帝王院高等学校
生誕を祝福する嘲笑の雨
例えばその日、何の前触れもなく雨が降り始めて。
例えばその日、いつもなら立ち寄らない少女趣味に飾り立てられた本屋の前。

雨に打たれながらよたよた歩く犬に手を差し伸べて、『情けは無用だ』と言う双眸に軽く笑い、煤けた首輪の存在に気付いて差し出した手を振った時。


『早くご主人様の所に帰ってあげな』


差し出した右手は数分前まで誰かを傷付けていたもので。
ただ目を軽く細め灰色の重苦しい空を見上げただけで、黄色い傘を揺らしながら楽しげに飛び跳ねていた子供の集団はわんわん泣き始めた。


どうした事でもない。
日常茶飯事として繰り返されてきた事だった。人目に付く所で眼鏡を掛けていなかった自分が悪い。


今更、自分の容姿がどうだと自分評論するつもりもなければ、仲間と呼べる人間は多くても親友と呼べる人間が一人として存在していないちっぽけな人間なのだ。



にわか雨が勢いを増す。

不良、と銘打たれる生き物から誰もが逃げていく。
近付いてくるのは挑戦者と言う名の敵ばかり。
銀糸のウィッグ、シャープなサングラスで姿を偽れば、最早昔の様に人を殴る行為に躊躇う事もなかった。


『よぉ、テメェがカルマの頭だよなぁ?』

向けられる火の粉を払っただけで、他人は正当防衛すら『暴力』と言うのだろう。
牙を折られた挑戦者はたちまち『隷属』を望み、自ら跪くのだろう。
交わした拳は二度と交わらない。
それはまるで決められた掟の様に。


大切な仲間だろうが、それは常に一方的なものでしかなかった。
彼らは口々に言うのだ。



『自分等は総長に従う犬です』



例えば、誰か一人くらい全幅の信頼を寄せられる相手が欲しかった。
例えば、誰か一人くらい本音で付き合える相手が欲しかった。


悲鳴を上げるのだ。皮膚の下で。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて。

積み重ねた嘘の重みに耐えられる訳がない。
積み重ねた時間の数だけ大切なものが増えて、罪悪感の重みが増していく。



『雨、止まねぇなァ…』

誰かに祝って貰いたかったのかも知れない。
20本ではなく15本立てた蝋燭を吹き消し、たわいもない事で笑いながら、15歳おめでとう、と。

安いケーキと炭酸ジュースで。



きっと、望んでいたのはそんな事。
きっと、キラキラ光輝くブロンドを靡かせて猫の様に笑う屈託のない子供になら、話せたのかも知れないけれど。

『シュンシュン〜、一緒に飯食い行こ〜よ〜』

所詮、あの子は余所様のものだから。最後に会ったのはいつだっただろう、なんて。最後にあの旋毛を見たのはいつだっただろう、なんて。
今頃、あの何も彼もに恵まれた男と笑っているのだろうか、なんて。

つまらない事を考えた。





『…何をしてるんだ』

雨に打たれながら、いつの間にか灰色の重苦しい空ではなく黒ずんだコンクリートを見つめていたらしい両目を上げる。

『供も無く1人で、』

心底羨ましい相手とこんな日に限って出喰わすなんて、笑えもしない。

『…珍しいな』

ちくり、ちくり、
じわり、じわり、

『いや、…初めてか』

細胞が唸るのだ。
羨望に目が眩んで、





『サングラスは、どうした?』



初めて、
正当防衛ではない暴力を奮った、15の誕生日。

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