帝王院高等学校
本日の天気は魔女のちアホ所により魔王でしょう
「お前か、私の宝石に手を出した馬鹿は」

冷え凍ったダークサファイアの瞳に、笑みの弧を描く。
その傍ら、黒服の男達を無言で殴り付けていた美女の殺意に濡れた碧眼が、瞬いた。

「…すまないクリス。私の我儘を聞いて貰って、助かった」
「貴方が気にしなくて良いの、アリー。今はアレクサンドリア=ヴィーゼンバーグと呼んだ方が良いのかな」
「それで構わない。今の私は、高坂とは無関係だ」

お許し下さいと何度も繰り返す黒服の男らは、癖一つもない絹糸の様なブロンドを艶然と掻き上げる女に怯え、逃げ出そうとしている縛られた男を取り囲んだ。

「ネクサス」
「はっ。畏れながらマダムテレジア、何なりとお申し付けを」
「我が甥ルークには、既に死んだと伝えなさい。どうせ、私の愛しいローズ達に手を出したこの男は生かしてはおかない」
「ひ、ひぃ!」
「お前は私が誰だか、知っているのだろう?判っていてレイ、ゼロ、挙げ句にはファーストにまで手を出した」

括れた腰に手を当て、豊満な胸を突き出し、深い蒼に笑みを刻んだまま、クリスティーナ=グレアムはそのしなやかな手を差し出す。

「全て話して貰いましょう。逃げるなんて考えないで。此処には私の他に、恐ろしい方が居る。我らグレアムの古き友であり爵位では到底太刀打ち出来ない、気高いお方」

恐怖の余り声も出ないらしい男は縛られた姿のまま、床を惨めに這い回っていた。佑壱を狙ったが失敗し、拘束されて連行されている合間に、黒服の男達に拉致された男は、自分の置かれている状況を把握しきれていない。

「ヴィーゼンバーグの遣いでありながら日向を危険に晒した罰だ。貴様ら、私はただでさえ向日葵をあんな目に遭わせてしまい機嫌が悪い」
「も、申し訳ありません」
「ゼロが連れてきたと言う女を、必ずや捕らえて来い。己らが失態を晴らすチャンスは、その一度きりだ」
「仰せのままに!」

慌ただしく出ていった黒服達には目も向けず、慣れないピンヒールを脱ぎ捨てた青緑色の双眸は恐ろしいほど凍ったまま。

「クリス。君の怒りが私には痛いほど良く判る」
「有難う、アレク。貴方が声を掛けてくれて良かった。意気地のない私には、この怒りを晴らす方法は見つからなかった」
「愛する夫と子供を狙われたんだ。君の旦那さんと零人君の元には、日向も居たと言う。一つ間違っていれば、日向が死んでいたかも知れない。あの子は私の、命よりも大切な一人息子だと言うのに…」

ぎりぎりと、握った竹刀の柄が軋む音。
逃げ場がない事を悟った男が奇声を放ったが、恐怖の余り青褪めたまま戸口で待機していたヤクザの一人は組長の妻を見る勇気はなく、胃を押さえた。

「対外実働部は私に脅され従ったと言う事になさい。幾らルークでも、叔母である私にまで罪は問わないでしょう。昔、あの子には幾つか貸しがある。マルクスに伝言を。私のエンジェルを守って欲しい」
「御意。お任せ下さい、マスターはこの命に変えても、」
「ファーストだけじゃない。ゼロも」
「…へ?」
「君達には言ってなかったけれど、零人も私の息子なんだよ。私の親友が私の代わりに産んでくれた、大切な、私の血を分けた本当の息子」

高坂夫人が表情一つ変えず、男を拷問する光景をサファイアの双眸で眺めた女優はうっとりと息を吐く。まるでダンデライオンの様だと呟いて、ハンドバッグから、薔薇のブローチを取り出した。

「そろそろ代わって貰える?そんなにボロボロになってしまっては、喋れるものも喋れなくなってしまうでしょう?」
「………ああ、そうか。すまない、どうも私は加減と言うものが苦手らしい。ひまからも何度も叱られたのに、悪癖は中々治らないものだ」
「それはしょうがない、私も同じだもの。いつまで経っても日本語は下手、料理も洗濯も出来ない、とんだ箱入り娘。レイが手を差し出してくれなかったら一生、私は閉じ込められてたでしょう」
「でも君は今、自由じゃないか。私はテレビや映画は観ないから出演作品は判らないが、それでも君の知名度が凄い事くらいは、判る」

花飾りはロケットの様に、ぱかりと開いた。
中にはカプセルが一つ、長い指はそのカプセルをつまみ出し、中の粉薬をとんとんとブローチの中に落としていく。

「遠く離れて暮らしていたゼロが可哀想だった。何不自由なく暮らしていた我儘なファーストに私は八つ当たりばかり、だからエンジェルは私を憎んでる」
「…謝れば良いんだ。子が親を憎むなんて、そうはないよ」
「ファーストが私の傍から居なくなって、お兄様の跡をルークが継いで、私は自由になった。真っ先にレイとゼロに会いにいったよ。親友が亡くなっている事は知っていた。せめて墓に行きたかった。…でもゼロは私を睨んで『母ちゃんには会わせない』って、ね」
「…そう」
「私はゼロとファーストの母親だけど、ゼロを産んであげられなかった。馬鹿な女だろう、守っていたつもりだった。レイを守る為にグレアムから離れられなかった、そう思っていたけれど、実際、何も彼も捨てて逃げる勇気がなかっただけなんだ」

怯えている男の口へ粉薬を落とし、艶やかな赤いネイルを施した手で吐き出そうとする口を塞ぐ。暫くして手を離した人はサファイアの瞳を細め、首を傾げた。

「ふふ、我がステルシリー技術班が開発した自白剤はお気に召したかな?仮にも区画保全部ランクBの君なら、これの効果は知ってるでしょう?」
「!」
「この薬を飲んだら、八時間は嘘が吐けない。嘘を吐いたら血圧が異常上昇して、最悪死んでしまう。助かる方法は素直に話すか、黙っているしかない」
「だが、私の尋問は黙っていられるほど甘くはない。何人もの極道の口を割ってきた私の特技は、イギリス流の拷問だ。…お望みとあれば、フルコースで味わってみるか?」

バキン!と、竹刀を素手で折った人はしとやかなワンピースから伸びる素足で男の腹を踏み、裂けた竹刀を男の見開かれた両目に近づけていく。

「右は女王陛下の血を引く公爵、」
「左は悪魔の一族と畏れられた男爵、」
「高が女だと思って嘘を吐けば、」
「奈落の閻魔がお前を連れていくだろう」
「「母親を舐めるなよ、サノバビッチ」」

二人の魔女の笑みは、美しかった。






















「おーい、兄ちゃん…?」

頭にこさえた大きなタンコブをさすりながら、吹き飛んだ鉄の網を蹴り飛ばす。くたりと倒れたまま動かない巨体を怖々覗き込み、少年は円らな瞳を曇らせた。

「こ、困ったねィ。親父から騒ぎを起こすなって言われてんのに…どうしましょ」

天井から落ちてきた巨人と金網、丁度真下を歩いていた時にそれらと衝突し、その時に出来たタンコブは笑えるほど大きい。けれど痛いなどとは言ってられなかった。誰がどう考えても不可抗力だが、小遣いが懸かっている青少年には、如何なる理由も通用しない。

「うー。小遣いがなくなったら母ちゃんの糞不味い飯を食わなきゃならなくなるってか!それは死も同然じゃア!ヒィイイイ、うっかり人を殺しちゃった時ってどうしたらイイのかね?!あ、兄貴に相談…」

彼には兄が一人、居た。
けれど彼は実の兄がどうしても苦手だった為に、お子様携帯を開いたり閉じたりしながら、途方に暮れる。
金髪の巨人はピクリとも動かない。肩を揺すっていた少年は怖々巨人の顔を覗き込んだが、近年稀に見るイケメンだったので、静かに涙を流した。

「…間違いねェ、これ、芸能人だ」

終わった。
芸能人を殺してしまったとあれば、理由は何にせよ、刑務所に放り込まれ、死刑になるに違いない。静かな涙と鼻水をそのままに、彼は実の兄とは違い、大好きな従兄に最後の別れをしようと携帯のボタンを押した。

「………出ない」

然し少年の愛する従兄のお兄ちゃんは、彼の電話に出てはくれなかった。世知辛い世の中だ。
きらびやかな敷地内を探検している内にトイレに行きたくなり、これまたきらびやかなトイレの広さにテンションが上がってしまい、ウォシュレットの心地好さについつい寝てしまったのが運の尽きか。

はっと目を覚ました時、彼の携帯の着信履歴は、夥しい数の兄の携帯番号に混ざり、父親から二度ほど掛かってきていた。然し兄の履歴が猟奇的に多すぎて、少年は父親からの電話には気づいていない。

薄暗い他校の廊下を、少しばかり怯えながら歩いていた少年の真上から、巨人と金網が降ってくるなんて。天気予報など見る習慣はないが、もしかしたなら、晴れ時々巨人だったのかも知れないと思った。

「うっうっ、俊兄ちゃん…!俺、俺、遺言書書くの忘れてた!ごめん、ごめん、俊兄ちゃんに何も残してやれないょ!うっうっ」

然し少年の財産など、漫画くらいなものだった。
けれど彼は真剣なのだ。純度無限の阿呆なのだ。奇跡の馬鹿なのだ。

で、あるからにして。
いつまでも死体を放っておく訳には行かないと、涙を拭いながら少年は立ち上がる。
ガツッと掴んだ黒装束の襟、ぐふっと一瞬目を開いた金髪だが、呼吸困難で再び沈黙した。

「お墓だけでも作らせてくれェイ。俺もすぐ死刑になって、そっちに行くからさ…」
「ネェ」
「へ?!」
「さっきかラ、何してるノ?」

何処に隠れていたのか、重ったるい前髪で目元を隠した男が立っている。

「な、何だねチミは…!不審者?!」

ビクッと飛び上がりつつ、掴んだ黒装束を背後に隠そうとした少年に、不審者はのろりのろりと近づいてきた。

「それ、祭クンのお供だヨ。粗末に扱うと、君、祭クンから殺される」
「じえくん?!誰?!」
「助けてあげようカ?」

にこり。
鼻の中腹まで前髪で隠れている男の唇が吊り上がり、狼狽えた少年は何度も何度も瞬いた。













溺れる者に差し伸べられた手の、何と神々しく見えるものか。

善も悪もない。手の大きさもまた、関係ない。
その時は八百万の神も霞むほどに、網膜に映るその手だけが、世界の全ての様に思えるものだ。

私は私の積み重ねてきた過去を、悔いている。
私は私の生を悔いている。

今、お前が私に手を差し伸べたとしたら。
笑って目を閉じるから、躊躇わず喉を絞めてくれないか。



決して口にはしないけれど。














キャンプファイアーの様だ。
寮庭で最も大きい楓に灯されたイルミネーションは、情熱的な幾つもの赤のグラデーション。

反射光で染められる白亜が、何故か哀れに見える。

「…二葉?」
「おや、」

聞き慣れた声音に振り返り、僅かに乱れていた呼吸を意地で整えた。喉が奇妙な音を発てたが、悪足掻きの様に呑み込む。

「此処にいらしたのですか高坂君。山田太陽君を見ませんでしたか?」
「言ったろうが、スコーピオ近辺で離れてからは一度も見てねぇ。んな事よりテメェ、奴を監禁してたらしいじゃねぇか」
「ええ。私がどうしても暇な時に飲む睡眠薬をほんの半錠、玉露に混ぜて飲ませました」
「…殺す気かよ。あんなもん飲ませたら普通、半日は起きねぇだろ」
「その筈なんですがねぇ…」

ぽつりと、他人事の様に呟く二葉に、酷く疲れた表情の高坂日向は片眉を跳ねた。何を見ているのだと二葉の視線の先を追うが、特に目立ったものはない。

「彼にだけ飲ませる訳にはいかないと、仲良く半分ずつにした所為でしょうか、ねぇ」
「は?」
「相手の警戒を解く為には、選択肢を二つ以上用意します。そして選ばせるんですよ」
「…成程、二人分の湯呑みで、一錠っつー事か」
「ええ。二錠飲んでも二時間程度しか眠れない私には、効果はありません」

北棟の壁が、緋色から黄色へと色を変えているだけだ。
艶やかに鮮やかに、まるで、キャンプファイアーの様に。

「何処に行ってしまったのでしょう。部屋には二つ分の湯呑みが残っていました。塩大福は姿も形もなかった」
「あ?何の話…ああ、山田の話か」
「わざとらしく隠れていたイーストを殺さなかっただけ偉いでしょう?可哀想なほど青褪めた安部河君は居ないと言い張りました」

だからバルコニーを蹴破ったんです、と。
世間話をする様に宣った二葉はまだ、あらぬ方向を見ている。眩しげに。

「…テメェに請求書回すからな」
「安部河君の言う通り山田太陽君の姿は何処にもありませんでしたが、飛び込んできた安部河君が『何で居ないのぉ?!』なんてほざいた時、私がどんな気持ちだったか君に判りますか?」
「知るか」
「あそこが山田太陽君の部屋でさえなければ、恐らくトイレにでも隠れていたイーストと友達思いな安部河桜のホルモンで、今頃愉快な焼肉パーティーですよ」

呆れた日向はがりがりと頭を掻き、くつくつ肩を揺らしている従弟から目を逸らした。残念ながら、少しも愉快ではない。そんなもの悪魔のサバトだ。実現しなくて良かったと思うが、安部河桜には同情する。あの大人しそうな後輩に、二葉は大層恐ろしく映っただろう。

「手掛かりがなくなってしまいました。口が固い安部河君は最後まで山田太陽君が誰と居たか教えて下さいませんでしたが、私室にまで招く程の相手で、私には言えない人間となれば…答えは容易ですよ」
「あー…奴、か」
「何年経っても、目障りですねぇ、彼は。高々弟と言うだけで、私に何の断りもなくアキを独り占めなんて…」
「ちっ、そりゃ身内だから当然だろうが。んな事より、テメェに聞きてぇ事がある」
「何ですか?」
「伊坂颯人の事は、お前も知ってたのか」

日向の台詞に、二葉は漸く、壁から目を離した。シャープな眼鏡に映り込むグラデーションは燃える様に、色を変えていく。幾つも、幾つも。

「イサカハヤト、学園内には同姓同名が三人居ますねぇ。イサカだけでも6名、ハヤトだけなら実に13名」
「はぐらかしてんじゃねぇ、糞が」
「それで機嫌が悪かったんですか。ふふ、難儀な人ですねぇ、君も。嵯峨崎君の事だけ考えていれば、脳内お花畑でさぞ楽しい人生だったでしょうに」
「テメェと一緒にするな性格破綻者」

にこりと愛想笑いを張り付けた二葉は眼鏡を押し上げ、腕を組んだ。とんとんと、人差し指が二の腕を叩いている。

「人格崩壊者に性格破綻者、ですか。だったら君は、名付けて『底無しの偽善者』ですかねぇ?」
「喧嘩売ってんのか。悪いが今は、テメェの悪ふざけに付き合ってる暇はねぇ」
「ほんの暇潰し、例えて、気紛れですよ。事件以降入院していた彼に、退屈だった陛下は手を差し伸べられた。体の傷は癒えても、彼の心は『世界』を拒絶してましたからねぇ」
「どう言う意味だよ、そりゃ」
「目が見えなくなっていたんですよ。極度のPTSD、確かに酷い被害だった様ですが、幸い、あれほど焼け爛れていた顔に反して、視神経にダメージはなかったのですから」

思い出したのか、何とも形容しがたい表情で舌打ちを零した日向が目を反らす。

「陛下も昔、重度の照光で顔を火傷なさった事があります。君は知っているでしょう?高坂君」
「…つまり、同情か」
「まさか。あの方にそんな人間じみた感情などあるとでも?」
「クラウンの名簿が書き替えられてたぞ。会計は、祭美月だ」
「おやおや」
「お前はいつまで言いなりになってやがる」
「…ご冗談を」

二葉は唇を吊り上げた。鉄壁の愛想笑いを得意とする彼にしては、不格好な笑みだ。
眼鏡には依然としてイルミネーションが反射している。目元は少しも、窺えない。

「私が高々『神』如きに、平伏すとでも?」
「あ?」
「私を二つに分けるとすれば、理性と本能に分かれます。理性は血肉に、本能は曰く『心』として。高々日焼けで死に掛けた哀れな子供の代わりに、私は真なる神へ片目を差し出した」
「…」
「心と共に炭化したこの眼は決して黒ではない。けれど君には、何色に見えますか、高坂君」

かちゃりと微かな金属音と共に外された眼鏡は、白い手袋に。
肝が冷えるほど艶やかな笑みを浮かべた双眸にも映り込むイルミネーション。
炎の様な光に照らされて尚も伶俐なサファイアとは真逆に、

「…それでこそ、ディアブロだ」
「悪魔に黒は何と似合う色でしょう」
「最後は父親譲りの自慢の蒼眼を差し出すってか」
「そうですねぇ、黒髪、黒目。日本人特有の平凡な男に生まれ変わって、私は日の丸の旗を振り回すのです。我こそは火の元の国、倭の哀れな従僕であると」
「あんな性悪の糞餓鬼に良くそこまで心酔しやがる。俺様はテメェが可哀想でならねぇ」
「あっちには戻りませんよ。何にせよ漸く私の元まで堕ちてきて下さったのに、手放してしまえば、次はいつ手が届くのか判りませんからねぇ」
「どうするつもりだ?」
「心優しいカイザーにお願いしましょうか」

二葉の台詞に、日向は動きを止めた。
裸眼の二葉の唇に刻まれた笑みは、然しその眼差しが反して冴えきっている所為で、意味を失っている。

「真の中央委員会会長であった筈の、帝王院財閥の後継者に。哀れな一人の雄として乞えば、赦して頂けると思いませんか?」
「…」
「帝王院の一族は総じて、心優しい人ばかりです。恵まれた育ちに因るものか、血の繋がらない陛下を孫として慈しんできた学園長夫婦も、実家と絶縁した同級生を義理の弟として迎え入れた、皇子様も」
「いつ、気づいた」
「つい先程。…恨んでらしたでしょうねぇ、実の父親が作り上げたABSOLUTELYを、無関係な私達が名乗っていた訳ですよ」

ふっ、と。イルミネーションが消えた。
楓の木へと目を向けた二葉につられて日向もそちらへ目を向ければ、淡い白の光を灯した大木は、徐々に青いグラデーションへと変化していく。
夏から秋、秋から冬へ。四季を彩る、幻想的なライトアップだ。

「本来ならば帝王院財閥の後継者として、何不自由なく初等科から讃えられた筈の猊下は、クロノスではなくクラウンに刻まれるべき方でしょう?」
「そりゃ、そうだろう、な」
「それも帝王院秀皇と言えば、陛下が9歳の時にキングから押しつけられる様に戴冠するまでは、次期ノアとして知られていた名です。ただでさえメアが空席だったキングに、突如現れた息子は批判も多かった。元老院はルークを、マジェスティ至上主義の派閥は反して、ナイトを推していました」
「そうだったのか」
「ええ。なので陛下が戴冠なされた後も暫くは、大学に身を寄せてらっしゃいましたよ。君に負けず劣らず大層おモテになったので、いつの間にかマンハッタンでは飽き足らず、ニューヨーク、DC、果てはラスベガスのご婦人まで虜になされてらっしゃいましたがねぇ」

良く刺されなかったものです、と。
にこにこほざいた二葉に、日向は頬を掻いた。耳が痛い話だ。遊び慣れた年上の女性ばかり相手にしていた日向は修羅場など起こした事もないが、日向と同じく、年上の女性とばかり付き合っていた筈の嵯峨崎佑壱は何度か痛い目を見ている。

「帝王院はそんなに酷かったのか」
「貸し切ったラウンジで、陛下の上に何十人もの女性が乗ってらした時は爆笑を耐えるのに必死でしたよ、ええ。どれもこれも雌豚にしか見えませんでした。流石は我が君、どんなテクニックをお待ちなんでしょうかねぇ。高坂君、一度抱かれてきてくれませんか」
「殺すぞ」
「おや、本気なのに」
「尚更タチ悪いなぁ、おい。噛み殺すぞカス」
「そんな陛下が真顔で仰ってましたよ?」
「あ?何を」
「遠野君の中では射精出来なかったそうです。興奮し過ぎて」

ブフッ。
吹き出した日向はしょっぱい表情で頭を抱え、震えそうになる体を必死で耐えた。
頭の中で勝手に再生しそうになる俊と神威のBL的事情を、腐男子疑惑のある実父の所為で幼い頃から刷り込まれたBL知識で補完しそうになってしまうのだ。

「と言うか、カイザーは抱かれる方なんですねぇ。遠野君はともかく、あのカイザーと言えば、8区ではまず間違いなく抱かれたい男ナンバーワンですよ。それなのに…ふぅ」
「やめろ、変な事を抜かすな!」
「ABSOLUTELY内でも、かねてから噂がありましたよねぇ。カルマの大半はカイザーに抱かれているとか、中でも嵯峨崎君は本妻扱いで、毎晩毎晩」
「黙れ!そろそろ本気で潰すぞテメェ!」
「そうそう、その度に君はそうやって不機嫌になるので、君のカイザーに対する一途な片想いに、何も知らない皆が影ながら応援していました」
「…ああ、そうかよ。うちには、馬鹿しかいねぇのか…」
「でも、本気でしたね?少なくとも君は、カイザーに本気でなついていました。格好付けたがりの君が、嵯峨崎君の冷ややかな眼に晒されても尚、似合わないぶりっこを頑張ってらっしゃいましたし」
「煩ぇ、蒸し返すな」
「本気でイギリスへ連れていくつもりだったんですか?」

問われ、日向は口を閉ざした。
本気も本気、その為に『似合わないぶりっこ』とやらを続けてきたのだ。

「仮に、ヴィーゼンバーグはそれで黙らせられたとしましょう。何にせよ、私が勝てなかった相手です。少々の事では死なないのは、認めざるえません」
「はっ。勝てなかっただと?圧倒的に負けてただろうが、馬鹿が」
「何か仰いましたか?ちょっと嵯峨崎君を揶揄って遊んでただけなのに、あれから暫くグチグチグチグチ、毎日私を苛めた癖に」
「ノーダメージだったろうが!ちっ、マジであの時犯しとけば良かったぜ」
「困りましたねぇ。私とて、何度か抱かれようと思って試してみた事はあるんですよ?幾ら利益があろうと、その気もない相手に勃起するのは心底大変なんです。然し相手が男だと、抱かれる方が楽でしょう?例え私がカチカチの冷凍マグロでも、馬鹿な雄共はハァハァしてしまうものなのです」
「もうテメェは喋るな、息の根を止めろ」
「ですがこうね、雄からマウントを取られてしまうと…ふぅ。ついつい、誰の上に乗ってやがるチンカスが地獄見せんぞ下等生物が!と言う、どうにも耐えられない気持ちになるんですよねぇ…」
「ソウデスカ」
「どうにもならないんですよ、こればかりは。だから君も、遠野君と結婚して、まぁ、そこそこ幸せになったのかも知れません。初恋は実らないと言いますからねぇ」
「はい論破、言葉はテメェに跳ね返る」
「私の初恋は鏡に映った私なので、山田太陽君は二番目です」

にこにこ。
邪気のない笑みで言い切った叶二葉に、高坂日向は無意識で手を叩いた。もうこの男には何を言っても無駄だ。恐らく山田太陽が不足している。何らかの禁断症状が出ているとしか思えない。

「なので私は何の問題もありません。ファーストキスは人前で激しく奪われてしまいましたが、セカンドキスは誰も居ない裏庭でこそっと奪ってやりましたよ、ええ。私のハニーを浚おうとした腐れチンカスは半殺しにしましたがねぇ」
「ソウデスカ」
「男なんてものは好きでもない相手を抱けるものです。二番目でも結婚は出来ます。ただ私とは違い、君は、遠野君とキスが出来ますか?」
「…」
「後生大事にファーストキスを徹底して守り抜いてきた君が、今や学園中の噂の的ですよ。私は耳を疑いました。あっちこっちで嵯峨崎君とチュッチュチュッチュしてらっしゃるそうですねぇ」
「してねぇ」
「セキュリティカメラに映ってましたよ」
「消しやがれ!」
「おや、本当にしてたんですか?冗談のつもりだったんですが」

日向は心の中で二葉を殴り飛ばした。にっこにこ日向を揶揄ってくる二葉は眼鏡をキュキュっと磨いて、すちゃっと掛けている。

「自分だけは、どう足掻こうと騙す事は不可能です。陛下の仰った言葉が判らない訳ではないのですよ。確かに、最も大切な人に触れる時、幸福よりも恐怖が勝ってしまう」
「んな殊勝なタマかよ、テメェが」
「例えば山田太陽君が君の親衛隊員だったら、君は彼を抱けるでしょう?」
「あ?…まぁな」
「そして翌日高坂君は変死体で発見されます」
「犯人は確実にお前だろ」

小脇にタブレットを挟んでいる所を見るに、このまま寮の正面で太陽が帰ってくるまでか、警備から発見の連絡が来るまで、待つのだろう。
久し振りに対面する兄弟の語らいに厚顔無恥に割り込む事はしない。空気を読んでいるのか居ないのか。

中等部時代の一件で、二葉が山田太陽に絡むようにはなってから、然し当の山田太陽がその所為で制裁や嫌がらせを受けた事はない筈だ。
皮肉の様な挨拶を殆ど毎日、あれほど繰り返して。それでも太陽が嫉妬の対象にならなかったのは、全て二葉が仕組んできたからだった。怪しき者は罰せよ、火の粉が振り掛かる前に全て排除してきた。

「恨んでた、なぁ。俊には、似合わねぇ台詞だぜ」
「グレアムを名乗りながら帝王院神威として遠野君の全てを剥奪した陛下を、恨んでいても可笑しくはない。つまりは、本物の灰皇院である山田太陽君もまた、同じ事」
「帝王院があの偽名を名乗ったのは、当てつけだったっつー訳か。…とことん呆れたぜ。初めから奴には判ってたんじゃねぇか。ポーカーフェイスで知らんぷりしやがって、あんの人格崩壊者が」

四季の光は今、ピンクとグリーンのグラデーションへ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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