ。色々と処罰が面倒だってな、表向き中央委員会はノータッチだったんじゃね?ユウさん、何か知ってんスか?」
「いや、叶が全員ぶっ飛ばしたっつー話しか知らねぇ。丁度、あの頃に奴が来日した覚えがある。高坂より半年遅れだ」
「あの一件の後、高坂さんは指名を許諾して中央委員会副会長に就任したんスよ。理由は単純だと思わねーっスか、副長」
「…だろうな。中等部一年の餓鬼が、どんな理由があるにせよ、高等部三年を叩きのめしてお咎めなしなんざ、有り得ねぇ」
「中央委員会役員でもない限り、ってこと?暴力を正当化する為に副会長になったって?あは。あのひと見た目や家業だけじゃなく、悪い男なんだねえ」
「風紀委員会13名、Fクラス3名、工業科体育科18名の計34名。対して被害者は一人」

揶揄めいた隼人の台詞と笑みは、要の冷めた台詞で遮られた。

「白百合が風紀委員会を新設するのと同時に退学処分を受けた生徒の数です。これが何を意味するか、お前には理解出来ますか?」
「何かあ、…ちょっぴり胸くそ悪いかなあ」
「被害者は当時中等部一年Sクラスだった、伊坂颯人」
「はやと?(°ω°)」

健吾が口を開き、隼人を見る。
瞬いた隼人は暫く考え込み、奇妙な笑みを滲ませた。

「あは。あーね、なーる。判った、そーゆーコトねえ」
「俺が彼を知っているのは、陛下の側に…」

言葉を途中で飲み込んだ要はそろりと佑壱を窺い、破れたカーテンを破れたままカーテンレールに戻そうと企んでいた赤毛は、視線の意味を図りかねて首を傾げる。

「何だよ、歯切れ悪いな」
「…月曜日、ユウさんがドタキャンした場合、高確率で中央委員会専属のバトラーが俺の元に来ます」
「あー…何つーか、悪かった」
「薬、ちゃんと飲んでるんですか?」
「飲んでるっつーか、飲まされてるっつーか…」
「え?」
「…気にすんな、何とか飲んでる」

要から目を逸らした佑壱はわざとらしい程の真顔だが、隼人は何事か悟ったらしい。ちょいちょいと脇腹を小突いてくる健吾にもそりと耳打ちし、何事かを聞いた健吾は目を丸め、ちらちら様子を窺っていた裕也に飛び付いた。
飛び付かれた裕也は石像の如く固まったが、興奮気味の健吾に耳打ちされた瞬間破顔し、ニヤニヤしている隼人を無言で凝視したのである。

「何てゆーか、下手したら眼鏡のひとよりオージのが強いのかも知んないねえ。流石は副総帥って事なのかなあ?」
「はぁ?何だ今更。そりゃ、まともにヤり合えば、どっちが勝つか俺にも判りゃしねぇが…。つーかテメーら、何ニヤニヤしてやがる。ぶん殴るぞ」
「やだあ、オージなんかにマウント取られてた癖にい」
「ユウさん、俺…光王子をパパって呼ぶ自信ねーっス(´▽`) でも頑張るっしょ!パパは総長なんで、間を取って父ちゃんって呼ぶかんな!任せとけ!」
「オレはユウさんが光王子に孕ませられても狼狽えねー。逆に孕ませたら一緒に責任取る覚悟だぜ?」
「お互い節操がないのは、今更隠しても無駄ですからね…。ですがユウさん、どんな理由があるにせよ、結婚するからと言って簡単に掘られたら怒りますからね。どうせなら掘って来て下さい」

ああ。何と麗しい舎弟愛だ。
感動した嵯峨崎佑壱は、満面の笑みでカルマ四天王を殴り倒した。余りの早さに誰もついていけなかったほどだ。
でかいタンコブをこさえた頭を抱えて屈み込んだ四人に、心優しい一年Sクラス生徒らが群がる。テキパキと手当てを済ませていく中、北緯が散らかしたプリントを拾って片付けていた獅楼は、ちらりと廊下へと目を向けた。

「ね、総長達、遅くない?」
「確かに、トイレにしては遅いかも…」
「今って部活棟にいるんでしょ?トイレは下階にしかないじゃん」
「あ、でも神崎君、左右の廊下を含めた教室ごと移動してるんで、階段も渡り廊下も塞がってるよ?どうやって下のフロアに行くの?」

パソコン係の生徒が隼人を見つめ、首を傾げる。
沈黙した隼人はすぐに廊下へ飛び出したが、ある筈の廊下の先がなかった。

「ちょ、タイミング悪すぎい!今すぐ辿ってきたルート戻ってえ!ボスが帰ってこれなくなっちゃうー!」
「ああっ、こっち側も壁になってます!気づかなかったー!」

隼人とは逆の廊下へ飛び出した野上も声を上げ、パソコン係は青褪める。カタカタとキーボードを叩いているが、益々青褪めるばかりだ。

「せっ、星河の君!すいません、戻り方が判りません!」
「はあ?!ちょ、そこ退いて!」
「何でかずっとエラー表示なんです…っ」

ディスプレイを覗き込んだ隼人がキーボードを叩き、それでも画面の表示が変わらない事に目を見開く。振り返って要を手招き、痙き攣った笑みを向けた。

「何があった?」
「カナメちゃん、部活棟の真ん中って…空洞だったっけ?」
「キャノンのそれぞれに耐震用支柱が内蔵されています。然し低層造りの第五キャノンには、あったか…」
「今さあ、部活棟の真ん中に挟まってる状態みたいなんだけど…見て、フロア表示が可笑しいよねえ、これ」
「地下一階?部活棟に地下などありましたか?」
「あると思いたい…。じゃないとこれって、教室ごと地下に埋まったって事、でしょ?」

隼人と要の会話を固唾を飲んで聞いている皆は、二人の神妙な表情を認め、顔色を失う。
眉を寄せた佑壱は廊下へ出るなり壁を殴り付けたが、判ったのは壁を殴ると骨が折れると言う事だけだった。

文字通り、佑壱の右手の指が数本、余所を向いている。


「セントラルライン・オープン」

皆からは見えない様に右手をスラックスのポケットへ突っ込み、呟いた台詞に返ってくる声はない。一人きりの廊下で意味なく天井を見上げた佑壱は息を吐き、鼻を蠢かせた。

「…水の匂いがすんな。下の方か?何て、今はどうでも良いか。ステルシリーライン・ジェネラルオープン」

やはり、システムが反応していない。
試しにスラックスから抜いた右手で廊下の掲示板を殴り付ければ、教室から数人が飛び出してきた。その中に健吾の姿がある。

「おわっ、何してんの?!(;´Д⊂) 右手の色やべーじゃん!」
「健吾、見ろ」
「見てるって!うっわ、血ぃ出てんじゃん!(((;´ω`;)))」
「違ぇよ馬鹿が、掲示板だ。通電してねぇ」
「…は?(°ω°)」

佑壱によって破壊されたディスプレイは、火花一つ散らしていない。砕け散ったタッチパネルの破片を踏みながら顔を近づけた健吾は瞬いて、目を丸めたまま佑壱を仰ぎ見る。

「何?何で?えっと、教室の灯りはついてんべ?(°ω°)」
「バッテリー駆動してんだろ。災害時に備えて、教室の照明は全部充電式だ」
「そっか。ハヤトに言ってくる!(;´∞`)」
「ああ」

軽く為す術がないと呟いて顎を掻き、右手を振った。普通の人間であれば大惨事だが、この程度の怪我は慣れている。
血の匂いは苦手だと鼻白んだが、足元でぴちゃりと音を発てた為、振っていた右手を止めた。

「…あ?何だこりゃ」

そこまで酷い出血ではない割りに、しっかりとした音だ。違和感に何となく足元を見れば、廊下の大半が水溜まりと化している。水位は極薄いものだが、グラスの水をひっくり返した程度にはびしょ濡れだ。

「水の匂い。…まさか、どっかから浸水してんのか?そんで電源系統がイカれやがったなら、システムが応答しねぇのも無理はねぇって事か…」
「うひょ!ユウさん、何これ?!(´°ω°`)」
「煩ぇ、騒ぐな」

何故だろう、焦りは微塵もない。

「クロノススクエア・オープン」
『コード:奥さまはワンコの非常事態を抜け目なく嗅ぎ付けました。一システムでしかないクロノスラインに出来る事など限られていますが、可能な限り頑張ります。でも出来ない事の方が多いです。それでは元気良くご用命をどうぞ!』

教室から顔を覗かせた後輩らが笑う光景が、見えた。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!