帝王院高等学校
雨天欠航ですか決行ですか結構ですか?
見上げれば、いつの間にか随分重苦しい雲に覆われた灰色の空。俊の、まるでマンホールに落ちた様な悲鳴が聞こえた気がして首を傾げた。

「陛下?どうかなさいましたか」
「いや、気に病むな」

どうせ幻聴なら、ぷはーんにょーん!ではなく、カイちゃーん!の方が良い。

「おや、鼻の下が3ミクロンほど伸びてらっしゃいますよ」
「気の所為だ」
「ええ、普段通り惚れ惚れする無愛想さにございます。うふふ」

一度眠ったら深夜放送のBLアニメが始まるか腹が減るまで起きない、いや腹を鳴らしながら寝ている俊を、脱がしたり触りまくったり舐めてみたりしたものの、未だ漫画の様に眠ったまま可愛らしく喘いだりだとか、目を覚まして恥ずかしげに罵りながら続きを促す様な態度を取ったりだとか、まるで無い。

「…欲求不満か」
「は?」
「来日後、いつ以来性交渉していないか忘れた。そなたはどうだ」
「まぁ、それなりに」
「そうか」

セックスと言う行為自体、とうに飽きるほど経験したので今更どうだと言うでもないが、今まで出会った誰とも一致しない俊があの状況でどうなるのかには、多少興味がある。
然し余りにも素晴らしい寝相で毎回中断を余儀なくされ、未だに連敗だ。蹴り飛ばされる程度ならまだしも、ぎゅっと抱き付いてきたら為す術がない。

猫宜しくやや高めの体温に包まれて、健やかな寝息と鼓動を聞けば睡魔に誘われる。落ちる様に溶ける様に闇の中、暖かい何かに包まれたまま、ふわふわと。
漂う様に眠る心地好さを覚えたのはほんの最近なのに、もう一人では眠れる気がしない。


「ブラックシープ」

突然の下ネタに硬直していた二葉がぱちぱち瞬いて、咎める様な目を向けてくる。そう言う意味ではないと弁解しようとしてやめた。説明するのも億劫だ。
どうせ、明日まで俊には会えない。最後の記憶は嫌われ者の生徒会長へ、不機嫌さを滲ませた黒縁眼鏡。僅かに膨れた頬、そっぽ向く鼻先。

「そうか。俊も、私と同じブラックシープだ」
「はい?…確かに彼は皆から嫌われている様ですが」

下駄箱いっぱいのラブレター。剃刀か虫の死骸か、はたまた違う何か。分厚い眼鏡の下で何を思っているのかまでは知らない。

「高等部生徒の3割、でしょうかねぇ。遠野君が余りにも突飛しているだけで、安部河君も山田太陽君も似たり寄ったりな状況ですよ」
「楽観視した発言の様だが、叶風紀局長」
「他人のシューズクロークへ踏み込み、手紙を読む訳にはいきませんからねぇ」

理論的だとは思うが、他人の寝室に何の遠慮もなく踏み込める男の台詞ではない。

「シューズクロークなど存ったか」
「言葉の綾ですよ、エントランスにはロッカーしかありません」
「いつまで山田太陽の靴箱の中身を見過ごすつもりか知らんが、せめて安部河桜は目を掛けてやれ」

俊ほどではないが、二葉もそれなりに不思議な生き物だ。嘘を吐く時の癖はないが、考え事をしている時の癖はある。何とも面白い人間だ、相変わらず。

「被害報告が無い限り、我が風紀委員会には為す術がありません」

正論だ。ただ毎朝、溢れる程のゴミの山をどんなに太陽達が片付けても減らない事実。泣き喚くかと思えば嬉しそうにその光景を撮影し、自らブログで苛められている事を自慢している。
この世で最も不可思議な生き物を、真から理解する日は来るのだろうか。

つまり、興味が失せ飽きる日。


「とは言え、若気の至りから自殺されては寝覚めが悪い事この上ない。ある程度、警戒はさせています」

私だけなら大丈夫なんですがね、と。呟いた二葉に目を細めた。

「自称親衛隊を名乗る偶像崇拝者…いえ、失敬。ただ純粋なだけの敬愛や思慕なら可愛らしいものですが、私の親衛隊はともかく、高坂君の所は少々勝手が違う」
「どう違う」

基本的に生徒間な事情は、現場監督とも言える風紀長の二葉の方が神威より詳しい。生徒自治会のトップにあり、理事の一員として学園の財形には加わるが、他は下院総会での議決案に最終承認を行うだけだ。
社長は現場を知らない、一流企業の短所が中央委員会にも発揮されている。そう指摘したのは前会長である零人だった。

「高坂君はお人好しですからねぇ。近頃、熱狂的な信者の左席への暴動を抑える為、積極的にファンサービスなさっておいでです」
「そうか」
「良い事だ。なんて思ってらっしゃいますか?」

クスクス、肩を揺らした二葉が足を組み替える。

「見境無いセックスなど、火に油を注ぐ様なものです。逆効果甚だしい。偶像崇拝の極めて悪い影響ですよ。虚像ならともかく、高坂君は実際に存在している。それも、親衛隊達にとってはすぐ手が届く距離に」

成程、と一つ頷いた。
確かに手に入らないと、いや、そもそも手に入れたいなどと考える事もない程に遠い存在ならば、最初から望むものなどないだろう。

なのに、日向から近付いてきたとしたら。それがただの気紛れだろうと、その腕に抱かれてしまえば。
火のない所に火柱が昇る。判り切った結果だ。

「彼が判らない筈ないんですがねぇ。本気で判っていないなら阿呆の極み、承知の上ならご乱心ですね」
「そなたではあるまい。あれが心乱す要因が果たして幾つ在るか」
「おや、高坂君の片思いは年季が入ってるんですよ?愛しいカイザー、彼が庇護するカルマは高坂君にとっても憎からぬ存在と言えます」
「何が言いたい」

片眉を跳ねた二葉が面倒臭げに息を吐く。意趣返しの嫌がらせにしては余りにも回りくどい物言いに、溜息を吐きたいのは寧ろこちらだと頬杖を付いた。
当の二葉と言えば、何らかの通信が入ったらしく英語でまくしたてている。翻訳は容易いが、興味がないので聞く気にはならない。

「ふぅ。…陛下、色々愉快な事になりましたよ」
「そうか」
「3つ程あるんですが、どれから聞きたいですか?一つは身内の事、一つは学園の事、一つは自由行動中の修学旅行日記」

明らかに不可解な選択肢がある。どれも好奇心を刺激するには至らないので、寝ている俊に蹴られた今朝を思い浮かべながら、俊に足蹴りされた昼前を思い出す。
俊は足癖が悪いらしい。

「では順にご報告します。まずは私の直属の部下から、嵯峨崎君と高坂君がいちゃついていたとの報告がありました」
「何だと」

俊がパジャマから半ケツを覗かせていた思い出に浸るより早く、腐男子の本能が唸りを上げた。何たる失態だろう、連日読み漁ってきたBL書籍はとうに四桁を記録し、最近では粗筋を見るだけでオチが見えてしまう有様だ。
鬼風紀である二葉が手を抜かない為、学園内の生ホモは滅多にお目に掛かれない貴重種。手近で済ませたいのは山々だが、こればかりは簡単にはいかないだろうと諦め掛けていた矢先に、この失態。

「どちらが攻めだ。我がグレアムの名に於いて、ファーストが右側である事は許さん。あれも左席の端くれを名乗るならば、潔く尻を掘るが良かろう」

15歳の俊は表紙を舐める様に見るしか許されない18禁漫画も、18歳の神威には数分の暇潰しである。ゴロゴロしながら18禁小説を読んでいると、羨ましそうに眼鏡を曇らせた俊が小声でちょいちょい注意してくる。カイちゃんにはまだ早いにょ、とか何とか。
生々しい濡れ場描写を見ると眼鏡が割れる俊は、童貞故に記憶にもヒビを入れるらしく、性知識に於いては中学生以下だ。

「陛下、お話の一割も理解出来ない私をお許し下さいますか」
「ふむ。武闘派であるそなたに、萌え談義は些か難いか」
「私の副業の一つに高坂君の警護があります。直接私が彼を守れない場合、部下を隠密警護に当たらせています」
「そうか」

今はサガタカかコウザキかで頭が一杯だ。身長差萌えの俊は恐らくコウザキ…つまりピナイチに涎を垂らすだろうが、年下攻めも立派にジャンルとして確立している。

「もえ」
「その部下から、二人を尾行する影に気付いたと連絡がありました。いち早く高坂君ご自身が対処なされた様ですが、嵯峨崎君の警護班とかち合い少々面倒な事態に陥った様です」
「もえ」
「結局、二人を尾行し高坂君が追い払った人物の目的は判りません。中央元帥である私と嵯峨崎君、双方の派閥は犬猿の仲ですからねぇ。睨み合う間に逃げられたのでしょう。情けない」
「もえ」

雨の中、雨宿りで立ち寄った人気のない図書館で密かに抱き合う二人、人目を忍んで交わした口付けは冷たい雨に冷やされていたが、すぐに熱く溶けた。
とか言うシチュなら、78点をやっても良い。神威の萌え採点基準は謎だ。

とりあえず、二葉の話など全く聞いていない。

「次に、午前中学園内で捕えた不審者についてです。私も現場に立ち会いましたが、今は理事長自ら男の身柄を確保なされた様です」
「不審者と密室に二人きりだとそれはいかん監視カメラの手配は出来ているのか」
「陛下、無表情でまくしたてるのはご遠慮下さいね。本件が前ノアである理事長に委ねられた今、全権は向こう側にあります。学園内では一生徒である我々が為せる事は、余りに限られる」

金髪の理事長が、強気に踏ん反り返る悪党を見下しながら手を伸ばす。目的は何だと尋ねても、平凡な顔だが強気な男は鼻で笑うばかり。
遂に、美形で金持ちで足が長い(俊曰く)理事長が表情を変えた。鳴かぬなら、鳴かせてやろう、ツヨキウケ。

「もえ」
「親子とは言え、引き籠もりに命を懸ける陛下や理事長が外に出るのは珍しい事です。特にほんの一月前までの陛下と言えばカイザー探索にハマってらしたから良いものの、あれがなければ相変わらずゴロゴロ、ニート宜しく昼寝三昧だったに違いありません」
「む」
「興味がない、の一言で仕事放棄するのはやめて頂けませんか」
「なえー」

二葉の小言は聞き飽きた。
まだ日向の怒鳴り声の方がマシだ。いや、いたぶり甲斐があるだけ日向の方が圧倒的に可愛い。
二葉を苛めるのはとうに飽きたからだ。

「良いかセカンド、今の俺はただの根暗ではない。アグレッシブに生BLまでをも探し求める、さすらいの腐男子だ」
「普段死?まぁ確かに、以前は死んだも同然な行方不明っ振りでしたが…陛下の昼寝スポット、ちょっと多過ぎですよ。アンダーラインの掃除用具入れに寝袋持ち込んでいた時は、流石の私も引きました」
「褒めてもボーナスはやれんぞ。ああ言うものは年二回と相場が決まっている」

二葉がまた、息を吐いた。
幸せが逃げると俊が言っていた覚えがあるが、ならば二葉は一生幸せになれないだろう。人目がない時の二葉は笑いもしない。笑う角には福来たる、素晴らしい諺だ。

「とにかく、理事長にお任せするよりありません。現状、我々は学園外に居ます」
「アニメイトに寄る。この燃え燻す理事長攻めへの欲求を、噂に聞くコス店員を眺める事で補うより他無い」
「あにめいと?」

きょとんと首を傾げた二葉を素早く写メり、お預かりセンターとSDカードに素早く転送する。その間、僅か10秒。

「これがツンデレのデレ、垣間見せる“きゅん”か。ツンデレ受け、もえ」
「…最後になりましたが、対外実働部より定期報告と、私が手配した間者からの通信内容をお知らせします」
「風紀委員長受け…また新たなジャンルを生み出してしまった」

二葉も神威を華麗にスルーした。

「やはりネルヴァ枢機卿を支持する者が見られる様ですが、現状それによって目立った問題はありません」

最早ちっとも聞いちゃいねぇ神威に、どっちから報告するべきか一瞬悩んで早々に放棄する。この際どっちだろうが構やしない。

「対実の数名が、左席外出部隊に接触したそうでしてね。何らかの騒ぎを起こしていた所を、間者が目撃しました。どうやらあの近辺に遠野君のご実家がある様ですねぇ」

やはり神威は全く聞いていない。

「で、当の遠野君らしき人物が居なかったそうです。山田太陽君らしき人物が『俊が居なくなった』と喚いていた、と」
「何?」
「これは未確認情報ですが、理事長が捕えた男の身元について、密かな噂が広まっている様です」

素早くGPS探索を始めた神威に、恐々運転手が振り返った。目的地は嵯峨崎財閥総本山、ブレイズ航空だ。だが今の状況を聞きたくなくても聞いてしまった今、路線変更を気にしているらしい。



「その男が、帝王院秀皇ではないかと」

さぁ、このまま行くのか行かないのか。罪無き運転手の命運も道行きも、全ては目を見開いた男の言葉一つだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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