帝王院高等学校
大人げない奴らのセレナーデ!
「ちゃらちゃらちゃー♪」
「ちゃらちゃらちゃー♪」
「ちゃらちゃらちゃらちゃらちゃー♪」

ダミ声のハーモニーによるトルコ行進曲が聴こえる。

「らったらったらった」
「らったらった」
「らったたのーたー♪」
「おい、不審者居なくね?」
「何処にも居ねーな」
「つーかシロ遅い、お前まだ若いんだからとっとと走れ」

ふんぞり返る三人の作業着が乗り込む、派手な装飾の人力車。それを命懸けで引いている加賀城獅楼は荒く息を継ぎ、半分死にかけていた。

「ぜっ、はぁ、ひゅー、ひゅー、む…無理言わないで、よ…はぁ、ぜぇ、おれ、も、動けない…」
「コラ、おまいはそれでもカルマか!」
「頑張ったら特注のケンゴさんカラー作業着やるから!」
「ケツに穴空いて、捨てようか縫おうか悩んで取っといた奴だべ?」
「「「ぎゃはは」」」

茶掛かった黒目に涙を浮かべた獅楼はバタリと倒れ込んだ。佑壱ほどではないにしろ筋肉質な獅楼が倒れた様を見守った作業着三匹は、いつまでも起き上がらない獅楼を認め目を見合わせ、息を吐く。

「ったく、しゃーねー雑魚だな。運んでやっか」
「これに乗っけとけば誰かが運んでくれんべ?」
「不審者が彷徨いてんだったら一人にしたら不味いだろ?総長命令だし」
「あ、そっか。しゃーねーな、連れてくしかねーか」
「代わりばんこでおんぶしよっか」
「あー、俺達マジ優しい先輩様」

汗だくの獅楼は涙目で倒れたまま、誰の所為でこんな目に遭ってるんだと痙き攣った。
ただでさえ頭がパンクしそうなのに、だ。皆には今日まで隠してきたが、俊が行方不明になる前の最後の集会の時に、俊から指示された通りになっている。不審者が現れる事も、生活が変わる事も、強くなるしかない事も。全部、予言通りだ。

「………幾ら総長でも、流石におれ、ちょっと恐い…」

ぼそりと呟いた声は小さい。
呑気な先輩三人組は暗い校庭をぐるりと見回るつもりらしく、わざわざ来客用の出し物の道具である人力車を獅楼に引かせたのは、半分苛めみたいなものだった様だ。体育科の出し物を勝手に引っ張り出しておいて、校庭に放置したままの三人に呆れつつ、獅楼は剃り整えている眉を潜める。

(総長は何か考えがあるのかなぁ。馬鹿なおれには判んない難しいこと考えてて、今は、その途中なのかもしんない)

そう考えて、自分を納得させたかったのかも知れなかった。カルマメンバーの中で最も新米である獅楼には、俊の記憶が殆どない。会話した事などほぼなく、やっと話し掛けられたと思った時には酷く生々しい予言を聞かされて。

(おれには効き難いって、何のことだったんだろ…?皆には内緒だって、言われたけど…)

あの時は随分長く話を聞いた様な気がする。魔法じみた声音だった。普通に話しているのに、呪文を唱えているかの様な。

(総長の言った通り、一回目の不審者は多分、ユーさんを狙ってた。一番先に見つけるのはおれだって言ってた。そんで、捕まえるのは、おれと、ハヤトさんか、ユーヤさんだ)

加賀城獅楼は背負われている背中の布を握った。
曰く、予言が狂っている事には、気づいていない。


『シークレットライン・ATオーバードライブ、全カルマ応答願います』

全員の携帯が音を発てたのは、その時だ。



















「…もうこんな時間か。桜、俺は一度見回りに、」

目を落としていた新聞から顔を上げ、目頭を揉みほぐしながら傍らへ向き直れば、ソファの肘置きに顔を埋めている背中が見えた。小一時間前に泣いた所為か、覗き込むと赤い目元が見える。

「ベッドに連れていくか」

山田太陽の部屋のバルコニードアが蹴破れ、業者の手配が昼になると言う事で自室に招いたのは失敗だったかも知れないと、密やかな溜め息を零した東條清志郎は幼馴染みをそっと抱き抱え、よろめき掛けて、耐えた。


ずっしり、確かな重み。

昔から知っているからか、幼い頃から変わっていない様に思える安部河桜は、彼の顔のパーツの中で唯一の欠点である団子鼻をぷくぷくさせながら寝息を発て、平和な表情だ。警戒心の欠片もなかった。

「俺は心配で血を吐きそうだ桜。またウエストに狙われでもしたら…」

今度こそ殺すかも知れない。
短い白髪にアイスカラーの双眸、表情が余り変わらない彼は心の中で殺意を零したが、聞く者はなかった。幸いな事に。

「桜。着替えた方が、良いんじゃないか」

問い掛けに答えはない。健やかに鼾を掻き始めた安部河桜はむっちりふくよかな頬をだらしなく弛め、何の夢を見ているのか、にやにやしている。
平凡を極め抜いた山田太陽とは違い、痩せてさえいたらそこそこ見られる顔立ちの桜だが、寝顔は単純に一言、不細工だった。因みに平凡を極めた山田太陽の寝顔は、常に眉間に皺が寄っている。あれはあれでまた、某三年Sクラスの変態魔王以外には不細工にしか映らない代物だった。

「桜。……………脱がせるぞ」

たっぷり間を置いて、ゴクリと息を飲んだムッツリ白髪は震える手で幼馴染みのシャツのボタンを外し、震えている割りにはしっかりとした手つきでジーンズのボタンに手を掛け、

「…?変だな、このボタンは外れない仕組みか?」

モデル体型のムッツリは、ゴムウエストのジーンズの存在を知らなかった様だ。腰回りのお肉に自信がある一年Sクラス唯一のぽっちゃり系は、遠野俊の腹より出ていた。遠野俊に揉まれ始めてから益々育ち、近頃では体重が5kg増えたのが悩みだ。
然しダイエットする気はない。

『あのぉ、僕ぅ、イチ先輩みたぃにぃ、男らしい体型になりたぃんですぅ。昨日またぁ、体重が増えちゃっててぇ…』
『あ?師匠、何キロあんだ?』
『…えっとぉ、今はぁ、78kgですぅ…』
『あ?別に、軽いんじゃねぇか?俺も今は大体74〜75辺りだが、鍛える時は80程度まで増やしてから絞ってくからよ』
『ぇ?そぅなんですかぁ?』
『ああ。いっぺん脂肪蓄えねぇと良い筋肉は育たねぇからな。ほら、俺の背筋触ってみろ。見た目は絞まってるけど柔らけぇぞ。固いだけが筋肉じゃねぇってこったな』
『わ!ほんとだぁ、ふわふわだぁ!すご〜い』
『ふ。当然だ』

と言った感じで、間違った男に痩せる方法を聞いてしまった為、桜はその時こさえていたどら焼きを、美味しく5個食べた。
因みにカスタードとカラメルの2層のソースをプリンの様に挟んだプリンどら焼きを、嵯峨崎佑壱は2個食べた。オカンは意外と食べない男である。

1食に1斤のフレンチトーストを優雅に食べると噂の叶二葉は、体脂肪率3%と言うある意味化け物だが、その二葉と身長はほぼ同じである佑壱の方が15kgほど重い。
二葉と10cm以上差がある山田太陽は二葉より4kgほど軽いが、体脂肪率は6%。脱いだら腰がくびれていると俄に噂の山田太陽は、服を着ると何故かアンガールズ体型だった。哀れである。

因みに、二葉より5cmほど低い某オタクは、二葉と同じ体重だと言うのだから、現実って厳しい。


「…よし」

結局、残念ながら桜のゴムジーンズは脱がし方が判らないまま、ムッツリは桜に自分のシャツを着させる事に成功した。真顔で額の汗を拭い、何処となく、によによしている。

186cmの東條は3Lのシャツを着ている為、同じく3L派閥の桜にジャストフィットした。袖や丈が長すぎるのは、桜が170cmしかないからだ。
太陽と目線は変わらないものの、猫背を伸ばして若干つま先立ちで頑張って何とか169cmの山田太陽とは違い、猫背でも170cmの桜の方が、太陽よりは明かに背が高い。

一年Sクラスで最も小さい山田太陽は、体重より身長を指摘されるとデコを光らせる男だ。チビは破滅の呪文。

「桜。すまない、少し出てくる。お前が起きるまでには戻ってくると思うが………駄目だ、お前を一人には出来ない…」

数時間前に左席委員会の召集が届いていたのは判っていたが、副会長である太陽が自室に籠ったきり出てこなかったり、二葉の乱入もあり、気にはなっていたものの、対処が遅れていたのだ。
桜を伴い自室へ移動してからも、もう遅いだろうと思いながら気になっていた為、行くだけ行こうと思い立ったのである。行事中は自治会執行役員が交代で見回りをする取り決めもあるので、ついでにそちらも見てくるつもりだ。
ただでさえ西指宿は仕事をしない。全くしない。自治会への誘いを断り続けていた東條が、二葉の指名を断れなかった理由の一つに、前高等部自治会副会長がパニック障害を発症したと言う理由があった。彼は外部進学希望の三年生だった為、受験のストレスなどが重なったのだと思いたい。自治会の仕事を押し付けられた所為では、余りにも哀れだ。

「…そうだ、副長に連絡しよう。神崎…は、どうせ俺の通信には出ない。プライベートライン、」

思い立ってから、彼は気づいた。自治会役員は下院最高峰の中央委員会役員への通信権限があるが、今の嵯峨崎佑壱は、高坂日向の管理下にある。事カルマの話を、日向に知られるのは不味いのではないか、と。

「然し俺如きが総長に連絡するなど畏れ多い事だ。だったら…クロノスライン・オープン、コード:セーガよりコード:サブクロノスへ」
『コード:セーガを確認しましたが、正規表現ではありません。再起動します。………42%』
「そうか、俺は俺のコードを知らない。再起動しても認証出来なければ無意味だな…」
『再起動、クロノスライン・ATオープン。コード:タウロスを自動認証、只今よりマジェスティのご命令を通達します』
「何?」

壁際の間接照明、天井のシーリング、全ての照明が勝手に落ちた。
闇に包まれた部屋で無意識にベッドの飢えの幼馴染みを庇った男は、天井に浮かび上がる深紅の羅針盤を見上げ、息を飲む。

「レッド、クロノス」
『おはよう、俺の可愛いワンコ』

部屋中に響き渡った声には聞き覚えがある。
真っ正面から正体を晒して話した事などほぼないが、トーンが違うだけだ。いつも興奮した様に喋る一年帝君と、同じ声だった。

「総長、ですか?」
『お前がこれを見ている頃、全てが終わり、全てが始まっているのかも知れない』
「は?」
『俺は俺であり俺ではなかった。けれどきっと、壊れた全てを淘汰した暁に、新しい日が昇るのだと思う。俺は常に待ち続けた。俺は常に願い続けた。この世に神など存在しない。世は個が集合した果ての全、けれど俺の希望は破綻するのだろう。何故ならば俺は、個だが、全ではなかった』

チクチクと、大きな針が動いている。
眠りを誘う声だと思った。だからこそ警戒したまま、腹の底に力を込める。これが噂のあれかと、唸る様に。

『俺は恨まれている。その願いを叶える事だけを待ち続けた。待ち続けて、行動してきた。けれどそれは、間違っていたのかも知れない』
「…録音、か。どう言う意味だ、これは」
『そして、俺は唐突に理解した。このシナリオは俺の描いたものじゃないのかも知れない。だったら誰だ。もしかしたら俺は俺ではないのかも知れない。だったらいつからだ。考えても得られない答えを、俺は探そうと思う』
「探す?答え?」
『俺は俺には魔法を掛けられない。俺はひたすら頭の中で描いた通りに流されていく道化師。これは悲劇だった筈だ。悲劇こそが美しいものだと俺は知っていた。けれど違う、何処かで歯車が狂った。俺に気づかれないように、誰かが念入りに、執念深く、少しずつ、狂わせたんだ。…道を外れた悲劇では幸せにはなれない。これはもう、喜劇だ』

カチリ。
一周した針を見上げたまま、時間感覚が狂っている事を自覚した。羅針盤には数字がない。ただただ針が回るだけ、けれど針が刻むのは、1秒より長い気がする。

『本物の俺は壊された。それに気づいた時に俺は、あの子に魔法を掛けたんだ。姿なき敵を倒すに相応しい、新たな歩兵。勇者こそが全てを見つけ出してくれるのだと思う。そして俺は、全てのカルマを背負うつもりだ』
「………」
『お前のお母さんは生きてる』
「な、んだって?!いや違う、総長!それは一体、」
『俺はお前達の幸せを願っていた。俺はいずれ出会う全ての友の幸せを願っていた。けれど俺は、一人だけ、裏切ってしまった。裏切りは許されざる罪だ。俺には、最早彼の親友を名乗る権利はない』
「お願いです、教えて下さいシーザー!今のはどう言う意味ですか…?!教えて下さい、シーザー!」
『お前達を巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思っているよ。怒るだろう、恨むだろう、なのに俺はもう、何もしてやれない。でもお前達を守ってくれる。あの子はきっと、守ってくれる。あの子のカルマを覆い隠したまま、俺さえ消えてしまえば』

部屋が明るくなる、過程。
ほんの一瞬で消えた羅針盤を探そうと、無駄だと知りながら、それでも部屋中を見渡し、跳ねる心臓を押さえた。


「何、だったんだ、今のは…」

目を落とせば、健やかな寝息を発てる平穏な顔がある。
それだけがただただ、救いだった。
























「はー。どえりゃあ腰がえらいわー」

つやつやお肌の金髪熊さんが、腰をさすりながら歩いている。
彼の腕にべったりとくっついているチワワサイズな不良は、うっとり頬を染めていたが、足取りはどことなくぎこちない。

「やっぱ外で3発はえらかったにゃあ」
「総長…今夜も素敵でした」
「ちぃとみゃあ、頑張りすぎたでよ。あ、ほんでいつも通りヨーヘーには内緒にせなあかんよ?舎弟に手ぇ出したなんてバレたら殺されてまうだに」
「判ってます。俺は…誰にも言えない関係でも…」
「あい?」

セフレ未満、舎弟以上。
ほんのお稚児さん気分で好みの舎弟には一通り手を出している金髪熊さんは、うっとり見つめてくる舎弟にポリポリと頭を掻いた。何か不味い勘違いをさせている気がしなくもないが、突っ込めば墓穴にハマる様な予感がするのだ。
知らんぷりしようと、スラックスの中に手を突っ込みボリボリ尻を掻いた変態は、慌ただしい足音が近づいてくる気配に太い眉を寄せた。

「なぁにぃ?喧嘩?おみゃあさん、ちぃとみゃあ見てき」
「はい、」
「おわわわ、退いてー!」
「「へぁ?!」」

ライトアップされている並木道を、ばたばたと駆けてくるちびっこが見える。熊さんと比べればチワワサイズな不良は熊さんを庇う様に身を乗り出し、真っ直ぐ駆けてくるちびっこを回し蹴りで仕留めた。

つもりだった。


「人のもんに何してやがるブス」

蹴り飛ばされる直前でひょいっと空を飛んだ体、唖然とその光景を眺めたヤンキー二人は、外灯に照らされた恐ろしいほどの美貌を見たのだ。
冴え冴えと冷え渡る蒼い瞳の反対側は、闇に溶ける、黒い瞳。妖艶に吊り上がった赤い唇からもたらされた低い声を、脳が拒絶する。台詞が全く似合っていなかったからだ。

「いい加減観念しろアキ、逃げると追いたくなるだろうが」
「…あはは、追い掛けてくれなんて言ってないんだけどなー、とか、思ったり」
「畏れながら左席副会長閣下」

片手で山田太陽を吊るしている男の声は、この学園で知らぬ者はない。熊さんはわざとらしいほどの笑みで逃げようとしたが、恐怖の余り動けなくなっている舎弟に気づいて天を仰いだ。因果応報かも知れない。弟に内緒で舎弟に手など出すから、バチが当たったのか。

「お戯れが過ぎる様であれば、そこの二人で遊びますよ?」
「えっと?二人…あ、レジストの総長先輩、こんばんはー」
「あいやー、時の君こっちは見んどってちょ」
「畏れながら中央委員会会計閣下。あのー、具体的に、遊ぶってどんな感じですかねー?」
「生皮を剥いだりホルモンを捌いたり生の骨格標本を二体作ったりですかねぇ?」

にこり。
裸眼の魔王が麗しい笑みを浮かべ、吊るされた山田太陽以下、先程まで不健全な行為に勤しんでいた不良二匹も動きを止めた。ああ、外灯に照らされた恐ろしいほどの美貌から、余りにもどす黒いオーラが出ている。
ちょろっと泣いている山田太陽は震えながらレジスト総長の熊さんを見たが、スヌーピーではない熊さんは静かに頭を振った。幾ら何でも相手が悪すぎる。その上、山田太陽は熊さんの好みではない。全く好みではない。

「白百合、同級生として忠告したるでよ。あんま時の君を苛めたら嫌われてまうよぃ?」
「失敬な。私がいつ山田太陽君を苛めたとほざくのですか歩く猥褻物、二度と日の下を歩けなくしてやりましょうか?」
「えらいすいません、ごゆっくり。ではさいなら」
「待ってー!平田先輩っ、見捨てないで下さいよー!うわーん!平田先輩平田先輩平田先輩!」
「ちょ、おみゃあにはフォンナートがござらっせるがね!俺を巻き込むんでにゃあよ!」
「やだー!あんな変態スヌーピーじゃどうせ負けるー!」
「山田太陽君」

ぴたり。
動きを止めた太陽は、ぶらぶらと足が地面から浮いているまま、涙目で叶二葉を見やった。寮の入口で遭遇してからここまで逃げ切ったのは良かったものの、もう逃げられそうにないのは判る。
助けを求めて駆け寄ったヤンキー共は、全く役に立たない。熊さんはともかく、もう一人の不良は何故だか太陽を睨んでいる様な気がした。

「な、何でしょうかー?」
「此処の二人をあの世へ送ってからゆっくりか、此処の二人をこの世から消すのを見てからしっぽりか。どちらになさいますか?」

時間が止まる音を聴いた。
太陽を睨んでいたチワワ不良は最早蒼白で、熊さんの魂は半分抜けている。

「ど…どっちも、やだ」

然し勇者はキリッと下がり気味の眉を上げた。
太陽の発言で目を輝かせたレジスト二匹は山田様と声を揃え、二葉の眉がピクリと跳ねる。

「つーか風紀委員長が物騒な事言わないの!」
「こんなイカ臭い二人を庇うなんて…。本来なら懲罰棟フルコースの刑でも文句は言えない所ですよ?」
「え?何で?」
「さぁ、理由は本人方がご存じでしょうねぇ」

二葉の目に睨まれた二匹は沈黙し、空気を読んで退散しようとした。然し仲間が欲しい餓えた平凡勇者は、素早く熊さんのブレザーを掴んだ。それに気づいた舎弟に睨まれたがしれっと睨み返し、デコを光らせる。

「所でお前さんら、こんな夜中にもしかして不純物高めなコトやってたんじゃないのかい?え?どうなんです?」
「ああ?!意味判んねー事ほざいてんじゃねぇよ!テメェ、総長から手を離せ!ぶっ殺すぞ!」
「やめぇ!おみゃあ、時の君は左席副会長さんやで?フォンナートのご主人様だがや、あかんてぇ。数で不利だがね、わやだで、エルドラド相手は」
「おやおや、小さい話をなさってらっしゃいますねぇ、三年Fクラス平田太一君。貴方達の下らない争いなどどうでも良いのですよ。お判りですか?」

にこり。魔王は満面の笑みで微笑みながら、艶やかな前髪を掻き上げた。隠されていた額が晒され、痙き攣った太陽が俄に後退り、


「…意味もなく産まれてきた下等人種共。ABSOLUTELYに潰されたくなけりゃ、空気読もうか?」

太陽の背後に二匹の不良が隠れた瞬間、山田太陽は天を仰いだ。救いを求めた相手が悪すぎた様だ。知っていた。

「あはは。…叶先輩、キャラ崩壊してますよー」
「どうなさったんですかハニー、そんな他人行儀な。私の事はどうぞ二葉と」
「「ええッ?!」」
「ちょ!誤解を招く様なコトを言うんじゃない!」
「誤解?」

ああ。
ユリコ(職業イケメンスパイ)は従順で良かった。仲間としては最高だった。要と隼人とは全く仲良くしなかったが、まだ良かった。
それがどうだ。スパイからヤンキーに転職した途端、性悪レベルが跳ね上がっている。

いや、


「勃起したチンコ擦り合わて際限なくイキまくってた癖に、何が誤解かお聞かせ願いたいねぇ、一年Sクラス山田太陽君」

奴は初めから、ただの鬼畜だったのだ。思い出した。

「俺程度の知能指数じゃ理解に悩む」

感電した不良二匹からギギギと見つめられた山田太陽は真顔で目を反らしたが、痛いほど視線を感じたままダラダラと汗を流した。これで明日の学園新聞は山田太陽抹殺記事で埋め尽くされるだろう。
ああ、短い人生だった。まだクリアしてないゲームがあった気がする。ホモゲームとか。

「………おのれ、アブソル〜トリ〜め!」
「可愛らしい発音ですねぇ、ハニー。ABSOLUTELYですよ」
「黙らっしゃいッッッ!!!俺は、俺は怒ったぞっ」
「おや」
「クロノスライン・オープン、モード:ジョブチェンジ!只今より俺は不良さんになります!」
『了解、クロノススクエア・ATオーバードライブ、コード:ソルディオより吼え猛る犬共に通達』

めらめら、平凡のデコから怒りの炎が吹き出した。恥ずかしさの余り涙目になっている太陽にしれっと萌えているのは変態鬼畜だけで、哀れ、レジストの雑魚二匹は抱き合って震えている。

「これよりカルマはABSOLUTELYと全面戦争するよー!」
「今の発音はパーフェクトですよ、ハニー」

吼え猛る戦いのゴングは、平凡のデコによりゴーン!と打ち鳴らされたのだ。



繰り返すが戦争の理由は、恥ずかしかったからだ。




















口を開いては閉じ、悩み抜いた末に伏せていた目を上げた錦織要が再び目を伏せ、固唾を飲んで待っていた皆が残念げに肩を落とす。
誰よりも怯んでいた高野健吾に至っては目に見えて安堵の表情だが、ノートパソコンを苛立たしげに閉じた神崎隼人は指で耳を穿りながら、深い鼻息一つ。

「何なのお、もしかして今ってお通夜だったわけえ?静寂がえぐいんだけどー」
「まァまァ」
「ボスってば甘すぎい。さっきは無駄な時間は要りません的な事ゆってた癖にさあ」
「パヤ」
「なーに」
「怒るぞ?」

真顔の俊に見据えられた隼人はびくっと肩を震わせ、恨めしい目で要を睨んだ。睨まれた要は小さく頬を膨らませ、とうとうあらぬ方向を見る。不貞腐れたらしい。

「おい、要。男らしくねぇぞテメー」
「イチ」
「甘やかさんといて下さい総長、コイツには情操教育が足りてねぇんです。ここは俺がガツンと叩き込んで、」
「ユウさんは何でもかんでも暴力で片付けようとしますね」
「ああ?!」
「脳まで筋肉化したんじゃないですか?」

つーん。
佑壱から睨まれた要はそっぽ向き、腕を組む。冷めた目の隼人が苛立たしげに足を組み替え、隣の野上の足を蹴った。悪気は恐らく、ない。筈だ。

「みっともない八つ当たりやめたらあ?嫌われたらわんわん泣く癖に〜」
「っ、いつ俺が…!」
「うわ〜ん、俺のユウさんが取られた〜!…って、隼人君のブレザー鼻水まみれにしたの、誰だったっけー?」
「パヤト」
「今の隼人君は悪くないもん。カナメちゃんが先に喧嘩売ったんだもん。隼人君は言いたくないぶっちゃけ話を暴露したのに、自分だけ逃げるなんてずっこいし!」
「む。隼人の言い分は…間違ってないのか?俺には圧倒的に対人体験が足りないみたいだお母さん、お腹が空きました」
「…夜に食い過ぎると体に悪いんで、我慢しろ」
「な」

人見知り気味のツンデレが苛められている光景にしか見えなかったのか、クラスメートから責める様な目で睨まれた隼人は垂れ目を眇めたが、シーザーの『怒るぞ』の威力を知っている為に、沈黙を貫く。昔、我儘の度合いを間違えて、痛い目に遭ったからだ。
涙を飲んで俊から目を反らした嵯峨崎佑壱は、そわそわしている。エア千切りをしている所を見るに、母性本能は唸っている様だ。

「ふむ。じゃあカナタが話し易くなる様に、俺の昔話をしようか。俺は小学校に上がるまで、古びたアパートに住んでいた。築50年は下らない、六畳四畳半二間のアパートだ」
「へ?ボス、ビンボーだったのお?」
「どうだろうか。裕福ではなかったが、不幸でもなかった。ある日、父親が宝くじを当てた。そして今の家を建てて、引っ越したんだ」
「隼人君ねえ、近くまで行ったんだよお。でもボスが居なくなっちゃってえ、お招きして貰えなかったのー」
「あ、俺も行ったっスよ(*´Q`*)」
「何だと?!テメーら、この俺に何の断りもなく!」

勝ち誇った表情の隼人と健吾に犬歯を剥き出した嵯峨崎佑壱は、然し俊に長い髪を掴まれて動きを止めた。さらさらと髪を梳かれる感触、見えないが、三つ編みにされている気がする。

「隼人、手首についてるピンクのリボン貸してくれないか?」
「やだ。いっつもママばっか髪やって貰って狡いもん。絶対やだ!」

大人げないと、俊以外の全員が神崎隼人を呆れ顔で見つめてしまったのは、無理もない話だ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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