帝王院高等学校
総長にBLはちょっと難しいんです
(さようなら)
細胞の一つ一つが形振り構わず張り叫んでいる
(さようなら)
(さようなら)
出来る事なら出逢う前に時を戻してくれと。


お前は俺に、魔法を掛けたと言う。
お前は俺を、幸せにしたいと願った。


哀れにして脆弱なその魂を、俺は連れていく。
(一人で逝く侘しさを)(お前なら判ってくれるだろう)
(愛していると宣う哀れな雄に)(お前は笑って手を差し伸べたから)
(心は最早、消え果てた)(死を待つだけの躯は魂を抱いて)
(いざ征こう)

他の誰かへ笑い掛ける肉体など、他の誰かを映す黒曜石になど、最早興味はない。
(月は地球の真裏)
(厳かなサンフレアに照らされた世界に)
(『ノア』など必要ないのだと)



「俺はお前を淘汰した」

望んだのは心。
得たのは既にこの世のものではない、心。

どうして求めなかったのだ。
どうして手放したのだ。
どうしてお前は最期まで、他人の事ばかり。


「お前がそうした様に」

私の依存を根刮ぎ奪い取り、私の興味を毟り取ったまま虚無へと還りし、最愛の魂よ。
お前が描いてきた全ての罪を白日の元へと昇華させよう。

俺はお前に殺された。(いつか望んだままに)(お前は叶えてしまったのだろう)(慈悲深い黒よ)(私にはお前こそが神の様に思える)
哀れにして脆弱なお前の犯した総てを、俺は連れていく。

「Dear my SINGLE.」

下らない世の中だ。
俺にはお前が唯一だった。


「さようなら、愛しい『悪夢』よ」

俺にはお前が、総てだった。



(あの日は蝉が鳴いていた)
(意気地のなかったお前の差し出す麦茶は酷くぬるく)
(意気地のなかったお前を待ち続けた私は)

(一人、歌を、歌ったのだ)



約束など、どうでも良かったのに。




(求めてしまったからか)
(優しいお前は俺の罪から産まれ)
(俺が望んだままに俺を殺し)
(罪に耐え切れず)

(紅い、血の涙を流したのか)


(お前の血で綴られた物語の名を俺は知っている)
(ノアに愛されし哀れな贄をメアと呼ぶのだ)

(可哀想な夜の王)
(可哀想なひとりぼっちの騎士)





(俺はお前を抱いて、無へ還ろう)















「天とは、斯くも遠い」







(悪魔には悪夢が何と、似合うのか。)


















り際の鎮魂




See ya, my nightmare.












『コード:セントラルに通信要請』

至近距離から聞こえてきたそれは、目覚まし時計にしては質が悪かった。
パブロフの犬宜しく起き上がれば、自分が転がっていたソファの傍らに、頬杖をついて眠るナスタチウムが見えたのだ。

「…寝てんのか?」

寝ている時は大人しい。
耳を澄ませてやっと捉えた寝息を聞いて、伸ばした手で、手触りの良い髪を撫でる。蒲公英の綿毛の様だ。初めてこの色に染めてきた時は何事かと狼狽えたものだが、人は慣れてしまう。

「ケンゴ」

人は、慣れるのだ。
始めは些細な好奇心、寂しさを紛らせる為に近づいて、償いなど考えもしなかった。


勝手に割り込んできただけだ・と。
勝手に怪我をして勝手に大切なものを失った、馬鹿な子供だ・と。

嘲笑っていたのかも、知れない。

まるで唯一無二と言わんばかりに、たった数日で自分の世界は彼に、錦織要に染められた。ずっとひとりぼっちだった二人は互いを互いの全ての様に思い込み、今は、それが下らない子供の思い込みだった事を知っている。

『誰にも苛められたり邪魔されたりしない所なんて、あるのかな』
『きっと、ある』

幼さ故に無知な会話の意味を今は知っている。
誰も居ない世界で生きていける人間など、本当は、存在しない。

「プライベートライン・オープン」
『コード:ルークより、ヒアリング接続開始』

開いたドアを閉める間際、振り返った。
ソファに寄り掛かる背中を暫く眺めて、音を発てぬように、ゆっくりと閉じる。



『オメーさ、寂しいなら寂しいって言えや。あんまベタベタすんな、笑われんぞ?』
『寂しい訳ねー』
『はー?お前知ってっか?俺の後ばっかちょろちょろしてっから、看護婦から犬みたいだって笑われてっしょ!俺が何かムカつくから直せ!』
『何でお前がムカつくわけ?』
『はっ?…んー?何でって言われたら…判んねーっしょ。つーかオメー、まだ五歳の癖に難しい事聞いてくんなし』
『ちょっと誕生日が早いくらいで年上面すんな。いつまで肉喰ってんだよ』
『完治記念だもんよ!なっ、ばーちゃん!肉巻きおにぎり、お代わり!』


記憶は何処に、刻まれるのだろう。
血か、細胞か、脳か、心臓、か。


『…あのさ』
『何?』
『何かさ、俺、父ちゃんの子供じゃないかも知んないんだって』
『…さっきの話かよ』
『ごめんな、友達が泊まりに来てんのに、ババアがギャーギャー喚いてよ。恥ずかしいからやめろって言ったのに…』
『別に、お前が気にする必要はねーだろ。お前のバーサンが誘ってくれたからって、ほいほいついてきたオレが悪い』
『オメー…』
『何?』
『「俺」の発音、変だべ?』
『…は?』
『慣れねーな、オメーはよ』
『笑うな』
『うひゃひゃ。…ありがと』
『別に』

形として目には見えない記憶の粒子は確かに、この体に宿っている。消える事なく。ただ、霞んでいくだけで。

『あの、あのさ』
『は?今度は何だよ』
『お前、帝王院ってとこ行くんだろ?寮ってさ、ガッコで住むんだよな?』
『そーだよ。親父が理事やってる学校』
『あのさ、あのさ、俺もニューガク出来っかな?』
『え?』
『ほら、あのムカつく…スザク?が、言ってたじゃん。帝王院は馬鹿は入れねーんだろ?でもさ、俺さ、あれらしいんだわ』
『あれ?』
『何か、IQってのが140くらいあんだって。だから一芸に秀でてなくてもニューガク出来んじゃねぇって、父ちゃんのマネージャーが言ってたっしょ』
『一芸って、音楽の事かよ。帝王院に音楽科は…なかった筈だぜ』
『オメーもあれだろ?頭良いんだろ?スザクがどや顔でほざいてたけど、試験、落ちねーんだろ?』
『あー、まーな。多分受かる』
『じゃ、俺も受けようかな〜って、思うんだよ。…どう思う?』
『オレが知るかよ』
『あの、あのさ、ニューガクしたいなら取り計らってくれるって、オメーの父ちゃんがさ、』
『…親父に会ったのかよ』
『寮に入ったら、ソツギョーするまでさ、遊べんじゃんか。そしたらオメー、寂しくないっしょ?』

記憶はこの体の何処かに、存在している。
つまり記憶を消すのは簡単だ。寧ろ、それ以外の方法など存在しないのではないかとさえ、思える。


『知ってっか?オメーの名前、ユーヤとも読めんだぜ』

死ねば全てが、終わるのだ。
(どうせ始める勇気などない)




















「イチ」

賑やかな他人を他人事の様に眺めていた男が、うなじを掻いている。名を呼ばれた佑壱が覗き込んでいた冊子から目を上げれば、うなじを掻いたままの俊はサングラスの下、薄い唇を開いた。

「一年Sクラスは30人、だったな」
「そうです。それがどうかしましたか?」
「お前は二年生」
「っス」
「だったら二人、足りない」
「あ、安部河君と山田君の事?」

ぱちん、ぱちん。
撮ったばかりの写真で作った口絵を挟み込み、ホッチキスで纏めていくクラス委員長が顔を上げた。地味な眼鏡をくいっと押し上げた彼は首を傾げる俊へ笑い掛け、二人は呼んでないと呟く。

「安部河君は清廉の君と話し込んでるって聞いてるし、時の君…山田君は連絡がつかなくて。初めての二校親睦新歓祭だもの、仕方ないよね」
「そうなのか。残念だな、二人も居たら楽しかったろう」
「そうだね。あっ、でも僕はシーザー…じゃなくて、遠野君と日誌を作る事が出来て、凄く楽しいよ?皆、そう思ってるよ」
「思ってる!」
「勿論!」
「楽しいです、天の君!」
「シーザーの生写真つきなんて…!プレミアものだよ!」

何やかんやでレイアウト係に名乗り出た隼人はパソコンに齧り付き、ぱちぱち電卓を叩いている要は「一冊千円にしろ」とがめつい一言。

「楽しいな」
「…そうっスか?」
「お前は楽しくないのか?」
「………総長が楽しいなら、」
「何を怯えているんだ。いつも自信に満ち溢れていたお前らしくないぞ?」
「…」
「イチ」
「隼人、が」

ふと、皆の目がこちらを向いている事に気づいた。
佑壱も気づいたらしく口を噤んだ為、うなじを掻きながら息を吐けば、指先にヘアピンが触れた。

「暑い」
「え、」

ばさりと、剥いだ銀糸を佑壱の頭に乗せて、乱雑に外した所為で乱れた髪を掻けば、ころりと。椅子に座っていた隼人が背中から転げ落ちている。

「隼人、頭を盛大に打ったな。大丈夫か?」
「あは。もうよい、どうせ何言ったって通じないんだよねえ。へいへい、もうどうにでもなれ、あほー」

不機嫌な隼人の台詞に要が片眉を跳ねたが、注意する事はない。さもあらんと俊の剥いだウィッグの乱れを整えていた佑壱は肩を竦めたが、他は皆、ハラハラした様子で隼人と俊を見守っている。

「怒ってるのか?パヤトは怒ってても笑ってるから判り難いなァ。土下座するから許して欲しい」
「はあ?土下座なんて要らないからチューして!」
「ん?」
「ちょーぜつ濃厚なやつー。なーんて、」

ちゅ。
転げ落ちたまま、床に大の字で伸びていた隼人の真上に黒髪が降り掛かり、見ていた全員が目を見開いて、数秒後に悲鳴を上げた。目尻を呆然と押さえている神崎隼人の灰掛かった双眸は真ん丸に見開かれ、じわじわと、顔中が赤く染まっていく。

「…あ、間違えた。濃厚なキスだったか」

鋭い眼差しはそのままに、隼人の真上で赤い舌先を覗かせた男は己の唇を舐め、隼人の唇を指で撫でる。 

「さて、隼人。どのくらい『濃厚』だったら許してくれるんだ?」
「へ、…はえ?!」
「まァ、イイか。とりあえず舐めておこう」

べろり。
隼人の左頬を顎から目尻まで舐め上げた俊が唇の端を吊り上げ、隼人は目を見開いたまま動きを止めた。弾かれた様に立ち上がった佑壱はなけなしの眉を吊り上げ、今度は隼人の右頬を舐めようとしているセクハラ男の肩を鷲掴み、唸ったのだ。犬の様に。

「それやめろっつったでしょうが…!」
「イチ」
「何で頼まれたら断んねーんスか!ベロベロベロベロ、カルマの総長が気安くサービスすんじゃねぇ!」
「ごめん」
「謝れば良いと思ってんだろ!俺にもチューして下さい」
「判った」

ぶちゅ。
鼻に皺を寄せている赤毛の鼻先に吸い付いた俊は、最早声も出ないらしい要を見やり、抱きついてくる佑壱を張りつけたまま立ち上がった。

「これじゃ、要が仲間外れ」
「…え?!」
「何処にして欲しい?」

べろり、見せつける様に唇を舐めた俊を間近で目撃した要は真顔のまま腰を抜かし、隼人の腹の上に座り込む。ぐふっと潰れた声を出す隼人の脇腹を無意識でつねり、首を傾げている俊を呆然と見上げる要は哀れ、半泣きだ。

「…ん?泣いてる?」
「総長、いい加減にしねぇと虐待っスよ。…大体、アンタのそれ、客に貢がせる時の十八番でしょうが…」

要の涙目に瞬いた俊の耳元で佑壱が囁いて、極悪顔は動きを止めた。何故か犯された町娘の様な表情でこちらを窺ってくる皆の目線を横目に、至近距離から佑壱の恐ろしい睨みを浴びつつ、

「何て事を言うんだ。貢がせるんじゃない、腹が減った合図だぞ?唇を舐めると何故か皆、オードブルやフルーツの盛り合わせを注文してくれるんだ」
「へぇ、そりゃ悪どいやり方っスね」
「怒ってるのか?でもオードブルもフルーツもうまいし、注文して貰えると給料が増えるんだぞ」
「へぇ、そりゃ悪どいやり方っスね」
「イチ」
「へぇ、そりゃ悪どいやり方っスね」
「ごめん」
「何で謝ってんスか」
「腹が減った時は何を置いてもまずイチに言うべきだった。唐揚げが食べたい」

キリッとした表情で吐き捨てた男に、ピキッと青筋を発てたオカンはゴキバキと拳を鳴らす。今にも人を殺しそうな獰猛な笑みを浮かべ、ビビっている俊の目の前で鋭い犬歯を剥き出した。

「いやー、全然判ってねぇわ。寧ろ俺ぁ感動したぜ、アンタには圧倒的に情緒が足りねぇな」
「すまん」
「隼人、要。とっとと終わらせろ、北緯と獅楼を拾って、臨時集会を始めんぞ」
「イチ…こんな時間に家族会議って、もう零時だぞ?良いワンコはネンネする時間、」
「あ?」
「…ケンケンとユーヤンを仲間外れにするのは、お父さん反対だな」

俊の肩身の狭さに、何故か感極まっている隼人と要は涙目で頷いている。濃い腐男子キャラに慣らされていたが、カルマ時代はこうだった。これぞ、外では格好良いがカフェの中ではオカンに勝てないオトンだ。
榊が度々しれっと悪戯を仕掛けたくなる程に、シーザーと言う男は抜けていた。

新月以外は。

「ママー。隼人君はエビフライ…って言いたいとこなんだけどお、ほんきで眠いにょー」
「あ?…マジか、目がなくなってんぞ隼人。何だその不細工な面は」
「うぐ。吊り目が勝ち組だと思うなー、筋肉デブ」
「殴るぞコラァ」
「イチ、殴ってから言う台詞じゃ、」
「あ?」
「…可哀想なパヤティー!お父さんが良し良ししてあげるからねィ、しっかりするのょ!」
「うえーん、パパー」

肩身の狭い俊と隼人が手と手を取り合い、パシャパシャとフラッシュが焚かれた。見れば、クリーム色の髪に葉っぱや枝を幾つも纏わせた川南北緯が、僅かに息を乱しながらカメラを握っている。

「…ん?もしかして、キィ?髪を染めたのか?」
「猊下、探した。日課のカップルの隠し撮り中に小耳に挟んだんですが、ABSOLUTELYが『カイザー』を探してる」
「隠し撮りだと?」
「北斗が手を回してるみたいだから、早く逃げた方が良いと思う」

首を傾げる俊とは真逆に焦りの表情を見せたカルマ一同に、大人しかった一年Sクラスの生徒らは目を見合わせた。

「ご安心下さい皆さん!」
「天の君を守る事こそ、我らの使命なのさ!」
「良し、皆!命に替えても遠野君を守ろう!」
「おお!」

彼らは一年トップ30の優秀な生徒らであるからにして、この緊急事態にも関わらず、一致団結したのである。























悪夢の始まりは、音もなく。

「世に、希望などと言う生温い容赦は、数少ない」

同じ顔をした二人が、同時に双眸を伏せた。
二人を取り囲む皆は口を閉ざしたまま、燃え尽きたかの様に床へ座り込む黒髪の男はただ、窓の外の夜空を見上げている。

「これを知ったそなたに、今一度問おう。…イクス、そなたは己の犯した罪を理解したか」
「俺が罪を犯した?…笑わせるな。須く、薄汚れたそなたらの招いた現実ではないか」
「カイルーク」
「俺は誰だ」

紅い、紅い、鮮血に似た双眸に笑みを描いた神威の囁きに、答える者はない。

「俺は何の為に産まれた?サラ=フェインは俺を望んではいなかった。誰からも望まれず、では何の為に存在している?全ての元凶であるお前には答える義務があるのではないか、キング=ノヴァ=グレアム」
「…全ては私の咎。そなたに責を押しつけるのは、余りにも無責任だと言う事か」
「ロードは誠、お前のシンフォニアで相違ないのか」
「そうだ。保管されていた母上の卵子を用い、私の細胞を複製した。…だが、クリスティーナは違う。あれは、最後に残った父上の精子と母上の卵子を掛け合わせた、私の妹だ」
「ではロードの子であれば、俺は名実共に、お前の子であると」
「………それだけは有り得ない」
「何故そう言い切れる。繁殖能力のないお前とは違い、複製体であるロードはセックスが出来た。証人は、そこに居る」

神威の眼差しを一瞬受けた男は青褪めたまま、外ばかりを見ている親友の手をただ、握り締める。

「ロードは私と同じ、O型だ」
「サラ=フェインはA型」
「…有り得る筈がない。そなたの双子の弟とされるもう一人のルークが遠野俊江の子だとして、彼女は、」
「O型」
「ならばそなたは、産まれる筈がないのだ。カイルーク、そなたはAB型のRh−」
「…では俺は、誰の子だ」
「一人だけ、考えられるとすれば」

神威の隣で、震えながら料理を並べていた学園長夫人も、今や夫に寄り添い表情なく。恐ろしい会話をただ、逃げる事も出来ずに。

「我が父、レヴィ=グレアム。但しこれまで集め得た全ての証拠を繋ぎ仮定するとしたなら、欠損が見られた父の精子は、秀皇のDNAを以て補修されたのかも知れない」
「…俺には父親が二人、居ると?企てたのは誰だ」
「冬月龍一郎」
「何?」
「そなたならば調べているのだろう。龍一郎はこの国へ戻り、名を変えた。享年は、遠野龍一郎と名乗っていた」
「遠野、龍一郎」
「ランクA、コード:オリオン。…否、ランクS、コード:ケイアスインフィニティ」
「…シングル?何故、」
「私が唯一愛した、男だ」

料理は徐々に湯気を減らし、人の数に反比例して部屋は酷く静かで。

「私はあれを追わなかった。自由を望むのであれば、と。敢えて、探さなかった。…それが愛の証明であると信じていたからだ」
「世迷言をほざくな。その男が企てたのであれば、俺は」
「私の子ではなく、私の弟ではないかと考える」
「…その様な下らぬ話をこの俺が信じるとでも?」
「サラは月経が始まっていなかった、だったな。それが真実であるなら、メイルークと同じくそなたの母たる卵子もまた、サラとは違う他人だ」
「…」
「そなたからは、遠野夜人の遺伝子配列が検出されている。レヴィ=グレアムと遠野夜人の交配で産まれたと言う仮定で、現在検証している。そなたの遺伝子は壊れてなどいなかった。ただ、」
「もう良い、聞くに値せん話だ。俺は失礼させて貰う」
「龍一郎が夜人のシンフォニアを作っていたとすれば、有り得ない話ではない」
「黙るが良い、悪魔が」
「…そうだ。我が名はナイン=ハーヴェスト=グレアム、そなたと同じ、ノアの悪魔だ」

テーブルクロスを引き抜いた男の、深紅の瞳が歪んでいる。
甲高い音を発てて飛び散ったグラスや料理、無意識に立ち上がった学園長は口を開いたが、ついぞ声は、出なかった。

「俺を誕生させる為に、遠野俊江は産み落とされたのか。…それでは俊は」
「私の為に禁忌を犯した龍一郎の、罪の証」
「違う。俊は、望まれて産まれてきたのだ」
「秀皇が彼女を愛した。運命が狂ったのは些細な偶然でしかない」
「違う」
「ナイトはグレアムを継承するに相応しい男だ」
「殺されたいのか」
「あれこそ真の、ブラックシープ」

神威の手は迷いなく伸ばされる。
顔を掴まれた男の金糸が舞い、吹き飛ばされて。目を見開いたホワイトグレーが突き出した銃口は、ドアを蹴り開けて飛び込んできた人影によって叩き落とされた。

「…来たか、セントラル」
「オレはアンタの犬じゃない。借りを返すまでアンタを殺させる訳にはいかねーだけだ」
「話は聞いていたろう」
「…下んねー。総長が何であれ、関係ねー」
「残念だったな、ネルヴァ」

実の息子である裕也から銃を奪われた父親は、エメラルドに近いヘーゼルを見開き、無表情で囁く神威を見ている。

「そなたの息子は、自分の血を知っている」
「な、」
「己が帝王院の血族である事を、藤倉裕也は承知している」
「何故…」
「私はそなたの子と契約をした。自分と友をあらゆる危険から遠ざけ、いずれ旅立つ日まで庇護する代わりに」

遠野俊を最も近くから、警護しろと。
神威の言葉に狼狽えなかったのは裕也だけだ。息を切らし飛び込んできた艶やかなオレンジが室内を認め目を見開き、へたりと。座り込む。

「ユーヤ、お前、何で…」
「オレは操り人形には、ならねーよ。…んな顔すんな、ケンゴ」
「俺はオメーに守られなくたって生きてけるっつってんだろうが!もう嫌なんだよ、だから俺はオメーが嫌いなんだ!いい加減にしろよ、お前が好きなのはカナメだろうが!」
「違ぇ。オレもカナメも、他人を知らなかっただけだ」

裕也が投げた鉄の塊が、窓ガラスを突き破った。
全てから興味を失った様に背を向け出ていくプラチナを止める者は、居ない。

「肉が食えねーと血が綺麗なんだと。ユウさんが生きていくには、高坂さんの血がどうしても、必要なんだ」
「…」
「オレは家族なんざいつでも捨てられる。でもオメーは違ぇだろケンゴ、死んだじいさんばあさんの墓参りに毎年足を運ぶ様なオメーは、ユウさんを見捨てられねーだろ」
「俺の、所為かよ」
「別に、いつ死んだって構やしねぇ。でもオレがそう思ってるの知って、オメーは見捨てられなくなっちまった。…馬鹿な奴だぜ、オメーはよ」
「…」
「だからオレなんかに縛られんだ、ケンゴ」

割れた硝子にきらきらと、照明が反射した。
外はただただ凍りつかんばかりに静かな夜空、エメラルドの瞳を歪めた男は諦めた様に緑の髪を掻き、息を吐く。

「だからもう何処にも逃げられない。カナメが好きなのはお前の方だろ。なのにお前は、オレを見捨てられない」
「ユーヤ」
「親なんて居ねーと思ってたのにざまあねーぜ。糞親父とオレは、救いようがねーくらい似てやがる」
「…」
「総長はオレを生かそうとした。カルマは家族だろ?」
「たりめーっしょ!だから、」
「オレを拒めない。…生き地獄だぜ、ケンゴ。起きてるとそればかり考えるんだ。オレはもう、辛くてしょうがない」
「…ごめ、ん」
「謝って欲しい訳じゃねー。心配すんな、見捨てられても死にゃしねー」

がしがしと、オレンジ色の鮮やかな頭を撫でた男のエメラルドが微笑んだ。不格好だが唇にも笑みを描き、ちゃんと、笑っている。

「ただ、オレには山田の言葉を拒む事は出来ねー」
「タイヨウ、君?何で、何でタイヨウ君が、」
「オレは、」
り過ぎだよ」

キン、と。
世界が凍りつく音。

裕也が割った窓ガラスの向こう側、闇に溶けた艶やかな黒髪が風に踊っている。


「最後まで聞いとかなくて良かったの?」
「うん、知らない方がいい事もあるからねー。嫌な予感がしたから来てみれば、やっぱりこうなってた」
「ふふ。アキの勘は鋭いねぇ」
「俺と俊のゲームで、何も彼も滅茶苦茶になっちゃったんだ。全てを元に戻す為には、全部リセットしていくしかない」
「ナイトとアキちゃんはやっぱり、真逆だねぇ」
「そうだよ。俺は自己中なんだ。あんな偽善者に、俺は絶対負けない」
「でももうゲームオーバーでしょう?」
「そう、だからリセット」

サファイアの眼差しに笑みを刻んだ美貌を見やり、へらりと笑った山田太陽は広げた掌を伸ばし、目を見開いて逃げようとした細い手首を掴んだのだ。


「俺に鍵を頂戴、貴葉さん」
「や、」
「いいこにしてたら大好きになるかも知れないよ」
「嘘つき!離してアキちゃん、どうして!どうして、どうして!」
「だってお前さんは二葉じゃない。俺が幸せにしたいのはあの子だけなんだ。俺が大事なのはあの子だけなんだ。俺は俊とは違う。俺は俺が幸せなら、それでいいんだもの」
「アキ、」
「俺をそうんでいいのは、ネイちゃんだけだよ?」

夜は尚深く、時計の針が静かに零時を告げる頃。
雲は無く、風は鳴く、かちりかちりと時を刻む羅針盤を見上げ、平凡な容姿に満面の笑みを浮かべた男は微笑んだ。

「何処に逃げたんだい、俊。俺は救いようがないお前さんを、幸せにするよ。その為にはお前さんの大切なものを全てぶっ壊してあげる。…クロノスライン・オープン」
『コード:アクエリアスを確認』
「水瓶に溜まった水が洪水を起こし、方舟は進んでいく。彼の子の名は『ノア』、黒い黒い、太陽の一部」
『黒点稼働、フレア666。ステルシリーシークレットライン・インスパイア、ランクA一位枢機卿、コード:ブラックジャックを確認』
「マジェスティの大切なメアを、先に壊してしまおうと思うんだ。最初にラスボスを倒してしまえば、とても楽になるからね」
『了解、コード:ルークを一位ターゲットに登録』
「流石に俊は怒るかな。あはは。偽善者の皮を剥いだ本物の俊を、俺は、見たい」

暗い笑みを零した男の目は、冴え冴えと。
雲一つない夜空よりも澄み渡り、密やかに。



「お前さんが間違ってる事を証明してやる。…それ即ち、天神の永久に謳われし威光を、須く知らしめんが為に」

(#)ばかん→
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あきゅろす。
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