帝王院高等学校
苛烈にミッションインポッシボー!
世界はその日、光を失った。


「我々はこれより地上へ上がる。これは神、イクス・ルーク=ノアのご命令だ」

銀色のプレートを首に下げた全ての人間が、厳かな表情で左胸へ手を伸ばす。常は青空で染められている天井は黒く染まり、光と言えば非常用外灯だけの、無機質なものだ。

「前代キング=ノヴァの円卓が開かれた。元老院の姿は既にない。後手を許した我々に、これ以上の失態は許されない事を肝に命じよ」
「御意」
「御意」
「…我らルーク=ノアの12柱。須く、神の威光を知らしめんが為に」

彼らは世界の中央、佇む石膏像へ跪いた。



「Go to the west.(一同、日本へ。)」



















「全く、何だったんだ」
「どうした?」
「いや、風紀が出回って人員が不足してるだろ?宵月閣下の言いつけで、ある場所を掘削させてたんだがな…」
「何でまた」
「さぁ…?良く判らないが、犬の骨を見つけろと言うんだ」
「犬?」

24時間体制で夥しい量の監視モニタを見張っている男らが、苦笑い混じりに雑談している。夜勤組の彼らの就業はまだ当分先で、いつもと勝手が違うからか、警備員らの表情に疲労の色が見てとれた。

「丁度暇そうなD・Eクラスの生徒を見掛けて、班長が声を掛けたそうなんだが、所詮子供の小遣い稼ぎだな。日が暮れるまで掘ったが出てきたのは黒い箱一つ、骨らしきものは見つからなかったらしい」
「それ。もしかしてその箱が、骨壺だったりしないか?」
「まさか。だって犬だぞ?俺が聞いた話じゃないが、元は野良犬だったらしい。わざわざ裏山の麓に埋めたんだ、火葬なんかしてないと思うがな。軽かったと言う話だ、タイムカプセルの類じゃないか?」
「んー、そりゃそうか。タイムカプセルなぁ…懐かしい。で、班長に連絡は?」
「済ませたが、班長は班長で別の業者に発注していた様だ。どうせ期待してないだとよ」
「ははっ、それで機嫌が悪いのか。班長、悪い人じゃないんだが…」
「…ったく、高が犬の墓に何があるってんだか。幾ら御三家とは言え、17・18歳の子供が言った事だろうに…」
「おーいおい、滅多な事を言うんじゃない。言葉には気を付けろぉ…」
「…すまん、口が滑った」

数分置きに切り替わるモニタをいつもの様に眺めたまま、二人は背を正す。

「とにかく、班長が別口で頼んだって言う叶関係者があちこち探し回ってくれてるって話だから、その内何らかの連絡が入るらしいし」
「は?宵月閣下の用を叶に任せたのか?それ、不味いんじゃないのか?」
「知らないよ、そんな事。何にせよ、責任を問われるのは俺らじゃない。…ったく、自治会長は話が判る奴だけど、中央委員会は扱いに困るよ」
「子供の貫禄じゃないもんなぁ、宵月閣下にしろ光炎閣下にしろ…。出来る限り近寄りたくねぇ」
「特にあの二人を従えてる神帝陛下様なんか、俺らの手にゃ余る…」
「…だから言葉に気を付けろって、馬鹿」

苦笑いを噛み殺した彼らは、それっきり真面目にモニタへと目を滑らせた。
朝はまだ遠い。














『愛しい子』
『私の宝物』
『寝顔があの人に、そっくりね…』


誰かの声が聞こえる。
聞き覚えのない、それは女の声だ。


『…どうしてかしら』
『どうしてこんなに可愛いのに、この子だけ…』
『酷いわ…』
『愛しいあの人に嫌われたくないだけなのに…』
『私が何をしたと言うの』
『許さない』
『…でも、誰を憎めば良いのかしら』


鼓動は二つ。
すぐ側で誰かが吐息を響かせた。

額を撫でる冷たい指先は何かに迷っているかの如く、何度も、何度も。



『ルーク。…なのにどうして、二人ではいけないの?キングは一つ、ルークは二つ。それじゃ、いけないの?』


泣いている。
静かにひたひたと、女は一人、震えながら。


『どちらか一人だけなんて、選べる筈がない。だって私は、貴方達を産んだのよ。…貴方達の、母親なのよ』
『愛しい子』
『どちらも愛しいのに、どうして』
『片方だけ選べだなんて、なんて酷い神の裁き…』
『ごめんなさい』
『弱い私を許してね…』
『こんなに可愛らしい宝物を捨ててしまう私は、母親にはなれないの』
『…イール、クリス。お願い、私を助けてちょうだい』


聞き覚えのない声だ。
親の記憶などない。鏡に映るのは悍しい顔形だけだ。兄、などと。決してあの男を、認めなどしない。



『私はこの子が可哀想で、この子を恨んでしまいそうなのよ…』



ひたり。
額に冷たい感触を覚え、目を開いた。

素早く起き上がれば、背後に回った手首が何かによって縛られている事が判る。


「…何だ?高々縛っただけとは、つまらん事をする者がいる」

戒めを引きちぎる事に躊躇う必要はない。明らかに慣れていない、一般人の悪戯レベルだ。
少しばかり力を込めれば容易く拘束は解け、自由が訪れた。随分薄暗いと辺りを振り返りながら、水滴の感触が残る額を拭う。

「見覚えのない壁だ」

何の光もないと思えば、非常用の電灯が見えた。
緑色の看板で近寄り、見えてきたコンクリートへ手を伸ばす。何処かに照明のスイッチがないか窺ったが、それらしいものは見当たらない。
尤も、あったとしても、非常灯の明かり程度では探しようもなかった。

「我ながら愚かにも程がある失態だと認めざるえない。余りにも馬鹿げている。王の怒りは甘んじて受けるとして、…母上様の気配は、ないか」

ぎりりと歯噛み一つ、いつまでもこんな場所には居られないと足を踏み出した瞬間、暗かった世界が光に包まれる。
弾かれた様に振り返ったが人の気配はない。

「…」

然し気配は近づいてきた。
巨大な室内プールのプールサイド、それも中二階のアリーナ席に居る事だけは判ったが、足音は下から聞こえてくる。


「あレ、居ない」

非常灯の下にはドアがあるが施錠されていた。
下へ降りるには手っ取り早く飛び降りるべきだと躊躇わず飛び降りれば、自分より随分背の低い、白いブレザーが首を傾げている。
狙って背後に飛び降りた為、男はまだ、気づいていない。

「動くな。貴様、俺を祭の狗と知っての狼藉か」
「っ」

何処の親衛隊だと、背後から両腕を捻り上げ、抵抗する暇を許さずに振り返らせた。振り返った男は目元を覆う量の多い前髪の下、唇を震わせている。

「答えろ。よもや王に対する私怨の類か」
「…フ、ハハッ」
「何が可笑しい」
「君が祭君の忠実な下僕だって事なラ知ってルから。同級生の名前くらいは覚えておいた方が良いヨ、李君」
「貴様…」
「ネェ、君、お腹空いてない?食べるもの持ってきたんダ」

腕を締め上げる力に遠慮などない。
然し笑い続ける男は足元に落ちた袋を爪先で蹴り、野暮ったい前髪の隙間から暗い眼差しを覗かせた。

「林檎、嫌い?」

真っ黒な瞳だ。一つの濁りもない、一つの光もない、真実の黒。珍しい色だと思った途端、手を離した。どう見ても警戒する必要のある人間とは思えない。

「君、西園寺の子とぶつかっテ気を失ってたんだヨ。何か覚えてル?落ちてきたんだっテ、上から」
「…」
「随分慌ててたヨ。話を聞いただけじゃ良く判らなかったケド、不可抗力だと思う。可哀想だからお相手サンには帰って貰ったヨ。揉め事、見たくないカラ」
「貴様、一体何を企んでいる」
「君、中央宮のエントランスで伸びてたかラ保健室に連れて行ったんだ。でも閉まってた。Fクラスの君を下手に運んで誰かに見られるのはゴメンだもん。ダから、ここで休ませようと思って。手首縛ったのは、運んでル間に目が覚めて暴れられたら困るだからダヨ」

片言の様な、奇妙な喋り方をすると思った。
身近に日本語に不自由している人間がいた為、暫し比較してみたものの、聞き取りにくいだけで言葉はしっかりしている。日本語が不自由と言う訳ではないらしい。

「ここ、僕の友達が合鍵をくれたんダ。…友達って言っても、向こうはそう思ってないカモネ。進学科だもん。皆、勝手にEクラスなんて名乗ってるケド、本当は僕らにクラス分けはないんダ」
「貴様、国際科所属か。ならば顔を知らんのは無理もない」
「通ってた小学校が帝王院学園の傘下に入ってネ。中等部で昇校推薦貰ったケド、試験落ちちゃったんダ。それから提携校に留学して、そっちから国際科に編入したの。編入試験、二回受けたカラ、本当は君と同じ18歳だヨ」
「つまり二年だな」
「そうなるネ。…あんまり目立ちたくないんだヨ、ゴメンね。戸惑わせる様な事しちゃっテ」

流石に痛くなかった訳ではないらしい。捻られた腕をさすりながら落ちた袋を拾い上げた男は、中から林檎を取り出した。
一つ差し出してくるので瞬けば、ぐいぐいと押し付けてくる。

「警戒してル?これ、毒林檎じゃないヨ?僕、祭君がどんな立場かこれでも判ってルつもり。君の顔を見て益々怖くなっちゃっタもの。変な事なんか、しない」
「顔…?」

そう言えば、額に水滴が当たった覚えがあると、今更ながら己の顔が曝け出されている事に気づいた。完全なる失態だ。
いつもは忍者宜しく覆面が体の一部になっている為に、つけていない事にさえ気づかなかった。

「こ、この事は…」
「言わないヨ?」
「言わば殺す」
「ダから、言わないっテ。僕、神帝親衛隊だカラ」
「…何だと?!」
「ウルサイ」
「貴様、あの男の命令で俺を拐かせたのか!」
「拐か…?陛下が僕みたいな末端の親衛隊なんカに、直々にお声を掛ける訳ないヨ?」
「俺は騙されんぞ!」
「君、理事長にそっくりダよね。やっぱり、陛下の親戚だったりすルの?」

林檎をもしゃりと齧った男の言葉に、ややあって沈黙する。
確かに公式発表では、帝王院神威は一人っ子だとされている筈だ。どれほど外見が似通っていようが、流石に実弟とは思いもしない。
下らない狼狽に悩まされたと嘆息一つ、差し出されたままの林檎を毟り取り、無言で齧りついた。

「…悪くない」
「母方の家が農家なんダ。時折、母に内緒で祖母が送ってくれル。いつも沢山届くから迷惑してるヨ」
「その迷惑すら知らん俺にとって、幸せな悩みにしか思えん」
「?李君は、親、居ないノ?」
「居な………いや、居る。恐らく」
「変なの」
「親とはどんなものだ」
「え?」
「今までなかったものが唐突に具現化される。その意味を俺は未だ理解出来ない」
「戸惑ってルの?」
「…恐らく。受け入れる覚悟はある。だが、他人だと思っていた後輩が弟だと知った俺は、どうすべきか判らない。弟とは何だ。俺はどうすべきなんだ」
「弟、居るんだネ」
「そうらしいが…どうやら俺は嫌われている様だ。無理もない」

何せ、初対面で無理矢理拐った上に、幾らかの暴力を働いている。
思い出すだに落ち込むばかりだが、それと同時にあの忌々しい顔まで思い出し、舌打ちを噛み殺した。

俊は可愛い。気がしなくもない。
然し神威は全く可愛くない。憎悪と殺意しか湧かないのだ。ぶっちゃけムカつく。全てが。

「仲良くしたいノ?」
「出来る事なら」
「…そうだネ。普通の人は、家族を嫌える訳ないもんネ」
「?」
「僕だって、出来る事なら、好きになりたかったヨ」

酷く感慨深い声だと思った。
しゃりしゃりと林檎を齧りながら壁際に背を向け座り込んだ男を横目に、どうするべきか考える。
すぐに此処から離れるべきなのは判っているが、色々失態が多すぎて何処から手をつければ正しいのか判らなくなった。

「人生で一度くらい、誰かに必要とされてミタイ。罪が償えるなんテ思ってないノ。でも、一回くらい誰かの役に立ってミタイ。変だよネ」
「…それは、変ではない」
「フフ」

敬愛すべき聡明な飼い主の元へは、戻れる筈もない。

「行かないノ?」
「何?…ああ、いや、食べ終えたら行くつもりだ。貴様はこんな所でどうする?」
「明日…もう今日、か。僕のお祖父さんが来るんだ。それまで待ってル」
「此処で?」
「…外に出たら、捕まっちゃうからネ」
「何に」
「クラスもない、コードもない、名無し隊員は速やかに退学サ。辞めるのは良いんだ、遅かれ早かれって気もしてタ」

思わせ振りな台詞の意味を考えて推測したが、実に面白い展開だ。他人事を喜んではならないとは思うが、あの男絡みならば、仕方ない。

「貴様、ルーク…神帝の怒りを買ったか」
「ウン。帝君に不敬を働いた生徒は、当然の報いだヨ。風紀が僕を探してル。偶然知って隠れてたんダ。往生際悪いデショ?」
「だが逃げる気はない、と」
「そう。お祖父さんに会ったら、全部話して自主退学する予定なんダ。自分で嫌になるヨ。でも駄目なんだ、一度憎んでしまうと忘れラれなくなってしまう。コンプレックスを笑い飛ばすなんて僕には無理だった。僕は、健吾みたいに強くない」
「貴様の事情など知った事ではないが、中央委員会が関わっているのであれば、手を貸す」
「え?」
「貴様を自主退学させれば、事実上、奴らにそれ以上の処分は適わん。これ以上ない傑作だ。人を人とも思わん男が悔しがる面、この目で見てやろう…」

あの少女漫画の王子様ですら霞む男の顔が歪む様を、高みの見物とは。想像するだにぞくぞくする。

「李君、結構目付き悪いんだネ。理事長に似てルと思ったケド、陛下には似てルの?」
「似ている筈がない!何故俺が、あんな男と…!」
「李君は、陛下の事が嫌い?陛下はお優しくて素晴らしい方だヨ。嫌うなんテ、勿体ない」
「ふん、あの男を崇拝するなど愚の極みだ。所詮、話した事もない癖に」
「アルよ。一回だけ」
「何だと」
「国際科は賑やかなんダ。いつも。皆、仲良し。陛下は始業式典の後のパーティーに毎年来てくれる。国際科の始業は9月。陛下の挨拶はいつも『ノイズが酷い』から始まっテ、皆で爆笑する。本当に、いつもウルサイ」

林檎の芯が手元に残った。
どうしたものかと辺りを見回すが、此処にはゴミ箱もダストの蓋も見当たらない。

「お酒飲んでル子も居るんだ。先生は見て見ぬ振り。国が違うと法律も育ちも違うから、悪い事だと思ってないノ。僕は日本人なのに国際科ダから遠巻きにされてタ。中央委員会のエスコート役させられテ、皆さんに、ドリンクを振る舞う役」
「その時に話したのか」
「話したって言うか、言われたんダ。『お前は静かだ』って」
「何だ、それだけか」
「ウン。それだけ。でも、凄く嬉しかったノ」

へにゃり、口元が笑った。
何と煩わしい前髪だと苛立ったが、他人の好みに口を出すのも憚られる。そう言えば、遠野俊のツンツン跳ねる黒髪もわざとらしい程に目元を隠していたが、流行っているのだろうか。
俊の自由過ぎる無造作ヘアはともかく、こちらはマッシュルームの様な髪型なので、俊以上に重苦しい。

「僕、お母さんにも耳障りだかラ喋るなって言われタんだヨ。言わない人もきっと、苛々してる。優しかった曾祖父も曾祖母も、たまに僕が何言ってるか判らないっテ顔してた。ダから迷惑掛けない様に静かにしてたんダ。ずっと。でも、健吾は話し掛けてくる。日本に帰ってくると毎回、海に行こうって、砂丘に行こうって、そんで、大声で叫ばせるんダ。…凄く、迷惑してタ」
「そのケンゴと言うのは兄弟か」
「違うヨ、叔父さん」
「叔父?」
「そう。お祖父さんが学生時代に付き合ってたのが、この林檎を送ってくれた僕のお祖母さんなんだ」

片言だけではなく、会話のスピードも基本的には遅いらしい。これではせっかちな人間は多少苛立つだろうと思うが、人の個性だ。早口が美徳とは思わない。

「二人が別れた後に、お祖母さんは19歳でお母さんを産んだ。お祖父さんには内緒で」
「そうか。苦労しただろう」
「お祖母さんはお祖父さんと同じ音大生だったケド、農家を継がなきゃならなくて、自分に歌手の才能がないって判ると、退学したんダ。お祖父さんは一番の成績でウィーンに留学して、若くしてコンサートマスターに選ばれタ。お祖母さんは、それを日本で応援してたんダ。ずっと」
「多少刺激的だが…少女漫画に通じるものがある。もう少し聞いてやっても良い」
「もうないヨ?お祖母さんは再婚しテ、お母さんは高校生の時に妊娠して、育てられないから僕をお祖父さんに預けた。お祖父さんはお母さんとその時初めて会ったんダ」
「抜かった、昼ドラだったか…」

ときめいた左胸が急速に萎む気配。
萎えたと足を踏み出したが、未だに林檎を齧っている姿を見やり、息を吐く。

「お母さんが、最近、連絡くれるんだ。アラフォーになると、過去の自分が恥ずかしく思えてきたんだっテ。困った事があれば言ってこいって言われタ。何も言う気はないケド」
「確かに、身勝手な人間だ。母親とはそう言うものなのか」
「どうカナ?健吾のお母さんは優しかったヨ。優しかったケド、健吾が大怪我してカラ、人が変わっタ。自分には音楽しかないって、思ってる。死ぬ前に曾祖母ちゃんが言ってたノ。可哀想だって」
「健吾…まさかそれは、高野健吾の事か?」
「フフ。やっぱ、有名なんだネ、健吾。昔の事だからあんまり覚えてないケド、健吾の弾くハーモニカは、楽しかったナァ…」

錦織要の事件は嫌でも覚えている。敬愛する祭美月が哀れなほど疲弊し、毎晩泣いていた。
音楽、健吾、砂丘、国際科。これらの共通点さえ判っていれば、高野健吾以外には考えられない。

「…人の役に立ちたいと、言ったな」
「え?ウン。ダから、君を此処に連れてきた。西園寺の子、君が死んだと思って狼狽えてたかラ。可哀想だったヨ。ゴメンネ」
「その件については良い。何にせよ、働きたいのであれば働け。その代わり、貴様をルークの手には渡さん。俺の命に引き換えても」
「何で…?」
「ルーク自ら貴様を探していると言ったな。理由は凡そ把握している。…この件については俺も同罪だ」
「同罪?李君、僕達の事、知ってたノ?」
「光王子の親衛隊が一年帝君に対して働いていた無礼であれば、理由も判っている。高坂日向が始業式典の日に屋内庭園で、遠野俊に暴行を働いた。それを見ていた親衛隊が始めた仕業だ」
「…そう、僕は違うケド。僕は、陛下から左席委員会に選ばれたあの子が、羨ましかったんダ。ダサくて野暮ったいのに、必要とされてル。外から来たのに、帝君で、猊下なんテ…狡いヨ、狡い…」

コンプレックスか、と、若干哀れに思えたが、無理もない話だ。
神帝名高い帝王院神威に並び、満点帝君など遠野俊以外には存在しない。嵯峨崎佑壱は理数で躓いている。

「遠野俊は…いや、お前に聞かせる話ではない。だが、ルークが俊を特別視しているのは真実だ。あれは始めから、俊を側に置きたがっていた。あれの考える事など知りたくもないが、理由は判らなくもない。だが、俺は負けない」
「負けない?陛下に?」
「ああ。名を奪われ籍を消されようが、最後に笑うのは俺だ」

キリッと眉を吊り上げれば、変な顔と言われた。それは美月からも度々言われている事なのでノーダメージだ。

「俺は俊に兄さんと呼ばせたい。貴様には協力して貰うぞ」
「…え?あの子、李君の弟だったノ?」
「未だ判らんが、父親は同じだと思われる。父上並びにパパ上の雪辱を晴らす為にも、俺は決して屈しない。祭美月の名に懸けて」
「李君、ちょっとカッコイイ」

ぱちぱちと控え目な拍手を浴びた。
少々照れたが、照れている場合ではない。何はともあれ、作戦会議だ。

「美月はいずれ大河に仕える身。だが俺は朱雀にも負けない。奴が王を狙っている事は判っている。いつか殺す。朱雀は簡単に殺せるが、ルークは多少難しい。だが恋する男など哀れなものだ。必ずや糸口はある」
「僕、陛下に恨みなんてないんだケド…」
「貴様の恋心に気づかなかったルークを庇うのか!」
「え?あの、そんな恋心って程のモノでもなくテ…」
「役に立つとほざいたな?」
「………ウン…」
「ならば命を懸けろ」
「い、のち」
「死なば最期に花火となりて、正月を飾れ。中国には春節に花火を上げる習慣がある」
「そうなんダ…」

林檎を未だに食べ終わっていない男に苛立ち一つ、袋を覗き込めばもう一つ林檎を見つけたので遠慮なく毟り取る。ガリガリ齧りながら袋へ芯を放り投げ、プールを暫く見つめ、目を見開いた。

「思いついたぞ!」
「え?」
「俊は泳げないと聞いた」
「えっと、遠野猊下のコト?泳げないノ?」
「…これならば手っ取り早く俊に気に入られる事が出来る。良し、まずは贄を捕まえて来ねばなるまい」
「にえ?にえって、人質のコト?それっテ、僕らとやってる事同じだヨ、李君…」
「手段など選んでいられるか!あの男は…ルークは美月のものだった帝君の座を、一日にして奪っていった男だぞ!」
「まさか…嫌ってる理由って、それだけナノ…?」
「それだけだと?これは著しい事態だ」

それ以外に嫌う理由など500個くらいしかない。
根元が若干黒い金髪を掻き上げ、貪る様に林檎を喰らった男のダークサファイアが歪む。


「…俺は決して貴様を兄とは認めない。………弟は貴様だ、ルーク…!」

今此処に、双子のままあるショボい兄争奪戦が開幕した。
勿論帝王院神威は知らないし、興味もないだろう。

















「そう、判った。ううん、いいよ」

土に汚れた手で赤い首輪を弄ぶ女の、サファイアが甘く歪んだ。
携帯を閉じた白魚の手はそのまま、白亜の建物を見上げる。

「…ふーちゃんはもう寝たかな。意地悪なアキちゃんの夢でも見てたりして」
「キハさん、居た!」
「あ、ラン。どうだった?」
「言われた様に閉じ込めてきたよ。…大丈夫?」
「あはは、心配しなくて良いって言ったでしょう?」

可愛い、可愛い、姪の頭を撫でた。
身長は然程変わらないが、若さを知らしめるきめ細やかな肌は瑞々しく、穢れなど一つもない。

「この件で高坂はヴィーゼンバーグに目をつける筈。大人しい日向も、ベルハーツとして黙ってはいられない」
「う、うん。プリンスは家族思い、だよ」
「ランの王子様だねぇ。うふふ、プリンスルークよりベルハーツの方が好きなんて、リンは知ってるの?」
「…知らないと思う。リン、今はファーストに夢中だもん」
「困ったねぇ。日向があの赤毛に何してるか知ったら、発狂しちゃうんじゃない?うふふ」

黙り込んだ姪の男装を見やり、蒼い眼差しを眇める。

「お兄ちゃん、上手くやってくれたかな?」
「冬臣伯父さんには気づかれてない…と、思う。一応、リンの振りしてわざとらしく尾行してきたから、悪戯だと思ってくれてる筈だよ。…そうだと良いけど」
「失敗は駄目だよ?冬ちゃんは怒ったら恐いからねぇ」
「知ってる。…失敗はしない。日向君に迷惑掛けたくない、から」
「OK。記憶の鍵は奪われちゃったけど、本物の鍵はアキには見つけられない。うふふ、楽しくなってきたねぇ、ラン」

空はカフェラテよりも濃い、プラネットモカ。
黒にしか見えない濃茶の宇宙には幾つもの星が瞬いている。


キラキラと。
キラキラと。
まるで、笑っているかの様に。


「…あそこにお母さんとお父さんが居るのかな」
「えっ?何か言った?」
「ううん、何でもないよ。じゃあ、朝まで時間はないけど、少し休んでおいで。必要なものは駐車場に停めてある車の中に用意してあるからねぇ」
「う、ん。判った…」

ならば見ているのだろうか。
だから今、星の瞬きとなって微笑んでいるのだろうか。


「待っててね」

新月が近い。
光は酷く脆弱だ。
だからこの光が消えてしまう前に、全てを。

「もうじき君の願いが叶うよ。…君はただの犬なんかじゃない」

全ての時を戻そう。
左席委員会に名付けられたクロノスの名の元に。



「ナイトオブナイト、真実の夜に君が目覚めた時に、全て…」

いつか騎士が残した鍵を手に入れた者が、勝者だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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