帝王院高等学校
永遠を誓う子守唄
私はお前が欲しい。
だから迎えにいくよ。

全てが一つに重なるその時に。

(絡まった糸が決して解けないまでに固まったその時に)
(幾つもの真実を毒で濁し)(艶やかな嘘が真実へと変貌したその時に)


私は常にお前の傍に在る。
私はお前を守る最大唯一の騎士。

(時は容赦なく刻まれていく)
(そして果てへと吸い込まれていく)



(連なる系譜の果てに用意された終焉へ)



私は魔法使いであり、道化師であり、奇術師であり、騎士であり、平民であり、歌い手。

目には見えない宙へ征こう。
誰も妨げる事のない黒の果てへ。








(そして逃げられなくなったお前を抱き締めて、)
(俺は漸く、笑うのだと思う)









“約束を覚えているか”



















「…助けて欲しいのか」

殴り付ける雨の中、蒼紫の雷鳴が暗い空を染め上げた。

「願いは常に等価交換だ。神も仏も悪魔も、対価を必要とする」

子供は泣いている。子供は血を流している。
子供は獰猛な唸りを迸らせ、彼だけは、まるで宝石の様に。

「魔法使いにしてやる」
「どうして」
「哀れな道化師。お前が躍り疲れた暁に、俺はお前を迎えにいこう」

歌声が聞こえる。
力強く愛を語らうこれは、蝉の歌声、だ。



「俺はお前の声を聞いていた」

舞台には始めから、奇術師と道化師、その二人だけだった。















遠を誓う子守唄

Lo giuro amore eterno.







(それが産声を上げた日)
(夏の酷く目映い日)
(とても暑い夏の日に)
(夜空を染めていた満月は闇へと還った)


(人々は歌う)
(地球の裏側では太陽を)
(太陽の昇る国では漆黒に彩られた夜に)



(声なき子守唄を、歌ったのだ)














「お人好しですねぇ、相変わらず」

居なくなったかと思えば、然程経たずに戻ってきた高坂日向が無言で投げつけてきたものを受け取れば、近頃数を減らしたホットの缶コーヒーだった。
無言で投げつけてきた男はやはり無言のまま背を向け、今後こそ戻ってくる気配はない。

「コーヒーなんて滅多に飲みませんが、カイロ代わりにはなるでしょう」

最後に飲んだのはいつだったかと考えて、思い浮かんだのは安っぽいファミレスの座り心地の悪いソファだった。
飲めと言われて飲んだ事は覚えているが、味までは覚えていない。そもそも何を食べてもどうせ何も感じないのだ。不味い不味いと各国で謗られるイギリスの食事も、流石に旨いとは思わなかったが、不味いと思った事もない。

食べられるものなら何でも良いのだ。
毒が入っていようが、産まれた時から何度も死にかけている。毒に慣れた体はまず、舌の感覚から奪った。次に血圧を低下させ、体温を落とし、狂った基礎代謝と交感神経は狂い続けたまま。

「左席副会長閣下は、まだ帰ってこないんですかねぇ。私はしつこく電話したり早く帰ってこいなんて我儘は言いませんよ。もう十年以上待ったのですから、何時間でも待ちましょう」

膝を抱えて、握った缶を頬に当てる。
寒いのか暑いのか、狂った体は何も感じない。なのに雄の能力は消えていないのだから、笑い話ではないか。

面白い話を聞いた日を覚えている。
生殖能力のない長男が、実の祖母を脅した日の、笑い話だ。

「…チッ、どいつもこいつも俺の前で不純同性交遊なんざしやがって。俺を誰だと思ってやがるダニ共、畏れ多くも風紀委員長様だぞ。一人残らず死に果てろ不細工共」

イルミネーションが、面白味のない規則的な点滅に変わった。暫くの間に数人、遊歩道を歩く生徒を見掛けたが、恋人なのかそれ未満なのか、互いに互いしか見えていない様だ。

「コホン。何てね、今のは冗談です。ふーちゃんは内外共に美で作られた最高傑作なので、生徒の幸せを願う心優しい風紀委員長ですとも。ええ。うふふ、全然羨ましくなんてないですよ。この叶二葉には日本が産んだ最高傑作、あの山田太陽君と言うハニーダーリンが居るんですもの。うふふ…」

若干イラッとしつつ、羨ましくなどないと呟いてみるが、我ながら負け犬の遠吠えにしか思えなかった。麗しい笑顔にも覇気がない。

「ダーリン、このまま夜風に当たり続けたふーちゃんのお肌がカサカサになってしまったら責任を取って下さいね」

太陽を捕獲したら化粧水を塗りまくろうと密かに誓い、人気がなくなった寂しい寮のエントランスで、叶二葉は眼鏡を外した。何となくこんな所に座っていると、二葉に気づいた誰かが話し掛けてくるかも知れないと考えたからだ。
日向の様に自己犠牲心など欠片もない二葉の親衛隊は、ヒトラー真っ青な恐怖政治で完全に調教している為、馬鹿な考えを持った者はまず居ない。誰の頭の中で犯されようがオカズにされようが、全くどうでも良い二葉の頭の中では、精通したその日から、丸いおでこのアーモンドアイだけが居座っている。

たった数日の間に、綺麗だ綺麗だと褒め称えられた記憶だけを脳に刻み込み、三日坊主と誉れ高いB型でありながら、スキンケアだけは怠らなかった。数日風呂に入らなくても平気な二葉の性格を知る者など、この学園には殆ど存在しないだろう。

山田太陽は一日に何度も風呂に入りたがっていたが、二葉には理解出来なかった。シャワーで済ませる事もある二葉にとって風呂は、なければないでも構わない代物だ。

太陽が昇るのと同時に目を覚ます、文字通り太陽の名を持つ男は朝から標準血圧で、起きろ起きろとせがんだ。大浴場に行こうだの、朝ご飯は食べないといけないだの、そのどちらの習慣もなかった二葉には、鬱陶しさ半分、斬新さ半分、何と表現すれば良いか、今をもってまだ判らない。

『タラの白子、うっま。はい、これは抑えといた方がいいですよ』

食べるなと言ったり食えと言ったり、何年経っても人を振り回す。だったら肉を持ってこいと何度怒鳴ってやろうかと思ったが、残念ながら、余りにも久し振りに二葉が口にした肉は、太陽が差し出してきた学園内の屋台で売られている焼きそばに入っていた、お情け程度の豚肉だった。
あれは最早『肉』ではない。肉の振りをした、別物だ。そう自分を納得させ、以降、二葉は肉を食べていない。

安っぽいファミレスの安っぽい薄いステーキを差し出してきた小悪魔に、全身全霊を以て戦い、二葉は辛うじて勝利した。ギリギリの戦いだった。逆恨みした組織から爆撃を受けた事がある叶二葉でも、山田太陽が差し出すステーキほどの恐怖は知らない。

焼きすぎて固そうな薄い肉よりも、『あーん』と唆してくる広い額の破壊力。ダイアモンドも焼け焦げるのではないかとさえ思った。そもそも炭素は焦げる前に気化する。簡単な物理法則すら忘れてしまうほどに、小悪魔の誘惑は抗い難かった。


叶二葉は今でも若干後悔している。
何故あの時押し倒してしまわなかったのかと。

ロープウェイにはしゃぐ花魁を隠し撮りしてパソコンに取り込む間も、取り込んでから中央委員会執務室のプリンタへデータを飛ばす間も、後悔していたのだ。

「次は失敗しません。お肉よりもハニーが食べたいと言える男に、私はなります」

きりっと誓いを立てた二葉は、我慢しきれず携帯を取り出した。普段全く使わないので、帰国した頃に契約したままの古い機種だが、パカッと開けば隠し撮りした山田太陽の寝顔が迎えてくれる。正に神機種だ。
メールが届けば平凡花魁、着信があれば旅館の卓球コーナーで壁打ちする平凡浴衣、パラダイスとしか言えない。我ながら、壁打ちで汗を流す太陽のショットは隠し撮りとは思えない出来映えだった。叶二葉アカデミー賞総なめだった。勿論、叶二葉ギネスに登録されている。

次点は栗羊羹を齧る山田太陽である。
小振りの栗羊羹だったが、色と形が卑猥だと気づいた時には遅かったのだ。もう少し実物に近いサイズで購入しておけば良かったと、どれほど悔やんだか。

『高坂君、山田太陽君のお口に収まった羊羹が憎くて眠れません。どうしたら良いのでしょう』
『…犯罪を犯す前にしゃぶって貰え。切るぞ』
『嵯峨崎君の様な遊び人と私の山田太陽君を並べないで頂きたい。良いですか、山田太陽君は奇跡の童貞なんですよ?』
『童貞に奇跡も偶然もあるか馬鹿が。頭大丈夫か』
『こんな急ごしらえの旅館などで手を出してしまっては、ご先祖様に申し訳が立たないではありませんか。そりゃ君の下半身に比べたら嵯峨崎君は随分マシな男でしょうが、彼レベルなら公衆トイレでも構わないでしょう?』
『…あ?何だとテメェ…』
『然し私の山田太陽君にはそんな無礼な事は出来る筈がありません、何故ならば彼は山田太陽君なのです。日本の奇跡、宇宙の至宝。公衆トイレで咥えさせる君と私は次元が違うんです。これだから世間知らずの極道は…』

悔やんだ挙げ句、真顔で日向に連絡したら『死ね』と吐き捨てられた。彼には情緒がないらしい。

「うふ、どの角度から見ても可愛い。ぱっちり開いた木の実の様な目も、小さめの唇も、太めの眉も…」

眼鏡を外しただけで変装しているつもりの変態は、によによ呟いた。つい先月までは手配した業者に撮影させていたが、最近では堂々と隠し撮りが出来る距離にある。堂々とする隠し撮りとは何なのか、二葉は一瞬浮かんだ疑問から目を逸らした。答えのない問題には手をつけない、これが理系スタイルだ。

「やっぱり我慢は体に悪い。権限差異など知った事じゃありませんよ、副会長のハニーに通信する為には、ふーちゃんは悪魔になります。ステルシリーライン、」
『プライベートライン・オープン、コード:ディアブロへ外部端末より電信通達』

待つと言った癖に、コーヒーが冷めきる前に耐えられなくなったらしい二葉が口を開いた瞬間、照明の落とされたエントランスのスピーカーから機械音声が響いた。
スピーカー代わりのピアスを懲罰棟への侵入時になくしていた事には気づいていたが、新しいものを着ける事を忘れていたらしい。

「おや、こんな時間にメールとな?留守電にしておけば良かった」

致し方ないと、太陽の捜索情報受信の為にセキュリティと繋げていたタブレットの画面を落とし、通信受信に切り替えた。

「どうぞ、テキスト再生して下さい」
『署名、ブライトン=C=スミス』

珍しい男の名だと眉を跳ねたが、成程、連絡先として設定していた理事長が除籍されてしまった今、自分に回ってくるのは当然の摂理だと息を吐く。音声の代わりに表示されていく文字を目で追い、画面をスクロールさせた。

「慌てん坊の陛下もご自分を除籍なさった様ですし、遅くとも前期末…早ければ、この下らない行事の後にでも、セントラルに戻るつもりでしょうねぇ」
『テイラーがそちらへ向かったとミッドナイトサンへ伝えてくれ。引き留められなくてすまない。以上、本文の報告を終了します』
「は?」

ぽとりと、握っていた缶が落ちる。
ころりころりと転がっていくそれを追い掛けて、二葉はもう一度、タブレットに表示された文字を目で追った。

「…あの低脳、まだ諦めてなかったのか」

叶二葉は人生で初めてギガヤバと呟いた。
ただでさえ、女癖の悪さを愛する太陽に知られ、冷めた目で睨まれたばかりだと言うのに。

「………俺もうやだ、怒られたくない…」

この上、肉体関係があった男が居たなど知られては、ギガを越えてテラヤバなのではないだろうか。


「…あれ?そこにいるのって、もしかして二葉先輩?」

然しこんな時に限って、神と言う者は試練を与えたがるらしい。拾った缶が、二葉の手の中でみしりと音を発てた。足音のない二葉とは違い、とてとてと近づいてくる足音が、正に恐怖だ。

「え?眼鏡どうしたんですか?」
「…これはこれは、ご機嫌よう、山田太陽君」

内心の動揺を悟らせまいと、叶二葉17歳は全力で整えた微笑を浮かべた。いつの間にか情熱的な赤の点滅に変わっていた楓が、二葉の目に映る太陽の輪郭を照らしている。

びくっと目に見えて肩を奮わせた太陽が怯えているのは明らかだったが、二葉は気づかなかった。何故勝手にいなくなったんたと詰め寄るつもりだった数分前までの下心は今や、絶対にバレてはならないと言う固い意思に敗北している。

「山田夕陽君と会話は済んだんですか?」
「あはは、…やっぱばれてーら」
「安部河君は隠してらっしゃいましたよ。ただ、私が少しばかりお利口さんだっただけです」
「そ、そうですかー。あはは、そうですよねー、あはは…」
「うふふ」

隠し事をしている人間はえてして朗らかなものだ。わざとらしいほどに。

「えっと、所で白百合様は、」
「ふーちゃん」
「…ふーちゃんはこんな所で何してんですか?風紀見回り?」
「ええ、そうなんです」
「お疲れ様です」
「畏れ多くも、左席副会長閣下の警護をしようと思いましてねぇ」
「えっ」

叶二葉は今度こそ間違えまいと山田太陽の手を取った。
山田太陽はやはり逃げた事を怒っているのかと掴まれた手を振りほどこうとした。

「…」
「…」

白亜の寮は、対峙する二人と共に、赤く染められたまま。






















「秀隆に会ってくる」
「ま、待って、僕も、」

ふらりと立ち上がった親友の台詞に、目元が真っ赤に腫れている男は慌てて立ち上がり掛けて、肩を叩かれた。時計の針は零時を回っている。賑やかだった窓辺の向こうの光も声も、随分と少なくなった。

「案じるな、駿河が手を回してある」
「っ、でも!」
「冬臣を行かせた。そなたとは少し、話がしたい」
「…貴方ほどの方が、僕に何の話があるんですか?」
「秀皇に関する話が一つ。その上で、そなたの身の振り方を」
「は?」

無意識で抱えていた膝から手を離す。
白熱灯色のシャンデリアが照らすステンドグラスは、ひそりと。

「当初、私は秀皇を本国へ連れていこうと思っていた。然し来日したその日に、そなた達はこの学園から去っていた」
「そう、です、か。じゃあ僕達が犯した罪を…」
「何の罪がある?」
「…え?」
「全身の骨を砕かれ、血を吐きながらも勇敢に唸り声を上げる黒いドーベルマンを私は見た。赤い首輪に記された名は、秀隆。彼の牙に喉を噛み切られた私の分身を、殺したのは私だ」
「…」
「作り出した私が破壊した。罪を償うべきは私、だが私を裁ける者はこの世には存在しない。それは、私に国籍がないからだ」

きらびやかな金髪、それと同じ黄金に縁取れたダークサファイア。見れば見るほどに神威に似ていると考えた瞬間、うなじに痛みが走る。

「…っ」
「何だ?」
「あ、いえ。で、僕の身の振り方って何ですか?」
「そなた、死んだ事にしたらしいな。秀皇は知らされていなかった様だが、そなたの企みか?」
「…仲間と、幾つも構想して来たんです。僕らの会社は表向き僕の義父の名義ですが、株式の半分と、関連企業の持ち株の大半は、秀皇のもの」
「そうか」
「秀隆の戸籍は、偶々知り合ったホームレスから買いました。可笑しいでしょう?偶然、飼っていた犬と同じ名前だっただけなのに、当時持っていた財産の半分をくれてやったんですよ」

この辺りだっただろうか、と。
学生時代にクッションを並べていた部屋の隅を見やる。今は革張りのソファが置かれている。

「神威は貴方にそっくりです」
「良く言われる」
「とても、秀皇や俊江さんには、似てない」
「ああ、私もそう思う」
「でも李君の髪の毛から、俊江さんのDNAが…」
「その件についてシリウスに申し伝えてある。二人目のルークの遺伝子は、秀皇とシエの二人とは照らし合わせていない」
「え?…ああ、夫婦の遺伝子鑑定ですか。絶対違いますよ。同じ訳がない」
「可能性としては…」
「何か判るんですか?!」
「否、今はまだ明確ではない。…それより、そなたには話しておかねばならない。我がステルスに蔓延る、悪しき風習を」

絵本は何処に行ってしまったのだろう。
中央委員会会長でありながら登校する事を許されなかった親友が、学園を抜け出す度に買ってきた、土産の絵本は。
子供の趣味が判らなかったのだろう。絵本のジャンルは実に様々で、空の写真しか載っていないものや世界の宝石などと言う、およそ万人受けしないようなものもあった。

けれど日中の日差しが強い間は眠り、日が落ちてから起きてくる子供は、そんなコアな絵本ばかりを好んで読みたがったのだ。一度で良いから空が見てみたいとせがまれて、内緒で見せてやった事がある。その時は熱を出して暫く寝込んでしまい、どれほど後悔したか。

「何で僕に…」
「老い先短い年寄りの戯れ言だ。信じるも聞かぬもそなたに任せる」
「秀皇には、」
「必要のない話だ。ナイトを傷つける者など、我がステルスには一人として存在しない」

どう言う意味か判らず眉を寄せたが、すぐにその疑問は消えた。新しい疑問に塗り替えられたからだ。

「…いや、秀皇ではないか。この場合のナイトは、遠野俊ただ一人を指す」
「待って下さい、何でそこに俊君が…」
「我が父レヴィ=グレアムには、爵位は与えられなかった。それは彼が末子であり、家が焼き払われるまで男爵の地位に在ったのは、長兄のユイト=キング=グレアムだ」
「…」
「ステルシリーを創設したのはレヴィ=グレアムだが、正統男爵ではない為に、後々、諍い種を生み出してしまったのだ」
「派閥争いって奴ですか?何処にも似たような話はあります、よね」
「そう。初代元老院は、父と共に亡命した執事達だった。その為に、彼らは経営とは縁遠かったが、父を支持する側と正統男爵をノアと崇める側に分かれた」
「亡くなったお兄さんの信者…って言うか、元々執事だったんなら仕方ない、ん、ですかねー?」

まだ慣れないが、いつまでも的違いな怒りを向けるのは精神的に辛い。隠し事をしてるからと自嘲じみた笑みを一つ、

「じゃあ、その派閥争いは、今も?」
「聡明な子だ。話が早く済む」
「…あのですね。35歳の中年を子供扱いしないで下さいよー」
「気を害したか、すまない。今の我が社は、初代レヴィ=グレアムを凌駕する絶対神カイルークの元、表面上は安寧秩序を保たれている様に見える。据えた最上位役員にセカンドと言う男があるが、歴代で最も支配力に優れた男だ」
「セカンド…」
「我がグレアムの同胞にして宿敵、ヴィーゼンバーグ公爵の末子。存じておるかは定かではないが、7区に高坂と言う家がある。…駿河」

神威が去ってから泣き崩れた妻を部屋に連れていった男が戻ってきた為、ダークサファイアの瞳はそちらへ流れた。つられる様に目を向ければ、若干、草臥れた表情の学園長が、東雲親子に連れられて近づいてくる。
その隣には、同じく難しい表情の、腰が曲がった老人が佇んでいた。

「返す返す気に入らんの、米国人が。この国で…否、この儂の前で天神大殿を呼び捨てにするとはな」
「よせ、加賀城翁。帝都は主より年上だ」
「ふん。どう見ても儂の孫坊と変わらんではないか、否、儂の獅楼はナウなイケメンで大変よいこじゃ。殿、今度是非獅楼に会って下さらんか」
「判った判った。だが忘れるな、私の俊も眼鏡がキリッと似合う男前だぞ。それも外部入学であまつさえ帝君…。なんと、なんと賢い孫が我が帝王院に…!」
「何を白々しい、若様も帝君であらせられたではありませんか。そもそも初代中央委員会会長たる大殿が、何を仰れるやら…」

年寄りの話は長いと金髪が呟く声に頷く。
頷いてから、この中で最も年寄りなのは理事長なのではないのかと気づいた山田大空は瞬いたが、東雲の息子の方に見つめられている事に気づいて突っ込むのはやめた。

「えっと、先輩、何か飲みます?」
「ドリップコーヒー」
「…敢えて面倒臭いの選んではる、流石や」

どうやらあの天パ後輩も同じ様な事を考えていたらしい。こんな奴と同程度とは、と。ドSは密かにギリッと歯を噛み締める。

「駿河、お前にも聞いて貰いたい。申し伝えたとは思うが、私は秀皇…可能であれば俊に、ノアを譲位したいと思っている」
「本気だったのか。然し帝都、執拗な様だが、それでは神威が余りにも…」
「カイルークの意思など必要ではない。選ぶのはナイト…俊だ」
「秀皇ではなく、か?」
「秀皇になく、俊にある血。それが、我がステルシリーに深く根づく、ノア崇拝に繋がる」
「黒の崇拝?」
「山田大空」
「は、はい?!」
「そなた、今暫く死んで貰いたい」

無表情な理事長以外が目を見開き、ペーパーフィルターに落とす筈のコーヒーを零した東雲村崎は見事にスッ転ぶ。唖然としている皆の中、一人だけ表情が乏しい学園長はテーブルの上のオレンジを掴み、ガコンと理事長の顔へ投げつけた。

「貴様、仮にも私の息子でもある大空に死ねだと?良かろう、この帝王院駿河が貴様の息の根を止めてやる」
「話を最後まで聞け。早合点は年寄りの悪い癖だ」
「何!年寄りが人を年寄り扱いするでないわ、ぶっ殺すぞテメェエエエ!!!」
「殿!ご乱心召されるな、血圧が上がりますぞ!」

ストライクしたにも関わらず無表情な理事長は、顔でキャッチしたオレンジを無表情で剥き始め、血圧が上がったらしい学園長はクネクネと悶え、両手でオレンジを掴んだが止められた。

「若い頃の殿はそれはもう美丈夫で大変聡明な方だったが、一度お怒りになると手が付けられなかった!おのれグレアム、駿河の宮様が手を下すまでもない、この加賀城敏之が大紅蓮に突き落としてくれるわ!東雲っ、日本刀を持てぇ!」
「お、落ち着いて下さい、加賀城翁!大殿の前ですよ!」
「あー、もー、やっかましい!」

どかん。
吹き飛んだ椅子が床を跳ね、騒がしい年寄り達の金玉がキュッと竦み上がる。見れば、満面の笑みで吹き飛んだ椅子を掴んだ男が、椅子を振りかぶりながら目を開いた。

「一円にもならない喧嘩はやめて貰えますかねー?お歴々の言動・行動、短い間ですが判断させて貰いました。失礼を承知の上で言いますけど、僕は貴方達より、帝王院理事長のお言葉の方が、余程聞く価値があると思えます」
「…」
「ですから…って、え?あの、何ですか、理事長?」
「日本へ来てから隆子以外に私の話を聞きたいと言ってくれたのはそなただけだ、筋は取ってある。ネーブルはビタミンが豊富だ、喰え」

オレンジを押し付けられたワラショク社長は沈黙する。
スッ転びながらもコーヒーを淹れた東雲村崎は真っ先に恐ろしい先輩へコーヒーを差し出し、多目に淹れた分を他の面々にも振る舞う。ドSの痛烈な皮肉でダメージを受けている大人げない年寄りは肩身が狭そうに着席し、ちびちびとコーヒーを口にした。皆、そうそうたる地位にある老人ばかりだが、微かに泣いている。

「駿河の怒りは尤もだ。だが、俊に関わる一切の情報を他の派閥に知られてはならん。特にセカンド派とファースト派は、長きに渡り内乱を繰り返している」
「それが僕らにどう関わってくるんですか?」
「俊にあって秀皇にないもの、それは遠野の血だ。我らグレアムの古き友、元老院並びにノア崇拝派は、総じてナイト=メア=グレアムを神と崇めている。それは、ナイトが最も夜に愛された男だったからだ」
「すいません理解力がなくて。それは秀皇でも俊君でもない、もう一人のナイトって事ですか…?」
「そうだ。彼の名は遠野夜人、私は運命など信じはしない。須く必然的とまでは言えんとしても、龍一郎の考えている事は理解出来ないでもない。龍一郎こそ、元老院の意思に最も近しいノア崇拝派の一人だった」
「え…」

ボーン、と。柱時計が音を発てた。
零時はとうに回っている。腕時計と見比べた東雲村崎は時間が遅れていると呟いて、それへと近寄っていく。

「ナイトの前では、銘を持たぬレヴィ=グレアムは月だった。夜がなくては輝けぬ、空から追放された身。然しナイトは夜であり騎士であり馬だ。血も涙もない中立であるべき元老院は、言葉も満足に話せぬナイトの為に、新しい部署を創設した。心ない者が彼を傷つけないように」
「そうでしたか。その部署ってのは…聞いても?」
「名は、組織内調査部。初代マスターはケイアスインフィニティ、ナイト=メア=グレアムその人を連想させる、架空のコードだった。実質のマスターはコード:オリオン。当時、冬月龍一郎を名乗っていた、遠野龍一郎だ」

コーヒーに混ざる、柑橘の香り。

←いやん(*)(#)ばかん→
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