帝王院高等学校
これも愛、それも愛、全部ラブ!
「何だこれ」
「箱、かな?結構大きいかも…」
「スコップ貸せ。爆発物とかだったらやべーだろ」
「ええ?!そんな、まさかぁ…」

スマホを握りしめた獅楼は怯んだが、土の中から出てきた何かの周りを手早く掘っていく裕也の足元を照らしながら、おっかなびっくり散らばった土を片手で払っていく。

「…不審者は何も外人ばっかじゃねーよな」
「へ?」
「そろそろ出せるんじゃねーか?」

裕也の呟きに顔を上げた獅楼は首を傾げたが、明確な答えはきっと返ってこないだろうと判った。言われるまま、裕也が掘ったお陰で柔らかくなった土を払い、姿を現した黒い箱を持ち上げる。
怯えながらそろりと地面に置いて、スコップを放った裕也が穴から這い上がるのを目で追った。

「うわ、今気づいたけど結構な深さだよ、これ。埋めとかないと不味いんじゃないかな?」
「おー」
「…おれがやれって事ね」

獅楼が置いた箱を持ち上げ、周りを眺めている裕也は「暗すぎる」と呟いて、獅楼の手からスマホを奪う。
覚束無い視界に目を凝らしながら、掘り出した土を足で蹴って穴へ落としていく獅楼は溜息を零した。意地悪ばかり言う零人も面倒だが、裕也の方が圧倒的に面倒だ。

「これ蓋がねーな。どっから開けんだ?」
「蓋がない?箱じゃないって事?」
「や、何か入ってるのは間違いねーぜ」
「ちょ、振ったら不味いって!爆発物!」
「あ?んな訳ねーだろ、何でただの高校にンなもんが埋まってんだ、馬鹿かよ」
「…さっき自分が言った癖に」

零人の判り易い意地悪より、やはり裕也の方が圧倒的に意地が悪い。優しい物言いに騙されるなかれ、やはり健吾の相方なだけはある。人を揶揄うスキルが高すぎるのだ。

「良く判んないけど、ケンゴさんとカナメさんに連絡した方が良い?」
「まぁ待て、オレに考えがあるぜ」
「考え?」
「とりあえずぶっ壊してみよーぜ」
「絶対やめて」
「何でだよ」
「絶対やめて!」
「そんな強く言われると…」
「ぎゃー!」

スマホを獅楼へ投げるのと同時に箱を頭上へ持ち上げた裕也が、校舎の壁へそれを投げた。
派手な音が響いたが、壁を跳ねて吹き飛んだ箱を涙目の獅楼が恐る恐る照らせば、少しだけ変形した箱の一辺がなくなっている。

「お、蓋あったみてーだな。内側に蝶番ついてんぜ。何だよ、壊して損したぜ」
「あそこに外れたのが吹き飛んでる…」
「タイムカプセルとかだったら不味いかよ。そん時はシロ、謝っとけ」
「何でおれが!」
「友達だろ?」
「この人、悪人だ。前世で多分処刑されてる系の人だ」
「馬鹿言え、カルマの良心と言えば藤倉裕也だぜ?オレの優しさの前ではバファリンも敵じゃねー」
「とりあえずカナメさんにメールしたから」
「マジかよ」
「…ケンゴさんには内緒にしとく?」

ぼりぼりと頭を掻いた裕也は箱の中を覗き込み、

「オメー空気読むスキルが神憑ってんな。ただ口が軽すぎるぜ、馬鹿だから」
「うう、それ自覚してる…」
「別に、馬鹿素直は悪い事じゃねーだろ。単にうぜーだけだ」
「うざいんだ…うう、ごめんなさい…」
「これ何に見えるかよ?」

箱の中へ手を突っ込んだ裕也が、何かを掴み出した。
バッテリーの残量が心許ないスマホのライトを当てた獅楼は目を丸め、

「あ、コンタクトが外れたっぽい。良く見えないけど、どっかで見た事があるよ〜な…」
「オメー、目ぇ悪いのか?」
「0.5くらい」
「現代っ子驀進中じゃねーか、そんなんだから喰われんだよ。ケツの穴しっかり絞めとけ」
「ちょ、視力とケツは関係ないだろっ」
「ユウさんが駄目なら兄貴とか、オメーもとんだビッチじゃね?オレは悲しいぜ」
「そそそんなんじゃないもん…!あ、あれはアイツがいきなり…!」
「嫌ってたら二回も三回もねーだろ。オメー、いっぺんだけかよ?」
「…」
「言わん事じゃねー。そりゃお前、流石に烈火の君に同情するぜ」
「だって…」
「本気で嫌ならぶっ殺せや。副長の兄貴とか関係ねーだろ、オレと同じ様な体格してんだ。オメーが本気で抵抗すりゃ、幾らアイツでも一溜まりもない筈だ。多分」
「多分って…」
「おざなりよりなおざりのが酷い場合があるっつー事だ」

コンタクトを探しても無駄だと諦めた獅楼は、雑に埋めた穴を足で力なく踏み締める。手伝っているつもりなのか、スコップでポフポフとおざなりに地面を叩いた裕也は欠伸を一つ。

「偉そうな説教なんざ柄じゃねーぜ。自分に跳ね返るってな」
「え?」
「くそ、もう構わねー。おいシロ、オメー、どうやって烈火の君を落としたんだ?」
「は?!な、何だよっ、いきなりっ?!」
「ほぼ三ヶ月にいっぺん触ってんのに、未だにキスすら拒まれるって何だ?脈なしかよ?」
「へ?え?それ、ユーヤさんの話?」
「馬鹿抜かせ、オレの親父が16年前に女孕ませて生まれた餓鬼の悩みを受けたんだよ」
「…それって結局、自分の事だよね」
「まーな」

悪びれない裕也は箱を片手に歩き始めた。
スコップを手に慌てて追い掛けた獅楼は振り返ったが、明るくなってから鋪装すれば良いかと諦め、歩を進める。

「待ってよユーヤさんってば!あのさぁ、相談事ならちゃんと真面目に話してよっ。そしたらおれちゃんと真面目に答えるし。人には言わない様にするし…頑張るから!」
「ざけんな、何でオレがテメーと恋ばなしなきゃなんねーんだよ。ぶっ殺すぜ」
「もうっ!だったらケンゴさんにでも相談すれば?!あー、もー、ムカつくっ」
「アイツにだけは絶対言わねー」
「何で?!」
「言ったって、困るだけだ」

寮に帰るのかと思えば、何を考えたのか、裕也は部活棟へ足を進めた。それをスコップ片手に追い掛けながら、獅楼は意味を考える。
馬鹿だ馬鹿だと苛められてはいるが、これでもAクラスの三位には入っている。一位は健吾で、二位は裕也だ。

「どうして困るの?」
「さーな」
「それって、ユーヤさんの言ってた『脈なし』の相手が、ケンゴさんだからじゃないの?」
「…オメー、大概うぜーな」
「おれ、ユーヤさんはカナメさんが好きなんだと思ってたよ」
「はぁ?何だよそれ、カナメって、あのカナメかよ」
「他にどのカナメさんが居るんだよ…」
「ハヤトじゃあるめーに、オレはホモじゃねー」
「確かに、そっか。ごめん、そうだった。ユーヤさんってば清楚な彼女ばっか誑し込む悪党だったねっ、忘れてたっ!」
「まーな。大人しそうで他の男を知らなそうな奴のが色々便利だからよ」
「へっ?」
「最中にうっかりケンゴっつっても文句言えねー奴な。ありゃマジ便利」

加賀城獅楼の思考回路は停止した。
肩を竦め悪びれない裕也はエレベーターを押しても反応しない事に気づいて眉を潜め、エレベーターの扉に背を預ける。

「でも女っつーのはすぐに適応しやがる。週二回の電話が毎日になって、日曜は毎回空けとけっつーんだ。しまいにはわざとらしい浮気の証拠なんざチラつかせてきやがる。嫉妬しろって事だろ?無理言うなだろ、そもそもオレは彼女のメアドすら登録してねーんだぜ?返信しかしねーからな」

開き直ったのか、饒舌な男は欠伸をまた一つ。
袖を捲っていたブレザーを、獅楼とは違い汚れていない手で戻し、ごしごしと目元を擦っている。

「つーかケンゴ以外に発情した事ねーのに、色々無理だろ。後ろから挿入すれば男も女も大して変わんねーぜ。頭の中で変換すりゃ良い。茶髪の女は大体、ケンゴに見える」
「………それ、ケンゴさんは…」
「半分くらい判ってんじゃね?オレに女作れっつったのはアイツだからな。で、最低三ヶ月続いて別れると、ご褒美が貰えるシステムだ」
「ご褒美…?」
「最初は慰めてるつもりだったんだろうよ。オレからしてみれば棚からぼた餅、わざと落ち込んだ振りするとクソ程優しくしてくれる。これ何て言うか知ってっか?」

裕也の表情が若干、歪んだ。
笑っているのか怒っているのか判り難い、奇妙な表情だ。獅楼にはどちらか判らない。健吾であれば、判ったのだろうか。

「パブロフの犬」
「…聞いた事はあるよ。記憶が習慣化するんだ。梅干しを見て酸っぱい唾が出るってやつ」
「そう、別れる為にオレは擬似恋愛する。その時は本気で彼女を大事にしてんだ、これでも。訳判んねーケーキ屋で訳判んねーケーキ喰わされて、クソ面白くない話聞いてやって、家まで送ってやる。全てはご褒美の為に」
「最低だね」
「だろうな」
「ケンゴさんはどうして判ってて止めないの?」
「オレがまともな男になるまでやめねーんだろ?」
「最低だね」
「悪人で悪党だからな、あんま褒めんな」
「違うよ、ケンゴさんがだよ」
「あ?」

低い声を放った裕也に怯みながら、然し目は真っ直ぐ逸らさずに、獅楼は口を開いた。土汚れした手を握り締めれば、じわりと汗を掻いている。

「ユーヤさんをちゃんと断んないのは、ケンゴさんって事だろ?そりゃ一回や二回はユーヤさんに騙されたのかも知れないけど、きっと、おれと同じなんだよね。だからさっき、怒ったんだ」
「…何ほざいてんのお前、馬鹿だろ」
「おざなりよりなおざりのが酷い場合があるってゆってたじゃん。それって多分、適当に処理されるより無視される方がキツイって事だよね?」
「…」
「それ、ちゃんと言ったの?ユーヤさん、ケンゴさんに嫌われたくなくて言えてないんじゃないの?」
「言ったっつーの。オレはオメーとは違ぇ、壊れんのが怖くて欲しがったりすっかよ」
「じゃ、怖がってるのはケンゴさんって事?」
「………オメー、将来カウンセラーとかになったら良いんじゃね?」
「おれ、将来決まってるから。今はまだお飾りの社長だけど…お父さんの跡を継ぐって決めてるもん」

僅かに目を瞠った裕也は自信に満ちた獅楼をまじまじと眺め、鼻で笑った。

「思い込まされてるだけじゃねーのか。親や周りから言われるまま、敷かれたレールに担がれてんだよ、オメーは」
「最初はそうだったかも知れないし、それが嫌でカルマに入ったんだけど…今は違うよ。あんなに強いユーさんだって色々悩んでるんだ。きっと、カルマの皆、同じなんだよ。だから悩みがなさそうな総長に、憧れちゃうんだ」
「…マジかよ。本気でオメー、スゲーな」
「ま、まぁなっ。こう見えておれ、7月生まれだし。ユーヤさんよりちょっとだけ兄ちゃんだから!」
「殴って良いか?」
「ごめんなさい…!」
「冗談だぜ。あー、何つーか、ありがとよ」
「へ?」

目を閉じた裕也の台詞に獅楼が目を丸めると、緑が床へ落ちていく。
スコップを投げる様に放った獅楼が間一髪抱き抱えれば、顔色の悪い裕也が、苦しげに眉を寄せているのが見えた。

「ユ、ユーヤさん?!ねぇ、ちょっと、ユーヤさん?!」
「…」
「ど、どうしよっ。ねぇ、誰か!ちょっと誰か居ませんか!すいまぇん、誰かぁー!!!」

チカチカと点滅するスマホを横目に、加賀城獅楼は叫んだ。
部活棟一階は剣道部や空手部、弓道部などの室内演舞場が並ぶばかり。部室などは二階以上にある。

「くそ、くそ!泣くなばかっ、ユーさんに笑われるぞっ」

ぼろぼろと涙を零した獅楼は、泣いていても意味はないと汚れた手で目元を擦り、自分と体格が変わらない裕也を何とか背に乗せた。喧嘩の腕はイマイチだが、力には自信がある。

「保健室…より、バスケ部の部室の方が近い…!大丈夫だよっ、ユーヤさん!おれが助けてあげるからねっ」
「………ぜ」
「えっ?」
「うるさくて、眠れねーぜ…」

加賀城獅楼はこの憤りを生涯忘れないだろうと思った。
























泣いている手を引いて、イルミネーションとフリージングフラワーで彩られた並木道をゆっくりと歩く。
すんすん鼻を啜る音を聴きながら、口を真一文字に引き締めて、途中、煉瓦の継ぎ目に足を取られそうになったが、幸いにも、未だ泣いている後ろの男が気にした素振りはない。

久し振りに繋いだ、と。
他人事の様に考えて、ざわつく胸を圧し殺す。
庇護欲を擽る泣き声に何度も振り返りそうになる度に己を戒め、並木道の果て、校門であるグランドゲートの広場を見渡し、寮へ続く道へと足を向けた。

「ふ………っ、ぇ…ぐすっ」

久し振りに歩く、道のりだ。
寮は庭を挟んで東西南北に四棟あり、真っ先に見えてくるのは職員の住まう南棟と、Fクラスが多く住まう西棟だ。今では学部で最も数の多い工業科の一部生徒も部屋分けされており、恐ろしさで中々清掃業者が近寄れない代わりに、有料で清掃やリネンの取り替えなどを担当する生徒も居た。叩き上げの工業科生徒らは、外部でのアルバイトが実質不可能な帝王院学園でも、賢く稼いでいる。

寮監や用務員が待機する待機所の建物は4階建てで、渡り廊下を走らせ北棟と繋がっていた。他の東西棟とは地上の道で繋がっているだけなので、待機所の扱いは殆ど北棟だ。
寮の中庭には噴水がある。そこから伸びる水路はグランドゲートの広場と、ヴァルゴ並木道の地下を通って、ヴァルゴ庭園にも繋がっている。
南棟と、西棟の合間に幅にして十メートル程の大きな水路があり、ゴンドラで校舎まで移動する事も出来た。荷物を運ぶ業者や、カヌー愛好会などが主に利用している。

わざとらしく水路側から寮を半周する様に北棟と西棟の合間の庭を通過して、白亜の建物へ入っていく。
自分が住まう寮ではないので緊張したが、バトラーに支給されるスーツはコンシェルジュ達と同じものだ。携帯を義務付けられている名札は、中央委員会専属バトラーの証である王冠のバッジだ。引き留められる事はないだろう。

「はやと…」

部屋まで辿り着いて手を離し、未練を振り切る様に来た道へ踵を返した時だった。吐息混じりの声が名を呼んで、足が止まってしまう。
それでもまだ、振り返る勇気はない。

「は…はやと…。ひっ、…っ、ぐす、颯人…」

誰を呼んでいるんだ、などと。
今更、どの口が言えるのか。一人にしたのは自分なのに。諦めて何も始めなかったのは自分なのに。勝手に他人へ押し付けて逃げた癖に、今更。

「ま、待って…。っ、やだ、待って…!」

足早にエレベーター目指した。
廊下中に敷き詰められた赤絨毯を半ば駆けるように。

けれど、昔から運動神経は彼の方が良かったのだ。そんな事を今頃になって思い出した。

「待ってぇ、ひっく、ひっ、ぐすっ、行かないで…!おね、お願いだから…ぁ!ぐす、ぐすっ、はやと…はやと、はやと」
「…」
「も、もう、僕の顔なんて見たくもない…?!ひ、光王子を裏切った僕なんか、話す価値もない…?!やだよ、あや、謝るから、何でもするからお願い、話を聞いて…」
「…何の話?」

もう、諦めた。
昔から彼に逆らえた試しなどないのだ。図体ばかりで情けない男だと家族からも呆れられていた自分は、だからこそ、高坂日向に憧れた。心の底から。
小柄でも男らしく、誰であっても贔屓などしない、凛とした姿に何度も見蕩れ、ああなりたいと願ったものだ。結局、憧れは憧れのまま。自分は彼にはなれない。決して。

「違う、怒ってるんじゃないよ。ただ、…少しだけ呆れてるんだ。俺はゆうちゃんを、泣かしたかったんじゃない」
「…ひっく」
「この学園を辞めようと思った時、高坂君にお願いしたんだ。ゆうちゃんを守ってくれって。でもそれが間違ってたのかな?ねぇ、ゆうちゃん。昔は可愛いって言われるの、大嫌いだったでしょ?」
「う、ん。今も…ほんとは、嫌い…」
「うん」
「お…王子はやめとけって言ったんだ。お…俺が抱いて欲しいって言ったら、後悔するから駄目だって…っ。でも、俺、あのままじゃ一人ぼっちになるって、そればっか考えてた…!」
「うん。…俺の所為だよね?ゆうちゃん、人付き合い苦手だったもんね。先生に我儘言って、寮の部屋、いつも一緒にして貰ってた。ゆうちゃん、本当は一人部屋なのに」
「僕………俺は光王子が好きだった訳じゃない…!」

キッと顔を上げた男は、涙でグシャグシャだったが、凛々しかった。睨まれている意味が判らず目を丸めれば、ガチャガチャと部屋のカードリーダーにカードを通した男から手首を掴まれ、抵抗空しく部屋の中に放り込まれる。

「ゆうちゃん?!お、俺はSクラスじゃないから帰るよ…!こんな所もし誰かに見られたらっ、」
「見られても良い!大体、お前が高坂君高坂君って言うから…!だけどお前、勝手に勘違いしたんだろっ。俺まで高坂に惚れてるなんて、だからあんな馬鹿な事、一人で職員室に行ったりなんかしたんだろ…!あの時、俺が高坂と話してたからっ」
「ま、待って、大きな声出さないで…」
「うっさい!誰も聞いてないよ!此処で喘いだって、誰も来やしない…!」
「ちょ、ゆうちゃん?!」
「勝手に話を作るな!俺が好きだったのは、高坂日向じゃない!お前、お前が勝手に勘違いして勝手に居なくなるから俺は…っ、ひっ、ひっく」

みっともなく尻餅をついたまま、頭を抱き込む様に抱えられて、呆然と瞬いた。肩口に顔を埋めた幼馴染みが泣いている。いつも気丈だった、誰よりも男らしかった男が、子供の様に。


「ご、めん…」
「お前に酷い事をした奴らは光王子が追っ払った!でも、何人かは逃げてやがった!俺は、だから俺は、親衛隊を使ってお前と同じ目に遭わせてやったんだ!それをするのは高坂じゃないっ、俺の仕事だろ?!アイツにばっか良い所を持ってかれて、堪るか…!」
「ゆ、ゆうちゃん、駄目だよ、高坂君をアイツなんて…」
「あんな奴、アイツで良い!そりゃ、俺だって最低な尻軽だっ。でもアイツだって、他に好きな奴がいる癖に…!」
「紅蓮の君、だよね」
「な、んで…」
「知ってたよ。中等部の頃から、知ってた」
「嘘、でしょ…」
「ゆうちゃん?」
「だったら僕は、一体何をしてたんだよ…」

肩口から顔を離した男が、疲れた様に力を抜いた。
赤く腫れた目元が痛々しい。

「ほら、中へ入ろ?こんな所に居たら風邪引いちゃうよ」
「ぐすっ。…抱いて連れてって」
「えっ」
「さっきみたいにしろよ!何だよ、俺みたいな尻軽より陛下の方が良かった癖に…!何回抱かれたんだよ!怒らないから言えよ!」
「ま、待って、何言ってるんだ?陛下に抱かれるって…俺が?!」
「お前、可愛いんだから自覚しろよ!だからあんな奴らによってたかって…!畜生、アイツらもっぺんぶち殺してやる…!」
「落ち着いてよゆうちゃん!駄目だよ、柚子姫がぶち殺すなんて言ったら、駄目!」
「ぐす」

ああ、そう言えば昔から、こうだった。
一歩部屋を出れば猫を被った癖に、二人きりになると『僕』が『俺』に代わり、平気で下ネタを言う様な男だった。やはり今頃思い出した。
思い出を美化し過ぎていたらしい。

「抱っこするから、泣き止んで。ね?」
「…っ、ひっく。俺は最低なんだよ、颯人。颯人が王子に抱かれてたらどんな顔してどんな声出したんだろって、いつも想像して、った!」
「ごっ、ごめん…!」

持ち上げた体を派手に落としてしまい、慌てて屈み込む。
尻を撫でながら涙目で見上げてくる顔に、喉が音を発てた。

「…な、最低だろ?王子は多分判ってた。判ってて、お互い様なんだ。向こうは俺をケルベロスだと思って抱いてたかも知れないし、俺は王子に抱かれるお前を想像して、演じてただけ。恋愛なんて、なかった…」
「そ、んな」
「そうだな。王子は違ったかもな。だって俺達は話し掛けるまで気づいて貰えないのに、嵯峨崎佑壱は違う。…あの子はいつも、王子に見つけて貰える」
「…ね、ゆうちゃん。本当は高坂君の事…」
「だから違うって。羨ましかっただけなんだ。本当に。だって俺は颯人に触れないのに、あの人は触れるんだ。怒鳴って喧嘩して俺達を困らせて、でもいつも、何処か嬉しそうに見えた。…だってそうだろ。誰だって、好きな奴と話せたら、嬉しいに決まってるよ…」

伸びてきた手が、抱きついてくる。
目の前がくらりくらりと揺れていた。目眩に耐えられず崩れ掛けた膝を耐えて、大きく息を吸い込む。今度は落としたりしない。

「…背、また伸びたんだ。何cmあるの?」
「えっと…190cmくらい?」
「はは。凄いや、王子より大きい。王子は187cmだった。あの頃より30cmは伸びてるよ」
「…ハヤトより?」
「え?」
「あ、ごめん、何でもない」
「…」

リビングのソファへ抱えていた体を下ろす。
三年進学科は帝君以降三位まで中央委員会エリアで暮らしている為、三位まで許されている個室が、繰り越されているのだ。
なので4席である幼馴染みは一人部屋で、ルームメートは居ない。

「神崎隼人の事、知ってたの?」
「さっき、ゆうちゃんを連れてくる前に陛下から、その、色々聞いたんだ…」
「…そっか。酷い人…」
「違うよ、俺が頼んでっ」
「判ってる、自分が悪いのにね。陛下を逆恨みするなんてお門違い甚だしいか。ごめん、忘れて。情けないな俺。本当…こんな俺、颯人には見られたくなかった…」
「大丈夫、だよ。ゆうちゃんは今でも…格好いいよ」
「………シーザーを見掛けたんだ。帰省してた時に、街で」
「シーザーって、カルマの?」
「うん。そこには紅蓮の君と、王子が居た。でも俺はシーザーに釘付けだった。後ろ姿なんか、本当似てたんだ」
「誰に?」
「颯人に」
「星河の君?」
「違う、お前!ああ、もう、紛らわしいなっ。…名前が同じだから手を出したけど、失敗した。王子より隼人の方がタチ悪い、甘えてくるんだもん。本当…途中から隼人なのか颯人なのか、判らなくなってた…」

呟く声に首を傾げたが、落ち着いて考えれば、何となく判らない事もない。ぽりぽりと頬を掻きながら、幾らか彷徨って、ソファへ腰を下ろす。
隣でびくりと震える気配に気づいたが、わざとらしく咳払いし、気づかない振りを装った。すぐにぽてりと、肩に重みが乗ってくる。

「…颯人」
「なーに?」
「一生に一度のお願い、聞いてくれる?」
「はは。何かそれ、何回も聞いたなぁ」
「一度で良いから、抱いても良い?」
「…?そんな事で良いなら、勿論良いよ。はい、どうぞ」

体の向きを変え、両腕を広げた。円らな瞳を瞬かせた幼馴染みは、然し深い溜息を零し、ふるふると頭を振っている。

「違うよ颯人、俺が言ってるのはハグじゃない。…もう良い、お前は本当に、変わらないな」
「え?ま、待って、だってそれじゃ…」
「俺がずっと好きなのは、高坂日向でも神崎隼人でもない、伊坂ニブチン颯人だよ。お前、俺には可愛いなんて言わなかった癖に、高坂には可愛いだの格好良いだの誉めてばかりで、本当に悔しかったんだから…」
「だってゆうちゃんは可愛いって言ったら怒るじゃん!」
「当然だろ。可愛いなんて言われて喜ぶ奴なんか男じゃない。俺はずっとゲイだけど、本命以外を抱いたら浮気だと思ってる。だから抱かれたのは浮気じゃないと思ってる」
「ええ?!」
「…颯人を抱いた奴がこの世に存在するって思うと、今でも殺したくて堪らない。やり場のない恨みを、いつからか王子に転嫁してた。…ダサいな、俺」

ばくんばくん、心臓が煩かった。

「辞める前に、謝らないとな…。天の君にも時の君にも…星河の君にも。…自分勝手に、沢山の後輩を傷つけてしまった。紅蓮の君にも。光王子は…自業自得だよ、なんてね」
「ゆ、うちゃん」
「ん」
「俺、でかいし。よ…汚れてるし。それでも良かったら、その………ぃぃょ」
「…は?い、今、何て言った?」
「俺もゆうちゃんの事が好きだったんだ。…高坂君には教えてた…」
「嘘、だろ」

真っ赤な顔を見られているのが判る。
ソファに膝立ちになった体から恐る恐る抱き締められ、その胸元に自ら顔を寄せた。ああ、顔から火が出そうだ。

「判ってるの?俺を入れてズボズボするんだぞ…?颯人のお尻に指も舌も突っ込むし、しまいには精液だって、」
「わわわ判ってるよ…!」
「嘘だろ…待って、大丈夫、テクは自信があるし怖がらせない自信もある。…違うそんな問題じゃない、だって俺は…」
「俺も一緒に謝るよ。だから辞めないで、ゆうちゃん。それと…」

もう自分以外には触らないで、と。
火を吐きそうな思いで呟けば、視界は幼馴染みから、天井へ移り変わった。



『そなたにもまた、平等たる幸福が訪れる』

ああ。
あれは、神様の声だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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