帝王院高等学校
怪しい情報は自己責任で知りたがれ!
「ああ…愛の力だわ…」

やっと見つけた愛しい男の姿に、女は体を震わせた。
無音式の改造版小型ドローンを飛ばしに飛ばして、やっと、見つけたのだ。

「佑壱様…。貴方から目を離してしまった私を許して下さい。でもご無事で何よりです…!」

全力で走り、手頃な木へ飛び移ってから、スマートフォンサイズのタブレットを凝視した。各地に設置したカメラやマイクから情報を拾い、被っていたキャップを外す。

「マダムとアリアドネ大叔母様、やり過ぎだわ。あれじゃ吐かせる前に死んでしまう。…まぁ、佑壱様を狙った奴なんか、生かす価値なんかないけれど」

近寄る勇気などない。
けれどカメラ越しだろうが見守りたい、それが乙女心だ。配管の中を伝い、念の為、校舎のあらゆる場所を探しておいて良かった。見つけられたのは奇跡だ。真実の愛だ。

「…それにしても変ね。さっき、ランに似た顔を見た様な気がしたんだけれど、あの子こんな所で何をしてるの…?誘っても来なかった癖に…」

ふと呟いて、動き易いワーカーパンツのポケットからタロットを抜き出した。手早くシャッフルしたカードを一枚引けば、良くも悪くもない。

「何よ、珍しくランのカード、良くないじゃない…。嫌な予感がするわ…」

佑壱を見つけた教室内には、ドローンを待機させてある。見つからない様に教室内に設置されたスピーカーの裏に忍ばせた。
予算をケチった所為でマイクは仕込めなかったが、盗み聞きなど乙女のする事ではない。

万一、迸る若さでムラムラしてしまった佑壱が、自慰など始めてしまったら。そんなものを盗み聞きなどして、果たして自分は理性を保てるだろうか?


否、保てない。
ザ☆無理だ。

獣になってしまう自信がある。何せ獣な両親から産まれてしまったのだ。自分を止められる気がしない。
特に世界中にボーイフレンドがいる為、世界各地を転々としている母親など、隠し子の十人や二十人居ても可笑しくはないのだ。ブラコン過ぎて愛人も居ない変な所で律儀な父親より、自分は母親に似ていると自覚していた。

「…ごめんなさい、佑壱様。貴方のリンは、遠くから見守っております…。変態ベルハーツからも貴方を狙うどんな敵からも、この私がお守りしますわ…」

涙を飲んで木から飛び降り、双子の片割れを見つけたと思わしき地点まで走る。

「今の所、面倒なのはヴァーゴよ…。冬臣伯父様が訳判らないのはいつもの事、気にするだけ無駄。人の嫌がる事なら何でもやりかねないヴァーゴにだけは、邪魔はさせないわ…」

叶二葉にだけは会わない様に細心の注意を払う必要があるだろう。顔だけは一級品な、根性が捩れている叔父の顔を思い出し、忌々しげに舌打ち一つ。
いけない。乙女は舌打ちなどしないものだ。

「…それにしてもあの山田太陽って男、結局、何者なの?カルマの新しい総長と同じ顔をしてる癖に、ヴァーゴの側にいるなんて…。不細工でチビで短足の癖に左席副会長だなんて生意気だわ、一度絞めておこうかしら…」

ポキッと指の骨を鳴らした自称乙女は、慌ててポケットから取り出した一枚のブロマイドを見つめ、頬を染めた。


「ごめんなさい、ケルベロス様…。私と言う女の心を飛び回る赤い鳥は、貴方と言う、不死鳥だけです…ちゅ」

カルマ非公式ブロマイド、一枚一万円。
リン=ヴィーゼンバーグの現在の目標は、カルマ副総長のブロマイドをコンプリートする事だ。


健気な愛である。










一方、そんな不審者にカメラ越しで視姦されている一年Sクラスはこちら。


「…大喝采を受けたオーケストラが幕を下ろして、立食も終盤に差し掛かった頃です。大きなケーキが切り分けられて、運ばれてきました」

思い出話で手離しに健吾の凄さを語った要は珍しく興奮気味で、最初は茶化していた当の高野健吾は途中から顔を覆い、乙女座りで悶えていた。
白々しい表情の隼人から消しゴムをちぎっては投げつけられているが、健吾は気にも留めていない。

…無理もないだろう。山田太陽が我が事ながら照れるほどには、要の弁舌は軽やかだった。同じく気恥ずかしげなクラスメートがもじもじしている光景を横目に、太陽は自分のネクタイを外し、丸めて健吾に投げつける。
そこで顔を上げた健吾と、誰のものか判らないが勝手に消しゴムを無へ還していた隼人が揃って太陽を見つめ、目を丸めた。

なので太陽はわざとらしく目を逸らす。

「テロだったのか何だったのか、今となっては良く判りません。パーティー会場の各地に仕掛けられていた爆弾が一斉に火花を散らし、会場は当然騒然一色です」
「そりゃそうだろうねー。幼稚園の頃だろ?俺だったら無理、耐えらんない」
「サブボスだもんねえ」
「庭でデザートを広げ、ユーヤと、皆から喝采を浴びながら挨拶回りを済ませてやって来たケンゴと合流して、和やかに雑談していた俺は、噴水を飾るビーナス像に仕掛けられていた爆弾の衝撃を、間近で受けた」
「ありゃービビったよなぁ、マジで…(´ωゝ) ユーヤも右目の下に破片が飛んできて血が出てたし、大人も倒れてたっしょ」
「吹き飛ばされた俺はその時に足を痛めてしまい、立てなかったんです。衝撃で上半身が上空へ吹き飛ばされたビーナスが、俺へ真っ直ぐ落ちてくるのが見えました。けれど、逃げられなかった」

隼人は要と健吾を交互に見やり、気まずげに口を閉ざした。それに気づいた太陽は頭を掻き、健吾が投げてきたネクタイを受け取って、首に掛け直す。

「その時、高野が錦織を庇ったんだね?」
「ま、そんなもんwどーよ俺、カッケーだろ?(*´Q`*)」
「茶化している場合ですか…」

皆から素敵コールを浴び、満更でもない健吾はわざとらしくシナを作ったが、要から咎められて頭を掻いた。

「事はそれだけなら良かったんですが、落ちてきたビーナスの頭にも…爆発が遅れたのか、爆弾が埋まっていたんです」
「えっ?!」
「俺を庇ったケンゴは、ビーナスが落下する直前に炸裂した爆発に飲まれました。俺やユーヤ、…そして楽団の皆の前で」
「うひゃひゃ、その辺あんま覚えてねーんだよな!(´ε`*)ゝ 目が覚めたら病院で、包帯ぐるぐる巻かれてて、何日も寝てたらしいしよ!うひゃw」

決して笑い事ではない。
張本人はケラケラ笑っていたが、流石の佑壱までもが眉を寄せている。隼人も流石にこれは揶揄う気にもなれないのか、呆然と健吾を眺めるばかり。

「…本当に、すいませんでした。俺なんかを庇った所為で…」
「だから、もう良いんだって!カナメだって大怪我したんだろ?見ろや、今の俺ってば毎晩オナニーに勤しんじゃうくらい元気だしよ。気にすんな!(´▽`)d」
「毎晩は流石に、やり過ぎでしょう?」
「わ・か・さ☆(*ノÅノ)」
「ねえ、カナメちゃんの怪我ってさあ、どんくらいだったの?」
「あ、そうだ。それは俺も知らねーっしょ(; ´艸`) マジ、大丈夫だったん?」
「左の首から肩に掛けて裂傷と火傷を負いましたが、足首の骨折が一番酷かった程度です。暫くは歩くのも苦労しましたが、…ケンゴに比べたら、掠り傷ですよ」
「はあ?それが掠り傷って、だったらケンゴはどんだけ重傷だったってわけえ?」

隼人の疑問に対して、言い難そうな要は口を閉ざし、張本人の健吾は困った様に笑った。そこで沈黙していた俊が顔を上げ、外を指差す。

「イチ、泣いてる」
「…は?」
「外で誰かが泣いてる。この声は…俺の知らない声だ」

立ち上がった佑壱につられて、級長である野上もまた立ち上がった。佑壱より先に外へ飛び出し、耳を澄ませている。

「天の君、僕には聞こえません。どっちから聞こえますか?」
「少し、近づいてきた。階段だ。この先、右の奥の方から階段を上ってくる。此処は今、何処だ?」
「えっと、第五離宮の三階です」
「第五って、部活棟じゃん。あはは、そんなとこまで来てたのー?」

太陽も立ち上がり、廊下を覗き込む。その瞬間、嵯峨崎佑壱は凄まじい早さで駆け出した。

「うぇっ、イチ先輩…?!」
「お待ちを、紅蓮の君!お一人では危険ですばい!」

佑壱を追う様に駆け出した野上を止める暇などない。
あちゃー、と太陽は頭を抱えたが、俊に肩を叩かれて振り返る。

「大丈夫、心配ない」
「だけど…」
「ワンコの気配がする。だから大丈夫だ」
「へ?」
「健吾」

俊の言葉に慌てて立ち上がった健吾は、然し俊から名を呼ばれ、力なく座り直した。隼人と要が目を合わせ、佑壱と野上が飛び出していった窓の向こうへ目を向ける。

「話の途中だろう?」
「…さーせん、総長」
「言い難いなら俺が言おうか。カナタからもお前からも、俺は話を聞いている」

尻を撫でながら、座り疲れたと零した俊は健吾の隣に座った。
胡座をかいて、ぐっと腕を伸ばした瞬間に腹が鳴ったが、胸元に差したサングラスをすちゃっと掛ける。

「左腕の肘から下が吹き飛び、鎖骨以下、腰骨まで粉砕骨折、両足の靭帯断裂。折れた骨は右肺及び胃、膵臓、肝臓、胆嚢、内臓の大部分に刺さった。胃の25%を削除、左腎臓の摘出、左腕は神経が壊死する前に縫合する事に成功したが、」
「俊、もういいよ、判ったから…」
「左手の握力は右手に比べて弱く、左の薬指と小指は曲がらない。間違っている所はあったか、健吾」
「…ねーよ、ある訳ねーじゃん。総長、相変わらず記憶力パネェっスね(´・ω・`)」
「指が、曲がらない…?」

呆然と呟いた要に、健吾は痙き攣った笑みを浮かべながら、頭を掻いた。太陽から睨まれ肩を落とした俊はクネクネと体を揺らし、か細い声で謝っている。

「…あー、死んだばーちゃんとじいちゃんと両親以外には、ユーヤしか知らねーし。総長以外、ユウさんにも…誰にも言ってねーかんな」
「そんな…」
「カナメの耳のとこらへん、薄いけど火傷の痕あるの知ってたっしょ。だから総長がカナメの誕生日にそのピアスあげてた時、やっぱスゲーなって思ったんだぞぃ(*´Q`*)」

俺はベルトだけど、と。
シャツを捲り、健吾は黒い瞳を細めた。スラックスを通るオレンジ色の細身なベルトは、カルマの犬の証だ。要には羽根がついたピアスの付け根に、イヤーカーフ型の小さな首輪がついている。

「だからタイヨウ君、あんま総長を睨まんで?ε(*´・ω・)з マジたまに俺でさえ総長って空気読めねーなと思うけど、そんなんでも尊敬する人だからw」
「くっそ、命拾いしたな、俊!」
「ヒィ」
「いや、拾えてねーべ。総長に二発デコピンしてんじゃねーか(;´Д⊂)」

デコピンで指を痛めた太陽は右手を振り、ちっと下手な舌打ちを放った。余りに下手過ぎて、それはもう舌打ちではない。ただの「ちっ」と言う台詞だった。

「薬指と小指ってさ、ピアノやってないと基本的に曲げられる奴なんか居ねーべ?だから日常生活は困んないっしょ(・ω・)d」
「…です、が」
「あー、だから、頼むから泣くなっしょ!ちょ、カナメっ、お前マジ泣いたらぶっ飛ばすかんな?!(((;´ω`;)))」
「…っ」
「ハヤトー!!!カナメを慰めて!やばい、泣きそう!カナメがカナメなのに何か泣きそうっしょ!ハヤトー!!!」
「あーもー、うっさいなあ…。はいはいカナメ、男なら泣くんじゃありませんー。チンコついてんだろお」

仕方なく要を抱き締めてやろうと腕を広げた隼人は、要を抱き締めた瞬間、腹に重い一撃を叩き込まれる。無言で動きを止めた健吾は痙き攣り、太陽と俊はさっと目を逸らす。川南フラッシュが炸裂した。

「気安く触らないで下さい」
「カ、カナメ、それは流石に…ハヤトが可哀想っしょ…(°ω°`)」
「はい?何か間違ってますか?」
「あー…うん…カナメはそのままで良いよ(°ω°)」
「よくあっかあ!おのれツンデレ姫めえ、この恨み晴らさでおくべきか…」
「ハヤト、俺がお前に金を貸してからそろそろ半日が過ぎますね」

にっこり。
近年稀に見る麗しい笑みに、全ての人間が沈黙し、背を正した。腹を押さえたまま恨めしげに要を睨み付けていた神崎隼人は血の気がなく、今にも風化しそうな風体だ。

「そろそろ利息を貰いましょうか」
「あ、あの…その件については後日必ずお返ししますので…」
「今は半日分の利息の話をしているんです。全額は忍びないので、とりあえず利息だけで構いません」
「………サブボス…」
「え?…あー、うん、俺の持ち金で足りるなら、貸すよ。何か良く判んないけど、任せて」
「カナメちゃん、お利息は幾ら?」
「一万円。」
「「え?!」」

隼人と太陽が声を揃え、健吾は俊と目を合わせた。要の守銭奴はカルマで知らぬ者はない。他人事なのに青ざめる太陽は、恐る恐る要を見やった。隼人は最早言葉もない。

「あ、あの、錦織君、それって幾ら貸したの…?」
「カフェテリアのランチ二人分です。内訳は蜂蜜ミルクセーキとエビカツサンド、それと日替わりランチプレートです」
「待って、待って待って、金額は良く判んないけど、それって一万円もするもん?!」
「あは。…5000円くらいだった筈だけどねえ」
「パヤティー!騙されてるよ…!お前さん、堂々とぼられてるよ?!」
「ねずみ算方式に利息が膨らんでるんだよねえ…。あは。もう原本幾らになってんのか聞きたくないかなあ…」
「原本は原本に決まってるだろー!しっかりしろパヤちゃん!お前さん、何で借金なんかしたんだー!」
「ああ、それはハヤトがカードをなくしたからですよ、山田君。懲罰棟へ行った時に紛失したそうです」

にこやかな要の台詞に健吾は首を傾げたが、山田太陽は沈黙した。
胸ぐらを掴んでいた隼人からそっと手を離し、スラックスのポケットの小銭入れを取り出して中身を確かめたが、緊急時の小銭数枚と折り畳んだ千円札が一枚、食後の携帯用歯間ブラシ数本しか入っていない。

「…俺の所為で、何かごめんね?神崎君…」
「謝罪するならお金をおくれ」
「1030円で良ければ、返さなくていいから…」
「あは。利息にもなんねえっつーの…」
「おい、ハヤト。何か良く判んねーけど、二万くらいなら手持ちあっから、貸してやろっか?(´艸`)」

山田太陽と神崎隼人の潤んだ瞳に見つめられた高野健吾は真顔で「キモい」と思ったが、辛うじて声は出さなかった。

「ふん、冗談ですよ。利息はともかく、俺が貸したのはハヤトです。山田君やケンゴに返して貰う理由はありませんので、受け取りませんよ」
「…ATM開いたら下ろすから待ってて」
「昨日は昼まででしたからね。今日もですよ」
「判ってるってば…!全く、24時間にすれば良いのに!」

寮北棟の一階、コンシェルジュが24時間待機しているエントランスに、ATM設備がある。基本的にカード払いが主流な為、帰省時や外出時程度しか利用しない。その為、平日は午後六時まで、週末は正午で停止する。
昨日は間が悪い事に、土曜日だった。隼人がカード紛失に気づいた時にはもう、ATM営業時間は終了していたのだ。

「流石は会計…お金に関しては人が変わるね」
「カナメのドケチはやべーっしょ。月一万あればマジで生活出来る奴だから(°ω°)」
「俺の小遣いは月に3300円だぞ?だが生きてる」
「料理全然出来ない癖に、ご飯は炊けるんだよねえ。カナメちゃんの鞄にご飯ですよ入ってたの見た事ある…」
「ご飯ですよは美味しいけど…それで三食は無理がありはしないかい?」
「俺なら唐揚げで一週間戦えるぞ?」
「それだったら隼人君だって、おいなりさんとエビフライで戦えるけどお…」
「巨乳グラビア二冊で一週間戦えるっしょ(`・ω・´)」

顔を寄せてヒソヒソしていた三人は、そこではたりと動きを止めた。要と俊が覗き込んでいたからだ。

「俺の悪口を俺の前で堂々と宣うとは、良い度胸ですね」
「「「「すいませんでした」」」」

土下座する三人につられ、俊は何かノリで土下座したらしい。
四人の中で最も見事な土下座に、要が若干ときめいた。

「山田君、質問に答えますよ。俺が愛しているのはこの通り金です」
「言いきった…?!」
「…件の事故の後、俺は健吾の容態が知りたくて、父に頼みました。本当に、何と馬鹿な事をしたのか。今更悔いても仕方ないとは言え、たった一度誉められて勘違いしたんです」
「?」

はたりと動きを止めた太陽は、隣で正座している俊を見る。
要の表情が固い事に気づいた隼人と健吾は目を見合わせ、同時に逸らした。隼人はつい健吾を見てしまった自分に対する怒りから、健吾は隼人の頭のリボンが取れ掛けている事に気づいて笑いそうになったから、だ。
とことん噛み合わない二人である。

「楼月は俺を見下し、役立たずと吐き捨てた。縋りついても取り合って貰えず、見かねた美月が朱雀を経由して、教えてくれたんです。ケンゴはドイツの病院で、昏睡状態だと」
「は?何で朱雀?(°ω°)」
「ユーヤが…正確には、ユーヤの父親が手配した病院だった様ですね。あの頃、貴方の楽団はイタリア・ドイツを拠点に活動していたでしょう?ユーヤがサンフランシスコへ来た理由は、ケンゴに会う為だったんですよ」
「は、はぁ?!(;´・ω・`) 待てよ、そんなん俺聞いてねーっしょ!」
「朱雀が言ってました。自分も本当ならついていく筈だったのに、母親の事件から、すぐに朱雀はアメリカへ渡りました。当時大河を狙った組織の活動が目まぐるしく、母方の祖母の元へ送られたそうです。朱雀と裕也の母親は異母姉妹で、朱雀の祖母は愛人だった為、一人で暮らしていた」
「え?待って、俺には何が何だか判んないけど、聞いてもいい話?駄目なら耳塞いどくから!」
「別に構わないでしょう、朱雀は気にしないと思いますよ。聞いた話では、近頃は大阪で遊び歩いているそうですし…」

首を傾げている俊以外は、自由人だった元クラスメートを思い出し、乾いた笑みを浮かべた。

「大河朱雀と言うのは、本当ならクラスメートだったのか?」
「そうだよ、俊。中等部2年の始めの頃に二葉先輩に手を出して、半年の謹慎になったんだ。進学科だったから懲罰棟じゃなくて自宅謹慎になったって話だよー。それなのに大阪で何してんだろ?」
「派手で俺様で不良?恐いな…」
「俊なんか一撃でカツアゲされちゃうよ、戻ってくるかどうか判んないけど、見掛けたら逃げて!」
「大丈夫ですよ総長、朱雀如きこの俺が八つ裂きにして差し上げます。この錦織要に一任下さい」
「おいおい、朱雀なんざ俺が一発だべ?(°ω°) 通算勝ってるし!多分!」
「あは、猿のが負けてなかったっけえ?あほ朱雀なんか隼人君がちょー余裕でぶっ飛ばすからあ。ボス、心配しないでねえ?」
「そうか。だが地味平凡弱虫短足ウジ虫な俺なんか、きっとぽっくり逝くぞ。怖すぎて今夜は眠れない」
「良し、俺に任せて俊。プレステのコントローラー握ったら、夜なんかあっという間に明けてるから」

ゲーム廃人の台詞に犬共は沈黙し、オタクは目を輝かせる。ぴとりと平凡に張り付いて、極悪な面構えをほんのり朱で染めた。

「はぁ。何と言うか、真面目に話していたつもりだった俺が、馬鹿みたいですね…」
「そうだよ錦織、一年Sクラスは今までの常識を覆す、日直制の進学科なんだ。えっと、本当なら今日は日曜日だから、日直は俊だね!」
「日曜日も授業があるのか?」
「当然だろ、Sクラスだもん。と言う訳で、結局、錦織は藤倉よりお金が好きって事が判った!」
「あは。サブボス、ぶっちゃけたねえ」
「えっ?違う?高野が心配だったのは本当だけど、錦織にドイツまで行く方法はなかった。だから会いたくても会えなくて、謝りたくても謝れなくて、悩んでたって事だろ?」

太陽がさらっと宣った台詞に、錦織要はぱちぱち瞬いて、こくりと頷く。要が余りにも素直に頷いた為、教室内がどよめいた。無意識で抱き合った隼人と健吾は青ざめ、俊の背後に隠れた太陽のデコが恐怖でキランと光る。

「まぁ、はしょれば…そう言う事になります。本当に、一から十の三から九までショートカットすれば、ですが…」
「ににに錦織君、あの、はしょり過ぎて…ごめんねー?詳細があるならどうぞ…」
「そうですか。楼月は役立たずな…寧ろあの事件でケンゴに庇われてしまった俺を消そうと企みました。ケンゴが世界的に有名な高野省吾の息子だからと言う他に、藤倉理事の監視下にある事を恐れたのでしょう。ただでさえ、騒ぎの黒幕探しに躍起になっていた。楼月は自分に疑いの目が向く事を恐れた」
「え?どう言う事?」
「大河の幹部の中でも祭って比較的新しいんだよお。だから他から比べて立場が弱いわけー。言ってたじゃんかあ、朱雀の父親の大河社長は奥さんを亡くしたばっかだったんでしょ?」
「あ、成程。ステルシリー絡みのパーティーで事件が起きたら、そこに居た皆が疑われるって事だもんね?ピリピリしてた大河が祭に圧力を掛けた、って事?」

太陽の疑問に隼人は肩を竦め、頭を振った。流石に、良く回る隼人の頭でも、そこまでは判らない。

「圧力と言うより、ステルシリーと何のコネも得られずに戻ってきた事が問題でした。楼月は他の三家の嘲りを受け、黒幕探しに血眼になった。その焦りから、俺に怒りの矛先が向いたのでしょう」
「八つ当たりじゃん!ムカつく!もー、二葉先輩に言ってボコボコにして貰ったらどうかなー?」
「然しいち早く気づいた美月がそれを止めようとして、二人は同じ人間に真逆の仕事を依頼をした。当時、祭家が持て余していた、あの悪魔に…」
「ほへ?!悪魔っ?」
「祭洋蘭、…当時はただのネイキッド、今はネイキッド=ヴォルフ=ディアブロと言います。ヴォルフスブルグを恐怖で支配し、空軍を支配下に置いた、史上最悪の子供です」

あちゃー、と、山田太陽は額を押さえた。ボコボコにして貰ったら、などと抜かした自分を埋めたい。
ぎりぎりと歯を噛み締めている要の目は俊に並ぶほど荒み、しなやかな手がボキバキと恐ろしい音を奏でている。ほぼ全ての人間がチビった。

「あの男に借りなど作って堪るか…!俺は、楼月などよりずっと、あの男の方が憎いんですよ!殺しても殺し足りない…!」
「あはは、…何があったのかは聞かない事にするねー。錦織、二葉先輩の弱点はね、おへその下の鼠径部の切れ込みだよー」
「………はい?」
「バキバキに割れてる腹筋に沿って撫でてくと、足のつけねに辿り着くだろ?あの辺しつこく触ってると、興奮するみたい」

教室が凍った。
目を見開いた隼人は震えながら健吾の背後に隠れ、怯えた健吾は俊の背後に隠れ、川南北緯はメモに書き込んでいたボールペンを止めたまま心停止、息がない。

「…念の為、確かめても宜しいでしょうか」
「…どうぞ」
「どうやって調べたんですか…?」
「ふ。錦織、そこは武士の情けだよ。聞いてくれるな」

意味が判っていない童貞だけがキョロキョロと辺りを見回し、青褪めた要はふらりと椅子へ座った。難しい表情で黙り込み、微動だにしない。

「あのさあ、カナメちゃん、眼鏡のひと興奮させてどうすんの…?」
「やめろハヤト、考えたくもない…」
「それ以前の問題だろ、どうやって脱がすん?(´°ω°`)」

カルマ幹部会議は一瞬で終了した様だ。
何の役にも立たない弱点を聞いてしまった山田太陽以外の全員が、脳からその情報を抹殺した。そんな恐ろしい情報は、逆に知ってしまった側の弱点になりかねないからだ。

何となく気まずい空気に、沈黙が落ちる。
フタイヨーだフタイヨーと微かにざわめく邪な生徒らも、流石に堂々と萌えられない。だが然しフタイヨーだフタイヨーだと言う興奮は、何となく伝染していった。


ざわり、ざわり。
かちりと、壁のアナログ時計が時を刻んだ。


「俺は今、沢山の話を聞いた。朧気な靄が晴れていく様に、積み木を重ねていく様に、どれ一つも無駄じゃない」

口を開いたのは、囁く様な声音だ。
水面の波紋の様だったざわめきは忽ち鳴りを潜め、皆が体から力を抜くのが判る。

するりと、緊張が解ける様に。
音もなく垂直に、広い水面へ吸い込まれていく様に。

「ただずっと、疑問が残ってる。俺はオーディエンスなのか、それともキャストなのか。



 …だから今度は、俺の話をしてもイイだろうか」



タクトを持たぬ指揮者の前奏は、密やかだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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