帝王院高等学校
嘆いて突っ込んで仲良しこよし☆
ただの餓鬼か、と。
冷めた目付きで射抜かれ、成人して初めて、年上の男を恐ろしいと思った。

「帝王院財閥の当主と聞いたが、とんだ期待外れだ。尻の青い餓鬼ではないか」

父親が還暦間近で産まれた自分の後継が早い事くらい、幼い頃から理解していたつもりだ。財閥会長として人望もあり、子煩悩で愛妻家だった父がなくなったのはほんの数年前。
十代で跡を継いで己の若さが決して良いものではない事は当然、然し何故それを、人間ドックで訪れた病院などで指摘されねばならないのか。それもレントゲン室の中で。

「…失礼。何か気に障ったのなら謝ります」
「何を馬鹿な事を宣っている。高々レントゲン撮影の為に着替えただけで腹を立てる愚か者が何処に存在するか」

家業を継ぐ前なら殴り倒していたに違いない。
血の気の多さと血圧の高さは自信を持てるが、誉められた事ではないだろう。判っている。危篤だった父を安心させる為に結婚したばかりと言う事もあり、妻を得て、下手な争いなど起こせない立場だ。

「無駄口を叩いている暇があるなら、所定の位置に立て。その程度、わざわざ教えねば判らんか」

然し、一発くらいなら良いのではないか?
帝王院駿河は幼い頃から感情に乏しいと言われ続けた精悍な美貌に不穏な空気を纏ったが、一介のレントゲン技師にしては自棄に雰囲気のある白衣を前に、渋々怒りを飲み込んだ。
どう見ても、堅気ではない面構えの男だ。

「次は眼底検査に行け。服はそのままで良い」
「…有難うございました」

何故このレントゲン技師はこんなにも偉そうなのだと思いながら、やはり渋々頭を下げれば、それと同時に扉が開いた。
目付きの悪い技師の着ている白衣とは違い、上下真っ白な服を着ている若い医師は、ドアを開いたまま見事に動きを止めている。ぱちぱちと瞬いて、技師とこちらを、幾らか目で往復してから漸く口を開いた。

「帝王院さん、え?!何で院長がこんな所に?!」
「患者の前で騒ぐな。…尤も、人間ドックに来ただけの人間を患者と呼ぶかどうかは定かではないが」
「ちょちょちょ待って下さい!もしかして帝王院さんのレントゲン、院長が撮ったんですか?!何で?!」
「ええい、知るか!喧しいと言っておろう、愚か者が!」

どう見ても逆ギレではないか。
何故怒鳴られたか判らない様な表情の、本物のレントゲン技師に同情したが、駿河はその場から離れる事を優先した。

「…院長だったのか。道理でただ者ではない雰囲気だと思ったが…ヤクザの方が合っているのではないか?プ」
「何だと、小僧。」

人気の少ない廊下を標識に従って進みながら、ひっそり笑った瞬間、がしりと肩を掴まれた。
175cmと言う、身近では背が高い方である駿河が振り向けば、さほど目線の変わらない所に恐ろしい眼差しがある。濃い茶の瞳に廊下の窓から差し込む陽光が当たり、飴色に輝いていた。

「俺の何処が極道に見えるか、説明を願えるか」
「見た目に決まっている」

年上への敬意などない。
驚きの余り口から飛び出てしまった本音を、今更取り消せる筈がないと判っていたからだ。
内心バクバク高鳴っている心臓を無意識で押さえつつ、恐ろしい目付きで睨み付けてくる白衣を暫く凝視していると、肩から手が離れていった。

「ほう。箱入り息子かと思えば、存外無知ではないらしい。良かろう、コーヒーを淹れてやらん事もない。ついてこい」
「断る…お断りします」
「餓鬼は大人しくついてこい」
「だから嫌だと、」

ぐいぐい借り物の術着を引っ張られ、短気なのか早足で歩いていく白衣の背中に帝王院駿河は何度もイヤイヤと首を振ったが、願いは叶えられない。
それ所か、コーヒーを淹れてやると宣った白衣は小銭を自動販売機に放り込み、ガココンと落ちてきた缶コーヒーを掴み出すと真顔で押し付けてきた。

「淹れてない…」
「何か文句があるか?下手なインスタントより缶コーヒーの方がうまい」

二十年以上生きてきて、駿河が缶コーヒーを飲むのはこれが初めてだった。いつも誰かがサイフォンで淹れてくれるコーヒーを嗜んでいた為、プルタブの開栓も何となくしか判らない。
同じくブラックコーヒーの缶を握っている白衣を盗み見て、何とかプルタブを空けた帝王院財閥の若き会長は、恐る恐る口をつけた。

「…ん?そう言えば午後に胃カメラがあった様な?」
「今頃遅いわ。吐いた所で、飲んでしまったものは戻りはせん」
「いや貴様の所為だろうがコラおっさん」

もう本気で殴ろうと駿河は腹を決める。
愛しい妻には申し訳ないが、一発殴って慰謝料叩きつけて示談に持ち込めば、それで良いではないか。今はそれが正しい事に思えた。

「喰らえ、AB型の大人げないパンチ」

ので、帝王院駿河は悩まずに極道の頬を殴ったのだ。かなり、強めに。
すっきりしたと息を吐いて、ごきゅっと缶コーヒーを飲み干す。初めて飲んだが、まぁまぁ、うまい。


「…掛かったな、愚か者が。」

然し、がしりと恐ろしい握力に缶を握っている手首を掴まれ、駿河は戦いた。駿河が殴った瞬間に切ったのか、唇の端から滴る血を妖艶に舐めた男の目が細まり、背筋が凍る気配。

「っ、離せ…!」
「離してやらん事もない。貴様がレントゲン撮影中、不慮の事故で被爆し意識不明の重傷の果てに臨終したと言うニュースが流れた後にでもな」
「ヒィ!」

くつくつ、肩を震わせている白衣は、何処からどう見ても医者ではなかった。寧ろ死神にしか見えなかった。
殴ったのは自分だが、何故だか、自分の方が被害者に思えてならない。何故だ。悪いのは自分だが、どう見ても目の前の男の方がヤクザに見える。顔が。

「死にたくないか」

駿河は何度も頷いた。
もう涙目だ。手首が折れるのが先か、ヤクザの目の鋭さに魂が抜けるのが先か。チビりそうである。真夜中のトイレより怖い。もうチビった。

「ならばスポンサーになれ」
「は…?」
「糞ジジ…ではなく、義父が愚かにも先行き不安な改装発注をカマしおって、奴の保険金では賄い切れん額の融資を受けやがった。俺が奴を八つ裂きにする前に、主がのこのこ現れた訳だ」

逃がさんぞ、と。
低い低い声で吐き捨てた男の恐ろしさに、駿河は放心した。幼い頃から私立学園で育ち、大学卒業まで見慣れた友人らに囲まれてきたのだ。今まで知り合った誰とも違う危険な臭いしかしない男を前に、帝王院駿河に出来る事など皆無だった。
もしかしてこれがカツアゲかと思ったが、答えあわせをしている暇はない。

「幾ら必要なんだ」
「ざっと550億」
「…テーマパークでも作るのか?」
「似たようなものだ。どうだ小僧、俺の沸き上がる殺意の一端を理解して貰えたか」

ああ、視力検査をするのではなかったのか。
何故自分はこんな廊下の隅で、医者に脅迫されているのか。殴ったからか。殴ったからなのか。

「まず返済計画書を見せて貰わねば、即答は出来ない。私個人が動かせる額は矮小なものだ」
「ふん、俺の目に警戒したかと思えば、よもや手を出すとは。想定外だが、帝王院の王たる者それくらい当然か」
「先程から黙って聞いていれば…我が帝王院に何か恨みでもあるのか、貴殿は」
「冬月龍流の名を聞いた事はあるか、帝王院駿河」

あるともないとも即答しなかったのは、今その家名を知る者と出会うとは思いもしなかったからだった。つまり関係者かと頭の中で逡巡し、弾き出した答えに眉を潜める。

「院長、年は?」
「昨年厄が抜けた」
「18歳離れている、と言う訳か。…名前は?」
「遠野龍一郎」
「偽名、ではなさそうですね」
「今更似合わん敬語などよせ。貴様が中学入学を迎える頃、見に行った事がある。定期健康診断の時だ。覚えはないか?」
「ああ…父が言っていた。珍しい男に会ったが、忘れろと」
「で、忘れたと」
「家の能力を、残念ながら私は引き継いでいない」
「幸せな事だ。俺も継いでいない。…跡取りとして継承する前に、父母と共に、家がなくなった」
「…そうか」

中身がなくなった缶を何となく弄びながら、いつまでもプルタブを開けたまま口をつけない白衣を見やる。視線に気づいたのか、彼はコーヒーを押し付けてきた。

「飲まないのか?」
「ブラックは好かん」
「じゃあ買うな」
「飲めない訳ではない。うまくないだけだ」
「マイペースだな」
「大人げないAB型で悪かったな」

見た目よりは、怖くないらしい。
然しどうも口と性格は悪い様だと苦笑い一つ、二本目のコーヒーを煽った。

「結婚したと聞いたが子供は?」
「まだだ。そっちは?」
「三ヶ月だったか…産まれる頃は、うだる様な暑さを迎えているだろう」
「おめでとう、と、言って良いのか」
「孫が出来たと知って調子に乗りおって、糞が勝手に作った借金を完済するのは誰だと思っているのか。八つ裂きにして保険金をせしめてもこの怒りは収まらんわ…」
「…はは。判った、未来の甥か姪に莫大な借金を残す訳にはいかないからな。協力しよう、龍一郎兄さん」

するりと口から零れた単語に、自分は勿論、言われた彼自身も目を見開く。そうすると怖さより幼さが目立つ男の丸く見開かれた目を呆然と眺め、混乱しながらコーヒーを一口。うまい。

「兄さん、だと?」
「灰皇院は先代で分裂した。宗家は今、榛原と名乗って帝王院から離れた商売をしている。…知らなかったのか?」
「…ふん。金に目が眩んだ裏切り者と、我が家や明神をあれほど謗っておいて」
「明神は、宰庄司を名乗り細々と暮らしている。華族廃止と同時に没落したそうだが、…確か、この病院に」
「ああ。宗家の嫡男が外科医として働いている。向こうは俺の身の上には気づいていないが、話しておく価値はあるやも知れん」
「そう、か。然し、自由に暮らしているなら、話すべきではないと思う。ただでさえ私には、経験も人望も足りない」
「己を判っているではないか、若造。イイだろう、俺が主を帝として育ててやるわ」
「…は?」

ごきりと、手の骨を鳴らした男の笑みは、大層恐ろしかった。
真顔の駿河が何回目かのチビりでパンツを濡らしている事には気づかず、人命を救う者が纏う純白の白衣を纏った極道は、密やかに宣ったのだ。

「最早我が身は冬月に在らず。なれば遠野本来の家業のまま、荒療治してやろう」
「本来の、家業…?!何だそれは、暗殺者か?!」
「愚か者がァ!遠野と言えば平安から続く御殿医に決まっておろうがァ!」
「グフ!」

医者の回し蹴りで、帝王院財閥の若き会長は初めて空を飛んだのである。
但し、飛行距離はそう多くはなかった。

























「そんな所でどうされました、白百合閣下」

歌う様な声音に、漸く自分が放心していた事に気づいた。
さらさらと水の流れる音がする。庭園の中央の噴水から伸びる水路は、並木道に沿う様に、校門のあるグランドゲートまで続くのだろう。誰に咎められる事もなく、誰に遠慮する事もなく。

折角の風情が台無しだ・などと、他人事の様な事を考えている己の頭の中に感心した。何か悪い夢を見た様な虚脱感だが、もしかしたら、今の方が夢の中なのかも知れないとさえ思う。

「大層お疲れのご様子。お部屋までご案内致しましょう」
「お構いなく」
「なりません。閣下に何かあれば、陛下のお叱りを受けます」

何処かで見た顔だと目を細め、執務室に居た生徒だと思い当たる。何が面白いのか、唇に刻まれているその笑みが、自棄に癇に障った。
優雅に優雅に手を差し出してくるのを見たが、その手を取るつもりはない。微塵も。例えこれが夢の中だとしても、これっぽっちも触りたくない。

自分が他人に触れる時は暴力か利益を得る時か、そのどちらかだ。財布を投げつけてでも触りたい相手など、残念ながらこの世には一人しか居ない。

「もう天の君の真似事はやめたんですか?」
「何のお話ですか?」
「よしなさい、私を騙せる人間は然程存在しない」
「時の君を除いて…ですか?」

無意識だ。
本能の殺意を止められたのは、相手に隙が殆どなかったからだろう。厄介な相手だと内心舌打ちしたい気分だが、悟らせる様な事はしない。無論、相手も。

「…ええ、そうですよ」

動じた気配はないが、微かに身構えたのは判ったので、殺気に気づいていない訳ではない筈だった。少しでも隙を見せれば食い殺すとばかりに笑みを深めれば、相手もまた、笑みを深めている。

「僕、悪い人に騙されたんです。信じていたのに裏切られちゃった。ねぇ、閣下。慰めて下さいますか?」

歌う様な声音に、二葉は微笑んだ。

「慰めて差し上げたいのは山々ですがねぇ」
「時の君に叱られます?」
「まがりなりにも帝王院学園の制服を纏っていて、君はご存じないのですか?私と彼は、全校生徒公認で交際しているんですよ」
「へぇ?」
「深夜のドライブから始まり、ハネムーンに劣らない愛欲の婚前旅行、エンペラーホテルからの三ツ星旅館、宿場のハシゴで深まった愛は、今や燃え盛る太陽ですら平伏す程です。判ったら、別の誰かに慰めて貰って下さいね?」

落ちていた眼鏡を拾い上げ、クロスで拭ってから掛け直す。
我ながら惨めにも程がある願望十割、妄想じみた話だが、口にするくらい良いだろう。言った本人がダメージを一番受けているのだから、このくらい許して欲しい。

「変ですね。僕の聞いた話では、公認なのはベルハーツ殿下とファースト閣下だった様に記憶しています。以前左席委員会が流した全校放送を真に受けている生徒は、余りにも少ないのでは?」
「来日したばかりだと聞きましたが、随分と日本情勢に詳しい様で」
「畏れ入ります」
「所で、対空管制部のシャドウウィングを借りたまま返してくれない不良マスターが居ると、嘆いてましたねぇ。組織内調査部で犯人を探してあげて下さいな」
「あー。帰国したらちゃんと返却しますよぉ」

どうやら、言葉通り部屋までついてくる気らしい。
笑顔に「失せろ」と書いていたつもりだが、敵も然る事ながら、立ち去る気配は全くなかった。二葉が動くまで動くつもりがないとばかりに、しつこい。

「ふぅ。借りたものを返さない大人には、なりたくありませんねぇ」
「ふふ。閣下、不機嫌さんですか?」
「おや?この私の神にも勝る美貌が、君にはそう見えるのですか?」
「いいえ、とっても美しいお顔でいらっしゃいます」
「そうでしょう、そうでしょう。時の君も仰いました、私より綺麗な人間など存在しないと」

但し、大昔の話だが。

二葉は心の中でしれっと呟いたが、口には決して出さなかった。
二葉があざとく裸眼で詰め寄ると、何やかんやノーとは言わない山田太陽の面食い性分には気づいているが、好みが昔と同じとは限らないのだ。
幼い頃は色白だった日向を、あらゆる手腕で揶揄ってはニマニマしていた当時四歳の小悪魔を覚えている。やめろと言うのに佑壱を追い掛け回し、黒服達に囲まれて尚、逃げようとしなかった子供を。

変な所で頑固な太陽を、言い含められた記憶がない。始めると言ったら始める男なのだ。やめろと言うだけ無駄だと言う事は、昔から知っている。

「どうしてです?」
「何がですか?」
「閣下程の方が肩入れする理由が、理解出来ません。あの子は余りにも普通ではありませんか」
「おや」
「だって僕の変装にも気づかないんですよ?鈍くて周りに無頓着で自分の事しか考えられない、ただの子供ではありませんか。彼は何も特別じゃない。陛下のご寵愛を賜る閣下には、不似合いだと思います」
「…そうですねぇ、今時の15歳などそんなものですよ」

至極真っ当な意見だと、二葉は曖昧に頷いた。理由など無いに等しいのだ、初めから。ただの依存ではないのかと言われれば、否定すら出来ない。そんなものだ。こんなものは、きっと。

「そもそも人間に大差などない。外見、行動、性格、些細な相違で比較し、細分化したつもりでパートナーを選ぶ。人も動物も、その点に関しては同じでしょう」
「それじゃ勘違いって事ですか」
「ある哲学者は恋愛を病と言いました。ある哲学者は恋愛を退化と言いました。心を患い、理性を失って野生に還る。…人が獣である事を知らしめる証こそ、恋愛なのではないでしょうか」

風呂には一緒に入りたがる癖に、布団の上で浴衣を捲られると狼狽える。太股を撫でただけで逃げようとする、なのに触りたいだの舐めたいだの真顔で宣うのだから気が知れない。
最初など、唇を塞いでほんの少し撫でただけで呆気なく果てた癖に、二度目には耐性がついたのか眉を凛々しく吊り上げていたものだ。
すぐに攻め立てて、涙目の八の字眉にしてやったが。

「哲学的ですね」
「満足しましたか?ではお休みなさい、私は仕事がありますので」
「何の仕事があるんですか?」
「君には関係な、」
「だって、アキちゃんに捨てられたじゃない」

くすくすと、耳障りな笑み。
聞いていたのかと、得意の愛想笑いを一瞬だけ歪めた二葉に、男は片手を持ち上げた。

「そろそろやめようよ、あの子は君には似合わない」
「…」
「大切に大切に部屋の中に閉じ込めても、呆気なく逃げ出しちゃったんだよ?それにさぁ、偽善者だ。苛められてた癖に、クラスメートを助ける為に懲罰棟に行くなんて、頭が悪いとしか思えない。わざわざ君までついていく必要、なかったでしょう?」

声音が違う。
成程、これが『噂の女』かと二葉は目を細めた。神威からは性別まで聞いていないが、これで全ての辻褄が合う。一年生の溝江風紀委員の証言も、先程の西指宿の発言も、全てが。

「では、貴方が彼を連れ出したんですか?」
「違うよ。あの子が自分で出ていったの」
「どうやって?私は部屋中に隈無くセキュリティを敷いていました。その上で、部屋の外は監視させていた」
「わざわざ、廃棄物処理エリアにまで部屋を下ろしてねぇ?」
「言いたくないなら構いませんよ」

外した眼鏡を胸ポケットへ差し込み、首の骨を鳴らす。


「ただ、私も吐かせるのは得意なんですよねぇ」

加減が難しいだけだ。
男より女の方が余程簡単に壊れる。自白させる前に持てば良いが、と。
笑顔で考えながら近づけば、目元を押さえた男の肩が震えた。

「…何が可笑しいんですか?」
「僕の知ってる二葉は、もっと良い子だったのに。駄目だね、やっぱりガサツな文ちゃんと不器用な冬ちゃんじゃ、無理だったんだよ」
「さっきから何を訳の判らない事を宣ってらっしゃいますか」
「日向の方が面倒臭いや。だってあの子、僕の正体に薄々気づいてる」
「高坂君が?」
「まぁ、今まで何回も殺そうとしたからねぇ。…無理もないか」

目元を覆う手が離れた瞬間、黒かった瞳が艶やかな蒼へ変化している事に気づく。鏡で見る自分の片目と同じ、遺影でしか見た事のない父親と、同じ。

グレアムの濃紺とは違う、空と海を混ぜた、シンフォニーブルーだ。

「どうしたの?これが気になる?ふふ、片方だけじゃないよ。カラコンで隠してたんだ。変装の基本でしょう?」
「貴方、は…」
「ねぇ、僕の事なんかどうでも良いじゃない。そんな事より、良い子だからお願い、言う事を聞いて?」

そんな馬鹿なと、理性が嘲笑う。
有り得る筈がないと頭が拒否している。
ならばこの恐ろしい仮説は自分の中の一体何が、弾き出したものだろう。

「君を不幸にしたくないんだ。ねぇ、本当は判ってるんでしょう?犬はどんなに賢くても所詮、犬でしかないんだ。どんなに愛してくれたって、飼い主の唯一にはなれないんだ。だって犬と人間は、結ばれない運命なんだもの」

笑う唇が遠ざかっていくのをただ、見ている。
追い掛けてこないでね、と、柔らかい声音が呟いた。言われなくとも、何故か足は追おうとしない。

気づくな、と。頭の中で誰かが囁いた。



「風邪を引く前に早くお休み、二葉。」

そんな筈はないだろう?
いつか幼い頃に何度も話し掛けたあの人は、遺影の中にしか存在しないのだから。己が犯した罪を今更取り消せる訳がないのに、どうして今、答えを出そうとするのだ。

追い掛けて吐かせる勇気もない癖に。





















話し声が聞こえる。
誰かが髪を撫でる気配。

「ボーイスカウトは色んな体験の機会に恵まれてる。ボランティアもその一環さ。僕は宰庄司に誘われて、初等科五年の頃から帰省する度に参加しているよ」
「アルミ缶よりスチール缶の方が換金率が良いのは知ってる?けど、足で踏んだ程度では中々潰れないのさ。嵩張ってしまうから一度に運べる量がどうしても限られてしまう」
「スチール?うちの副長なら素手でぺしゃんこに出来るっしょ(*゚∀゚*)」
「んなもん当然余裕だコラァ。健吾、テメーの頭も握り潰してやろうか」
「いや〜ん、ハヤトぉ。ユウさんがケンコにセクハラする〜ン(//∀//) アタシを守ってェン☆」
「何がケンコだっちゅーの、きしょい。気安く近寄んな猿面があ」
「カナメ、ハヤトが苛めるっしょ。殴って!( °8°)q」
「ちょ、自分が売った喧嘩をカナメちゃんに擦り付けんなあ!ずっこい!ボスー、ケンゴが隼人君を悪者にするんだよお!」

賑やかさに笑えば、すぐ近くから笑う気配が届いた。
また、額を撫でられている様な、感触。

「仲良しだな、皆」
「仲良しじゃないっ」
「うひゃwそっスよ、仲良しなんス!つーか多分、総長のお陰で仲良しになれたっしょ。だから総長、自慢してOKぞぇ(・∀・)」
「…全く、適当な事を言わないで下さいケンゴ。ハヤトは協調性がないので、死因は間違いなく孤独死に決まってます」
「はあ?!」

笑ってしまう様な会話が聞こえてくる。これが夢だとしたらかなりのクオリティだと思ったが、何となく下半身が怠いので笑うに笑えない。

「カナメちゃんこそ典型的な結婚出来ない男じゃんか。ケチだわ狂暴だわ平気で女も殴るわ…」
「総長の前で何をほざくんですか垂れ目が!」
「まァまァ」
「総長の前でみっともない喧嘩するな、馬鹿共」
「ユウさんだって総長が来る前はセフレ取っ替え引っ替えしてたじゃないですか!最近こそないものの、何度刺され掛けたか!」
「そーだそーだ!前髪切られた事もあったよねえ!こんの女ったらし!」
「ああ?!確実にテメーらにゃ言われたくねぇわ!特に隼人!テメー、あのババア…ごほっ、マネージャーともヤってんだろ!つーか山田の太股を枕にすんな、俺の膝に来い!弱いもの苛めにしか見えねぇ」
「やだねえ。ユウさんの太股、高反発っつーか岩石だもん。寝心地悪い」

成程、違和感の理由は神崎隼人の様だ。
どうしてくれようと仕返し方法を模索していると、太股の重さが増した。

「や、これタイヨウ君の膝も大差ねーべ?(;´艸`)」
「てんめー、猿の分際で隼人君の枕を勝手に使うなあ。あっちいけ」

いや、お前さんの枕でもない。
頭の中で放ったツッコミは、我ながら切れていたと思う。的確な早さで鋭く突っ込めたと自画自賛にホクホクしていると、自棄に静かだと気づいた。

静かだ。
さっきまでがやがやと騒がしかったのに、嘘の様に静かだ。

「イチ、ハヤの枕が喋ったぞ」
「喋ったっつーか、突っ込んだっスね」
「誰が枕やね〜ん!」

どや顔で突っ込んだ瞬間、目の中に真っ黒な男が飛び込んできた。髪も目も真っ黒な男の隣に、髪も目も真っ赤な男が居る。
膝の重さに目を向ければ、金髪とオレンジが片膝ずつ乗っかっているではないか。その後ろには、髪も目も真っ青な男がヤンキー座りだ。


「…何とか戦隊の集会中かい?」

時計が1時半を示した瞬間、1月30日生まれの山田太陽が呟いた台詞に、カルマのカラフルな犬共は揃って首を傾げた。

「仮面ダレダーはガマグチから変身ベルトの鍵を取り出すんだ!」

然し特撮を心から愛している某童貞だけは吊り上がった目を見開き、しゅばっと立ち上がり、真顔でほざいたのである。

「…」
「…」
「…そうなの?」
「うん。カードが鍵になるんだ」
「玩具業界のステマって奴かい」
「…夢がない」
「ごめん」
「…うん、イイよ」

俊が首から下げている巨大なガマグチから取り出したのは、ホモホモしい図書カードだった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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