帝王院高等学校
いっそ死にたい有様でござ候!
平凡が基本スペックの山田太陽は今、死に物狂いで現実逃避に励んでいた。

どの程度死に物狂いかと言えば、いっそ死んだ方がマシではないかと思える程度には、本気だ。

「たーすけてー」
「ちょっと待ってぇえ!プレイバック!プレイバック!」
「バカにしなーいでーよー」

昭和の香り漂う二匹のボケに、突っ込む者は居ない。

「お待ちに…っ、否!待たないで!そのまま人気のない所まで連れ去ってあわよくば………あはん、でも18禁はらめぇえええ!!!R15キボンヌ!」
「しゅーん、お前さんは親友を見捨てるつもりかい、根っからの腐れがー。覚えとけー、こんにゃろー」
「ハァハァ、げほっごほっ、だ、駄目なり、ハフハフ、ぷはん、はふん。も…萌えすぎて肺が…近頃弛んできた下っ腹も痛いにょ。うぇん、不甲斐ないオタクを許してちょ」
「諦めんな!頑張れ俊!お前さんなら、お前さんなら出来るっ!頑張ったらご褒美あげるから…!コラ、逐一ハァハァすんな!有酸素運動中の呼吸は少なめに!ひっひっふー」
「ひっひっふー…ひっひっふー…あー!産まれるー!」
「何も産まれないから走れ!俺を助けてから出産しろ!」
「だ、だってェ!さっきからチラチラ見えちゃってるんだもの!タイヨーのっ、お、お臍…グフ!天にっ、天に還る時が来たのか…!萌の死兆星が見えたァ!」

パタリと倒れ込む親友の姿が見える。
もうお前なんか友達でも伝承者でもない、ただのアミバだ。と、ニヒルに笑った太陽は、鼻血を垂れ流しながらデジカメを光らせまくるオタクを目撃していた。

「あたたたほぉうあっちゃー!ハァハァ、僕はもう萌えている!手遅れ!」
「百裂拳っぽいフラッシュ。…連写すんなアミバめ」
「萌の名前を言ってみろィ!ハァン!」
「ジャギだったか…!」

怪しく眼鏡を光らせ追ってくる二葉は無言で、気味が悪いったらない。然も隼人も要も、裕也は勿論の事、健吾の姿もないのだから、追ってきてくれただけ俊はマシなのかも知れないが。

「あんの駄目オタク、サウザー程度は頑張れよ…!愛故に愛を失えよ!…友情より萌を選びやがったか!想定内だよ、こんチキショー!」
「…もえ?モエとは何だ、一年Sクラス21番」
「え?何って言われても…」

涼しい顔ながら恐ろしい早さで疾走している金髪の小脇に、何故か抱えられている山田太陽。デジャヴ感に半ば絶望しつつ、問い掛けに痙き攣った。
そんな質問は、遥か向こうでハァハァ抜かしているヘタレ腐男子に聞いて欲しいものだ。

「南斗鳳凰拳の奥義は天翔十字鳳と記憶しているが、モエは初めて聞く技だ」
「技?!や、技と言うか、腐男女子の象徴と言うか…実際のとこ俺も理解しきれてないんで、何とも言えないって言うか…敢えて例えるなら、メイド喫茶?」
「ほう、冥土で茶を楽しむと。革新的な希望的観測だ」
「いやいや、メイドが茶を淹れてくれるんです。メイド姿でお茶を飲むのは変態的行動ですよ」
「…ふむ、私の知識では該当するに相応しい語彙が見付からない。人生の末に差し掛かり、また一つ謎が増えた。喜ばしい事だ」

凄い。
果てしなく無表情だ。神威と同じ顔で、格闘ゲームの2Pキャラ張りの色違いだが、どうもじっくり窺えば全く違うのが判る。
言葉にするのは難しいが、強いて言わば、無関心な様で全てに関心がある様な、平等に全てを観察していると言うか…何と言うか。

俊以外には圧倒的に興味のない神威とは違って、何とも気さく、とでも言おうか。

「謎があってこそ、人は己が生に価値を見出す種族だ。全てを解明してしまえば、生きる事に意義はない。私はそう確証している」
「はぁ、深いお言葉で…」
「然し老いた我が身に新たな問いが生まれ、今また意欲を得た。誠、喜ばしい有意義な時間だ。礼を言う。一年Sクラス21番、山田太陽」
「は、はぁ、良かった…ですね…?」

21番を連呼するのはやめて貰えないだろうか、と諦めの表情で考えた。こう言う時に、1番の俊が羨ましい。50音順でも太陽は後半だ。

「そなたも共に喜んでくれるか。成程、秀皇の友もそなたと同じく心根の清らかな男だったのだろう」
「は?あの、誰の話ですか?」
「すまんが、あの場で説明する時間がなかった為に最も効果的な方法を選出した。無情にも身から出た錆だが、秀皇の話では素直に従わせるのは不可能と言う判断に至ったのだ」
「はい?え?あの…出来たら俺をそっと下ろした上で、もうちょい判り易く話して貰えませんかねー?やー、馬鹿ですいません」
「無駄ですよ山田太陽君」

至近距離から聞こえてきた声に硬直し、チラッと見た先に涼しい顔の二葉を見つけた。かなり離れていた様に思っていたが、いつの間にか距離を詰めた様だ。
インテリの癖に足まで早いとか死ねばいいのに、一瞬本気で思ったものの、追ってきてくれた唯一のヒーローを妬み殺す訳にはいかない。

「トキィイイイ!生きていたのかー!」
「はい?おや、劇画チックなお顔で何を仰られますか。美人薄命とは言え、私はこの通りピチピチしていますよ」
「…世紀末が来たら判ります。先輩ぃ、俺もう何が何だか必死に考えたけど判らないんですよねー。何で挨拶もそこそこに拉致られて、左席の仲間は誰も追っ掛けて来なくて、この人は無表情なんですかー?」
「それでは順に解答しましょう。問1、目的は餌ではないかと。問2、天の君以外の左席役員が一人も来ない所を鑑みるに、我々が離脱した直後に何か起きたのではないでしょうか。更に問3、陛下は常日頃冷静沈着でいらっしゃいます」

山田太陽は一生懸命考えた。
恐ろしい早さで走っているのは色違いの神威と、艶やかな黒髪を優雅に靡かせている二葉だけで、自らは何の肉体的疲労もない。
精神的疲労は困憊に尽きているが、色違いの神威に比べれば、二葉の方が幾らかは判り易く喋っているのではないか。そう思えるから不思議だ。

「つまり誰かを誘き出す人質が俺で、副会長よりも重要な何かが駄犬共に起きて、2P庶務は重度の天然なんですねー」
「素晴らしい理解力です。頑張りましたねぇ、山田太陽君」
「俺なんか人質にして釣れるのは俊くらい…や、こうして我が校最強の風紀委員長も釣れてるけど。腐れ神帝以外にアンタが『陛下』扱いする相手、ねー」

腹に力を入れた太陽は、もぞもぞと金髪の腕の中で右手を突き出し、親指と中指を強く摺り合わせた。


ポスン。

「………。ぱちん!カモンスヌーピーっ、ご主人様の命令だ!」

指が鳴らなかったので、口で合図を出した太陽の恥ずかしさを耐える奇妙な顔を至近距離から見てしまった叶二葉は、感電した様に沈黙している。笑う所なのだろうが、それでは太陽が哀れだ。

「あれ?フォンナート先輩〜、おーい、エルドラドの皆さーん」
「残念ながら彼らは三分前に脱落しています。悲痛な面持ちで『叶、後は任せた!だが死ね!』とほざいてらっしゃいましたよ」
「…使えねー」

どうしたものかと息を吐き、相手が相手なので危険はないだろうがと考えて、瞬いた。

「あのー、理事長」
「何だ」
「俺を人質にしてまで俊に用があるんですよね?」
「何故知っている?そなたはエスパーか?」
「何だろ、無表情なのに目が輝いてるよこの人。…うーん、可愛く見える」
「褒めているのか」
「褒めているのか…だって。やっぱカイ君に似てるなー、親子の割には理事長の方が可愛げがある。可愛い可愛い」

ピタリと足を止めた男に、目を見開いた二葉も続いて足を止める。無言で屈んだ男からグイグイ頭を押し付けられて、現実逃避を極めた平凡は勇者になったのだ。

「よしよし。いいこ、いいこ」
「いいこ?…そうだ、私はいいこだ。もっと撫でてくれ」
「や…山田、君…」
「理事長、もといステルシリーの元社長だっけ?挨拶の出来ない犬にご褒美はありません。カルマ犬にわかブリーダーの俺は、甘やかさない主義なんです」

耳掃除中に綿棒を奥まで突っ込み、隼人をビビらせた経験のある太陽の目は笑っていない。無意識に背を正す二葉は眼鏡を押し上げ、無表情で首を傾げた美貌は幾つか頷いた。

「誠、そなたの言うが道理。我が名は帝王院帝都、帝王院学園理事の職にある」
「…おっかしいなー、何でアメリカ貴族が帝王院の名字を名乗ってるのかなー」
「おやめなさい、山田太陽君!」
「控えよセカンド。ヴォルフであるそなたが、勇ましい闘犬師に刃向かうだけ無駄だ」

無表情で立ち上がった男は名残惜しげに太陽の右手を凝視し、長い指先で背後を示す。

「あれに見える天蠍宮で秀皇が待っている」
「時計台?誰なんですか?」
「私が与えた銘の礼に、帝王院の名を私へ与えし幼子。名を、ナイト=ノア=グレアム」

肩を震わせた二葉が表情を無くし、眉を寄せた太陽は庭園の森に聳える赤い塔を見上げた。ライトアップされたそれは神々しくも、禍々しくもある。

「正しくはナイト=ノヴァ。正統後継者でありながら戴冠を迎えぬまま果てた、正式な十代男爵だ」
「ちょっと待った、だったら会長…息子の神帝は何なんですか?」
「あれはナイトを探している。そして既に辿り着き、私への復讐を果たした」
「復讐…?」
「全ては私が招きし惨事。玉座を離れる事を畏れ、己が分身を五感の代替とせしめた愚行を淘汰出来ぬまま、…守るべき家族と唯一の血脈を犠牲にしたのだ」

ああ、もう、全く判らない。












「…ジェネラルフライアはまだか」
「三分前、渋滞に巻き込まれていると通達が入りました」
「それはそれは大変だ。ナビの故障でも有り得る筈もないがエンジントラブルでもなく、よもや渋滞とは。劣悪なインフラ事情を大統領府へ怒鳴り込む前に、二億人ぶっ殺…いやいや、掃除した方が早い。暇を持て余してる美化部にやらせろ!」
「区間保全部に聞かれたら呪われますよ、マスター。…シャドウウィング前方で、フラミンゴの群れが蛇行しているそうです」

どっと疲れが増したとばかりに、神経質そうな眼鏡を掛けた金髪の男は眉間を抑えた。薬瓶を掴んだ部下は、瓶を振って気の毒げにダストシューターへ投げ込む。

「胃薬では空腹は紛れないと思いますが」
「…数少ないシャドウウィングをもう一月近く独占しておいて、伸ばしに伸ばした返却期限に堂々遅刻とは。FBA…いや、CIAにフラミンゴ抹殺依頼を出せ。今すぐ!我がUSAの空からあらゆる飛行物体を除外しろ!」
「我が対陸管制部にたった4機しかないシャドウウィング一機も、撃墜されるでしょうね。それ以前に中央情報局からホワイトハウスを通じ、ものの数分で嘆願書が届くでしょう…ああ、届きましたよ、マスター」

『親愛なるABSOLUTELYのお怒りを買ったとなれば、祖国の存続が根底から揺るがされる大事。エアフォースワン諸共この命を太平洋に沈めればお怒りは鎮めて頂けますか』

誤字だらけの文面が相手の心境を語っている。涼しい顔の部下に仕事が早いなと呟けば、濃褐色の肌にドレッドヘアの部下は、至極平然と頭を下げた。

「…君の方がマスターに向いてる様だ」
「自分如きが畏れ多い。マスターの株を奪ったとなれば、全コーカサスから恨まれます」
「その前に全ネグロイドの英雄だ」
「心はモンゴロイドでして。川柳と将棋を愛する博愛主義です」
「右腕のタトゥーは『角』だったな。近頃めっきり流行らなくなったが、左利きは天才が多いそうだ」
「飛車は画数が多い分、痛いので。自分が知るだけで、掛け算は愚か引き算も出来ないサウスポーが三人居ます。………中央情報部サーバーに侵入しました。組織内調査部長は、現在太平洋を南西へ飛行中」

自慢の部下だと呆れ混じりに息を吐き、映し出された地図を見やり、立ち上がった。

「胃薬をお買い求めに?」
「…医務室だ。技術課が来たら私が倒れた為、メンテナンスは次の機会にと伝えろ。データは消去しろよ」
「流石マスター、人材不足の精鋭部隊に懇願しておいてドタキャンですか」
「組織内調査部長が借りパクしたまま返してくれない!…と、何処に泣きつけば良いか優秀な君なら判るのか」
「軽度の脳卒中が適当でしょうか」
「いっそ死んだと」

溜息は同時に、二つ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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