帝王院高等学校
続主人公に捜索願いが出ています
─────優しくしたい。
始まりは多分、そんな些細な感情だった筈だ。次に会う時は世界で一番、幸せにしてやりたい、と。誰よりも大切に、大切に。


「遅ぇ。ったく、何処に迷い込んでやがったんだテメェ様は」

傷付けない様にそっと触れて
綿菓子に触れるより優しく
もう二度と手放す事がない様に

「俺様と違ってテメェの場合、幽霊学生だろうが。初日のケジメくらい付けろ」

願いは笑ってしまうくらい子供染みたものだった。何年か振りの日本は見知らぬ国と何ら変わりない。それなのに、前途揚々だと信じて疑わなかった。

「結局、向こうの業務も担いで来やがって。グレアムの仕事はグレアムにやらせとけっつーんだよ」
「陛下に書類整理などさせる訳には参りませんよ。大学院まで卒業した身ですから、今更中学生など片手間で充分ですし。ああ、国語には力を入れますけどねぇ」
「さっきまでベラベラ汚い英語で怒鳴ってた奴とは思えねぇ、流暢な日本語だなぁ、全くよぉ」
「語学力がない外国人の大半は標準語なんですよねぇ」
「ほざけ二重人格野郎。ンだよ、その気色悪い伊達眼鏡は」
「似合うでしょう?…インテリ匂わせときゃ、うぜぇ野郎共が寄って来なくなるからな」

痙き攣る金髪を撫でてやる。
苛立たしげに振り払われて、笑い飛ばした。ああ、素晴らしい気分だ。不自由と引き替えにしてでもやって来て良かった。

「雑用だろうが、箱入りボンボンの警護だろうがキングのスパイだろうが文仁の小言だろうが、何でも許せる。何て心が広いんだ俺は…」
「ボンボンで悪かったな…」
「Feel so great、素晴らしい気分ですよ。早速来週末実家に帰る予定ですが」
「マジでアレ、引き受けたんかよ」

今なら何でも出来る気がする。
風紀委員を引き受けて、中央委員を引き受けて、神威の雑用も提供連絡も日向の警護も実家からの要請も何も彼も、面倒臭くない。

「仕方ありません。祭の庇護下から離れた日本では、私は叶の人間です」
「女相手にキャーキャー言われながら茶ぁ点てるだけだろ。孕ませんなよ、テメェの兄貴からグダグダ言われんのは俺様だぞ」
「高坂会長の方でしょ」
「面倒臭ぇ、お袋がキレんだよ。判ってんだろ」

ネイビーグレーのブレザー、ホワイトのブレザーを纏う生徒達の群れがチラチラ見つめてくる。

「この国でそんな面倒事は起こしませんよ。…孕ませる恐れもありませんからねぇ」
「あ?」
「いえ、別に。それよりベルハーツ…じゃなかった、高坂君。就任挨拶考えて来ました?」

ああ、どうせならあっちの方が良かった。青掛かった灰色のブレザーより、あちらの方が似合う筈だ。

「だからそれの打ち合わせがあるっつっただろ!何で俺様が腐れゼロの野郎と顔突き合わせなきゃなんねぇんだ!勝手に消えやがって…ちっ」
「地下に行ってました」
「地下ぁ?始業式典で就任挨拶すんのはテメェも同じだろうが」
「初等部があると聞いていたので」
「小学生に何の用が、…ああ、可愛い青蘭かよ」
「冗談でしょう?今まで忘れてましたよ、あんな餓鬼」
「テメェそっくりじゃねぇか」

ひらひらと。
舞い踊るのはミスティーローズ、桜など見るのは何年振りだろうかと息を吐いた。

「そう見付からないものですねぇ。初等・中等部300人、高等部500人。一学年だけで最上学部合わせて1200人とは…」
「あ?嵯峨崎の次男なら探す必要ねぇ。誰探して…あ」
「どうかしましたか?」
「アイツ、何処かで…」

頭一つ分、低い所にある琥珀の双眸が見開かれる。素晴らしい快晴だった。中等部編入を迎えてくれるかの様に、麗らかな。


『馬鹿じゃないの?貴方に学生生活なんて出来る筈がないでしょ』
『日本になんか行ってどうするんだい。君が学生だなんて、正気の沙汰じゃない』
『ああ、愛しいゼノン。君は世界中の数字に愛されているんだ』
『行かないで。私と一緒に暮らしましょう、ねぇ?』
『此処に居れば良い。君が望むものは何でも捧げるから、何処にも行かないで欲しいんだ』
『愛しているのよ、教授』
『君を愛しているんだ』

幾つもの他人の声を思い出した。
まるで何かの呪縛の様に、それは耐えず頭の中をリフレインしている。未練など何一つ無かった筈だ。


「やっぱり、何処かで見た気が…」
「お知り合いですか?どれどれ?」

ミスティーローズ、儚い桃色の花弁が舞い踊る。麗らかな春風に乗って、まるで暖かく迎えているかの様に。
(繰り返されるのは何かの呪縛めいた他人の声音)



「初等部、点呼取りますよー。全員並んで下さーい」
『お前なんか産まれなかったら良かったのに』
「ほら、あの餓鬼だよ。絶対、何処かで見た!」

物覚えの悪い僕は、こうも容易く束の間の幸福に浸る。
全てが真っ直ぐ、何の疑いもなく、真っ直ぐ。ひたすら落ちる様に真っ直ぐ、夢にまで見た幸福へ向かっているものだと、


信じて疑いもしない、愚かな生き物。




「去年末編入した外部生を改めて紹介します」

疑いもしなかった。ずっとずっと、今も尚、当たり前の様に。

「み、つけた」
「二葉?」
「6年1組、山田太陽君。前に出て来て下さい」




『お前なんか産まれなかったら良かったのに』


優しくしたい。
綿菓子に触れるより優しく、誰からも何からも傷つけられる事がない様に。

でも久し振りに見る成長した君はまるで別人の様で。友人らしき他人とにこやかに笑い合っているから、こちらを一度として見ようとしないから。



「山田太陽です。趣味はゲームで、好きな科目は地理と理科、体育です。中等部に上がるまであと一年しかないけど、宜しくお願いします」

舞い踊るのはミスティーローズ。突き抜けるほど晴れ渡った春、晴れやかに笑っていたのは誰だったろう。



ねぇ、君が笑わなくなったのはいつから?

「マスター、自供した系〜。被害者とは昇級するまで友達だったみたいっスね。あっちは昇級したのに自分は降格したんで、逆恨みみたい。良くある系の理由ー」
「一通り痛い目見させてから追い出せ」
「…は?」

優しくしたい、願いはただ、それだけ。

「拷問→退学」
「あ、の、マスター…?何か僕、耳が可笑しくなった系かなー?」
「ガタガタ煩ぇ、フルボッコにしてから海外に売り払えっつってんだろ」
「え、…さっきは退学って…」
「あ?」
「わわわ判りました、直ちにっ」

あの時にはもう、笑顔など何処にも存在していなかった。

奪ったのは誰?
奪ったのは誰?
奪ったのは誰?
ああ、今すぐにでも殺してしまいたい。



「コラ川南、ンな物騒な命令聞いてんじゃねぇ」
「サ、サブマジェスティ〜」
「ノーサ、私の命令が聞けないんですか?」
「え、え」
「川南ぃ、副の俺様が聞くなっつってんだろ。シカトしろ」
「え、えー…」
「生爪剥がされたくなければ従いなさい」
「ひぃ」
「二葉ぁ。幾らヤられたのがアイツだからってな、大概にしとけよテメェは…」

だって殺してしまいたいくらい憎い。だって消えてしまいたいくらい悲しい。
忘れてしまったなんて。覚えてすらいなかったなんて。


言ったのに。
自分から名乗るのはとても勇気が必要だったから、言ったのに。言いたくもなかった、思ってもいなかった、あの日の照れ隠しを。あの日、幼い頃の照れ隠しを。



『餓鬼の癖にプロポーズか。残念なお顔に比例して、残念な頭だ』
『それにしても、こんな平凡な人間を襲って何が楽しいんだか』
『もも組のキララちゃんから手紙貰ったぁ?はっ、こんな平凡な奴にわざわざ時間裂く意味が理解不可能』
『私には理解出来ませんね』

あの頃はいつも頬を膨らませて、バタバタ足をばたつかせていた癖に。やきもちしてよ、とブーブー喚いていた癖に。

飛んできたのは情熱的な買い言葉でも、プロポーズでもなく、鉄の塊。弾け飛んだ液晶の破片が床に散乱していた。



まるで、左胸の奧が砕けたかの様だ。




「…アンタみたいな人間を尊敬出来る先輩だと思ってた自分に反吐が出ますよ。被害届なんか必要ありません、…帰ります」

誰がこの子から笑顔を奪ったの。誰がこの子から希望を奪ったの。
あんなに冷たい無機質な眼差し、あんなに冷たい無機質な声音、あんなに。絶望に汚れさせたのは、誰。




『始業式始まる前に入寮手続きがあるから、まず寮行こっか?』
『ガタガタ喧しいんだよっ、役立たずのお飾りアイドルが!』
『考えて堪るかい。もういいから退いて下さい、ナルシスト』
『近付か、ないで』

狂う程に。

『嫌、だ。近付かないで、どっか行って下さ、い』
『助けて』

狂いながら、けれど願い続けたものはただ一つ。



『穢らわしい二葉。
  お前なんか産まれなかったら良かったのに』
『好きになる筈ないだろ、偽物なんか』
『お前なんか消えてしまえ』
『可哀想な被害者。そう、アンタは被害者なんだ』


『お前なんか、』
『たすけて』


『死ねば良いのに。』







『ネイちゃん』

優しくしたいだけだ。
今度こそ優しく優しく、ひたすら優しいだけの言葉で伝えたかっただけだ。

『綺麗なお目めねー』

何度も消えようとした。
何度も居なくなろうとした。
その度に思い出すのは穏やかな子供の声。いつも笑っていた、蒲公英の様な柔らかい眼差し。

『指切りしよー』
『あきちゃんは、忘れないからねー』
『ちゃんと覚えとかなきゃ、怒るよー』
『ね、約束』



未練は絶望の果てにも胸を焦がし続ける。例えばその約束だけが生きる理由だった愚かな男が、今尚、消え去らない理由を説明するならば。



『だいすき』

それが、人生最大唯一の幸福だったからに違いない。







「しゅーん!どこー?!おーい、俊ちゃーんっ」

叩きつける程に威力を増したバイパス登り口、広い国道沿いを安普請なビニール傘片手に走り抜ける。

「っと、携帯携帯…もしもし藤倉?そっち、どう?」

鳴り響いた携帯を濡らさないよう、注意を払いながら開いて耳に当てる。途中のドラッグストアやらディスカウントストアの店先を念の為に覗き込みながら、見付からない探し人をひたすら探し続ける。

「判った。とりあえずドンキーの前だから、合流しよっか。俺、神崎に掛けてみる」
『了解、おいカナメ、』

慌しい通話を終えて、覗き込んだだけで通り過ぎたディスカウントストアに戻る。幾ら何でもあの短時間で居なくなる筈がない。
やはり元の場所に居るのか、自宅か。怪しげな外国人が徘徊してる中では、分が悪い身であの場所に戻るのは避けたい。

「まだ電源入ってない」

マンホールに落ちたとは夢にも考えない太陽が隼人に手早く連絡し、俊に掛けてみる。先程掛けた時は繋がったものの、暫く鳴らしたが待ち人が出なかったので皆で手分けして探す事にしたのだ。
まさか佑壱の話に夢中だったとは夢にも思うまい。

「ん?」

メールマークが点滅している事に気付いた太陽が瞬いた。遠くから隼人の声が聞こえたので振り返えれば、逆方向から要の声がするのでまた振り返る。

「全然だめー、見付かんないよお」
「こちらも駄目でした」
「総長ん家の裏庭覗いたけどよ、ドブが邪魔で中まで見えなかったぜ」
「うーん。何かの事件に巻き込まれてる…とは考え難いよねー、幾ら何でも」
「一先ずタクシーを拾いましょう。流石にこの雨の中、徒歩では分が悪い」

通り掛かったタクシーを素早く呼び止めた要が躊躇わず乗り込む。とっとと乗り込んだ他の二人に息を吐いて、助手席のドアを開けた。


「あ、充電切れた…」

つくづく、ツいてない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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