帝王院高等学校
座談会が撮影会に変わってました
やらかした。
無心で階段を登り続け、幾つかの防火戸を通り過ぎ、セキュリティゲートの固く閉ざされたドアに突き当たった瞬間、屈み込む。

「自覚してねぇだけで、俺って短気だったのか?」

完全に失態だ。
認めたくなかったが、無心には到底なれなかった。

「クラウンガーデン・インスパイア」
『コード:ディアブロ確認。サーバー稼働率は20%、閉鎖領域復旧にはマスター権限が必要です』
「つまり帝王院ですら解放出来ねぇっつー事か。…あの野郎、この為に俺様を寄越しやがったな」

やはり六階で一度怒鳴り散らしておくべきだったか、などと嘆息一つ。そんな訳はないと知りながら、会長に八つ当たりしたくなる副会長の気持ちが誰に判って貰えるのだろう。
今は落ち込んでいる場合ではないと高坂日向は携帯を取り出したが、充電切れだった事を思い出した。それも真っ暗な画面を認めて、だ。頭が働いていない。

「つくづくツいてねぇ。何の為に嵯峨崎の声を録音しといたと思ってんだ、畜生」

現時点で嵯峨崎佑壱が中央委員会会長として登録されている。それもこれも早漏過ぎる神威の所為だと、鋭い舌打ちを響かせた。
何かに使えるかも知れないと、佑壱が回線を開いている時の音声を録音したデータをスマホに入れておいたのだが、幾ら用意周到だろうと詰めが甘ければ意味はない。

自己嫌悪で益々落ち込みそうな我が身を何とか奮い立たせ、セキュリティゲートの脇にある窪みへ指輪を嵌め込んだ。
すぐに非常灯が消え、緊急時のバーチャルキーボードが壁に光として表示される。通常のキーボードよりは大きいので不便だが、二葉の様にタブレットを持ち歩く趣味はないので愚痴っても無駄だ。全ては自己責任。

「先に執務室のパソコンから嵯峨崎の音声データだけ転送して…ああ、糞、誰だ俺様のパソコンにロック掛けた野郎は…。………うん、俺か…」

我ながら面倒な事をしている。
ディスプレイなどないのでキーボードと同じく壁にプロジェクターから写し出された解像度の荒い画面を目で追い掛け、リモート操作を続けた。
データフォルダのロックを解除し、圧縮したファイルのロックを解除し、そのまた中に収められていたファイルのロックを解除して漸く、目的のファイルを再生する。

『セントラルライン・オープン』

疲れ果てた日向の耳に聞き慣れた声が割り込んだ。人間とは現金なものだ。それだけで落ち込んだ気分が浮上するのが判る。

『マスターファーストを確認、クラウンサーバーの再起動を開始します。………42%』
『セントラルライン・オープン』

悪気はない。
勤勉なシステムが再起動に励んでいる事は判っていて、なのに再び音声データをクリックしてしまった己の恥ずかしさは理解しているが、どうしても手を止められなかった。

『セントラルライン・オープン』
『セントラルライン・オープン』
『セントラルライン・オープン』
「馬鹿じゃねぇのか、俺様は…」

情けなさにがっくりと肩を落とし、俯いたまま舌打ちを立て続けて三回。何のメッセージ性もない音声を繰り返し喜ぶ己の浅はかさに、死にたくなる。

「風呂場も盗聴しとけば良かった。特に舐めてやろうかの部分…頭が真っ白になっちまったぜ。巫山戯けやがって…」

どうせ誰も居ないのだと開き直って吐き捨てれば、漸く起動したサーバーのデータが、夥しい文字の羅列で表示された。
真っ先に佑壱のマスターデータを弄り、音声データを抜き取り、自分のものと取り替える。
これで次からは、システムの全てが日向の声に反応する筈だ。

「クラウンライン・オープン」
『マスターファーストを確認、再起動完了しました。ご命令を』
「最上階のセキュリティを一時的に解除してくれ。それだけで良い」
『了解、開始します』

今頃自分の敷いたセキュリティに四苦八苦しているだろう神威の事は考えない。今、ついでに神威のデータを復旧してやれば、作業は簡単になるだろうと判っているが、切ない男心だ。

「ふん、好かれてるだと?判り切った事を今更この俺様に自慢しやがって人格崩壊者が。…悪かったな嫌われてて…」

変に器用な零人の組み込んだセキュリティを、一つ一つ解除しているのが判る。パーセンテージがゆっくり上昇しているのを、やる事がなくなったので暫く眺めていた。

単に暇潰しだ。
先程抜き取った、サーバーに登録されていた佑壱の音声データのファイルを何となくコンバートし、一般的な音声ファイルに変換してから再生を掛ける。自分もそうだが、大抵大した事は言っていない。システムが判断する必要最低限の台詞を幾つか登録し、認識システムに読み込ませる為の録音だ。
二葉は笑顔で九九を宣っていた。日向の様に、色は匂えど…などと、和音を唱えるだけでも構わない。

『I am Airfield 1st.(俺は一つ目の飛行場)』

然し、一つ目のデータを再生した瞬間、予想は覆された。

『Rank: absolutely. Master of the foreign activity.(ランクA、対外実働部長だ)』

二つ目のデータは、一つ目より少し長い。
エアフィールド、本人は『空白』と謗った単語の意訳は『飛行場』。初めて聞いた時に日向は思ったものだ。似合っていると。

背中に鮮やかな赤の、燃える炎鳥が翼を開いている。
あれほどに似合う男も存在しない。己を犬と自負しながら、その背では鳥だ。
大地を這う犬でありながら空の支配者の名を持つその意味が、判っているのだろうかと。

もしかしたら犬だからこそ、空に憧れたのかも知れない。いつか誰かが言った言葉だ。
天使に翼など必要ない、と。恥ずかしげもなく考えていた事を思い出した。

『あー、他にも登録しろだと?何言ったら良いんだボケ…。嵯峨崎佑壱、中等部2年Sクラス。…つーかこれ声変わりしたらどうすんだゼロ!はぁ?再登録?嘘だろ、するってぇとまた執務室に来なきゃなんねぇだろうが!ふざけんな!高坂が来る前に帰るぞ俺は!高坂が居ねぇっつーから来てやったんだ!あっ、そろそろ総長が来ちゃう。じゃあな!』

最後のデータはコンバートに時間が懸かっただけ、やはり長かった。
お陰様で再生終了と同時に日向が落ち込むほどには、充実した内容だったと言えよう。胃薬が欲しい。

成程、三年前に登録されたものだと言う事は判った。
中央委員会に指名されておいて、夜遊び三昧で一度も執務室に来なかった佑壱を、零人が誘拐してきた事があったらしい。後から聞いた話だ。
その時、仕事を片付けたばかりだった日向は執務室には立ち寄らず、朝は親衛隊の相手に明け暮れ日中はカルマに顔を出していた。

「ふーん。…んな嫌われてたってか」

自分で呟いて、益々落ち込んだ。
最近は多少嫌われてないのではないかと思っていたが、スタートラインが低すぎただけらしい。再会の印象が悪すぎた。

女扱いに腹を立てて蹴り飛ばしてしまったのは、やり過ぎだったのだろう。二葉に話した時、笑顔で御愁傷様と言われた事がある。
確かに蹴り飛ばしてしまったが、佑壱に怪我はなかった。勿論日向が本気ではなかった事もあるが、野生児の身のこなしで難なく着地を果たした佑壱は、脱兎の勢いで逃げたのだ。無言で。

それからは顔を合わせる度に睨まれた。
あんまり睨むのでつい揶揄っている内に、手がつけられないほど嫌われ、周囲から犬猿の仲と言われるまでに拗れたのだ。
いつからか挨拶代わりの殴り合いにまで発展し、顔を合わせる度に殴り掛かられて。何処で道を間違えたと何度も悩んだが、無視されるよりは良いと思っていた感は否めない。
遂には悔しげな表情の佑壱に欲情するまでに退化し、何度二葉から笑われた事か。

「ちっ。プライベートライン・オープン、コード:セカンドに」

思い出す度に従弟への憤りが増し、日向は舌打ちした。
睡眠薬を飲まされようがバスタオルを巻いたエセソープ嬢に誘惑されようが、ただでさえ怪我が治り難い体質にも関わらず派手な歯形をつけられようが、大量に隠し持っているプロテインを飲めない日々が続いていようが、事ある事に抱っこしろとせびってくる犬に悶え死にそうになろうが、だ。

高等部進級祝いに母親に縫って貰った派手な山吹色の着物は、背が伸びすぎて寸足らずになってしまい、近頃は箪笥の肥やしだ。然し気に入っていたものだったので、親衛隊にすら触れさせていなかった。
それを半裸に纏ってやって来た赤毛に、日向は死にかけたのである。親衛隊に囲まれた庭園で押し倒しそうになる程には。
何故帯を巻いていないのか怒鳴り散らしてやりたい気持ちと、口を開くと壮絶に馬鹿な事を宣いそうな自分を天秤に掛けて、日向は沈黙を選んだ。

基本的に嵯峨崎佑壱は馬鹿だ。
行動の全てが日向の為ではないのかとさえ思わせた。ぱっつんぱっつんの胸板すら可愛く見える。お陰様で毎日胃が痛い。
然しあらゆる煩悩を辛うじて滅却し、今日まで頑張ってきたではないか。ヘタレとでも何とでも罵るが良い。可愛いは正義。

二葉の様に堂々とストーカーする勇気はないので、ほんの少し、それこそつまらない音声データと、理事会書類の中から写真を幾つかパソコンに保存している。然しそれすら眺める勇気がないので、さっきの様に多重保護を掛けて、仕舞い込んでいる有様だ。

『…何ですか高坂君、私は今から寝るので恋ばなはまたの機会にして頂けます?』
「頭湧かせてんじゃねぇ。…悪いな、やらかした」

健全な男はおかずにするのだろう。
然し高坂日向は欲求不満と言う言葉から掛け離れている為、マスターベーションを必要とした事がない。可愛いものは可愛いまま愛でるのが一番だと、頑なに信じてきたのだ。
そんな赤毛が日向の前で悩まず裸になる。男同士悩む方が可笑しいのは判っているが、目に毒過ぎた。そろそろ佑壱は日向の部屋に住めば良いと思う。あんな無防備な男を野に放つのは危険だ。

『やらかした?何をですか?』
「やっぱ嵯峨崎は檻に入れておかないと身が保たねぇ。いつ誰に襲われるか…あんな可愛い顔で抱っこって…お前…断れる訳ねぇだろうが…」
『はい?いきなり惚気ですか?頭の方をやらかしたんですね?』
「あ?テメェ殺すぞ。今のは何でもない、こっちの話だ」
『長い独り言でしたねぇ』

人生が嵯峨崎色…薔薇色だった。ほんの、数時間前までは。

『で、とうとう嵯峨崎君を強姦したんですか?おめでとうございます』
「違ぇ、それならヘマじゃない…じゃなく、色々間違えた。犯し殺すぞテメェ」
『何なんですか、貴方変ですよ?』
「自分で判ってるっつーのカス。…後輩に八つ当たりした。親衛隊の奴だと思う。しかも、二年Sクラスだ」
『おやまぁ…それはやらかしましたねぇ。まぁ、大丈夫でしょう』
「大丈夫な訳ねぇだろうが、もし嵯峨崎に何かあったら、」
『あのねぇ、嵯峨崎君ですよ?カルマの副総長、中央委員会の陛下でらっしゃいますよ?君ならともかく、何処の馬鹿が手を出すんですか…』

呆れ混じりな二葉の声に、日向は瞬いた。
余りにもその通りだ。何を狼狽えていたのか、そんな簡単な事に気づかなかった己に情けなさを通り越し、絶望した。

「…だな。悪い、頭が可笑しくなってた。ゆっくり寝ろ、」
『ねぇ、高坂君』
「何だよ」
『捨てられた時はどうしたら良いんでしょうか』
「あ?」
『仮説でしかありませんが、陛下と同じ事を猊下も企んでらしたんですよ。今のクラウンが二重である様に、ステルスも一つではなかった』
「何だと?」
『我々の円卓とは違う、ナイトノアの円卓が存在する様です』

寝入る間際の様な声音で、二葉が告げた言葉に頭がパンクした。予想しなかった訳ではなかったが、早すぎる。それはきっと、昨日今日の話ではない筈だ。

『一位枢機卿は、山田太陽君です。お手上げですよ。私をその円卓に入れて貰えませんかねぇ?何ならサブマスターでも…ランクBでもCでも良いので、ハニーの部署で働かせて貰えるか頼んでみます…』
「随分疲れた声だなぁ、二葉。お前らしいじゃねぇか、寝返る気満々とは。…捕まえた奴は口を割らせる前に自殺した、っつってたな。それが事実かどうかはともかく、黒幕は判ったのか?」
『いえ。先程本部セントラルから通告がありましたが、技術班の研究室が破壊されたそうです。シリウス個人のラボも侵入された上に、データの殆どが持ち出されていたと』
「マジかよ。だったら何も、嵯峨崎だけを狙った犯行じゃねぇって事か?」
『でしょうねぇ。技術班は私の特別機動部が保有する部署です。幾ら私の目が離れているからと言って、今の今までそんな馬鹿は現れなかった。平和そのものだったにも関わらず今になって動いた理由は、陛下がお戻りになられるからか…』
「帝王院秀皇が姿を現したからか」
『嵯峨崎君が調べようとしていた件に関して…君は何かご存じでしたか?』
「俊だろう?」

佑壱本人から聞いたと呟けば、かちゃりと金属音が聞こえてきた。眼鏡を外したのだろうか。

『猊下の情報が漏れていたと考える方が、妥当でしょうか。それでなければ行動が早すぎる』

確かにその通りだ。昨日今日知ったのであれば、もっと突発的な犯行だっただろう。それにしては学園内に侵入するなど時期的にもタイミングが良すぎる。
念入りな計画だと考える方が適切だ。

『対外実働部に反逆者が居るとは言いませんが、前円卓のマスターはクライスト卿です。クリス様を汚したあの男を殺さない為に、キングが与えた役職でしかありませんがねぇ』
「嵯峨崎が産まれた時に就任したんだったな。帝王院が継いでからも暫くは、嵯峨崎会長が業務代行してた」
『ええ。一年の半分はアメリカに渡られていました。引き替えに、クリス様もセントラルから出ていかれた』
「女優、な」
『クライスト=アビスを快く思っていない者は少なくない。彼の手腕に陶酔する者も居ましたが、一年の半分は日本の企業を経営している彼の目がどうしても届かない事は、有り得ます』

納得に値する話だ。
二葉は仮説と言ったが、恐らくそれが真実だろう。反抗し続け、経営の一切を放棄している嵯峨崎佑壱の代理として、嵯峨崎嶺一が業務を代行していたとして、穴はある。全てを管理する事は不可能だ。

「対外実働部は基本的に出張部署だ。それならセントラルの執務室は、ほぼ無人か?」
『はい。データを抜こうと思えば出来ない事はない。なので対外実働部の社員が黒幕とは言えませんねぇ』
「…面倒な話になってきやがった。俺様にも未だに叶の目が光ってる。ババアが寄越したのかどうかは別として、ここ数年、腕の良い奴ばっかだ。どうにかしろ二葉」
『困りましたねぇ、叶の家業は茶道ですよ?年に数回手伝って探りを入れていますが、文仁の娘がイギリスへ向かってからは、叶の中でヴィーゼンバーグの評価は最悪です。冬臣兄さんの怒りを恐れて、あちらから何か言ってくる事もないそうですしねぇ』
「だが、間違いなく叶の人間だ。学園の内情を把握してやがる。…阿呆な双子よりタチ悪い奴がな」
『高坂君の予想では…』
「あ?予想?何の?」
『いえ、何でもありません』

煮え切らない二葉を訝しく思いながらも、重苦しい息を吐いた。いつまでも座り込んでいる場合ではないと立ち上がったが、足が重い。
階段で最上階まで向かうには、まだ暫くあった。回線を開いてエレベーターを使えば良いのだろうが、佑壱の権限を勝手に使いまくるのは気が引ける。
後で取り替えた声紋を元に戻しはするが、何となく気まずい。惚れた相手を騙すようで、などとは、口が裂けても言わないが。

『どちらにせよ、遠野俊から帝王院秀皇に突き当たったと考える方が、極論とは言え理に適っています。敵が誰にせよ、私を含め、嵯峨崎君も君も、油断は禁物ですよ』
「新たなナイトの円卓は、その帝王院秀皇が作ったもんか?」
『どうでしょうか。捕らえる時にお会いしましたが、そこまで冷静な方には見えませんでしたよ。元中央委員会会長でらっしゃるにしても、姿を消してから今まで、隠れきっていると思っていた様ですし』
「だったら…」
『そう、それしか考えられませんよねぇ?けれど事情が事情です。誰が何を企んでいるか判らない今、ナイトの存在が明らかになるのは避けねばなりません。ルーク崇拝者が邪魔なナイトを消そうとでも企めば、』
「…こりゃ、帝王院がキレる所の話じゃねぇな。もしかして、奴は判ってんのか?」
『聞いた所で、素直に教えて下さる方ではないと思います』

二葉のやる気のなさに息を吐く。
何があったかは推測でしかないが、どうせ山田太陽絡みだ。二葉がどう行動するかは期待しないでおくべきかと己を納得させ、対応を考える。

「新しい円卓、か。何がどうなってんだ…」
『…もう良いですか、考えても仕方ない事は考えないに限りますよ。疲れるだけです。では、お休みなさい』

一方的に通話を切られ、高坂日向は肩を落とした。


「流石に、頭がついてこねぇ…」

今なら銃口を向けられても、逃げられないのではないだろうか。























「じゃ、座談会みたいなもん?」
「そんなもん」

椅子の上で膝を抱え、爪先をぷらぷら遊ばせている男がアーモンド型の双眸を瞬かせれば。一人不在のカルメンジャー撮影会がなされている教壇の前で、立ち並ぶ五人組の中央に立たされた黒髪が頷いた。

「つーか記憶喪失って現実にあるんだねー。ごめん、いつ寝たのか覚えてなくて。何処まで話したのか良く判んないんだ」

頭を掻いた太陽は椅子に座ったまま俊を見やり、サングラスがずれていると指摘した。素直にサングラスを押し上げた俊は、やはり突っ立っているだけだ。特撮ファンの割りには、ポーズには拘らないらしい。

「どうだい俊、人見知りモードは直んない?」
「寧ろ人見知りじゃない俺が存在してたなんてとても信じらんねェと申しますか…」
「ふわー。…あ、ごめん。欠伸出た」
「吸い込まれるかと思った」
「お前さんのバキュームじみた口と一緒にしないでくんない?吸い込まねーよ!」
「ごめん」
「や、今のは怒ったんじゃなくて突っ込んだの。謝んないで。慣れて。俺に慣れて」
「ごめん」
「だから謝んないで…はぁ」

ぼーっと立っている俊の隣で、きびきびボディービル顔負けのポージングに忙しない赤毛は、なんやかんやビシッと決めている隼人と健吾に負けじと、とうとう教室の隅に飾られていた薔薇の造花を咥える暴挙に出た。

「服の上からでも隠し切れやしねぇこの肉線美を、テメーらの安っぽいファインダーに納められるもんなら、納めてみやがれ」
「「「きゃー!」」」

己の筋肉を信じる男、嵯峨崎佑壱。彼は今、オタクに振られた腹癒せだか何だかで、変なナルシスト路線に踏み込もうとしていた。

「素敵です紅蓮の君!」
「いよっ、男の中の男!」
「…ふっ、天知る地知る犬が知る!薔薇も霞むカルメンっ、」

タタタン、と。
薔薇を咥えた赤毛はカルメンのステップを踏んだ。

「レッドたぁ、…この俺の事よ!」
「「「きゃー!!!」」」

錦織要は真顔で吹き出し、吹き飛んだ唾がこれまた見事に神崎隼人の顔面を直撃したが、それに対して突っ込む者はなかった。流石に悪いと思ったらしい要は震えながら隼人の顔を拭ってやり、佑壱を見ない様に顔を伏せる。
高野健吾は膝から崩れ、声もなく悶えながら床を何度も殴り付けた。笑いすぎて過呼吸を起こし、呼吸が荒い。

山田太陽は可哀想なものを見る目だ。

「ね、俊」
「ん?」
「例え忘れてもさ、俺はお前さんの友達だから」

呟いて、すぐに顔を逸らした太陽の耳が赤い。
目敏く気づいた健吾がへらへら笑い、隼人の脇腹を肘で突く。

「タイヨウ君が総長に告白してっしょ(*´Q`*)」
「あは。サブボス、鏡見て出直しといで?」
「えっと、実は俺と小姑…神崎ってさ、身内みたいなもんなんだよ。お前さんは知ってるか判んないけど、俺とお前さんは従兄弟なんだ。あ、血は繋がってないけどね」
「そうか」
「うん、そうなんだ。だから、お前さんは俺を受け入れなきゃならないんだ!」
「!」
「ごめん、今のは言い過ぎた」

目を限界まで開いた俊に、恥ずかしくなった太陽は俯いた。黒歴史『やまだがかり』の話まで知られてしまい、テンパっているのかも知れない。
頭がごちゃごちゃだ。二葉に追い掛けられて逃げたまでは覚えているが、いつから教室に逃げ込んだのかは覚えていない。気づいたら目の前に俊と佑壱が居て、膝に隼人と健吾が乗っかっていたのだ。

「あ、錦織」
「何ですか?」
「藤倉との事、ほんとなの?」
「は?」
「ケンティーが言ってたじゃんか。俺的には錦織は神崎とアレなのかと思ってたんだけど…」
「「は?!」」

とりあえず隼人と健吾にデコピンをしておいたが、ブーブー煩い隼人の隣で、そう絡んだ覚えのない健吾が笑っていたのは、収穫かも知れない。
いきなり殴り掛かられた事があったからか、何処か苦手意識を持っていた健吾と裕也にも、慣れていく必要があるだろう。
つい先日まで21番君と呼んでいた隼人の方が慣れるのが早かったと言うのは、我ながら意味不明だ。

「ちょ、それどう言う意味っしょ、タイヨウ君!(;°ж°) 俺、初耳なんだけど?!つーかケンティーって何w」

声を揃えた要と隼人が見つめあっている中、慌てた表情の健吾が肩を掴んでくる。
俊はキョロキョロと要達を見つめ、挙動不審だ。

「え?でも…何となくだけど、錦織ってさ、神崎には結構気軽に触ってる、よね?ほら、今も」

隼人の頬を掴んでいる要はそこで動きを止め、素早く離れた隼人は目一杯眉を寄せている。

「カナメちゃん…隼人君の体が目当てなの?」
「死ぬか?」
「イチ先輩、いっそ脱いだらどうです?」
「そうだイチ、いっそ脱いだらどうだ?」

責任感のない左席ツートップの台詞に、薔薇の花びらが舞い踊った。咥えていた薔薇を投げ捨てた男が躊躇わずブレザーを脱ぎ捨てた瞬間、教室はドドメ色の悲鳴で包まれる。

「紅蓮の君ぃいいい!!!」
「きききキッスマークがっ!喉元にも鎖骨にも脇腹にも!」
「褐色のしなやかなお肌に情熱的なキッスマークが!どなたにマーキングされたんですか?!はっ、まさか彼女?!」
「いやー!紅蓮の君が何処ぞのお嬢様と怪しい関係なんて萌えてしまうからやめてくれぇ!」
「あ、こりゃ高坂がつけたんだろ」

もう誰にも止められないオカンの暴挙に、カルマ四天王(一名不在)は生暖かい眼差しで、黒板の前のスペースを佑壱に譲渡した。特撮の流れで始まった撮影会だったが、いまいち盛り上がりに欠けるからだ。
と言うより嵯峨崎佑壱の悪びれない自白の所為で、萌えに萌えすぎた皆が健吾と同じ様に崩れ落ちた為、撮影会は終了した。


「ユウさん、一生追い掛けていきます」

真顔で鼻血を拭う川南北緯は佑壱に向かって敬礼したが、当の赤毛は、皆が何故悶えているのか判っていない。
そもそも日向がつけたと言うより、佑壱に噛まれた彼なりの仕返しと言った方が正しい。どうせすぐに消えるとやめさせなかった自分も悪いと判っているが、どちらかと言うと、日向の体の方が余程酷い有様だ。

「カルマ撮影会っつっても全員揃ってねーと、やる気になんねーよな(`´)」
「48人勢揃いしろってことー?あは、修学旅行じゃないんだからさあ」
「ばっか、違ぇよ!ユーヤが足りねーっつってんの。判れし(´皿`)」

オカンの葛藤に気づかない息子共は揃って床に座り、何処でも寝られる健吾はごろりと寝転がった。自分のブレザーをぐちゃぐちゃに丸め、枕の代わりに頭を乗せている。
ふわっと欠伸を発てた隼人は俊と話している太陽を恨めしげに睨んだが、要が身動ぐ気配に目を戻した。

「…そう言えば何となく聞くのを躊躇ってたんですが、ユーヤは一緒じゃないんですか?」
「あ。カナメちゃんに呼び出された時まではあ、あんにゃろーノコノコ居たけどお?」
「オメー、その言い方は悪意しか感じねーって(;´艸`)」
「あらら。その様子じゃ、まだ根に持ってんのかい?」

隼人の視線に気づいていたらしい太陽は「よっこいせ」と言う年寄り臭い掛け声と共に座り込み、わしっと掴んだ隼人の頭をぐいぐい押す。眉を寄せた隼人が無理な体勢で太陽の膝に頭を下ろすと、要が呆気に取られた表情で瞬いた。

「あは。…何なの、この仕打ち」
「膝枕して欲しかったんじゃないの?要らないならやめるけどー」
「はあ?要らないなんてゆってないんですけどお?」
「カナメ、どしたん?(°ω°)」

太陽と隼人の会話を面白い顔で眺めていた要に、健吾は首を傾げる。美人顔が台無しだ。

「今気づいたんですが…、もしかして皆さん、俺がユーヤに恋愛感情を持ってるなんて思ってませんよね」

今頃か、と。
山田太陽の膝の上で自称スーパーモデルは叫んだ。これには流石の高野健吾も、真顔で拍手を送ったのだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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